23話_side_Pr_貴族学生寮_プリムローズ私室
~"転生令嬢"プリムローズ~
さて、魔王対策するよ!
私の今世の目標はとにかく生き残ること。差し当っては学院を卒業することなくこの世から退場した原作プリムローズの二の舞とならぬよう、平穏無事に学院を卒業することを目指す。
脳筋殿下になるだけ関わらないとか、エカテリーナ嬢を煽らないとか、他の女子学生をいじめないとか、色々と考えるべきことはあるのだけど、それらは努力目標として。
本当のことを言えば主人公ちゃんにも関わりたくはなかったんだけど、どういう因果かクラリスちゃんが知り合って来ちゃって。いやぁ晴天の霹靂ってああいうことを言うんだろうね。なんか主人公ちゃんがひもじいことになってたら食料を恵んでも良いか、って訊かれたんで、餌はやっても良いけど拾って来ちゃダメよって指示しておいた。
そんな原作イベントあったかなぁ?
いや、原作にクラリスちゃんは居ないはずだけど、そもそも主人公ちゃんがこんな物語の序盤も序盤にそんなみじめな状況になってた覚えもないんだよなぁ。
まあそれはともかく、原作プリムローズの一番の死亡フラグはラスボスの『宵の魔王』関連だ。
おそらく魔王の復活さえ阻止できれば生き残れると思うのだ。逆に、魔王が復活したらたぶん原作通りの流れにならざるを得ないんだろうなぁ、とも思う。
折角の原作知識も殆ど忘却の彼方で役に立たないわけだけど、微かに残る知識から、現状できることをやっていくしかない。なにせ、命が掛かっているのだから。
まず、魔王ってなんぞやって言うと、それはもう魔物の王である。
魔王について語る文献はこの三百年間で殆どが失われ、現存する物にしても玉石混淆の真贋入り混じり、情報が錯綜し過ぎて何が本当かは誰にもわからないのが現実だ。その生態はおろか、姿さえも定かではない。
私は原作読んでるので、魔王がくっそイケメンの黒髪美丈夫であることは知ってるんだけど。
魔物ってのは人類に敵対的な魔法生命体を表す総称だ。
奴らは『魔界』と呼ばれる別世界で発生し、こちらに侵攻してくる。その侵攻の橋頭保となるのが、世界中に点在する『黒い森』という地域だ。これは外観だけを見るならば文字通りの真っ黒な森林地帯なのでそう呼称されているわけであるが、その内部はまるきり魔境であり、深い場所で魔界と繋がっているのだ。イメージというか、ビジュアル的にはほぼほぼ『腐海』のそれだ。干潟ではなくてクソでっかい蟲が住んでるほう。
んで、黒い森から逆に魔界へと乗り込んで魔王を討伐したのが三百年前。その後人類は世界中の黒い森を焼き払って、徐々に魔物の勢力圏を削り取っているわけ。黒い森そのものが魔界とを繋ぐゲートなので、森を焼き払えばゲートは閉じる。
と言っても、黒い森そのものが一個の魔物みたいなものなので、焼き払うのも言うほど簡単ではないらしいが。
統率者を失ったものの、魔界側には未だ夥しい数の魔物が生息しているとされ、奴らは虎視眈々とこちら側の世界を狙っている。橋頭保である黒い森を防衛する魔物勢力と、世界各地で戦闘が続いているのが、この世界の現状だ。
これは余談だが、この世界で国家間の戦争が、所謂熱戦の類が発生しにくいのはどこの国も今なお魔物への対応に一杯一杯だからだ。そうでなければ少なくとも、ウチの領のお隣さんである帝国とリヒティナリア王国はとっくの昔に開戦して白黒つけていることだろう。
この『王立エンディミオン魔法学院』のすぐそばにも、実は黒い森が現存している。
むしろ、黒い森のすぐそばに建造された前線基地が、時を経て学院へと姿を変えたと言ったほうが正しい。もとが魔王の再出現にそなえて魔法使いを育成する機関なので、実地で魔物との戦闘経験値を積める黒い森の至近に存在するのは理に適っている。
学院の裏手に存在する黒い森は王国内で最大規模のものであり、その分、森自体の生命力が強くて焼き払うのも容易ではないとか。だから学院の生徒を動員して訓練がてらに魔物を間引いていき、徐々に徐々に少しずつ森の生命力を削る魂胆なのだ。実際、三百年かけて森の規模を2割くらいは減少させているようだ。単純計算で森を撲滅するために千五百年くらいかかることになるけど、どれだけかかろうが実現可能な見通しが見えてるだけ上等だろう。
国家の首都である王都に国内最大規模の黒い森が存在するって、漫画のストーリー都合かもしれないが普通に考えてクソヤバいと思うのだが、そこのところどうなのだろう原作者さん?
それはさておき、『夜明けのレガリア』において魔王が復活したのは終盤になってからだ。
序盤は学院内での人間ドラマ的なアレコレ。中盤からは魔物との闘争に焦点が当てられてバトル漫画風味が強くなり、終盤に魔王やゲスロリとの最終決戦という流れだったはず。
魔王が復活した頃って主人公たち主要キャラの結束もそれなりに固くなっていたはずだから、少なくとも今すぐの話ではない。主要キャラには主人公の先輩も後輩もいたと思うので、たぶん、来年のどこかだ。
この学院が原作の舞台である以上、魔王の復活にも当然この学院が関わっている。と思う。
おぼろげに覚えているのは、物語のどこかで学院近くの黒い森から大規模な魔物の侵攻があって、防衛戦力を抜かれて学院内で戦闘が発生したことがあったのだ。で、魔王の復活はその延長線上の出来事だった気がするのだ。
おそらくは、その侵攻そのものが魔王を復活させるために必要な作戦行動だったのだと思うのだけど。
魔物の侵攻の裏で暗躍していた、中ボス的ポジションの魔物キャラが居たのだ。
名前は思い出せないけど、黒ローブ姿の胡散臭い人型魔物だった記憶はある。
十中八九そいつが魔王復活のキーキャラクターなのだと思うのだが、残念ながらそいつが何者で、何が狙いで、何をしでかしたのかは全然覚えていない。私って原作の人間模様が楽しみで読んでた層だから、なんかそういう細かい設定的なのって、読んでもあんまり覚えなかったんだよね。
今となってはそれが悔やまれるが、これでも結構頑張って思い出したほうなのだ。図書館に通って魔物関係の書物を漁って、関連する内容から少しでも原作知識を呼び起こして、やっとざっくり方針を立てられるところまで漕ぎ付けたのだ。
私の当面の方針はこうだ。
とりあえず黒い森の勢力を削るに越したことはないので、魔物の侵攻は撃退する。
で、あわよくば中ボス(仮)を見付けて、余計なことをされる前に退場してもらう。
具体性の欠片もないが、結局それしかない。
ちなみに、この件に関して公に協力を要請することは出来ない。
なにせ、今の時点で魔王の復活を現実的に危惧しているのは、原作を知っている私だけなのだ。
エンディミオン魔法学院が魔王の再来に備えるために設立された教育機関であるっていう話はしたと思うけど、そもそもの疑問、何故魔王の再来を危惧するのかというと、それは三百年前に魔王の討伐を成し遂げた勇者が警告を残したからだと言われている。
はっきりと魔王復活を予言したわけではなく、黒い森を完全に撲滅しない限りは魔王が再び現れてもおかしくない……みたいなニュアンスだったと後世には伝わっているのだが、例によって真偽は全く定かでない。
ここでそもそもの疑問その2であるが、何故三百年の間に魔王関連の情報が失われてしまったのか。これには宗教が絡んでくる。
この世界には二つの巨大な宗教組織が存在していて、それぞれ『教会』と『教団』と呼ばれている。教会は表世界の最大宗教組織で、人間を導く唯一神である『主』を信仰するもの。それに対して教団は裏世界最大の宗教組織で、その教義は『魔王崇拝』である。
詳細な経緯は魔王の情報そのものと同じく失われてしまっているが、ざっくり言えば表と裏の巨大組織が三百年に渡って繰り広げた熾烈な闘争において、大事な大事な過去の遺産がどっか行ってしまった、と。
原作を知らない人間に魔王の復活を阻止したいので力を貸せ、などと言ったところで良くて頭のおかしい輩だと思われるか、最悪異端認定されて私が粛清されかねない。実際的に、魔王が云々と騒ぎ立てる輩は大抵教団の関係者なので、どこからともなく教会の執行機関の実働戦力が派遣されてきてドナドナされるのがオチである。
魔王という存在の脅威が強烈過ぎたせいで、そのワードに過敏になり過ぎて、長い年月を掛けて思想統制や言葉狩りなんかの弾圧を繰り返した結果、今となっては手段と目的がごっちゃになって、本当に必要な情報まで歴史の闇の中という、言っちゃなんだが本末転倒的なことになっている。
尤も、教会か教団の本拠地で蔵書を漁ることが出来れば、有用な情報の一つや二つ絶対に残ってると思うけどなぁ。
とりあえず、今の時点で危機感を共有してくれる人物が居るとすれば、それは居るかもわからない私と同じ転生者だけであろう。まあ、居たとしてもその人物が原作を知っているとも限らないけどね。
では具体性の欠片もない方針に基づいた具体的な行動だけど。
この学院では前述の通り、黒い森からの魔物勢力の撃退に学生を戦力として動員している。無論、それ以外のプロの戦闘者や魔法使いも多く学院に常駐しているのだが、そういう人達は戦力が必要な個所に優先的に投入されるので、例えば打ち漏らしの討伐とか、雑多な魔物の間引きとか、そういう場合には学生が投入されるわけだ。
三年生になると全学生において魔物との戦闘がカリキュラムに含まれるのだが、それ以外にも一年生・二年生の時点でも優秀者は協力を志願ないし要請されることがある。ただし、私やどこぞの殿下のように位の高い者を敢えて戦場に立たせるわけもなく、基本的には戦功を望む平民や下位貴族の優秀者に限ることだ。
仮に私が戦場に立つことが認められたとしても、学院からの要請で魔物討伐に参加するつもりはない。
何故ならば学院の指示に従って動くことを強いられれば、おそらく魔物の密度が薄い比較的安全地帯に送り込まれるし、仮に黒い森で中ボス(仮)を見付けられたとしても独自に動くことができない。
だったら最初から勝手に動いたほうが良い。
普通に考えれば黒い森の魔物勢力を相手取るのに単独行動とかイカれているとしか言いようがないが、私的にはプリムローズの能力があれば決して不可能ではないと思っている。
私の最大の強みは、原作の終盤でようやく辿り着いた、魔法使いとしてのプリムローズの完成形を既に知っていることだ。解答が明確に与えられていて、それを再現できる素養が現実として存在しているならば、辿り着くのはあまりにも容易かったのだ。
そしてなにより、自分自身の命と未来が掛かっているのだから、多少の無茶を躊躇する道理などない。
黒い森からの魔物の侵攻は必ず夜に起こるので、日中は学生として勉学に励み、日没後は独自に魔物勢力を撃退して回る。
これでいこう。
「と、なると……」
他者に事情は明かせないと言ったが、それでも絶対に話を通しておかなくてはならない人物がいる。
言うまでもなく、私のメイドであるクラリスちゃんとフォノンちゃんだ。
毎夜毎夜黒い森にピクニックに行くことを、同室で生活している彼女らに誤魔化し続けられるわけないし、ならばいっそ協力を仰いだほうが良い。誰かが私の不在時に訪ねてきた際も誤魔化してもらう必要があるわけだし。
どう説得したものか、と数瞬考えてみたが、結局下手な嘘を吐くぐらいなら素直に話すことにする。
付き合いの浅いフォノンちゃんはともかく、クラリスちゃんの忠誠心は微塵も疑っていないので、だったらそれに報いようと思うのだ。
「――クラリス」
というわけで、風呂である。
三日に二回のクラリスちゃんにまるっと全身洗われた後、彼女に抱っこされて湯船に浸かりつつ。
「はい。なんですか。お嬢様」
慈しむように私を抱く彼女の柔らかさを全身で感じながら。
「私には、為すべきことがある」
外で仕事をしているフォノンちゃんには聞こえないよう、身を寄せたクラリスちゃんにだけ届くような声音で語った。
魔王の復活を予期していること。
なんとしてもそれを阻止しなくてはならないこと。
だけど確証はないので誰にも協力を仰ぐことが出来ないこと。
そのために独自に行動するのでフォノンちゃんと一緒にサポートして欲しいこと。
呟くように告げた言葉を、クラリスちゃんは無言で最後まで聞き届け、私が口を閉じると静寂が訪れる。
浴室のシャワーから滴る雫が落ちた水音が、いやに耳に残った。
ぱたぱたとフォノンちゃんが駆ける音が微かに聞こえてくる。
私は説明する以上の言葉を重ねる気はなかったし、クラリスちゃんも何も聞こうとはしなかった。
私を抱いたクラリスちゃんの、その触れ合った胸から、とくんとくんと穏やかな心音が伝わる。
そして、彼女は口を開いた。
「――――御心のままに」
たったそれだけを告げて、それだけで充分だった。
なんの動揺も困惑もなく私を抱き続ける彼女の存在そのものが、無上の信頼を雄弁に表していた。
だから私も、無上の信頼を声に乗せた。
「ありがとう、クラリスちゃん……――貴女に会えてよかった」
そうすると、クラリスちゃんは陽だまりみたいに、ほわり、と笑う。
「私もです。プリムローズ様」
2021/5 黒い森の説明を追記。宗教組織の存在を追記。




