19話_side_Pr_講義棟_講義室
~"転生令嬢"プリムローズ~
学院のカリキュラムが開始されて一月ほど経った。
学業とは関係のないところでいくつかアクシデントはあったものの、少なくとも学生生活に関して言えば今のところ、それなりに平穏な日々を送れている。
相変わらず友人も取り巻きも居ないぼっち街道を邁進中であるが、講義自体がわりと面白いので結構満足してる私である。不安の種であったカーマイン殿下もこちらから徹底的に避けている甲斐あってかエンカウントしないで済んでいるし、クラリスちゃん達も新生活に慣れたようだし。
ちなみにレオンヒルト殿下は相変わらず女子連中に囲まれてきゃーきゃー言われているのを見かける。あれだけ付き纏われたらノイローゼにでもなりそうなものだが、あのゼロ円スマイルを崩さないあたり、忍耐力は尊敬に値すると思う。
カーマイン殿下も同じく黄色い声が絶えない人であるが、彼の場合は女子相手でもわりかし本気で威嚇するので、ミーハーな連中も遠巻きに姿を眺めてうっとりしていることが多いようだ。
イオちゃんはと言うと、平民貴族の分け隔てない公平な人柄と優秀な実力があいまって、男子女子問わず多くの同級生に慕われているようだ。彼女の周囲にはいつも多くの人が居て、頼りにされている様子を見ると、何故か私が我がことのように嬉しくなってしまう。
まあ、彼女が四大貴族のフレンネル家だから近付いてる子たちも居るだろうけど、それって必ずしも悪いことじゃないしね。
この学院のカリキュラムは学生個人が受講内容を選択する科目と、全員が一律に受講する必修の科目とがある。学生の数と講義の数もそれなり以上に多く、人気の選択科目で希望者が定数を超えた場合は抽選だし、ニッチな選択科目だと受講者が一桁で細々とやっていることもある。なので、同学年と言えども受講する講義が殆ど被らないなんてこともザラにある。いやいや必修があるでしょって言いたいところだけど、なんせ学生の数が多いから必修の科目でも当然一定人数ごとにクラスが別れての受講となるので、ここで別れちゃうと次のクラス分けまではずっと別々だ。何が言いたいかというと、私が原作主人公のミアベル・アトリーと顔を合わせる機会は週に一度しかない。
まあ、だからと言って別に会話するわけでもなく、ただ同じ講義室で講義を受けているだけなのだが。
原作だともうちょっと講義が被っていた気がするのだが……まあ、私の記憶などあてにならないので、気のせいかもしれない。
余談だが、イオちゃんとは殆どの講義が被っている。
まあ、私と同じく彼女もこの学院で専門的な魔法知識を学ぶつもりらしいから、選ぶ講義が似通っているのだろう。
今日も今日とててくてくと、テキスト片手に次の講義室を目指す。
この学院は無駄に広くて、個々の施設も無駄に壮大だ。身体が小さく歩幅も小さい私は歩く速度が遅く、講義間の移動にも時間がかかって仕方がない。早歩きとか、そういうの貴族令嬢的にダメなんで。他の学生が談笑したり寄り道しながら移動して過ごす休み時間を、私は目一杯使わないと余裕をもって移動できないのだ。
とまあ、そんなわけで前の講義終了後に一目散に移動しても、次の講義室に着くのは大抵私が最後なのだ。
「……おや」
例によって最後くらいに講義室に入った私は、いつもと異なる光景に眉を顰めた。
各講義の定員は選択の場合は教員の一存だが、必修においては基本的に講義室の座席数に対して半数くらいに調整されている。なので、全員が出席したとしても座席の半分は空席なわけだ。
私の場合は背が低いせいで誰かの後ろに座ると視界に支障が出るので、必ず最前列に座ることにしている。最前列は当然講師に最も近い位置であり、講義に集中していないとすぐにバレるし、講師に回答を指名される確率も高いので、基本は勉学最優先の平民階級の学生しか座らない。
貴族の学生にも真面目に勉学に打ち込む者は少なからず存在するが、彼らの場合は身分が邪魔をして最前列を避ける傾向がある。要は、講師に指名されて答えられないと恥をかくので、貴族的にはそれはNGなのである。アホくさいけど、わりと真面目にそういうの気にしてる人って多いのだ。
尤も、講師の側も下手に身分の高い学生を指名して恥をかかせては面倒なことになりかねないので、私は最前列に居ながら今日まで一度も指名されたことがないのだが。
いつもの講義室の光景と何が違っていたのかと言うと、最前列の座席が全て埋まっていたのだ。
三人掛けの机が四列の十二席なのだが、見事に全部取られてる。
そのうちの六人は、常に最前列に座っている勉強熱心な子たちだ。
いつかの黒髪眼鏡少女のノエルちゃんの姿も見える。
だが、それ以外の六人は普段は講義室の中ほどか、後ろのほうに座っている学生だった。
「あらぁ、アシュタルテさん。そんなところに突っ立ってどうなさったの?」
講義室の入り口付近で立ち止まっていた私に、上のほうから声が掛かる。
後方の高い座席に陣取った、貴族の女子学生だった。
緩く巻いたはちみつ色の長髪と、少々キツめの印象を受ける大人びた美貌が印象的な少女だ。
「そんなところからわざわざ声を掛けてくれるとは、余程私のことが好きなんだな貴女は」
定位置の最後列から、講義室前方の入り口付近の私に対して、部屋を縦断してのお声掛けである。わざわざご苦労様と私が思ったことを告げると、厭らしい笑みを浮かべていた彼女の顔が、一転して鼻白む。
そんな彼女の名はエカテリーナ・ロビン・クレインワース侯爵令嬢。
確か原作にも登場していた悪役令嬢であり、現在の同級生の女子最大派閥のリーダーでもある。
過去、クレインワース家で開かれた茶会でイオちゃんに紅茶を掛けようとした張本人であり、あの一件以来、邪魔立てした私の存在を目の敵にしているようだ。私はあれ以来社交界とはご無沙汰だったので直接の絡みこそなかったが、何度か実家のほうに招待状(という名の果たし状)が届いていたことがあるのを覚えている。
なので、学院に入学してからはこうして『待ってましたぁ!』とばかりに嬉々として嫌がらせをしてくる。
さて、今日に限って最前列が埋まっているのはどう考えてもエカテリーナ嬢の差し金だろう。
どうしたものか、と考える。
別に真ん前の席さえ空いていれば、最前列でなくとも前は見えるのだけど、適当なところに座ったら座ったで、私が座った後で前の席を埋められてしまっては結局見えないのだ。故意であれ偶然であれ、それを避けたくていつも最前列に陣取っているのだし。
ノエルちゃんを含むいつもの六人は別にいい。彼らはいつも通りに熱心なだけだ。
それ以外に四人、普段は講義室の半ばくらいに居る学生が最前列に座っている。いずれも平民だったり下位の貴族だったりで、察するにエカテリーナ嬢の派閥に脅されてしょうがなく、と言ったところか。
最後の二人はそのエカテリーナ嬢の取り巻きの学生だった。家格を見るに下っ端が数合わせを押し付けられたようだ。
その二人以外は皆気まずげな顔をしている。そりゃそうだよね、別に彼らだってこんなくだらないいじめに加担するためにここに居るわけじゃないだろうに、でも逆らえばエカテリーナ嬢に何を言われるかわかったもんじゃないし。
後列からニヤニヤと窺っているエカテリーナ嬢は、おおかた私が困る様子が見たいのだろう。
実際のところ、困るのは確かだ。
「パルファンさん。席を譲ってくれないだろうか」
とりあえず、一番近くに居たパルファン男爵令嬢に訊いてみる。
彼女はエカテリーナ嬢の取り巻きの内の一人だ。
パルファン嬢は待ってましたとばかりに笑んで、台本を読むみたいに答えてくれた。
「私、本日の講義にとても興味がございますの。だから是非とも前列で受けたいと思っておりますのよ!」
得意げなパルファン嬢が言い切ると、すかさず後列から野次が飛ぶ。
「ああ!アシュタルテさんに逆らったら、どんな目に遭わされてしまうのかしら!私、パルファンさんがとっても心配だわ!」
「そんなまさか!いくらあのアシュタルテさんでも、ただの熱心な学生を押し退けるような真似はしないでしょう!」
もう少し演技力頑張れよ、と言いたくて仕方がない。
私が誰かに席を譲ってもらっても、それはそれで構わないのだろう。アシュタルテの令嬢が権力を盾に他の学生を脅したのだと嬉々として触れ回るに違いない。
この講義室にはイオちゃんの姿もあるが、彼女は不愉快そうに眉を顰めたものの、静観の構えだ。
私は、一つ頷いた。
「なるほど。熱心なのはいいことだな」
「え?」
「貴女の後ろは空いているだろうか?」
「ええ……空いてます、けど?」
もっと食い下がると思ったのか、肩透かしを食らったようなパルファン嬢に構わず、私は彼女の後ろの席に座った。
思い詰めたような表情をしたノエルちゃんが立ち上がろうとしていたのが見えたので、その前にさっさと座ってしまうことにしたのだ。彼女達が貴族の下らん派閥争いに巻き込まれて割を食うのは道理に合わない。
取り立てるならば、当事者からだ。
「あれで前が見えるのかしら……?」
「みじめねぇ」
聞こえよがしに後ろから飛んでくる囁きにはシカトを決め込む。
なんかなぁ。
こうやってエカテリーナファミリーに嫌がらせをされるのは初めてじゃないし、何度目か数える気も最初からなかったのだけど。低次元ないじめが繰り返されるたびに私が思うのは、
やっぱり、前世のいじめって洗練されてたんだなぁ……。
私が前世で高校時代とか、あるいは大学のゼミとかで受けたいじめを思い返せば、陰湿さも凄惨さも厄介さもこれの比ではなかった。別になにも自慢に出来ることじゃないが、最悪を知っている身からすると、エカテリーナ嬢の主導するそれはおままごとにしか思えない。前世のように情報媒体が発達しているわけではないので、取り得る手段には限りがあるっていうのもあるけど。
いじめの古典作品を見せられてる気分。
なんというか、いじめにも気品があるというか、無駄なプライドが滲み出ているというか。
そう。悪意が足りないのだ。
悪意は間違いなく有る。だから、悪意の絶対量ではなく純度が足りない。
そんな遣り取りをしているうちに講義開始の時間になり、講師が入ってくる。
中年男性のダンガン講師は教員の制服であるローブを着ているのだが、草臥れたトレンチコートとかのほうが圧倒的に似合いそうな雰囲気の人である。あとタバコ似合いそう。程好く厭世的なおっさん、って感じ。
彼は今日に限って最前列が埋まっている状況を訝しそうに見遣ったが、特に何を言うでもなく講義を開始しようとする。
「先生」
と、その前に私が手を挙げる。
ダンガン講師は一瞬私の姿を探したようだったが、パルファン嬢の後ろに居ることに気付いて「どうした?」と問うてきた。
「板書が見えないので、前のかたと席を入れ替わっても良いだろうか?」
私がそう言うと、ダンガン講師は『好きにしろよ』とでも言いたげな表情になったものの、特に考えることもなく許可を出した。
だが、私の前に座るパルファン嬢が後方をちらちらと気にしながら、なかなか立ち上がる気配を見せない。
彼女が気にしているのは背後の私よりも更に後方であることは言うまでもない。
「ミス・パルファン。ミス・アシュタルテと替わってあげなさい」
痺れを切らしたダンガン講師に言われ、パルファン嬢は焦ったように先程私の申し出を断る際に使った理由を繰り返した。
ダンガン講師は「はぁ」とわかったようなわからないような相槌を打つ。
「一列後ろに下がったところで何が変わるとも思えんのだが」
「彼女の視界を妨げないことだけはお約束しますよ」
ダンガン講師の言葉に私がすかさず乗っかると、私の自虐ネタがお気に召したのか、彼はニヤリと笑って「だそうだ」と言う。
たぶんこの人、状況がわかってて言ってるな。
その証拠に、彼はわざとらしく思い付いたようにポンと手を打った。
「そう心配するなミス・パルファン、熱心なお前さんにはちゃんとたくさん回答してもらうからな!」
パルファン嬢が声にならない悲鳴を上げる。
ちなみにこのダンガン講師、普段は全く学生を指名して回答させたりしない。だからこそこの嫌がらせの場に選ばれたのだろうが。
それから彼は私のほうにも目を向けた。
「ちなみにミス・パルファンが答えられなければ、ミス・アシュタルテに訊くからな」
面倒ごとの解決役を押し付けた私への細やかな意趣返しといったところか。
前から冗談の通じる講師だとは思っていたが、アシュタルテの私相手にも何の遠慮もしないで他の学生と同じ扱いをしてくるあたり、相当に肝が据わっているようだ。
勿論、私としては大歓迎だし、むしろ嬉しい。
「お手柔らかに」
「それはミス・パルファンに期待することだ。さ、席変われ?講義始めるぞー」
諦めたように席を立つパルファン嬢に、色々な意味で「すまんな」と詫びておくことにした。
2021/5 細部の描写を修正。
2021/5 冒頭の描写を修正。補完の内容を加味。




