補完[学院メイドの悲喜交々-1]
・補完的な話です。
・時期的には、親睦会の前後くらい。
~"懐刀"レキ~
時は少し遡り、イオ様の想い人についてソシエと相談して方針を決めた翌日のこと。
私は早速行動に移すことにした。
アシュタルテ様との繋ぎを作る役目については主に従者経由でソシエに一任することになったので、私の仕事はアシュタルテ様とイオ様のご関係が周囲に露見しないように情報工作を行うことだ。
まだ繋ぎすら作れていない状況で時期尚早にもほどがあると思うかもしれないが、それは確かにその通りだ。
しかし、アシュタルテ様との繋ぎができてから初めて動いている様では遅すぎる。情報工作とは一朝一夕にできることではないので、今のうちから事前準備としてできることはいくらでもある。
第一段階、初動として私は情報収集を行うことにする。
何事も情報は大事だ。というかそれがなければ始まらない。
そもそもを言えば、私達にはアシュタルテ様に関する知識が足りなさすぎる。
アシュタルテ様本人の人格に関してはイオ様の見る目を信じることにしているので疑義もないのだが、だから調べないというのは思考停止でしかない。アシュタルテ様が聖人だろうが悪人だろうが、事実を事実として調査する。それが私の当然の職務でもある。最低でもアシュタルテ様に対する第三者の評価、アシュタルテ様の交友関係、アシュタルテ様が学院内で行使可能な手勢の規模と戦力、アシュタルテ様ご本人の趣味嗜好能力技能および受講する講義の内容……くらいはある程度把握しておきたい。
最初の項目についてはサンプル数は多ければ多いほど良い。三番目の項目についてはソシエの領分なので任せていいだろう。
というわけで私は実家から連れてきたラヴィエ家のメイド、ヒルダとヴェラに指示を出す。
彼女らは元から完全な職業メイドというわけではなくて、むしろ本職は裏工作を生業とする暗部であり、それが平時はメイドの姿をしていると表現したほうが正しい。そもそもがフレンネル家の従者から始まっているラヴィエ家は、一個の貴族として爵位を得た現在に至っても当主一族とそれに仕える従者の双方、そのものがフレンネルに仕える存在だ。
表向きフレンネル家に侍るのがラヴィエ家の当主一族であるならば、裏方としてフレンネル家を支えるのがラヴィエ家の従者である。
無論、ラヴィエ家で働く従者の全員が全員そうだとは言わないが、少なくとも今回学院に同行させた二名のメイドは、ラヴィエ家のメイドでありながら実質的にはフレンネル家の隠密なのである。
なお、ソシエの実家であるイストリ子爵家も内情はほぼ同じだ。
メイドの皮を被った隠密二人に、私はアシュタルテ様周辺の調査と情報収集を命じる。私は基本的にイオ様の御傍に居なくてはならないし、当たり前だが私自身もしっかりと講義を受ける必要があるので、実際に動くのはこの二人に任せざるを得ない。
二人ともが私よりも年上で経験豊富な人物なので、まあ私風情が考えるよりも余程上手くやってくれるだろうとは思う。
というわけで一週間。学院のカリキュラムが始まる前の準備期間をアシュタルテ様に張り付いてもらったのだが。
「経過はどうですか?」
「申し訳ありませんお嬢様。やはり芳しくない、と言わざるを得ません」
私の問いかけに、ヒルダは粛々と頭を垂れて応えた。
日ごとに報告は受けているものの、結果は散々であった。なにせ、ほぼ実入りがない。
入学早々の時期であり、これまで社交界にも顔を出していなかったアシュタルテ様なので、周囲の人間から得られる情報に限りがあることは最初から織り込み済みである。どちらかというと、彼女がこの学院で過ごす姿を直接見て評価する方向になるのは致し方ないし、それが一番大事といっても過言でないわけだが、どうやらヒルダとヴェラの顔を見る限りは、ことはそう簡単ではないらしい。
「単純に、アシュタルテ様の警戒心が強いのです」
「不用意に近付くと気取られかねないので、碌に観察も出来ず」
成程。それはそれでわかることもあるか。
そもそもアシュタルテ侯爵領というのは国土防衛の北の要であり、帝国からの侵攻を撃退すべく侯爵家の人間自らが出陣することも珍しくないと聞く。近年では表立っての戦闘は起きていないはずだが、水面下の小競り合いが無いはずがないので、察するにアシュタルテ様ご自身もそういった諜報戦の類に従事しているのだろう。
「はい。我々も同意見です」
「加えて、学院内での彼女は基本的にお一人で行動されておりますので、そもそも他者と接することが少なく……」
「茶会などには?」
「まったく参加されていません」
然もあらん。アシュタルテ様に茶会の招待状を送ったイオ様が、返信として届けられた丁寧な直筆の辞退文を手に、見ているこっちが悲しくなってくるほどに落ち込んでおられたのは記憶に新しい。
「講義が始まれば、また変わってくるかとも思いますが……いかがしましょう?」
「そうですね……」
カリキュラム開始前の準備期間は明日で最終日である。明日の夜には恒例行事らしい親睦会が企画されており、勿論イオ様はアシュタルテ様との親睦を深めるおつもりで居られるが、まあ、お望みが叶うかは良くて半々といったところだろう。
できれば、親睦会前にある程度見極めておきたかったのが本音であるが……。
まず、ヒルダとヴェラの存在がアシュタルテ様に気付かれたからと言って即座に困ることはないが、これはできれば避けたい。
前述のアシュタルテ様の来歴を考えれば、むしろご自分が調査の対象になっていることなど先刻承知であろう。となると、調査の結果にあまり意味がない。アシュタルテ様が見せたいと思う姿だけを見せられているに過ぎないから。
我々が一番知りたい、彼女の素直な人間性に対する調査が進まないのだ。
だからこそ、彼女が誰かと接する姿を見て判断するのが望ましいのだが、なんの脈絡もなくウチのメイドがアシュタルテ様に絡みに行ったところで素直な反応など見せてくれるわけも無し。警戒されるのがオチだろう。
どうしたものか、と私が考えていると、ヴェラが小さく挙手をした。
「威力偵察を提案します」
「接触するのですか?」
「いえ。私どもではなく、外部から適当な人間を雇いましょう」
外部?と首を傾げる。
そんな都合の良い存在が居るのだろうか。
「学院付きのメイドを使いましょう」
「……使えるのですか?」
アシュタルテ様とてこの学院で新生活を始めたばかりなのだから、色々と入用ではあるだろう。寮の管理にしろ事務手続きにしろ、何をするにも一番関わることになる相手こそが学院勤めの従者に他ならない。つまりはアシュタルテ様に接触しても怪しまれないし警戒もされにくい立場であると言えるが。
問題は、ある程度はこちらの意を汲んで動ける人物でないと使う意味がないということだ。威力偵察の名の通り、私達が見たい反応をアシュタルテ様から引き出して欲しいわけなのだから。ただの職業従者を雇っても無意味だ。
「幸い、昔の伝手が御座います」
ヴェラが言うには、現在学院に勤めているメイドの中に、こういう件にうってつけの人物が居るのだとか。
その人物がヴェラと顔馴染みらしい。
まあ、メイドの顔をした隠密が目の前に二人も居るのだから、学院のメイドの中に同じようなのが居ても不思議ではない。
「わかりました。一度、会わせてください」
「畏まりました」
というわけで翌日。
適当な理由を付けて、件の学院メイドを部屋に呼び出す。
貴族階級の学生は実家から二名まで従者を同行することが許されているが、それとは別に学院付きのメイドを都度利用することも当然可能だ。だから学院メイドが学院からの用件でアシュタルテ様に近付いても怪しまれないし、私のように学生側が部屋に呼び出してもおかしくない。色々な意味で便利な立場なのである。
「貴女が……?」
「どうもお嬢様。ドロシーと申します」
現れたメイドはそう名乗った。
中肉中背の体格に、くすんだ金髪を野暮ったいおさげにして、唇が薄くて猫目の面立ち。程好く没個性で、普通に可愛らしい、親しみやすい雰囲気だが、良くも悪くも印象に残り辛い。そんな女性だった。
年齢はおそらく二十歳ほどだと思うが、外見から判断し難く、装い次第では学生でも教員でも演じられそうだ。
なんだか、いかにもな人が来たな、と思う。
「まさかヴェラ君からお仕事頼まれる日が来るとは思わなかったなぁ」
「恐れ入ります」
からからと笑うドロシーに、ヴェラが恐縮した様子で頭を下げた。
見た目はヴェラのほうが年長なのだけど、力関係はドロシーのほうが上に見える。私はそもそもヴェラの来歴を知らないので、見た目からわかる事柄以外に判断のしようもないのだが。
「ボクのプライベートの詮索はナシね。何の変哲もないメイドって売りでやってるから」
「は、はぁ……わかりました」
ドロシーがその道のプロであることはヴェラが保証しているし、大事なのは仕事ができるかどうかだ。そこさえ確かならば彼女がどういう経歴の人でも構いはしない。
なので、早速頼みたい内容を説明する。
「というわけです」
「ふむふむ……つまりボクは、アシュタルテ侯爵令嬢を適当に揺さぶって反応を見ればいいのね?」
「手段はお任せしますが、背景の事情は考慮してください」
別に私達はアシュタルテ様を貶めるために弱点探しをしているわけではないし、イオ様の株を下げるようなことは絶対に避けなければならない。なので、最終的に遺恨が残るような方法は避けてもらう必要がある。
「まあ……わりとある類の依頼だし、適当にやってみるよ」
「わりとあるのですか?」
「あるある。ムカつく相手の弱みを探れって言う依頼とおんなじくらい、気になるあの子の好みを探れってのもあるのさ。特に、こういう場所で坊ちゃん嬢ちゃん相手に仕事してるとね」
詮索は無しだと言われたが、ドロシーのような人物が何故学院で学生相手の商売をしているのかは気になって仕方がない。
私が余程訊きたそうな顔をしていたのか、ドロシーはあっさりと教えてくれた。
「ボクがここに居る経緯はともかく、動機は大したことじゃないよ。ぶっちゃけ儲かるからってだけだし」
「わかりやすいですね」
「だろう?貴族のボンボンってわりと金銭感覚ぶっ壊れてるからさぁ、例えば恥ずかしがりの僕ちんの代わりにあの子に恋文を渡してくださいぃ、みたいな依頼にボクみたいのを使うこともあるし、それだけで大金くれたりするんだよね」
それについてはなんとも言えないところだ。相場なんてものがないから、依頼主とドロシーが納得して交わした金額が適正料金でしかない。それでもって裕福な貴族は根本的な金銭感覚がおかしいので、然もあらんという事態になるのだろう。
なお『ドロシーみたいの』というのはプロという意味だろう。小遣い稼ぎのメイドに任せれば遥かに安上がりだし、実際素人のメイドにも達成可能な簡単なミッションだろうが、それでもプロを使うのはただの見栄か、あるいは絶対に口外して欲しくないからだろう。報酬に口止め料が含まれているのは、あちらの界隈では常識だ。
「その例でいくと、僕ちんの恋を成就させろ、という依頼になりそうなものですが」
金銭を積めば望みが叶うのが当然と思っているボンボンなんかは、他力本願上等なのだし。流石にそうなってくると依頼の難度が跳ね上がるというか、普通に無理なのではなかろうか。
「そういうのもモチロンあるね。それだって報酬次第では受けるぜぃ?」
「できるのですか?」
「そりゃまあ、やり方はいくらでもあるから。年頃のお嬢様はあんまり聞かないほうがいいと思うよ」
「では結構です」
成程。依頼の貴賎や難度に依らず、報酬に見合った仕事をするということか。
正しく、プロであるということだ。
その後、報酬を始めとした契約内容を決めると、ドロシーは『早速とりかかるよ』と言って立ち去った。室内には私とヴェラだけが残される。なお、ヒルダはアシュタルテ様に気取られない範囲で可能な調査を継続中である。
とりあえず、大した答えは返ってこないだろうと思いながらヴェラに訊いてみる。
「ドロシーは何者なのですか?」
「私がラヴィエ子爵家にお仕えする以前に、何度か仕事を共にしたことがあります。元々は他国で名の知れた兇手だった方です」
「兇手……暗殺者ですね」
「ええ。引退して学院でメイドをやっていると聞いた際にはなんの冗談かと思いましたが、私的なことは何もわからないに等しいので」
何らかの事情があるのだろう。きっと。
それはいいとして、一個非常に気になることがあるのだが。
「あの人、歳いくつなんでしょう?」
「さぁ……私よりも一回り年上であることは確実ですが」
なお、ヴェラの年齢は29歳(自称)である。
2021/5 時系列を修正。




