157話_side_Rit_黒い森
~"騎士の卵"マルグリット~
黒い森『N区画』――今日あたし達が割り当てられた戦域である。
「リタ大丈夫か?へばった?」
気遣わし気なルークの問い掛けに、あたしは息を整えつつ「平気」と答えた。
ルーク程余裕綽々とはいかないが、まだ余力は全然ある。
「体力ねーなぁ、ルーキー」
「一番仕事してないヤツは黙れください」
軽口を叩くリーダーに対してすかさずタナカ先輩のツッコミが入る。
「この雨さえなけりゃあ、俺の独壇場だったんだけどなあー?」
「湿気たヤロウは大人しくバフしてどうぞ」
今回の主な敵勢力であるフォート種は熱に弱い魔物だ。故に本来であれば炎魔法を主軸として戦闘を組み立てるのが定石なのだが、生憎の豪雨のため炎魔法は威力半減どころか真面に効果を発揮することすら危うい状況だ。
となると炎属性の魔法使いであるマジックジャンキーことクロト先輩の活躍の機会はほぼ消えたに等しい。炎属性の魔法使いが得意とする補助系の魔法に味方の活力を高めるバフの系統があるので、今日のリーダーはパーティーのバッファーに甘んじているわけだ。
戦場のど真ん中でまるで緊張感のないいつも通りの遣り取りをする先輩達の意図が、あたしの緊張をほぐすための気遣いであることはわかる。クロト先輩は極度なマジックジャンキーという汚点(あたしは言い過ぎとは思わない)を除けば頼りがいのある良いリーダーであると知っているし、タナカ先輩はあたしのお尻ばっか見る人だけど、実は意外なくらいにあたしの身を案じてくれているのが最近わかってきた。
そしてなんの因果かあたし如きとツーマンセルを組むことになってしまったルークはというと、普段のデリカシー皆無系男子が嘘みたいに、少し過保護なくらいにこちらを案じてくれる。あたしの実力ではどう頑張ってもルークの脚を引っ張ってしまうので、ルークがこちらに合わせざるを得ないことは理解してる。
お荷物はお荷物なりに必死に食らい付いているつもりなのだけど、やっぱ実力の差はいかんともしがたいようだ。
それに……、と視線を巡らしたあたしの視界に映るのは一面の魔物、魔物、魔物。
小休止のために一旦下がったあたし達と入れ替わりで前に出た執行部の面々と魔物の軍勢がぶつかり合っている。豪雨のベールの向こうから響く地響きと、時折感じられる悍ましいほどの高魔力は、戦域中央の大型種のものだろう。
間違いなく、これまでのあたしの人生で最も大規模な戦闘である。
かつての『ヒドゥンロード』の侵攻はそれはそれで酷かった――なにせ大型種が群れで侵攻してくる異常事態だった――が、今回の戦場は文字通り規模が違うのだ。それは敵の首魁であるフォートロードの尋常ならざる巨躯のことでもあり、そしてそれの侵攻ルートを足掛かりに無尽蔵に湧出してくる小型種の物量のことでもある。
こうなってくると、嫌でも自分の経験不足を痛感する。
実力の面では勿論だし、それ以外にメンタルの面でも。先輩達やルークはあたしの身を気遣うくらいの余裕があるのに、あたしと来たら虚勢を張ることすら満足にできていない。
あたしはベリエ男爵家の人間として、幼少の頃から魔物と戦って育った。だけどウチの実家の近隣の黒い森は小規模で、大型種が出現しない。これは黒い森が有する魔界とのゲートの役割が、その門の規模が森の規模と比例するからだ。
つまりあたしの有する魔物との戦闘経験とは小型種相手のそれであり、大型種を相手取る戦場に参加した経験が乏しいのだ。だからどうしても、すぐ隣の戦域で大型種の巨大な魔力を感じ続ける状況に、精神が疲弊しているのだと思う。
そんなあたしを見かねたのか呆れたのか、リーダーがにんまりと笑って肩に手を置いてきた。
もう片方の手は隣に居たルークの肩に。
「どれ、バフ小僧の力を見せてやろう」
「なにそのキャラ」
バフ小僧て。初めて聞いたわその表現。
などと呆れたのも束の間、肩に置かれたリーダーの手から魔力が流れ込んできて、雨に濡れて体温の失われた身体がぽかぽかと暖かくなっていく。てか、こうして暖められて初めて、自分の身体がかなり冷たくなっていたことに気付いた。
「お。おお!なんだこれすげぇ」
「ほんと……リーダーは補助魔法も上手い、ですね」
この類の魔法の技量の巧拙を判断する指標っていくつかあって、勿論魔法の効果が高いことが重要ではあるんだけど、それと同じくらいに重要視されるのが受け手側の印象だったりする。
要は強化魔法や補助魔法を施されたときに『心地良い』と感じるかどうか。あるいは違和感を覚えないかどうか。結局のところやってることは自分の魔力を他人の肉体に浸透させているわけで、つまりは異物をぶち込んでいることには違いない。受ける側が受け入れる意思があることは大前提だが、施す側の技量が低かったり、あるいはモデル構築が雑だったりすると、あからさまに受け手の感触が違ったりするのだ。
あたしもそれなりに経験があって、下手な人の掛けるバフはマジで気持ち悪い。下手をすれば魔法そのもののプラス効果を打ち消すレベルで不快感がある。まあバフとデバフって方向性が違うだけでやってること一緒だから、下手なバフがデバフとして作用することは当然と言えば当然なのだけど。
そこをいくと、リーダーのこの魔法はかなり気持ちいい。
おそらく肉体を活性化させる類の強化魔法だと思うのだけど、まるで疲れた時に浴びる熱いシャワーみたいな、なんとも形容し難い心地良さがある。ちなみに定期的に戦場に支援を降らせてくれるアンジュ様のバフの場合は、意外なことに心地良くもなければ暖かくもない。強いて言えば清涼感。とにかく違和感なくすんなりと染み込んでくるアレはアレで一種の上等なバフには違いない。
あたしとルークの反応に気を良くしたのかリーダーは満更でもない顔をしているが、隣のタナカ先輩は何故か微妙な顔だ。
「なに、その顔」
「いや……」
あたしが問うと、タナカ先輩は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
好奇心旺盛な瞳で、ルークがリーダーに問い掛ける。
「なあクロト先輩。これなんの魔法なんだ?」
「ん?ああ精力強化。いかがわしい意味で」
「ぶっ!?」
思わず噴いた。
なんちゅーもん使ってくれとんじゃコイツ。そりゃあタナカ先輩も顔逸らすわ。
「おお!つまりアレか、エロ魔法か!」
「そうだ!何を隠そうエロ魔法だ!」
ルークぅ……下ネタで無邪気に喜ぶなガキかよ。
いやまあ、魔法の効果だけを見れば雨で冷えた身体に熱量と活力を与えるっていう、この状況に即した優秀な魔法であることは間違いないのだ。リーダーがなんの目的でこの魔法を身に着け、普段どんな目的に使用しているのかを考えなければいいだけの話である。
典型的な『聞かなきゃよかった』である。
リーダー達の気遣いなのか何なのか良くわからない遣り取りのお陰で落ち着いてペースを取り戻したあたしは、上からの次の指示を待つ傍らで前線の様子を窺う。今回は執行部ではなくその上位組織の生徒会本体が前線に立っていて、生徒会役員が学生戦力の直接指揮を執っている。なので、今視界の中で戦っている執行部の面々も今回は兵隊の扱いである。
執行部の三強と言えばマリア部長とギリアム副部長と姉なのだが、こうして見ていてもやっぱりその三人がずば抜けて強い。
ギリアム副部長の戦闘スタイルはもの凄くシンプルだ。基本的には身体強化して加速してぶん殴る。これだけである。彼の使う魔法はそれほど多くなく、基礎的な魔法の応用が多い。それでもべらぼうに強いのはその基礎的な魔法の練度が恐ろしいほど高い水準で調和しているからだ。
ていうか、端から見ていると基礎的な魔法の組み合わせだけで戦っているとはとても思えない。なにせ、消えたみたいな速度で急加速したと思ったら、いきなり空に落ちて、何もない虚空を逆さまに蹴りつけて弾丸みたいに吹っ飛んで、意味不明な変態機動で敵の死角を突いて拳を叩き込むのだ。フレキシブルな首の可動範囲と広い視野を有するはずのフォート種の捕捉を易々と振り切ってしまうのだから笑えない。
種明かしをすれば至って普通の加速魔法と、打撃の威力向上のための加重魔法、それから極小規模の障壁魔法の組み合わせだそうだ。加重魔法で上や横方向に落ちて、障壁で作った足場を起点に高機動を実現しているのである。
なにそれ頭おかしい。
マリア部長の戦闘スタイルはもっと意味不明だ。言うまでもなく転神の特異なアヴァターが齎すものなのだけど。
視線の先のマリア部長はアヴァターを四足獣型に変化させて、しなやかなネコ科の猛獣を思わせる挙動で戦場を飛び回っている。かと思えばいきなり足元の影に沈んで、再び顔を出した瞬間には大蛇になっていたりするし、あるいは動物の姿にすら囚われず、時にはアヴァターを無数の針に変えて影から魔物を串刺しにしたりもする。勿論、お馴染みの赤黒い砲撃魔法も絶好調だ。
無軌道にもほどがあるだろう。
ギリアム副部長はその戦闘スタイルの都合上、遠距離からの範囲攻撃に弱い。範囲攻撃でなければ、例えば砲撃とか誘導弾とかは拳で相殺したりする(なに言ってるかわかんないと思うけどマジでやる)んだけど範囲攻撃だけはどうしようもないらしい。なので、基本的にはそういうのを潰して回るのが部長の役割。広く満遍なく魔物を叩く部長の取りこぼしをピンポイントで打ち取るのが副部長の役割、ということだ。
そして、
「…………やっぱ、すごいなぁ」
七色の光を纏って肥大化したレイピアを振るう姉の姿を見る。
雨粒に反射する虹色の輝きが得も言われぬ美しさで、戦場には似つかわしくない程ですらある。
遺失魔法と呼ばれていた『虹霓閃華』だ。特異極まる魔法モデルを有するが故に、伝承されていながらも誰も使いこなすことが出来なかった古の魔法。
姉はあらゆる意味であたしの目標だ。淑女としても、騎士としても。
大好きな姉。自慢の姉。あたしは姉になりたいわけではなくて、あたしが彼女を自慢に思うように、姉にとっても自慢になる妹でありたいのだ。虹霓閃華の使い方も機会を見て姉に教えてもらっているのだが、生憎と使えるようになる気は現状微塵もしない。
それから、特筆すべき勢力がもう一つ。
『――こちらソール1、殲滅完了。次の指示を請う』
通信越しに聞こえた平坦な声音は教会パーティーのリーダーであるシスターレイチェルのものだ。
「うっひゃー早えなレイチェルちゃん」
「黎明機関の精鋭は伊達じゃないな」
遊撃として動いている教会の武装司祭達は、主に敵勢力の増援への対処に当たっていた。フォートロードの作った道筋を辿って後から後から湧いて出る小型種を都度殲滅する役割である。司令部の戦況報告を聞く限りでは決して楽観できる物量の敵ではないはずなのだが、そこは対魔物戦闘集団の面目躍如と言うところなのか、シスター達の殲滅速度は尋常ではない。
こうしてあたし達がローテーションで休息をとりながら余裕をもって戦闘に臨めているのも、シスター達が増援の相手を一手に引き受けてくれているからという部分が大きいのだ。
どうやら戦況は予定されていたフェイズ2を省略し、フェイズ3へと突入したらしい。つまりは常駐騎士団の切り札である騎士ローゼンハインが戦線投入されたと言うことだ。
ここからでは黒い森の木立が視線を遮ってしまうので、中央の戦況を肉眼で確認することは出来ない。
あたし達にできること、すべきことは、ただ味方の勝利を信じて自分達の果たすべき役割を遂行することだけだ。
指揮を執る生徒会からクロト班への次の指示が出た。
「りょうかーい。つうことでお前ら、仕事すっぞー」
気の抜けたリーダーの呼び掛けに、班員が口々に返事をする。
あたしは、気遣わしげな視線をくれたルークに微笑み返すと、感謝を込めて彼の手を一瞬だけ握って、戦場へと足を踏み出すのだった。




