18話_side_Pr_親睦会
~"転生令嬢"プリムローズ~
「そう言えばプリムローズ様?」
「うん?」
ひとしきり大慌てして、ようやく落ち着いたイオちゃんが仕切り直すように言う。
たぶん、彼女の背後で疲労困憊になっている二人の子爵令嬢の姿は気にしてやらないほうがいいのだろう。クラリスちゃんが気遣わしげに差し出したグラスの水を受け取って喉を潤す彼女らから無理矢理視線を切って、イオちゃんへと向ける。
「あの日より、わたくしも少々魔法の勉強を致しました」
「ほう」
彼女の言う『少々』が謙遜だと言うことは私でもわかるぞ!
「それでですね。あの日、貴女様が作った氷の華を再現しようと思ったのですが、上手くできないのです」
氷の華、と言われて一瞬何のことかわからなかったが、すぐに私が凍結させた紅茶のことだと気付く。
何気なく凍結させても勝手に華の形状を取るのは所謂条件反射というやつだ。侯爵家たるもの常に気品と優雅さを忘れてはならない、というお母様の英才教育の成果とも言える。
「ふん。そう易々と真似されて堪るものか」
「やはり、あれは貴方様の独自の魔法なのでございますね」
「そうだ」
「全てとは申しませんが、ヒントくらいは……」
「やらん」
いくらイオちゃんでも手の内は明かせないなぁ。
あの時やったことは単に飛散する紅茶を凍結させただけだが、使用した凍結魔法は私独自のもので、私という魔法使いの根幹にかかわるのだから。企業秘密というか、下手な相手に知られると死活問題にもなりかねない。
無論、見ただけでは絶対に看破されないという自信もある。
「遠隔で凍結させるところまでは漕ぎ付けたのですが、氷塊がそのまま落下してしまうのです」
「だろうな」
「それにしたって貴女様のように一瞬で凍らせることは難しいですし、華の形状にするなどとてもとても……」
い、意外と頑張っとるやんけ……、と私は戦慄する。
遠隔で凍結できるだけでも結構すごいよ?
魔法には属性ってものがあって、魔法使い個人にも得意な属性があるのだ。自分に合わない属性使うのってただでさえ難しいのに、それで他人の魔法をコピるとか超難度としか言い様がない。
ただ、頑張りは認めるけど、ぶっちゃけ時間の無駄だからやめておきなさいと言いたい。
尋常な方法で模索している限り、私と同じことは絶対に出来ないのだから。
「それ以上は時間の無駄だからやめておけ」
「ですが、」
「貴様の時間と才覚が勿体ないだろうが」
私の物言いになんかきょとんとしているイオちゃんに、「そもそもだな」と続ける。
「何故あれにこだわるのだ。貴様にとっては思い出したくもない出来事だろうに」
「いいえ。それは違います」
「なに?」
「あの出来事は、わたくしにとって間違いなく大切な思い出なのです」
イオちゃんは胸に手を当て、思い出すように瞳を細めた。
「何故ならば、あの瞬間こそがわたくしと貴女様の思い出の最初の1ページなのですから。それに比べれば、有象無象に浴びせられた侮辱など有って無きが如しです」
あまりにもにこやかに言うものだから、私も思わず「そ、そうか」と納得してしまった。
この子今、ナチュラルにエカテリーナ嬢のこと有象無象の一括りにしたよね?
あと、深い意味はないんだろうけど『わたくしと貴女様の思い出』とか言われると、お姉さんちょっとドキッとしちゃうよ。となれば今日のこの瞬間も私とイオちゃんの思い出の1ページってわけか。やっぱり私みたいな中身紛い物と違って、ほんまもんのお嬢様は言うことが違うぜ!
などと、無駄にテンション上がっちゃう私の若干キモい内心はさておいて。
「貴様の言い分はわかったが、やはりやめておけ」
「そこまで仰ると言うことは、わたくしにはどうやっても辿り着けない境地なのでございますね」
「貴様を侮るつもりはないが、こればかりはな」
どっちかと言うと適性の問題だからねぇ。
私の言葉を受けてしゅんとしてしまったイオちゃんが気の毒なので、ちょっとだけサービスをすることにした。
「こんなもので良ければ、いくらでも見せてやるぞ」
私はいつものように口元に片手を当てて、ふっと息を吐く。
冷たい風が吹き抜け、私達の上空に広がり、空気中の水蒸気を凍結させる。微細な氷の結晶がパーティー会場の照明の光を受けて、きらきらと輝きながら漂う。
隣のイオちゃんが目を瞠って上空を見上げ、私の後ろのクラリスちゃん達も、イオちゃんの背後の子爵令嬢二人も、ついでに言えば付近にたまたま居た学生たちも、皆それぞれに上を見上げて感嘆の息を吐く。
ふっふっふ。これぞ我が必殺、『なんちゃってダイヤモンドダスト』である。
周囲の気温を氷点下にするわけにはいかないから、あくまでも魔法で生み出した氷を漂わせてるだけ。持続時間も規模も小さい、まさに『なんちゃって』程度の再現度なのだ。
日が落ちた後の屋外で、しかも照明器具のある場所で最も綺麗に見えるので、こういう場の余興にはぴったりだ。
要するに宴会芸なのだけど。
「嗚呼……とても綺麗」
でも、と少し寂し気にイオちゃんは呟いた。
「貴女様が何気なく使ったこの魔法のモデルが、わたくしには皆目見当もつきません」
「だから言っただろう。諦めろ」
「そうですね……貴女様の魔法は、諦めることにします」
なんかちょっと含みのある言い方するのやめて欲しいなぁ、なんて。
無理やり諦めさせるみたいになっちゃったけど、まあ余興自体はイオちゃんもお気に召したみたいだし、良かったことにしておこう。
「貴女様は――」
きらきらと輝くダイヤモンドダスト(もどき)をイオちゃんと一緒にしんみりしながら眺めていると、不意にイオちゃんが何かを言おうとする。が、そこに割り込むように、穏やかな空気をぶち壊す硬質の声が割り込んできた。
「子供の遊びだな」
私は声のほうに、ゆっくりと視線を向けた。
なんとなく嫌な予感がしたからだ。
違っていてくれよ、と思いながら視線を向けた先には、やたらと派手な容貌をした金髪の男子学生が、人垣を割って近付いてくるところだった。燦然と輝く髪色と言い、宝玉のような真紅の瞳と言い、整った男性的な美貌と言い、とにかく雰囲気が華やかで人目を引くのだ。体格も立派で、ていうか立派過ぎて、かっちりと着こなした学院の制服が微妙に似合っていない感すらある。もうちょっと着崩したり、有り体に言ったら筋肉チラ見せする格好がすごく似合いそう。
ざわめきと黄色い声を引き連れて現れたその男子こそ、先の前庭での爆発騒ぎの原因の一人にして、隣国ガルムからの留学生にして王太子殿下その人。そして私にとっては『夜明けのレガリア』の主要キャラの一人でもある、『雷哮』カーマイン・ラハ・ガルムである。
なんでいきなりカーマイン殿下が絡んできたの?と内心で混乱する私を他所に、つかつかと歩み寄ってきた彼は上空で霧散しつつあるダイヤモンドダスト(もどき)を見遣って鼻で嗤った。
「魔法とは、選ばれた者にのみ許された、特権なのだ」
尊大に腕を組むカーマイン殿下から侮蔑の視線が向けられたのは、まあ予想通り私である。
「それをこのような児戯に使うなど……」
はあ、とこれ見よがしに嘆息を挟みつつ、
「魔法使いの品位を貶める行為だな。恥を知れ」
いきなり出てきて酷い言い草だ、と私は顔を顰める。
ガルムという国の魔法観からすれば無理からぬとは思わなくもないが、それと品位云々はまったく別の話だ。そもそも、ここはガルムではなくリヒティナリア王国なのだから。ちなみにガルムとは武力偏重の国家であり、魔法というのは武力を示すステータス以外の何者でもないという価値観の国民性だ。なので私が宴会芸に魔法を使ったのが許せん激おこなのだろう。
とは言えど、いかにカーマイン殿下が隣国の王太子とはいえ、この場ではただの同級生だ。流石にちょっと言い返してやろうかね、と口を開こうとした私より先に猛然と噛み付いた人物が居た。
「他者の会話に横入りした分際が、品位を語るとは笑わせる。恥を知るのは貴方のほうでは?」
イオちゃんである。
もの凄い冷たい声音のせいで、一瞬誰だかわからなかったけど、間違いなくイオちゃんである。
ていうか怖いんだけど、なんでそんな喧嘩腰なの?
「ハッ!お得意の『高貴なるマナー』とやらか?貴様等リヒティナリア貴族のままごとには付き合いきれん」
「ならば疾く自国に戻るがよろしい。誰も貴方を惜しみはしない」
いやいやいやいや、私も文句言ってやろうかと思ってたけど、一応この人王太子ですよイオちゃん!?
あとカーマイン殿下、他人の会話に横入りするのが無礼なのは高貴でも何でもない普通のマナーだとお姉さん思うなぁ。そんなだからガルム人は野蛮だって揶揄されるんだよ?
いやそんなことより、なんでか知らんけどイオちゃんが滅茶苦茶キレてらっしゃる。
普段穏やかな美人が怒ると本気で怖い。売り言葉に買い言葉でカーマイン殿下もどんどん剣呑になっていくし、イオちゃんの取り巻き二人も速攻で臨戦態勢に入ってるしぃ!
「そも、入学早々衆目の前で、たかが喧嘩に魔法を使っていたのはどこのどなただったか」
「だから貴様等は愚かなのだ。己が力を示すことこそ魔法の本懐であろうが」
「あれが力を示す行為であったと仰られたか?わたくしには恥を晒しているようにしか見えなかったが」
カーマイン殿下の思考回路が『力こそパワー』なのは原作通りだから別に驚きもしないけど、ヒートアップしているイオちゃんを止めてあげないとそろそろマズいな。今のなんて普通にこの国の王子であるレオンヒルト殿下にも喧嘩売ってるし。
万が一にも、これがレオンヒルト殿下の耳に入ったら大変、
「いやぁ、流石フレンネルの女性は舌鋒鋭いね。耳が痛い限りだよ」
……なんで普通に居るんですか。
安穏とした声で会話に入ってきたのは、案の定、このリヒティナリア王国の第二王子である『炎霆』レオンヒルト・カイン・リヒティナリア殿下だった。カーマイン殿下に比べるとだいぶ淡い色合いの金髪を優雅に流し、優男然とした甘いフェイスに穏やかな微笑を浮かべている。
ただでさえざわついていた周囲の喧騒が一層色めき立ち、黄色い声も大きくなった気がする。
私はどうしてこうなったと頭を抱えたい気分だったし、クラリスちゃんは青い顔してるし、フォノンちゃんはそっちでご飯食べててねー。
これは余談だけど、両殿下に付随している厨二チックな二つ名というのは、優れた魔法使いに与えられる栄誉の証だとでも思っておけば良い。原作通りならば私ことプリムローズにもそのうち『氷爛』という二つ名が与えられる日が来るはずだ。
「これは王子殿下。不遜な物言い、大変失礼致しました」
「でも撤回はしないのがキミらしいよ」
「おそれながら、」
「いいよ。実のところ僕もキミと同意見だからね」
流石に自国の王子にまで喧嘩を売るつもりはないのか、臣下の礼を取ったイオちゃんに、レオンヒルト殿下は鷹揚に笑って見せた。
「遠巻きに見ていたけど、先の氷魔法は本当に美しかったね。魔法に品位を求めるならばあれこそがそうだ」
褒めてくれるのは有難いけど、笑顔でこっちを巻き込むのやめてもらえますかねぇ。
いや、そもそも私が当事者か。現実逃避はやめよう。
なんだかレオンヒルト殿下とカーマイン殿下が衝突した理由がわかってしまった気がしてならない。おそらく致命的に馬が合わないのだろう。きっと入学式典の日もこうやってくだらないことで喧嘩になったんだろうな。元気なことだ。
「リヒティナリアでは魔法使いとは戦士ではなく大道芸人を指す言葉だったのか。それは知らなかった」
「魔法使いがイコールで戦士だと思っているのは、脳みそまで筋肉で出来ているガルムの人間だけだと思うけどね」
「バカめ。魔物の目を楽しませたら、奴らが満足して帰るとでも言うのか?」
「そうやってなんでも一元化して考えるから、脳筋の相手は嫌なんだ」
状況はさらに悪化した……!
イオちゃんの喧嘩腰がレオンヒルト殿下に引き継がれただけやんけ。
怒りのボルテージが上がってきたのか、カーマイン殿下の周囲がパリパリと帯電し始め、レオンヒルト殿下の周囲にはにわかに火の粉が爆ぜ始める。おいおいまさかこの場でおっぱじめる気か、と正気を疑う私に向けて、カーマイン殿下が無造作に片腕を向けた。
「ならば試してやろう」
その言葉と同時に魔力が高まり、私は咄嗟にイオちゃんに声を掛けていた。
「抜くな、イオ」
「!!」
カーマイン殿下の掌から迸った雷は真っすぐに私の胸目掛けて伸び、そして私に触れる前に凍り付いて砕け散った。
細かな氷片が、チチチとスパークしながら霧散していく。
一歩も動いていない私の背後では、イオちゃんがいつの間にかその手に納刀された太刀を握りしめて、瞳を丸くしていた。
「なに……?」
カーマイン殿下が眉を顰める。
まさか、雷が凍結するとは思わなかったのだろう。
「あれがアシュタルテか……文字通り背筋が凍るね」
暢気に呟いているレオンヒルト殿下をじろりと一瞥し、私は鼻を鳴らした。
「おい脳筋ども。貴様等無礼講の意味を履き違えていないか?」
「なんだと……!」
「馬鹿騒ぎがしたいだけなら他所でやれ。迷惑だ」
カーマイン殿下はしばらく忌々し気に私を睨みつけていたが、何を言うでもなく踵を返して去っていった。
結局なにしに来たんだよあの人……。
「やあやあ、騒がしくして済まなかったねアシュタルテ嬢」
と、そこへ気さくに話し掛けてくるのはレオンヒルト殿下だ。その整った顔で朗らかに笑いかけられれば、大抵の女子は頬を染めて緊張するのかもしれないけど、生憎と私の目には胡散臭い笑みにしか見えない。
そもそもこの人が煽ったのも原因の一つだが、先程の私が『脳筋』と両殿下を一括りにしたのを聞かなかったことにしてチャラ、といったところだろう。
ぶっちゃけこれ以上関わりたくないが、王族だ。それこそ無礼講とはいえ進んで無礼を働く意味もない。
「いえ。些事ですのでお気遣いなく」
「あはっ!些事か!いいねそれ。カーマインにも聞かせてやりたかったなぁ」
楽し気に笑うレオンヒルト殿下は絶対に性格悪いと思う。
たぶん、火に油を注いで楽しむタイプだ。
「結局、カーマイン殿下は何がしたかったのだ?」
「カーマインは僕よりも脳筋だからね。魔法を武力の物差しとしか思っていないのさ。そんな彼の目下の興味は、強い魔法使いに勝利して己の最強を証明すること、だそうだ」
「それでプリムローズ様に?」
「というよりは、フレンネル嬢。キミに喧嘩を売りに来たのだろうね」
でしょうね。
私は数年間社交界に顔を出していなかったので、私がそれなりに優れた魔法使いであるとカーマイン殿下が知る由がない。対して、フレンネル家のイオちゃんが魔法使いとしても剣士としても優秀なのは多くの人が知るところである。
初日にレオンヒルト殿下に喧嘩を売ったように、おそらく腕が立つと噂の人物に喧嘩を売って回っているのだろう。
「暇なのか?」
「暇なんだろうねぇ」
レオンヒルト殿下は私と一緒に溜息を吐き、それから表情を改めた。
「彼は頑なだが馬鹿ではない。そして自信を裏打ちするだけの実力もある。だから彼がフレンネル嬢に興味を持っていると聞いて心配になって様子を見に来たんだけど」
殿下は私と、その傍らに立つイオちゃんを意味深気に見る。
「どうやら杞憂で済んだようだ。彼がフレンネル嬢に手を出してくることはないだろう」
去り際のカーマイン殿下の様子を見る限りは、おそらくもうイオちゃんには興味もないのだろう。となると、彼の次なる興味の矛先は当然。
レオンヒルト殿下はにっこり笑って、私の肩にポンと手を置く。
「というわけで、頑張ってくれたまえ」
ですよね。と私はがっくりと項垂れた。
2021/5 カーマイン関連の描写を追記。二つ名について触れる程度の説明を追加。




