24話_side_Mil_学究区_広場
~"もう一人の転生者"ミリティア~
一晩掛けて折り合いをつけた私は、早速ミアベルに頼んでレックスを紹介してもらうことにした。
推しキャラのレックスが変態に乗っ取られてしまったのは残念極まりないが、もし彼が私の予想通り、私と同じく前世の記憶を持つ転生者だったら是非とも協力関係を築きたい。
ミアベルの話を聞く限りは変態だけど悪い人間ではないらしいし、少なくとも今世で私がコーリッジ男爵家関係の噂を集めた段階では長男が変態だなどという話は聞かなかった。
つまりは外面を取り繕うことが出来る程度の変態。分別のある変態である。
私がこうも性急に彼とのコンタクトを望むのは、ある危惧があるからだ。
レックスは優秀な騎士を輩出するコーリッジ男爵家の長男。本人も将来は騎士になるべく鍛錬を積んでいる肉体派の魔法使いだ。原作においては主人公勢力の前衛の要と言っても良いポジションだった。
そのレックスが、もし中身が変態なだけでなく平和主義者だったり、もっと言えばヘタレだったりしたら、非常にマズい。
なにがマズいって、それはもうボス戦ですよ。
大ボスのプリムローズ、それからラスボスの魔王。これらは結局ミアベルが主人公パワーでぶちのめしたようなものだったが、ミアベルが万全の状態でボス戦に臨めたのは、間違いなく周囲の面子の活躍があったからだ。
中でも、レックスの役割は相当大きい。
もし偽レックスが役に立たなければ、その役目を私が肩代わりしなければならないのだ。
私だってそれなりの魔法使いだと自負してるけど、肉弾戦に自信なんてない。
原作レックスと同じ仕事なんてできるわけない!
というわけで、変態の真価を見極めるのは、わりと急務なのである。
「ティアから、ロイを紹介してなんて言われるとは思わなかったなぁ」
「それはミアベルが余計な事言うからだと思うよ」
「そうよ。大事な友人の幼馴染が変態だなどと聞けば、心配になるでしょ」
とまあ、それが表向きの理由。なにも嘘ではない。
「大丈夫だって、ロイは変態は変態でも無害な変態だから!」
「それは昨日も聞いたわ」
現在は昼休み。昼食を済ませた私達は、レックスがいつも鍛錬をしているという広場に向かっていた。
ちょっと身体を動かしたい学生とかがよく利用している場所であるが、女子学生にはあまり縁のない場所だ。
「ミアベルは、そこでレックス様と再会したのよね?」
「うん。そだよ?」
「貴女、なんでそんな場所に居たの?」
私が何気なく訊いてみると、ミアベルは「うぇっ!?」と素っ頓狂な叫びをあげる。
「なんでっていやほらあのあれ、散歩!」
「…………」
半眼で睨む私に、ミアベルは明後日の方向を向いて唇を尖らせた。
彼女の可憐な唇から、ふすー、と音が鳴る。
いや吹けてないから、口笛。
傍らを歩くノエルは、なにかを考え込むように視線を伏せて、呟く。
「ミアベル、もしかして……」
「この学院すっごい広いから、ワクワクしちゃって!昼休みに探検してるんだぁ!」
「ふふっ、男の子みたいなことを言うのね」
それがミアベルの魅力的なところだけど。
でも気持ちはわかる。前世では入院生活ばかりだった私は、物珍しい場所を思うままに探検するなんて贅沢は許されていなかった。ミリティアとして生まれた今世では、幼い頃は嬉しさも手伝って方々を探検しまくるお転婆な子供であった。
「棲み分けだけは本当に気を付けなさい?貴族のテリトリーを侵すと面倒くさいわよ?」
「大丈夫!それはティアのおかげでちゃんとわかってるよ」
「ならいいのだけど」
ノエルもすごく心配そうな顔をしているし、なんとなく不安である。
ミアベルはちょっと迂闊なところがあるけど、決して馬鹿ではない――というか普通に私よりも頭良いので心配し過ぎも失礼だとは思うのだが。
「とうちゃーく!」
目的地にたどり着いたミアベルは、手でひさしを作って広場を見渡した。ちょこんと爪先立ちになって、目一杯背伸びをしてきょろきょろとする様子が実に愛らしい。こういうところが可愛いんだよなぁ。
労せずレックスの姿を見付けたらしく、ミアベルは歓声を上げて一目散に走っていった。
私とノエルは苦笑しつつ歩いてその後を追う。
「ロイー!」
広場の隅で素振りをしていた彼は、駆け寄るミアベルに呼ばれて手を止めた。
ミアベルが彼に経緯を説明している間に私達も追いつき、合流する。
「こちら、わたしのお友達!ノエルとティア!」
「ノエル・クライエインです」
「ミリティア・リリア・ハートアートと申します。よしなに」
私達が挨拶をすると、レックスは模造刀を腰のホルダーに収め、かっちりとした騎士式の礼を取った。
「レックス・モラン・コーリッジです。お初にお目に掛かります、ハートアート伯爵令嬢、クライエインさん。このような格好で申し訳ありません」
鍛錬中だったので、彼は制服の上着を脱いでいて、上半身は薄い肌着のみであった。黒い肌着がその下の鍛え上げられた筋肉の形をくっきりと浮かび上がらせていて、私は恥ずかしくなって視線を少し逸らす。
前世が前世なので恋愛経験ゼロの私には、この光景はちょっと刺激が強すぎる。
ていうか、めちゃくちゃ真面じゃん。レックス。
ちゃんと私が伯爵家だとわかっているみたいだし、ちょっと不愛想だけど礼儀正しいし。
清潔感のある鳶色の短髪に、彫りの深い男性的な面立ち。私達と同い年の十五歳だと思えば、だいぶ大人びた容貌と言えるだろう。昼休みに鍛錬に打ち込むほどにストイックで、鍛え上げられた身体を見れば努力家であることが窺える。
これのどこが変態?
同じ疑問を抱いている様子のノエルも小首を傾げている。
ミアベルはそんな私達を悪戯っぽく見遣る。
「ねえロイ!ティアは伯爵家のお嬢様なんだって」
「知っているぞ」
「クールで頭も良くて大人っぽくて、美人だよね!可愛いよね!」
いきなり私を褒め殺しし始めたミアベルに、レックスは訝しげながらも私本人に気を遣ってか「噂以上にお綺麗だな」と世辞を言ってくれて、私はと言うと照れるよりも混乱が勝っていた。
「ほら、流石のロイでもちょっとくらいはときめくでしょ?」
ミアベルのその言葉に、彼女の狙いを悟る。レックスもミアベルが何を言わせたがっているのか理解した様子で、チラリと私を一瞥する。それに対して私が苦笑を返すと、彼は真顔で言った。
「生憎と、俺は外見年齢が12歳以下の令嬢にしか興味がない」
で、でたぁー!
ほんとに言いよったぞコイツ。
第一印象との落差で、事前に聞いていたにも拘わらず唖然とする私とノエルを放置して、幼馴染の会話が続く。
「あーあ、わたしロイのことちょっと良いなぁって思ってたのに」
「俺もそう思っていたぞ。五年前はな」
「そんなわたしに一言!」
「なんで育ってしまったんだ」
コントみたいな遣り取りをして、ミアベルは「こんな感じ」と笑って見せる。
恐るべきはレックスがずっと真顔だと言うことだ。
これは確かに変態だわ。揺ぎ無い変態。
見た目は完璧なのに、なんだろうこの残念感。
「ねえミアベル。ちょっとレックス様を借りても良い?」
「へ?別にわたしは良いけど……」
有無を言わさずレックスの腕を掴んで、ミアベル達に声が聞こえない場所まで引っ張ってくる。
困惑しながらも無抵抗についてきたレックスに向き直り、
「『夜明けのレガリア』って知ってる?」
率直に問い掛けると、彼は少し目を見開く。
「漫画のことか?何故貴女が……――もしや?」
「その様子だと、貴方も前世の記憶があるみたいね」
案の定、変態レックスは転生者だった。
だけど、これまでの遣り取りから予想するに、たぶん彼はそれほど原作には詳しくないのではなかろうか。
主人公の幼馴染という最強のポジションであるにも拘らずミアベルへの興味が薄いのは性癖のせいだとしても、原作ではプリムローズの取り巻きである私がミアベルの友人として現れたことを訝しむ様子がなかったからだ。
「ちなみに、その漫画の内容は知ってるかしら?」
「読んだことはない。娘と一緒にアニメを見ていたから、少しだけわかるが、その程度だ」
「はぁ……そう」
良かったのか悪かったのか。
なんでそんな質問をされるのかわかっていないレックスに、端的に説明する。
娘が居たという発言からも、彼の前世は私よりもだいぶ年上まで生きていたらしく、転生という特大の非現実を経験している以上、特に疑うこともなく落ち着いて私の説明を聞いてくれた。
「成程……ここは漫画の世界、か」
「全然驚かないのね」
「そりゃあな。死んだと思ったら貴族に生まれ変わって、しかも魔法が使えますときた。もうびっくりも看板だよ」
そう言って肩を竦めるレックスは、先程までよりもだいぶ砕けた態度に見える。
きっとこれが彼の素なのだろう。
私自身、同じ境遇の相手が見つかって自分でも意外なくらいにホッとしているので、彼も同じ気持ちなのだと思う。詳しい内容について喋り出すと時間がいくらあっても足りないので、伝えたのは概要だけだ。
ミアベル達を待たせてることだし、詳しくは日を改めてと約束して、彼女達のほうへと歩を進める。
「ところで貴方、妻子が居たのにロリコンなの?ちょっと危なくないソレ?」
「ん?いや、俺は特殊性癖かもしれんがロリコンじゃない。それは断固として否定させてもらう」
「だって、12歳以下にしか興味ないんでしょう?」
「違う。外見年齢が12歳以下だ」
なにが違うのか。
ロリコンにはロリコンの美学があるのだろうか。
などと私が考えていると、横を歩くレックスが遠い目をして言った。
「前世の妻がいわゆる小人症の上に童顔でな。今でも、妻を愛しているからそう言っているだけだ。尤も、妻は周囲から合法ロリなんて言われてたから、そういう意味では――って」
そして私は膝から崩れ落ちた。
「ちょ!?どうしたいきなり!?」
「わ、私って、」
――私って薄汚れてるううううぅぅ!
なんか無性にレックスに申し訳ない。
いや、確かに特殊性癖には違いないかもだけど、少なくとも変態などではなかった。
私は、ちょっと泣いた。
2021/5 細部の描写を修正。




