26話_side_Cl_学究区_ガゼボ
~"御傍付"クラリス~
最近、私の日々のルーチンワークに一つ項目が増えた。
お嬢様に昼食をお届けした帰り道に、必ずとある場所を訪れるようになったのだ。
それは道端のなんでもないベンチと、そこから奥に行ったところの小さなガゼボ。私がそこを通りがかった時には人が居たり居なかったりする。
今日は、居たようだ。
ベンチではなく、奥のガゼボに人影が見える。
「やられたようですね。ミアベルさん」
私が近寄って声を掛けると、椅子にぼんやりと力なく座っていた少女――ミアベルさんは「たはは」と笑った。
「いやでも、最近はわたしも慣れてきましたからね!やられるとしても三日に一回くらいですよ!」
「それは充分に多い頻度かと」
今日も今日とて同級生にお弁当を台無しにされたミアベルさんは、私が持っていたお嬢様のお弁当の余分を綺麗に平らげてくれた。
最初に出会った時は一週間も連続でやられていたらしい彼女なので、まあ三日に一回まで減ったというのであれば成長ではあるのだろう。
根本的な解決にはならないが。
「そもそも、どのようにやられるのです?」
「色々!最初は、お弁当食べようとしたら上から土ぶちまけられたし、鞄からいつの間にか無くなってたこともあったし、あと遠くから魔法でひっくり返されたりもしたなぁ」
「まぁ!そのようなことに魔法まで使うのですか」
プリムローズお嬢様に仕える身からして言えば、信じられない所業である。
お嬢様は比較的魔法に対して特別視をされないお方で、他の魔法使いが知れば眉を顰められかねないようなことにも抵抗なく魔法を使われる。例えば従者の寝ぐせを直したり、部屋の掃除をしたり、夜空に輝く氷を浮かべたり。
でも、お嬢様がそうやって魔法を使われるときは、決まって誰かの為なのだ。
お嬢様は、自分自身の欲望のために魔法を使われることは一切ない。カーマイン王太子殿下の言葉ではないが、それこそ魔法使いとして誰よりも高い品位を有して居られるのだ。
自らの欲望のためどころか、他者を貶めるだけのために魔法を使うとは。そういう輩にこそ王太子殿下の雷を落としてやって欲しいものである。
「魔法まで使われたら、確かに回避するのは難しいかもしれませんね」
「と思うでしょ?ところがどっこい、今開発中のミアベルさん特製の『お弁当防御魔法』さえ完成すれば、もう好きにはやらせませんよ!」
「前代未聞の魔法ですね」
そういう意味では、このミアベルさんという魔法使いは、比較的お嬢様に近しい感性を有して居られるのかもしれない。
「ところで、人目のある場所で昼食を取れば、そう大っぴらにお弁当をひっくり返されることもないのでは?」
ミアベルさんに対するいじめを主導しているのは貴族の学生であると想像はつく。お嬢様曰く貴族とはなによりも見栄とプライドを守る生き物だ。それこそがミアベルさんに対するいじめの原動力であろうから皮肉な話ではあるが、逆にそうであるが故に人目がある場所でそんなくだらない目的で魔法を使うことは厭うのではなかろうか。
「そうなんですけど、それでもし、友達に現場を見られちゃったら嫌だから」
友人に心配を掛けたくない一心で、このミアベルという少女は敢えていじめに対して独りで立ち向かっているのだ。
それは健気で尊敬に値するし、だから私も少しでも助けになれればとこのようなことをしているのだ。
アシュタルテ侯爵家のメイドである私は、お嬢様のお許しなくしてミアベルさんに勝手に食事を恵むことなどできない。
衝動的にやってしまった最初の一回をお嬢様に伏して詫び、改めてミアベルさんの支援をしても良いかと伺いを立てた私に、お嬢様はこう仰った。
『猫に餌をやるのは構わんが、懐かれたとしても連れて帰ってくるなよ』
要は黙認してくださったと言うことだ。
わざわざ『猫』と表現したのは、お嬢様が知らぬ振りをして下さるということだ。それから、こうも仰った。
『猫の餌は残飯で良いぞ。間違っても貴様の食事を与えるような真似はするな』
つまりはこうしてお嬢様のために作った昼食の余分を与えるのは構わないが、それで私やフォノンの昼食を削るような真似はするな、ということだ。結局お嬢様のお言葉を要約すれば、侯爵家のリソースで秘密裏にミアベルさんの昼食を支援して良いと仰っているのと同じである。
たぶん、自惚れでなければ、私が申し出たからこそこのような破格の対応をお許し頂けたのだろう。
「わたしの友達、貴族の子も居るんです」
「そうなのですね」
「うん。だけど、わたしがいじめられてるの、その子が知ったら、きっとすごく悩むと思うから」
ミアベルさんと友人関係の貴族学生と言えば、十中八九ハートアート伯爵家のご令嬢だろう。
別に講義棟に入れぬメイドの身でも、従者間を流れる噂を追えばそのくらいのことは簡単に調べられる。
そこから導き出されるのは、ミアベルさんに対するいじめの主導者は、そのハートアート様よりも位の高い家の人物。そこから人格的なふるいを掛ければ、自然と答えは導かれる。
まあ、たぶん、ほぼ間違いなくクレインワース侯爵令嬢が裏に居るのだろう。
いくらなんでもクレインワース侯爵令嬢その人がただの平民学生であるミアベルさんに対するいじめを主導しているとは思えないので、ミアベルさんにちょっかいを掛けているのはクレインワース様のグループに属している取り巻きの令嬢とかだろう。
件の侯爵令嬢と言えば、まったくもって腹立たしいことに我らがプリムローズ様に対しても悪辣ないじめ行為を繰り返していると聞く。私にしてみれば業腹なのだが、当のお嬢様本人が砂粒ほども意に介していないご様子なので、私も努めて気にしないことにしているのだ。
それはともかくミアベルさんのことだが。
他人の交友関係に口出しできるほど偉くなったつもりはないのだが、それでも思うのは。
ハートアート様との友好が無ければ、ミアベルさんがこれほどまでに独りで苦しむ必要もなかったのではなかろうか。何故って、ミアベルさんがクレインワース様に反抗した場合に一番困るのは、当のミアベルさんでなくその友人であるハートアート様であるからだ。
貴族間の力関係を考えれば、それは考えるまでもない。
あくまでも私個人の意見として言わせていただくのであれば、そうなった時にミアベルさんを守る覚悟すらないのであれば。自らの存在がミアベルさんを窮地に立たせていることにそもそも気付かない程度であれば、最初から友好関係など築くべきではない。
お互いに憎からず想い合って居るにも拘わらず、対外的には完全に無関心を装うお嬢様とフレンネル様のご覚悟を知っているから、余計にそう思う。
まあ、それこそ私風情が口出しすることではないのだろう。所詮は外野だから好き勝手に言えるだけなのだ。
ミアベルさんとハートアート様が良好な関係を築けているからこその、この状況なのだし。
私はミアベルさんが綺麗にしてくれた容器をバスケットに回収し、席を立った。
「ではミアベルさん。また明日」
「残念!次は四日後だよ!」
挑戦的に笑うミアベルさんに笑みを返しつつ、「頑張ってください」と激励する。
すると、一転して彼女は情けない顔になった。
「あ、でも。そうするとどんどんクラリスさんに会える日が減っちゃうのは、寂しいかも……」
「一日も会えなくなる日が来ることを祈っております」
「ひどい」
あまりにも憐れを誘う涙目をするものだから私は思わず笑ってしまい、「冗談です」と告げた。
彼女に対するいじめがなくなればこの関係は終わるのだろうが、そしたら新しい関係を始めればいいだけだ。
その時はきっと、もっと素直に笑い合えることだろう。
「それでは……――?」
いつもならば、私が立ち上がるのと一緒にミアベルさんも席を立ち、彼女は元気に講義棟のほうへと走り去っていくのであるが、何故か今日は一向に立ち上がろうとしない。
ミアベルさんは顔に笑みを張り付けて、私を見送る体勢だ。
「ミアベルさん?」
「な、なにかな」
「…………」
私が無言の圧を掛けると、彼女はわかりやすく狼狽え、視線を逸らして唇を尖らせた。
彼女の可憐な唇から、ふひぅ~という間の抜けた音が響く。
吹けてないですよ。口笛。
私は諦めて立ち去る――と、見せかけて!
即座にミアベルさんの背後に回ってその姿を観察した。
「これは、酷いですね」
「あはは、ばれちった」
座るミアベルさんの後ろ姿、制服の腰のあたりからスカートに至るまでべったりと、染料のような染みがついてしまっている。
察するに、誰かにぶちまけられたのだろう。
今日のミアベルさんが最初からガゼボで腰掛けて待っていたのは、たぶん私にこの染みを見られないようにするためだったのだ。
「脚に垂れたぶんは洗えたんだけど、服の染みは落ちなくって……」
言い訳がましくぼそぼそと喋りながら身を竦めるミアベルさんに、私は深々と溜息を吐いた。
どう見ても、拭いた程度でどうにかなる汚れではない。
「そのままで講義を受けるつもりではなかったのでしょう?」
「そりゃそうですよ。寮に戻って着替えるくらいの時間はあるでしょ?」
「替えの制服はお持ちですか?」
「一着だけ」
「その染みはどうするおつもりで?」
「夜にでも洗おうかな、って」
私はもう一度、先程より更に深い息を吐く。
「私にお任せ下さい」
「へ?いやでも」
「でもではありません。その有様を見逃すのはメイドの沽券にかかわります」
というか、敢えて触れないようにしていたが、ミアベルさんのブレザーは普通に薄汚れている。染料ほどでないにしても今までもこうやって汚されたことがあるのだろう。そのたびに自身でクリーニングしていたのだろうが、所詮は素人仕事である。
ミアベルさんのほうから相談されるまでは差し出がましい真似は控えようと思っていたが、もう我慢の限界である。
良い機会だし、徹底的に綺麗にさせてもらおう。
「まずはブレザーですね。その下のシャツは?」
「裾に少しだけ染みて……」
「ではそれも預かります。スカートもですね。ショーツは?」
「実は、ちょっとだけ」
「ではショーツも寄越しなさい」
「え、そそれは流石に申し訳ないというか恥ずかしいというか、」
「返事は『はい』ッ!」
「はいっ!!」
素っ裸にされちゃう……、と震えるミアベルさんに構わず、私は彼女の衣服を徹底的に綺麗にするべく算段を立てる。
ちょうどいいから、フォノンにも教育がてら手伝わせよう。従者教育のためという大義名分。ふふふ、完璧です。
「な、なんかクラリスさん、活き活きしてない?」
「気のせいです」
実のところ、活き活きしている。
だって、物足りないんだもの!
私の敬愛するお嬢様は昔の姿が嘘のように我儘を仰らないし、朝の身支度以外の大抵のことはご自身で済ませてしまうお方なので、全然メイドに尽くさせて下さらないのだ。フォノンなんて最近は開き直って、寮でお嬢様の講義の教材を持ち出して勉強し始める始末だ。勤務中だと叱りたいところだが、真面目に勉強しているので文句も言い難いこの私の微妙な遣る瀬無さときたら。小賢しいことにフォノンは先んじてお嬢様に許可を得て行動しているので、ちゃんと仕事はしているフォノンの自学を私が咎める合理性がないのだ。
それもこれもお嬢様が私やフォノンを甘やかし過ぎるのがいけないのである。
他家のご令嬢にこき使われている使用人からすれば死ぬほど羨ましい環境らしいが、主が手が掛からなさすぎるのも、それはそれで寂しいものがある。
なにせ、お嬢様と来たらご自身の衣服に染みでも付こうものなら『フッ』で綺麗にしてしまうのだ。そりゃあご自身でされれば一秒で終わることをわざわざ私達に苦労させるのを厭うて下さっているのはわかるのだけど、本音を言えばそのくらいはメイドに任せてもらいたい。染みがあろうとなかろうとクリーニングはするのだし。
もっと、もっともっと!私はお嬢様のために馬車馬の如く働きたいのに!
……今日のところは、ミアベルさんで我慢しよう。
やはり、持つべきものは友人ですね。
「ふふふ、ミアベルさん、貴女と知り合えて本当に良かった」
「それは、もうちょっと違うシチュで聞きたかったなぁー……」
2021/5 細部の描写を修正。




