10話_side_Pr_講義棟昇降口
~"転生令嬢"プリムローズ~
なんかやたらと視線を感じたガイダンスを終えて、私はとっとと退散することにした。
時刻は昼食時。
先程のガイダンスで丁度説明を受けたところだが、学生が食事を取る場合は講義棟内の食堂を利用するか、それか敷地内に出店している食事処を利用してもいい。勿論寮に戻って自室で食事を取ってもいい。
講義棟内に従者を連れ込むことは出来ないので、給仕が欲しければ外に行くしかないということか。
私としては給仕が居ようが居まいが構わないが、とりあえず今日のところは講義棟の外にクラリスちゃんを待たせているので、寮の自室で軽食でも用意してもらうとしよう。私は見た目の印象を裏切ることなく胃袋も劇的にちっちゃいので、外食するとほぼ確実に食べきれないんだよね……。
お嬢様らしく『もう結構』とか言って残せばいいだけなんだけど、どうしても前世の影響で貧乏性がね。
てくてくと歩いて昇降口に向かうと、同じく主人を待っていると思われる従者の群れから程好く離れた位置にすぐにクラリスちゃんの銀髪が見つかった――――のだが。
「お前、俺のメイドになれ」
私はげっそりした。
なんか見るからに頭の緩そうな男子学生どもが、クラリスちゃんに言い寄っておる。
クラリスちゃんは「お戯れを……」とかって言ってやんわりと受け流しているのだが、どうやら相手が相当しつこい。
見たところ私の一つ上の学年のようで、三人組だ。察するに入学したばかりの新入生の女子に粉掛けるためにやってきて、待ってる間に見た目の良いメイドを見付けたので――ってところか。入学式典の今日は一部を除いて上級生は休日だろうに、暇なのだろうか。
いやいや、わかるよ少年。クラリスちゃんめっちゃ美人だもんね。あんな美人がメイドとして毎日お世話してくれるとか、全世界の男子の夢だよね。
だが残念。それは私のだ。
「私のメイドに何か用か?」
私が声を掛けると、男子どもが振り返り、クラリスちゃんは蒼褪めた。
あああ、ごめんねクラリスちゃん、責めたりしないから。彼女の立場からしたら貴族の学生に強硬な態度を取ることは出来ないし、私がここで待っているように言った以上逃げることも出来ない。クラリスちゃんは私の手を煩わせる状況に陥ったことを悔いているみたいだけど、これに関してはここに彼女を待たせた私が悪い。いや一番悪いのは絡んでるヤロウどもだけど。
と、そんな内心とは無関係に、私の顔面は今日も平常運転絶好調の不機嫌顔である。
てか、この顔のせいでクラリスちゃんを怖がらせている可能性あるな。
「お前、新入生か?」
「見ての通りだ」
学年ごとにタイの色が違うので、一目でわかる。ついでに言うと休日であるはずの上級生の彼らが制服を着ているのは、学院のルールとして着用が義務づけられているからだ。この学院には居住用の区画とか商業用の区画とかもあって、そちらは休日には私服外出が許されるが、少なくとも現在この場とか学校関連の施設に関しては制服以外での入場は基本認められないというわけだね。さっき聞いた。
別の男子が口を開く。
「これはお前のメイドか?」
「そうだが」
なにを言い出すのかは想像がつくが、聞くだけ聞いてやる。
「このメイド、俺に譲ってくれ」
「ほう?」
そう言ったのは三人組のリーダー格らしい少年だ。ブレザーの家紋を見るに、彼だけが伯爵家、他の二人は男爵家の子息らしい。仲良し三人組ではなくボス猿と取り巻きだったようだ。
彼らの視線が逸れたクラリスちゃんは、もの言いたげな表情をしている。
うん。私もぶっちゃけ呆れている。
「それは私が世話役に連れてきたのだ。それを取られたら困ってしまう」
「代わりは勿論用意してやる。もっとベテランのヤツをな」
年増のメイドと交換しろってか?
そもそも彼は男子なので学内で女性の従者を連れることは出来ないのだが。それでも欲するとは余程クラリスちゃんの美貌に目が眩んだと見える。
私は溜息を吐いた。付き合ってやるのも馬鹿馬鹿しいが、一応相手は先輩だ。あまり邪険にしても角が立つ。
「先輩よ。それで私に何の得がある」
「この学院ではな、上級生の知り合いが居ないと苦労するぞ」
訳知り顔で語る内容を要約すると、上級生に目をつけられたとき(まさにこの状況じゃね?)とか、生徒間での派閥争いのときとか、試験で過去問が必要なときとか、そういうときに頼れる先輩が居ないと非常に苦労するし、人脈があるかどうかで学園生活の質が決まると言っても過言ではないらしい。
つまり目の前のボス猿くんはクラリスちゃんと引き換えに私の頼れる先輩になってくれるというのだ。
まあ、上級生の知り合いが居れば色々と捗るのは事実だろうし、交友関係で生活の質が左右されるのもその通りだろう。
だとしても、私にも選ぶ権利がある。
少なくとも、家紋を見て私がアシュタルテであることに気付かないような阿呆には付き合う価値もない。
「生憎だが、結構だ」
「ああん?」
「話はそれだけか?ならば失礼する」
行くぞ、とクラリスちゃんに声を掛け、その場を立ち去ろうとする。
頼むから引き止めてくれるなよ、という私の願いも虚しく、ボス猿くんの手が私の肩を掴む。
「おいお前、先輩に対する態度がなってないんじゃないか?」
ぱん、とその手を払い除けて答える。
「先輩らしい態度を取ってから言うがいい」
「お前もどうやら爵位持ちの家のようだが、どうせ辺境の木っ端貴族だろう」
そんな家紋見たこともない、と自信満々に語るボス猿くんはどうやら節穴らしい。
尤も、うちの実家は木っ端ではないが領地は確かに辺境も辺境の最北端だし、王都においては代々地味な役職に就いていることに定評があるから、他家が家紋を見る機会も少ないかもしれんが。
ただ、まあ、貴族社会の常識的な意味で言えば、アシュタルテ侯爵家の家紋を知らないと言うのはまず在り得ない。色々な意味で。
なお今朝家族が集合していたのは勿論辺境の実家ではなく、この王都にあるアシュタルテの別邸である。普段両親は領地で経営を行い、二人のお兄様は別邸から通いで王宮で働いているのだ。別邸の管理は執事長のオーレンスが行っているようだ。領地の屋敷のほうはオーレンスの後継である次期執事長が仕切っている。
「先輩らしく助言をしておいてやる。自分より位が上の家の家紋は覚えておくことだ。生意気な態度を取ったあとで後悔しても遅いぞ」
ついにクラリスちゃんの眼が憐れみすら浮かべ始めた。
あまりにも盛大にブーメランをぶん投げるボス猿くんの所業に、私は感心すら覚える。
それと、一応言っておくと大抵の貴族の家紋ならば覚えている。目の前の彼がカシテル伯爵家であることはわかるし、後ろの二人の家名もわかる。そしてそのどれもが、アシュタルテ侯爵家の前ではそれこそ木っ端でしかない。
さてどうしたものか、と考える。
彼らの節穴っぷりを見るに、私がアシュタルテだと名乗っただけでは信じまい。実力行使は最終手段にしたいが、ガイダンスを終えた新入生たちが続々と講義棟から出てきて、好奇の視線に晒され始めているのも面白くない。
「いかが、なさいましたか?」
そこに、声が掛かった。
ささめく梢のような、おっとりとした声音だ。
私と男子諸君と、ついでにクラリスちゃんが一斉に声のほうへと振り向くと、そこに居たのはこれまた三人組の女子生徒だった。
先頭に立っている人物を見て、私はハッとなる。
さっきガイダンスでノエルちゃんに会った時に、彼女と同じ黒髪の原作キャラが居たような気がしていたのだが、思い出した、この子だ。
まさかその直後にこうして会うことになるとは思わなかったけど。
私と同じ新入生で、黒い艶やかな長髪を背に流す、温和な顔つきの美人。
いかにも大和撫子と言わんばかりの風貌は、原作では漫画ならではのご都合主義的表現だったのだろうが、実際的には先祖に東方の国の王族の血が入っているがゆえの、若干東洋系の面立ちなのだとか。
お誂え向きに扇子まで持っていらっしゃる。
そんな彼女の名はイオ・キサラギ・フレンネル。
生家であるフレンネル家は爵位こそ伯爵ながら、建国当時から王家に仕えている旧い一族であり、下手な侯爵家よりも余程力を持った貴族である。ボス猿くんのカシテル伯爵家とイオちゃんのフレンネル伯爵家では天と地ほども明確な力量差がある。
イオちゃんの左右を固めるように、しかし一歩下がって控える二人は、それぞれ名のある子爵家の令嬢のようだ。
同じような取り合わせの三人組でもこうも存在感が違うのは、やはりリーダーの格が違うからだろうか。
ボス猿くんはイオちゃんの登場に若干気圧された様子だったが、あくまでも爵位は同格だし、相手は年下の女子だしと自身を納得させたのか、私に対したときよりは礼儀正しく答えた。
「礼儀のなっていない後輩に、指導をしていたところですよ」
「指導、ですか……?」
ぽやややん、とおっとりした所作でイオちゃんが首を傾げた。
閉じた扇子をふっくらとした桜色の唇に当て、柳眉を顰めて少し考えたようだった。
よくわからないので置いておくことにしたのか、イオちゃんは私のほうへと向き直ると、優雅に一礼して見せた。ミニスカートを持ち上げるわけにはいかないので、裾を摘むことのない略式のカーテシーだ。
完ぺきに揃った動きで後ろの二人も追従する。
「ご無沙汰しております。プリムローズ様、ご機嫌麗しう」
「ああ。貴様も息災のようだな」
横柄な私の言葉にも、イオちゃんは華やかに笑んでくれた。
そうなのだ。実を言うと私と彼女は顔見知りである。
いや以前会った時に原作キャラだって気付かんかったんかーい!というツッコミは御尤もだしなんなら私自身にツッコミたいところだけど、ちょっと言い訳させて欲しい。というのも、
「直に会うのは八年振りか」
というわけでして。
しかもその一回だけである。流石に八年前となると原作登場時の姿とはかけ離れた外見なわけで、ただでさえ朧げな私の原作知識はピクリとも反応しませんでしたとさ。
「あらぁ、もうそんなになるんですね……。プリムローズ様は、お変わりなく、可愛らしいお姿で羨ましいです」
なんなのイオちゃん、メンタルが超合金で出来てるの?
このプリムローズを前にして悪意なく矮躯を褒めそやして見せる人物など、国中探しても彼女だけだろう。私が原作のプリムローズだったらたぶんぶっ飛ばされてるよキミ。いやまあ、イオちゃんが文字通りの意味で私の容姿を褒めてくれているのはなんとなくわかるんだけど、普通はそれ『相変わらずチビだなお前は』っていう皮肉にしか聞こえないからね?
イオちゃんの後ろの二人は先程までの泰然とした態度が嘘のように血相変えているし、私の後ろに控えていたクラリスちゃんも微かに息を呑んだ。
私はというと軽く鼻で嗤ってやった。
「あほう。これは発育不良というのだ。羨むやつがあるか」
「まあ、可愛ければよろしいではございませんか」
「そういう貴様は、また無駄に実らせおって。私に見せつけに来たのか?」
冗談交じりに嫌味を飛ばすと、イオちゃんはふんわりと笑う。
「あら、ご覧になりますか?」
「見るか!脱ぐな!!」
本当にタイをほどこうとしたイオちゃんを、私と取り巻き二人が大慌てで止める。
なんて恐ろしい天然娘だ、と私が戦慄していると、少し離れたところで石化していたボス猿くんがようやく再起動したようだ。
「あ、あの……フレンネル嬢?」
「はい?」
「こっちの女子は一体……?」
そう言って恐る恐る指し示すのは私の姿だ。ボス猿くんの取り巻き二人ははっきりと血の気が引いているし、ボス猿くんも流石に薄々気付いているのか、かなり顔色が悪い。
そして天然娘が無自覚に殺しにかかる。
「ご存じないはずがありませんが……――こちらはアシュタルテ侯爵家のご令嬢であらせられます、プリムローズ・フラム・アシュタルテ様です」
「こ、侯爵家……」
まじで?という顔でこちらを見てくるので、私は頷いてやった。
「見たこともない家紋で悪かったな」
私がそう言うと、ボス猿くんは白目をむいてひっくり返った。
その異様な光景を前にして「あらまぁ」で済ませるイオちゃん、ほんとメンタル超合金……!
2021/5 どうかしてる先輩とイオの口調を修正。次回登場時に作者が彼らの口調を忘れていたため。
2021/5 制服着用義務の範囲を修正。休日くらい私服着てもいいじゃんと思うので。




