16話_side_Pr_親睦会
~"転生令嬢"プリムローズ~
クラリスちゃんが探し出してきてくれたイオちゃんに会いに行くと、彼女は華やかな笑みで迎えてくれた。
後ろには先日も見た二人の子爵令嬢。イオちゃんはどうやら実家の従者の代わりに彼女らを連れているらしい。同じ貴族でも主従関係の家系は珍しくないし、彼女らはそういう間柄なんだろう。
「ごきげんよう。プリムローズ様」
「ああ。ごきげんよう」
夕刻から始まった親睦会もそろそろ後半に差し掛かり、会場には明かりが燈り始めていた。
この世界では飲酒に年齢制限などないが、学院の行事で酒類が提供されるかどうかは場合による。今回の親睦会では酒類は出てこないみたいなので、たぶん参加者が学生メインの場合はこうなのだろう。教員とか大学部生とかも参加する学院行事も後々あるはずなので、そういう場ではお酒が飲めそう。
「わたくし、プリムローズ様は親睦会にいらっしゃらないのかと思っておりました」
聞くところによると、どうやらイオちゃんはこの会場に来て真っ先に私のことを探してくれたらしいのだ。何故か。
で、この特徴的な姿がどこにも見当たらないものだから、不参加を決め込んだか。来るだけ来て速攻帰ったのではないかと思っていたそうな。
実際は、私は単に会場入りが遅かっただけである。ある程度時間が経って、参加者が銘々に散ってからじゃないと、間違いなく悪目立ちするから私。
「フン。用向きがなければサボタージュを決め込んでいただろうよ」
「こういう場は、お嫌いですか?」
「私のこの姿を見て、パーティーを楽しめるように見えるのか?」
うん。別に私こういうパーティーとか自体は嫌いなわけじゃないんだけど。
ただプリムローズボディはご覧の有様なので、人が多いと周りも見えないし、胃袋ちっちゃくて食事も碌に出来ないし、このちんちくりんで着飾ったところで滑稽なだけなのである。
流石のイオちゃんもフォローの言葉が浮かばなかったのか、やんわりと話を変えてきた。
「なにか、ご用があって参られたのですか?」
その言葉に私は瞳をぱちくり。
「何を言っている。貴様に会いに来たのだろうが」
「はい……?」
え、なんでそこで心の底から予想外みたいな顔になるの?
「ええと、わたくしに会うためにわざわざご足労下さったのですか?」
「そうだと言っているが」
というか、
「そうでなければ、何故私がわざわざ従者に貴様を探させたと?」
「わたくしが、貴女様を探していたのを聞かれて、お手数をかけてしまったものとばかり……」
あーね。確かにその可能性はなくもないよね。
だがしかし、生憎と私には『さっきイオさんが探してたよ?』などと教えてくれる友人など居ないのだぁ!
あ。ちょっと泣きそう。
いやいや、そもそも友人を作るための親睦会なのはわかっているけれど。
「ところで、何故わたくしに……?」
おっとりと首を傾げたイオちゃんに、私は素直に『先日の礼を言いに来た』と伝えようとして、直前で言い淀む。
なんか、彼女の後ろの子爵令嬢二人が凄まじい視線で見てくる。
視線に乗せられた意志を翻訳するとすれば、『わかってんだろうなお前』てきな。
いやそれは流石に私の被害妄想なんだろうけど、もの言いたげな、期待するような視線をしているのは確かだ。
「プリムローズ様?」
どうやら、前世の恋人を相手に鍛えた奥義を使う時のようだな!
私はわざとらしくイオちゃんから視線を逸らして、敢えてぽそぽそと小声で言う。
「理由がなくては……ダメなのか?」
「……!」
「互いに立場もあろう。察しろ」
奥義、意味深に匂わせつつも勢いで乗り切ろうの術!
つまりは私が個人的にイオちゃんと仲良くなりたくて会いに来たんだけどお互いに実家の立ち位置とか柵があるからおおっぴらには仲良くできないわけだけど今日は親睦会という対外的な理由があるので会いに……――来ちゃった。てへ。
という感じ。
別に何一つ嘘は含んでいないし、言ってない。でも実は直接的なことは何も言ってないのがミソ。
意図の通りに伝わったのかは定かでないが、少なくともイオちゃんの背後の二人の視線は和らいだ。
そして当のイオちゃんは私の言葉に数舜瞠目し、それから、彼女の白い頬が美しく淡い桜色に染まった。
「…………はい」
こちらの意を汲んだのか、直接的なことは何も言わず。
イオちゃんは儚げに、そして幸せな笑みで頷いてくれた。
なんかもうこの表情を見られただけで満足だわ。ジョナサン先輩の件とかもうどうでもいいや。むしろ彼のおかげでこうしてイオちゃんと喋るきっかけができたわけだから、その点だけは感謝してやってもいいわ。
ただしウチのメイドに手ぇ出したら〆る。
「わたくし、貴女様にずっとお礼を言いたかったのです」
「うん?」
あ、イオちゃんが私を探してた理由のこと?
お礼を言いたいのはこっちのほうで、イオちゃんにお礼を言われる心当たりがないのだけど。
「わたくしが、初めて貴女様とお会いした時のことです」
「ああ。クレインワース家の茶会だったな」
もう八年前のことだ。
クレインワース侯爵家が主催の、同年代の娘を持つ夫人だけを集めた茶会だった。あそこの奥方はうちのお母様とどっこいどっこいでプライドが高いようで、同族嫌悪なのか、二人はとんでもなく仲が悪い。
あの集まりの実態って、それぞれの娘をダシにしたマウント合戦だったんだよね。要はあそこの令嬢であるエカテリーナ嬢と、私のどちらが上に立つかっていう。勿論クレインワース家がホストなので、集められた他家の令嬢も大部分はあちらさんと懇意にしている、いわば取り巻き予備軍だったわけだ。アウェイの環境に呼び込んで、令嬢同士の序列を決めようとしたのだと思われる。
十中八九、イオちゃんが呼ばれていたのも同じような理由だったんだろう。あの時のイオちゃんの姿を思い出す限りは、クレインワースの意図に気付かず普通に同年代の令嬢との交流のために参加してたみたいだけど。イオちゃん自身もそうだが、きっとこの子の母君もちょっと天然入ってるんだろうな、っていう。それが悪いとは言わないけど。
んで、結果的にはイオちゃんに対する所業が目に余ったので、私がちょっとばかしイラっとしちゃったわけだけど。
精神年齢が一回り以上も違うので、大抵のことには寛容でいようと思っていたけど、あれは流石になぁ。
ちなみに、帰りの馬車の中でお母様に「クレインワースの娘に吠え面かかせたようですわね。よくやった、と褒めてさしあげますわ!」とお褒めの言葉を頂いた。私のお母様は性格悪いし面倒くさいけど、そこが可愛いのだ(悟り)。
あ。ちなみにクレインワース家のエカテリーナ嬢も同級生で入学してるので、この会場のどこかに居ると思います。
「あの日、わたくしを庇って下さって有難うございました」
「貴様を庇ったというよりも、ガキの所業が目に余っただけだ。気にするな」
「そうだとしても。今日のわたくしが在るのは、あの日貴女様に頂いたお言葉があってこそ。これを恩と言わずしてなんとしましょうか」
そう言ったイオちゃんのあまりに切実な表情に、私は少し意外に思う。
正直に言って、私の言葉が彼女にそこまでの影響を与えていたなんて欠片も思っていなかったものだから。
だって、あの日私がイオちゃんに言ったことって、なんていうか、彼女の黒髪を見て前世を思い出して、軽いホームシックに陥った結果みたいなところあるし。
でもまあ、私が軽い気持ちで言ったことが思いがけず彼女の助けになったというのなら、それは単純に嬉しいのだけど。嬉しいのだけど、それでここまで真剣に恩に着られると、ちょっと申し訳ないなぁ。
私が顔を顰めていると、イオちゃんが心配げになる。
「いかがなさいましたか……?」
「私は思ったことを言っただけに過ぎん。それを、そうも大袈裟に言われると、居心地が悪いぞ」
仏頂面で言うと、何故かイオちゃんは一転して嬉しそうにはにかんだ。
え、なに?私が居心地悪いと嬉しいの?
「ふふっ、そのようにお可愛らしい貌をなさらないで」
「喧嘩売っているのか?」
「まさか。貴女様のお言葉が、なんの打算も無い素直なものであったからこそ、わたくしは嬉しいのです」
私が仏頂面になろうが居心地悪げに身を揺すろうが、イオちゃんはますます嬉しそうに笑みを深めるだけだ。
どうやらこの超合金メンタル娘には、私程度では太刀打ちできないようだ。
とはいえ、私なんかの言葉でそんなに喜んでくれるなら、悪い気はしないよね。清楚な印象の彼女が子供みたいな笑みを浮かべているのを見ると、なんだか微笑ましくなってしまう。それでいて一流の令嬢らしく一部の隙も無い佇まいを崩さないというのだから、成長したものだと感慨深くなるのは、たぶん私の中身が歳食ってるからなんだろうなぁ。
「イオ。貴様は――」
ほんとに、初めて会った時はあんなに隙だらけで可愛らしい少女だったのに、
「貴様は、美しくなったな」
私と違って、とは口にしないが。
私がそんなことを言ってみる気分になったのは、きっとこの親睦会のような場でなければ、彼女と会話する機会もないだろうと思うからだ。
面と向かって言うのは気恥ずかしいので、遠くの雑踏をなんとなく眺めつつ。
「ますます美しくなった。その黒髪も、容姿も、なにより在り方が」
だから、と。
「本当に綺麗で、私、大好きよ?」
ちょっと茶目っ気を出して、敢えてあの日と同じ口調でそう言って、横に居るイオちゃんに流し目を送ると、
「………………はぅぅ」
気の毒なくらいに真っ赤になった彼女が居た。
桜色を通り越して、釜で茹でたみたいに真っ赤なイオちゃんが、両手を頬に当てて涙目で俯いている。
私はびっくり仰天である。
その赤さは絶対大丈夫じゃないヤツ!
「……なんて顔をしているんだ貴様は」
「幸せ過ぎて、死んでしまいそうです……」
そんなに!?
どんだけ褒められ慣れてないのよこの子。
あれなのか、普段褒められることがないから、あの日の私のなんてことない言葉がそんなに嬉しかったのだろうか。だとしたら彼女の周囲が節穴過ぎる。特に後ろに立ってるそこの二人!
もっと普段からイオちゃんを褒めろぉ!
「お嬢様、お気を確かに!」
「傷は浅いですよ!いやある意味致命傷ですけどっ!」
「はぅぅぅ」
コントみたいな光景を繰り広げるイオちゃん一行を憮然と眺める私の背後で、何故かクラリスちゃんが溜息を吐くのだった。
2021/5 細部の描写を修正。




