補完[スノードロップ-1]
・暗室もやし補完。
・もやしなのかキノコなのかハッキリしろってそれ一番言われてるから。
~"ソウルジャック"ヘルガー~
気持ち悪い。
あたしという人間には、常にその評価がついて回った。
他者の魂を覗き見る悍ましい存在。忌避すべき存在。排斥すべき存在。この魔法を使えるのはあたしだけだから、あたし以外にはこれを理解することが出来ない。だからあたしに魂を見られた人間は、理解不能で言語化出来ない悍ましさを、そう表現するしかないのだ。
気持ち悪い。ああ気持ち悪い。
昔は、あたしにもちゃんと友達が居た。
あれは、たぶん十歳の頃だったと思う。その頃のあたしは自分の特異性に気付いていなくて、周囲の誰も気付いていなくて、ごく普通の貴族の令嬢として生きていた。
でも、ある時。本当にきっかけなんて無くて、唐突に。
あたしは友達の魂を見てしまった。
いつものように遊びに来た友達と楽しく喋っていただけだったのだ。彼女と何気なく視線を合わせたあたしは、次の瞬間知らない場所に居た。
それは小さな部屋で、どこか現実感が無い場所だった。窓の外には無限の曇天が続いていて、でも部屋には出入り口となる扉が無くて、小さな部屋なのにどこまでも奥に進んでいけるようで、距離感がおかしかった。
あたしはその部屋を一目見た瞬間に、それが友達そのものであることに気付いた。正確にはそれが友達の魂を象徴する空間であったのだけど、とにかくあたしはそれを本能で理解した。あたしの魔法がそういうものであるが故に。
部屋にはとてもたくさんの物が置かれていた。可愛らしいぬいぐるみや、見覚えがあるようでないような絵本。友達がお気に入りと言っていたドレス、あるいは友達の家族を象徴する物品。壁に掛けられた絵画には、友達がかつて聞かせてくれた思い出の風景なんかが描かれていた。
だから、あたしは悟らざるを得なかったのだ。
友達だと思ってたのは、あたしだけだったのだ。
部屋の中の物は、全てが透明なケースに覆われていた。あたしに触れさせる気などこれっぽちも無いと言わんばかりに。
絵画には彼女の家族や友人の姿を描いたものがあったが、あたしの姿はどこにもなかった。
窓の外がどこまでも曇り空なのは、彼女にとってあたしと会う時間というものが、そういうものであるからだ。
誰に説明されずとも、あたしはそれを理解していた。
何故ならば、それが他者の魂に触れるということだから。
そしてあたしは、その後すぐに部屋から弾き出された。唐突に周囲の景観がぼやけ、部屋が消え去ると同時にあたしの意識は現実へと引き戻された。
現実では殆ど時間が経っていなくて、あたしは友達だった彼女と視線を合わせた瞬間のまま止まっていた。
そして、友達だった彼女は、見たことないくらいに苦々しげな表情になって、言うのだ。
「気持ち悪い」
その子とはそれっきり。
あたしは何が起きたか本能的に理解していたけど、それを他者に説明するだけの知識を持っていなかった。あの子はあたしに何をされたのかわかっていなかったけど、本能的な忌避感があたしの存在を遠ざけようとした。
何をされたかわからなくても、何か冒涜的なことをされたことだけはわかってしまうのだ。だからこそ、気持ち悪いと評するしかないのだ。
何が契機となってあたしの中の『ソウルジャック』が目覚めたのかはわからない。だけど、その一件以来、あたしの魔法は度々発動し、そしてあたしの人生をぶっ壊した。
次はメイドだった。あたしが生まれた時から世話をしてくれている熟練の使用人であった。あたしも良く懐いていたし、きっと彼女もあたしを可愛がってくれていたのだと思う。
だから彼女と視線を合わせることに疑問は無くて、あたしは彼女の魂を見てしまい、
「気持ち悪い」
彼女は忠義に篤いベテランだったけど、その生物としての本能があたしを拒絶した。
彼女はその言葉を呟いたあと、ハッとしたように自身の口を手で覆い、そして数日後に自ら職を辞した。仕える家の令嬢に、あるまじき言葉を吐いてしまった己を責めてのことだったと言うが、果たして本当に自責の念が理由だったのかはわからない。
たぶん、きっと、あたしと同じ空間に居ることが恐ろしくなったんだろうな、とは思った。
その次は母親だった。
母は教育に厳しい人だったけど、ちゃんと良い子にしていれば褒めてくれる、わかりにくい優しさを持った人だった。
メイドの一件があって、あたしは自分が恐ろしくなって部屋に籠りがちになった。母はそんなあたしを心配して、普段の厳しさが嘘みたいに色々と世話を焼こうとしてくれた。幼かったあたしは誰かに縋りたくてしょうがなくて、珍しい優しさを見せる母に呼ばれるがまま、その胸に飛び込んだ。
だから、抱き締めてくれる母の顔を、つい見上げてしまったのだ。
視線が合う。
「気持ち悪い」
後はもう、なし崩しだった。
親しい人達が軒並み親しかった人に変わるまで、然程時間はかからなかった。友達と呼べる相手は一人も居なくなって、家族も使用人も皆揃ってあたしを腫物のように扱い始める。
あたしも、あたし自身が他者にとって相当に『良くないモノ』であると理解していたから、極力他人との交流を避けるようになった。
慢性的な不眠と拒食の症状が出始めたのも、その頃だったと思う。
両親はあたしを恐れて遠ざけてはいたけれど、あたしのことを全く放置していたわけではないし、親としての責任を放棄したわけでもなかった。
あたしの魔法が原因だとわかっていたから、その正体を解明し、可能ならば抑える方向に働きかけるのは当然のことだった。あたしの魔法を解明するために著名な研究者や学者が屋敷に招かれ、あたしの魔法を探ろうとしたが、これが上手くいかなかった。
何故なら、あたしの魔法はそう言った人達――つまりは他人も同然の相手には発動しなかったからだ。
あたしの魔法はあたし本人と、受けた相手にしか認識出来ないものなので、外からいくら観察していても正体の片鱗すら掴めなかったのである。
いくつかの仮説は立てられたが、どれも実証が出来なかった。あたしの魔法は前例がなくて、再現しようにもあたし自身すら方法がわからない始末であったから。
今のままでも、あたしは周囲が赤の他人だけの世界なら生きていける。
でも、それはきっと独りきりで居ることよりも、ずっとずっと辛いのだ。
諦めかけた頃、答えはあっさりと見付かった。
両親が手配した学者ではなく、噂を聞いて様子を見に来たとある魔法使いがこともなげに看破したのである。あたしは当時その魔法使いの正体を知らされていなかったけど、後から聞いた話ではラブクラフト大公妃――つまりは今の学院長その人であった。ちなみにその当時の学院長はグラマラスな女性の姿をしていた。
あたしの魔法は死霊術の亜種とも言えるものだったので、死霊術の第一人者である学院長にはわかって当然だったのだろう。
それから、学院長と一緒にいくらかの実験を行って、あたしは漸く自分の魔法の正体と制御法の手掛かりを得る。
他者の魂に干渉するものであるあたしの魔法を、学院長は『ソウルジャック』と呼んだ。これは呼び名が無いと不便だということで彼女が考えた暫定的な名称であるが、しっくりきたのであたしもずっとその呼称を使っている。
この魔法を発動するためには、媒介として二つの要素が求められる。
一つ、あたしと対象の視線を合わせること。
一つ、あたしと対象の波形を合わせること。
視線はともかくとして波形というのはよくわからなかったが、学院長曰く、人間は常に己の魂を発散させながら生きていて、その発散には特有の波があるらしい。これは気分や感情で変動し続ける揺らぎであって、波形を合わせるとは簡単に言えば『気が合う』とか『親しくなる』とかそういう類の情緒を表すのだとか。
つまり、あたしの魔法が他人も同然の相手には発動しなくて、家族や使用人や友達にだけ発動していたのは、この波形の問題だったのだ。
一番最初の被害者である友達だった彼女は、あたしに対して決して好意的な感情を持ってはいなかったようだが、それでも何度も顔を合わせて友人付き合いをしていれば、自然と波形は合ってくるのだ。嫌いな相手でも、何度も会っていればそれがどういう人間か理解出来てくるであろ?と学院長に説明され、あたしは成程と納得したのだった。
親しい相手や、慣れた相手に、不用意に視線を合わせると、あたしはその魂を覗き見てしまう。
覗き見られたほうにもそれがわかる。
魂というのは生命そのものと言っても過言ではない、生命体にとってクリティカルな概念だ。生命体としての本能が魂を外部干渉から守ろうとするから、誰もが本能的にあたしを遠ざけようとするのだ。
あたしは願った。
こんな魔法要らない。捨ててしまいたい。
これさえなければあたしはひとりぼっちになることもなかったし、だからこれさえなくなればきっとなにもかもが元通りになるのだ。自分でも全然信じていないような、そんな夢想を振りかざすあたしを、学院長は笑わなかったし否定もしなかった。
ただ、魔法を捨て去ったとしても、なにも元通りにはならないと、それだけを諭した。
失われたものは元通りにはならない。
そんな当たり前のことを、癇癪を起こしたガキそのものであったあたしに、彼女は丁寧に言い聞かせてくれた。
学院長はあたしに言った。
元に戻すことは出来なくても、やり直すことは出来るのだと。
そのためには持って生まれたその魔法と付き合って、折り合いをつけて生きていくしかないのだと。
忌避すべき能力であると目を背けることは簡単だが、なにも解決はしない。だからあたしがこの先の人生を人並みに生きていくためには、この『ソウルジャック』を使いこなせるようになるしかないのだ。何故ならば、あたしがあたしの魔法を無かったことにしたところで、あたしの魔法を知っている家族やメイドや友達だった彼女の中では、なにも無かったことにはならないから。
学院長は暇な人ではなかったはずなのに、定期的にあたしの元を訪れて助言をしてくれた。
そんな彼女の協力があって、あたしは数年を掛けて『ソウルジャック』の運用法を朧気ながら固めることが出来た。発動条件である二要素のうち、視線を合わせるほうはいかんともし難い。あたしが他人と視線を合わせないように気を付けることは容易だが、しかし不意に視線が合ってしまう事故は防ぎようがないのだ。流石に『ソウルジャック』の暴発を防ぐために自らの視覚を失わせようとまでは割り切れなかったし、学院長も『それは良くない』と止めてくれた。
だから、制御するならば波形のほうだ。
色々と試しているうちに、魂の波形には根源的なパターンがあることが発覚した。個々人によって魂の形が異なるように、波形も千差万別であるのだが、もしかすると大元の波は全て同一のパターンなのではないかと。
きっかけは父親が屋敷に呼んだ行商人から、商品の説明を受けている時だった。
あたしと父は互いの目を見ないように気を付けることで同じ空間に居られる程度には落ち着いていたし、行商人は赤の他人なのだからいきなり波形が合ってしまう心配もない。
ところが、商品である蓄音の魔法具から聞こえてきた潮騒の音に耳を傾けていると、突然、あたしの魔法が発動し行商人の魂が見えてしまった。勿論、初対面でなんの関係性も無かった相手だ。無意識にお決まりの一言を呟いてしまって平伏する行商人には悪いことをしてしまったが、事情を知っている父は行商人を咎めることはなく、その蓄音の魔法具を購入してあたしに与えた。
初対面の相手に『ソウルジャック』が成功した原因として、考えられるとすればあの行商人とあたしの波形がそもそも似通っていたか、あるいはそれ以外の特殊な条件が揃っていたかだ。そもそも波形が似ている相手というのは、つまり初対面でいきなり意気投合出来てしまうような相手だということなので、あの行商人がそうであったとはとても思えない。
となれば、やはり蓄音の魔法具が怪しい。
あたしの魔法はおいそれと試すわけにはいかない類のものなので、後日訪ねてきた学院長に経緯を話して判断を仰いだところ、彼女は少し考えただけでもっともらしい仮説を立てた。
母なる海の潮騒こそが、全ての生命体が有する根源的な波なのだ、と。
それから、学院長が用意した特別な人員を相手に仮説の実証を行った。特別な人員とは、つまり『ソウルジャック』を受けることを承知して志願した探究心の強い研究者の類だったわけだが、勿論他人も同然の彼等を相手に、あたしは蓄音の魔法具を作動させた部屋で魔法を使った。
そして、あっさりと『ソウルジャック』を成功させたのである。
根源的な波である潮騒の音を互いに聴いている状態であれば、視線を合わせただけで初対面の相手にも魔法を成功させることが出来た。あたしが耳に栓をして、相手だけが潮騒の音を聴いている状態だと、かなり時間はかかるが魔法を成功させることが出来た。逆にあたしだけが潮騒の音を聴いている状態だと、しっかり視線を合わせれば魔法を成功させることが出来た。
死霊術士として他者の魂の波形を捉える術を持つ学院長が考察して曰く、潮騒の音を聴覚で捉えると、魂の波形がそれに合わせて調律されるような現象が起こるのだとか。それは個人の気分や感情による波形変動を遥かに下回る微細な変動なので、学院長も今回注視してみて初めて知った事象らしい。
魂の波形に振幅と波長という二つのパラメータがあるとすれば、気分や感情による変動の影響が大なのが振幅であり、あたしの『ソウルジャック』の条件として影響が大なのが波長だ。そして潮騒の調律は個々人の魂の波長周期を根源的な波のそれに近付けるのだろう。あたしと相手のどちらか片方だけが潮騒の音を聞いた状態で魔法の成功具合が異なっているのは、単純に慣れの問題であり、あたしのほうが魂の波長を根源的な波に合わせることに慣れているからというだけのことだ。
波長は一定ではなく、パターンだ。そして誰もがその魂に根源的なパターンを含んでいる。だからどちらか片方でも根源的な波の波長に寄せてしまえば、それだけ成功率は高くなる。ただし、これは飽くまでも視線を媒介に発動する魔法なので、仮に魂の波形が完全に一致したとしても、視線を合わせない限りは発動しない。
つまりは『ソウルジャック』の発動条件は視線を合わせること。そして成功条件は波形を合わせること。
このことが示すのは、二つの事実だ。
あたしの『ソウルジャック』はあたしと相手が生きている限りは常に発動する危険を孕んでおり、完全に無効化することは出来ないということ。
そして、逆にあたし自身の魂の波形を乱すことで、発動を阻害することが出来るということ。
学院長は一つの魔法具を作ってくれた。
一見して不思議な形状のそれは、防寒具のイヤーマフによく似た形をしていた。どうやら、同じように両耳にあてて使うものらしい。
その魔法具を耳にあててみると、微かに潮騒の音が聴こえてきた。そして魔法具に魔力を籠めると、名状し難い謎の音に変わる。耳障りではないが、なんとなく落ち着かない感じのする不思議な音だった。
使い方は簡単で『ソウルジャック』を使いたいときは魔法具を耳にあてれば良い。逆に使いたくない時は魔力を籠めればいい。謎の音の正体はあたしの魂の波形を根源的な波から遠ざけるためのノイズだったのだ。どうやら、先の実験結果を学院に持ち帰った学院長が、技研の研究者と協力してわざわざ作ってくれたものらしい。
恐縮して礼を述べるあたしに、学院長はからころと嫌味なく笑った。
魂に関する研究が一歩進んだから、むしろお礼を言いたいくらいだ、と。
ちなみに、これは余談だが、その魔法具のおかげであたしは自分の意図で他者に『ソウルジャック』を仕掛けることも出来るようになったわけだけど、どういうわけか学院長には一向に成功する気配が無かった。
勿論、勝手に彼女の魂を見ようとしたわけじゃなくて実験の一環として行ったのだけど、卓越した死霊術士である学院長は自身の魂の波形をある程度コントロール出来るようなので、そういう相手には通用しないということだ。
でも、だからといって学院長が同じ原理で他者と魂の波形を合わせて視線を合わせたとしても、『ソウルジャック』のような真似は出来ないらしい。
結局、あたしの魔法が何故使えるのかは、明らかにはならなかったのである。




