25話_side_Pr_貴族学生寮_プリムローズ私室
~"転生令嬢"プリムローズ~
長編物のバトル漫画とかでよくある展開なんだけどさ。
ほら、中盤とかで主人公にパワーアップイベントがあるじゃない?
大抵はより強大な敵に立ち向かうため、とかって言って。メタな話をすれば読者を飽きさせないために、あるいは作者の気まぐれで、新たな力に目覚めたり、新たな技能を身に着けたりするわけだ。
それでありがちなのが、主人公が身に着けた新たな能力が、その後のバトルではスタンダードになって、それまで影も形もなかった能力を敵も味方も当たり前のように使い始めるっていう展開。
序盤から登場してた強キャラなんかは『実は使えたけど、敢えて使わなかっただけ』とか『制約があって、今までは使えなかった』とかってそれらしい理由を付けて整合性を無理やり取ろうとしてくるのだ。
別にそれがいけないって言ってるわけじゃなくて、ただ私は、それってあるあるだよねって言いたいだけなのだ。
つまり『夜明けのレガリア』もその例に漏れないのである。
物語も中盤の最後くらいで、魔物との戦闘が主軸になってバトル漫画風味が強くなってきた頃、主人公が身に着けた新たな力がある。
その名も『転神』。読みは『デヴィライズ』だ。
この世界における魔法技能のハイエンドであり、自らの肉体の物理と魔法の境界線を曖昧にし、存在そのものを魔法へと近付ける。要するに最も魔法を使うことに適した形態へと変化するのだ。自らの肉体を一個の魔法モデルと化すと表現してもいいかもしれない。
この転神という技能を使用できるかどうかは完全に先天的な素質に依存し、未だ原理的には解明されていない。傾向的には魔法が達者な者に発現することが多いが、魔法が上手なら必ずしも使えるわけではないし、魔法が下手でもまれに使える場合がある。
原作の主要キャラでも転神が使えるのは半数くらいだった気がする。
私ことプリムローズは当然使える。
原作のゲスロリ戦は転神したミアベルとプリムローズの一騎打ちだったし。
で、私にとってこの転神という能力の良いところは、姿形がわりとがっつり変わることだ。転神後の姿を『アヴァター』と呼ぶが、それがどうなるのかと言うのは個人で異なり、前後で殆ど姿が変わらない者も居れば、全然別の姿になる者も居る。
前者がミアベル、後者がプリムローズだ。
私が、黒い森の魔物勢力相手に独自行動をすることを決めた最大の理由はこの転神の存在があるからだ。
姿ががっつり変わるので、転神して行動すれば外見で私だとバレることはない。
この世界では大抵のバトルものでありがちな、『この魔力は……プリムローズ!!』とか『あちらから禍々しい魔力を感じる……!』とかっていうのがないのだ。個人が有する魔力はあくまでもエネルギーであり、そこに個人を特定できる特徴とかはないのだ。っと、厳密に言えば個人の肉体を通して出力した魔力には固有の『波形』があるので、それを解析すれば個人を特定できる。ただ、人が肉眼で指紋を判別することが現実的でないように、それは専用の大規模な設備があって初めてできることだ。
だから黒い森で転神してどれだけ魔法を使おうが、魔力そのもので正体がバレることはない。
それでもって、前述の通り転神を使用可能になる条件はわかっていないので、私が使えるかどうかは自己申告しなければ誰にもわからない。だから私が普段は転神を使えない振りをしておけば、独自行動するアヴァターと私がイコールで繋がることはない。
ちなみに、魔法技能のハイエンドである転神が使えることは名誉なことであり、基本的には使えることを隠すメリットはない。
後ろ暗いことを考えていなければ、であるが。
貴族の子息令嬢なんかで言えば、転神が使えるようになったら嬉々として自慢するのが普通なのだ。
尤も、現実の割合的には百人に一人使えれば、という程度のものなので、半数が使用可能という原作主要キャラ連中がいかにご都合主義かが良くわかる。
「――と、いうわけだ」
私の説明にクラリスちゃんが成程と頷く。
場所は寮の私室、フォノンちゃんの入浴中に、クラリスちゃんに今後の方針を説明していたのだ。
フォノンちゃんを信頼していないわけではないが、彼女に事情を開示するのはクラリスちゃんに止められた。あの子は迂闊なところがあるのでどこでボロを出すかわかりません、と言われると私も納得せざるを得ない。
彼女のことは私よりもクラリスちゃんが良く知っているので、どれだけの情報を開示するかを含めた手綱の握り方は一任しておくことにした。
「と言うことは、お嬢様は転神が既に使用できるのですね?」
「ああ。使ったことはないが」
こればかりは感覚的な話で、やったことはないけど出来ることはわかる、としか言いようがない。それなのにこれまで一度も使用しなかったのは、万が一にも転神の技能者であることが露見すれば、これからの活動方針が全て瓦解するからだ。黒い森での独自行動という方針策定自体はこの学院で情報収集しながら煮詰めたものだが、それ以前から、魔王復活阻止のために活動するとなればアヴァターを隠れ蓑にするしかないとは考えていたので。
出来ることはわかってるから、試す必要も別になかったし。
原作では物語の中盤からいきなり降って湧いたような転神という言葉だが、当然現実では魔法使いならば誰でも知っているし、魔法使いでないクラリスちゃんでもそういう技能があると言うことくらいは知っている。
「私は詳しくないのですが、お姿が変わるのですよね」
「うむ」
クラリスちゃんの空色の瞳がきらきらと輝いている。
うっ、眩しい……。
「……見たいのか?」
「是非!」
まあ、実際に魔物相手に使う前に予行練習くらいはしておきたいが。それはわかっているのだが。
呻る私を見て、クラリスちゃんが申し訳なさそうに眉を寄せた。
「申し訳ありません。差し出がましいことを」
「ああいや、貴様がどうとかではなくてな」
「?」
この場で転神を使うことを渋る理由は、完全無欠に私の個人的な感傷である。
先にも触れたが、原作プリムローズの転神は、前後でがらりと姿が変わる。それでもって、プリムローズとは物語上で重要な悪役であり、ボスキャラなのだ。
何が言いたいかと言うと、アヴァターの見た目が、完全に悪役なのだ。
役割を思えば当たり前なんだけど、それはもう悪いのだ。
「実は、先程使ったことはないと言ったが、あれは嘘だ」
「はあ、そうなのですか」
「ほんの一瞬使ってみて、すぐやめた」
それこそ嘘なのだが、こうでも言わないと理由付けができない。
「私のアヴァターは、その、見た目がな」
言い淀む私に、クラリスちゃんはきょとんとした。
それから、すぐにこちらの言いたいことを察したようで、やんわりと苦笑を浮かべた。
「お嬢様がどのようなお姿になられようと、私の忠誠は揺るぎません」
「そんなことはわかっている。私が、ちょっと、アレなだけだ」
「願わくば、お嬢様のどんなお姿でも知りたく存じます」
「いやでもアレだぞ。絶対ヒくぞ?」
「引くかもしれませんが、それがお嬢様であるならば、私は必ず受け入れます」
「悲鳴とかあげるなよ?私が泣くからな!?」
それこそちょっと引くくらいに予防線を張って、私はいよいよ覚悟を決める。
座っていたソファから立ち上がり、窓際の開けたスペースへと移動した。クラリスちゃんはワクワクと瞳を期待に輝かせている。
かくなる上はせめてフォノンちゃんが風呂から上がってくる前に終わらせようと、全身に魔力を巡らせた。
そして、肉体を、ほどく。
「――転神」
別に派手なことはなにも起こらない。
ただ私の矮躯が光に包まれ、光そのものが形状を変じ、新たな姿を作り出す。
プリムローズのアヴァターは一言で表現するならば『悪魔』である。それも、かなり性的なデザインの、所謂サキュバス的な女悪魔。原作プリムローズの肉体的なコンプレックスを反映したかのような、肉感的な、有り体に言ってエロいヤツ。
白を通り越して青白い肌に、病的に白い頭髪。悪魔に相応しいねじくれた角や翼、尻尾なんかは毒々しい赤紫色だった。ボディラインも顕わな薄手の黒いボディスーツに身を包み、お誂え向きに手には鞭。主人公のアヴァターが清純さを前面に押し出していたので、対照的にプリムローズのアヴァターは媚態と退廃まみれというわけだ。
転神前との共通点は髪の色くらいしかないので、アヴァターだけを見てそれがプリムローズであると気付く者はまず居まい。
光に包まれた私の視界が高くなり、目線の高さがクラリスちゃんと並ぶ、ちょうど前世の自分と同じくらいか。
着ていた制服が分解・再構築され、ボディスーツ特有の肉体を締め付けるような心地よい圧迫感へと変わる。
時間にして一秒もかかっていないだろう。
アヴァターの姿となった私は恐る恐るクラリスちゃんの様子を窺う。
これで泣かれでもしたら、私こそ泣いちゃうぞ。ほんとに。
が、いつまで待ってもクラリスちゃんの反応がない。
「……クラリスちゃん?」
身体が大きくなったので声音も相応に低くなった。
ゲスロリの耳障りな甲高い声から、ボスらしい威厳と色気のある声音に。って自分で言うのもアレだけど。
呆然と私を眺めていたクラリスちゃんは、呼びかけにハッと我に返り、そして吐息とともに呟いた。
「なんてお美しい……」
……はい?
え?クラリスちゃんってこういうのが好みなの?
まあ確かに悪役面だけど美しいには美しいわけで。
でも造形は完全に悪魔なんだよなぁ、と己の角に手をやると、何もない。
「あれ?」
角がない。
ていうか、持ち上げた腕を包むボディスーツが白い。
身体を見下ろすと、なんか全身が白い。むしろ、光ってる気がする。
「クラリスちゃん!鏡ちょうだいっ!」
「は、はい!ただいま!」
大慌てでクラリスちゃんが移動して来てくれた身繕い用の姿見の前に立った私は、自分の姿を見て呆然とする。
「なにこれ……」
基本的な造形は私が知る原作のプリムローズのアヴァターと同じだ。肉感的でセクシーな女性的体格。
ただ、青白いはずの肌は健康的な白磁に変わり、全身に散りばめられていた悪魔を思わせるアクセントもすべて別のものに置き換わっている。
頭の角は光の環に。
飛膜の翼は純白の羽毛に。
細く長い尻尾は光で編まれた幻想的なベールに。
ボディスーツはボンテージを思わせる黒い意匠から、戦乙女を思わせる白い意匠に。
この姿はまるで、
「――――天使?」
私はその場にふわりと浮かび、鏡の前で旋回して見せる。
背の翼から光そのものな羽毛が舞い散り、室内を淡い白に染め上げる。
それを見たクラリスちゃんがますます瞳を輝かせ、「ふわぁぁ……!」と感嘆の声を上げた。
「クラリスちゃん。どう思うコレ?」
「大変お美しいですお嬢様!このクラリス、感動いたしましたっ!」
うん。ぶっちゃけ私も自分で感動している。
なんで原作と姿が違うのかって、本当のところはわからないけど、最も妥当な予想としては中身が違うからだろう。プリムローズの中身がゲスロリではなく私なので、アヴァターが違うのだ。
まあ、別に私って全然関係ない人間が憑依したわけじゃなくて、飽くまでも前世だと思うから、厳密には同じ人なんだけども。
「なにを躊躇される必要があったのですか!どこに出しても恥ずかしくないお姿ではありませんかっ!」
「それは言い過ぎだけど……いやぶっちゃけ、前に使ったときはこんなじゃなかったのよ」
たぶん、実際は最初からこうだったんだろうけど。
ここで言う『前』は前世の原作のことである。
少し気になるのは、原作のアヴァターは瞳の色が赫赫たる赤に染まっていたのだけど、今の私は転神前と同じ瑠璃色の瞳をしている。転神前後での類似点が増えているのは、不安要素ではある。
全体的には、心配事よりも嬉しさのほうが圧倒的に大きいのだけど。
「たぶん、アレかな。クラリスちゃんのおかげだ」
「は、私、ですか?」
「ほら私、クラリスちゃんにだけは本当の姿を見せても良いって思うようになったから、それがアヴァターにも影響されたのかなって」
にへっと笑って見せると、クラリスちゃんが感極まったように瞳を潤ませた。
たぶん、いくら考えても答えなんてでないだろうから、ちょっと良い話風にそういうことにしておこう。的な。
余談だが、そのすぐ後。
お風呂から上がったフォノンちゃんに「なにをお祭り騒ぎしていたのか」とツッコまれ、二人して必死に誤魔化したのは言うまでもない。
2021/5 転神の発現割合を五十人→百人に一人に修正。五十人に一人って多くね?ってふと思ったので。




