9話_side_Mil_講義棟_ガイダンス
~"もう一人の転生者"ミリティア~
私の名はミリティア・リリア・ハートアート。
ハートアート伯爵家の二女として生まれた。
私には前世の記憶がある。
前世の私は生まれつき心臓を患っていて、入退院を繰り返すような生活をしていた。医者からは二十歳までは生きられないと言われていて、結局その通りになった。
そして、その記憶を持ったまま、ミリティアとして二度目の生を受けたのだ。
前世の私には大好きだった漫画があった。
少女漫画雑誌での連載から始まり、メディアミックスの果ては映画化までしたロングセラー作品『夜明けのレガリア』シリーズ。
入院と転院を繰り返していた前世の私には友人も殆ど居なくて、身体が弱くて満足に運動もできない。そんな私にとって『夜明けのレガリア』は人生で唯一の楽しみと言っても、決して過言ではなかったのだ。
漫画は当然全巻買ってきてもらって読んだし、アニメも映画も何回も繰り返し見た。続編やスピンオフ作品も全部追ったし、設定資料集も全部全部読み込むくらいには好きだった。前世が終わる直前、私の体調が劇的に悪化した頃にもレガリアワールドの展開はまだまだ続いていたから、私の死後に発表されたであろう作品を知ることができなかったのが心残りだ。
だから、二度目の生を受けたこの場所が、『夜明けのレガリア』の世界だと気付いた時の私の興奮と言ったらない。
これが神の悪戯なのか、それとも死んだ人は皆こうして別世界に転生しているのか、はたまた今際の際に見ている胡蝶の夢なのか。そんなのわからないし、どうでもよかったのだ。
大好きな漫画の世界に生まれたことは勿論喜びだった。
だけどそれ以前に、それ以上に、健康な身体に生まれることができただけで、震えるほどに嬉しかったのだ。
好きな時に寝て起きて、好きなものを食べて、走ることも出来るし、ちょっと無理をしただけで寝込むようなことのない健康な身体。命の残り時間を数えなくていい人生のなんと素晴らしいことか!
私にとって一番の贅沢。
それは未来を望めるということ。
一切の希望を持つことを許されなかった前世と違って、今世のミリティアは、未来に夢をみることができる。
だから私は夢を見た。
前世で、シリーズ半ばで果てたことが心残りだというのであれば、この世界で続きを見れば良いのだ!
時は流れ、今日は原作の物語が始まった日である『王立エンディミオン魔法学院』の入学式だ。
主人公のミアベル・アトリーはミリティアと同級生なので、私の入学日である今日が原作開始日だということだ。
『夜明けのレガリア』の世界をこの身で体験しようと決意した私を最初に悩ませたのは、この身がミリティアであるという事実だった。
そもそもこの世界が漫画の舞台であると気付いたのは、ミリティア・リリア・ハートアートという名前に覚えがあったからだ。つまりはミリティアは原作に登場するキャラクターなのである。ただ、間違っても主要なキャラクターではなく、モブというほどではないけど、サブキャラクターの一人といった立ち位置だ。
それだけなら良い。サブとはいえ原作に登場しているキャラクターなのだから、違和感なくストーリーに参加できるだろう。
問題は、ミリティアが主人公と敵対する勢力のキャラクターだということだ。
漫画『夜明けのレガリア』の代表的なキャラクターは誰かとファンに問うと、大抵は二人の名前のどちらかが挙がる。
一人は当然、主人公のミアベル・アトリー。
もう一人は初代シリーズの元祖悪役であるプリムローズ・フラム・アシュタルテである。
主人公であるミアベルは原作漫画の連載が終了した後も、続編は勿論スピンオフ作品にも度々登場する不動の人気キャラだ。対して悪役のプリムローズは原作の終盤で主人公に敗れて死に、それ以後の作品展開には一切登場しない。だというのに、その後どれだけ作品世界が広がりを見せようともプリムローズほどの強烈な存在感を誇るキャラは存在しないとまで言われ、ある意味こちらも不動の地位を築いている。
ちなみに原作者の意向で、なんかプリムローズ話題性あるらしいからちょっとファンサービスで再登場させよっか、みたいな動きは一切なかった。原作者曰く『綺麗に退場したから放っておいてやってください』とのこと。プリムローズを主人公としたIFストーリーの企画が上がった際には『キャラがブレるんで止めてください』と原作者がNGを出したくらいの拘りようであった。
さらに余談だけど、その反動かファンによる二次創作ではプリムローズの改心ネタとか、プリムローズに転生して原作改変とかが定番の一つだった。
私はというと、最後の最後までプリムローズというキャラだけは好きになれなかった。
彼女は悪逆令嬢の二つ名が示す通りの悪党で、とにかく他者の尊厳を踏み躙り続ける存在だった。とりわけ主人公のような美しい女性に対する当たりが強くて、ちょい役で出てきた可愛いどころの新キャラは、大抵プリムローズにいじめられる。その理由というのが、幼児同然の矮躯であるプリムローズの強烈なコンプレックスからくる憂さ晴らしであるというのだ。
確かに、プリムローズはゲスロリなんて呼び名もあるくらい、所謂ツルペタロリボディのキャラクターとして描かれていた。そんな彼女が同年代として正しく発育した女子達にコンプレックスを感じるのは無理からぬことなのかもしれない。
だけど、私からすれば信じられないくらいの贅沢だ。
だって、プリムローズは発育こそ未熟だけど、健康だし、美少女だし、学院でもトップクラスの優秀な頭脳と、他者の追随を許さず果てにはボスキャラとして君臨する程の桁外れの魔法技能を有しているのだ。
それだけのものを持っていて、何がコンプレックスだと言ってやりたかった。
なんでも持っているからこそ、唯一手に入らないものを認めることができないという心理は理解できるけど。
それでも納得は出来ないし、好きになんてなれるわけがない。
話を戻そう。
結論から言えば、私の今世であるミリティア・リリア・ハートアート伯爵令嬢というのは、原作におけるプリムローズ・フラム・アシュタルテ侯爵令嬢の取り巻きの一人なのである。
しかも、三羽鴉などと呼ばれていた特に発言力のある三人の令嬢の内の一人だ。
原作では悪逆令嬢に金魚の糞の如く付き従って、主人公を始めとした女子学生たちにそれはもう陰湿な嫌がらせを繰り返していたものである。
そこで私は決断を迫られる。
原作通りに物事を進めるのであれば私はプリムローズの取り巻きに加わるべきだけど、正直言って御免被る。
プリムローズにとって取り巻きというのは友人でも仲間でもなく、単なる下僕だし。私はプリムローズ本人も、その行いも嫌いなのだ。
それにそれに、折角大好きだった作品の世界に居るのだから、どうせだったら大好きだった主人公達と仲良くなりたいと思うのが人情だろう。
幸か不幸かこの身はサブキャラクターだ。
極論、私一人が物語から消えたところで本筋にはなんの影響もないだろう。
だから私は、原作通りにプリムローズに付くことは最初から考えず、主人公であるミアベルの友達という立場を目指すことにしたのだ。
結果、私は今、こっそり頭を抱えている。
入学式典後のガイダンスを受けるために集まった講義室。
端っこの目立たない場所に座った私の視線の先には、最前列に座る真っ白い髪の少女の姿が。
言うまでもなく、悪逆令嬢プリムローズである。
「なんで……?」
思わず疑問の呟きが漏れる。
それだけの衝撃だったのだ。
あのプリムローズが、取り巻きの一人もつけずにやってきたのだ。
ちっちゃい体躯のくせに妙に存在感があるのは原作通りなのだろうけど、あろうことか自分の鞄を自分で持って、講義室の最前列に大人しく座っているではないか!
どうしてこうなった、って。
考えられる理由は一つしかない。
私がプリムローズに付かなかったからだ。
だって、原作ミリティアはプリムローズの取り巻き令嬢の中では最も発言力のある一人だったのだ。原作でも他の取り巻き令嬢から判断を仰がれたり指示を出したりする描写があったし、好き放題するプリムローズ本人が取り巻き連中に気を配っていたはずなどないので、あのグループは実はミリティア含む三羽鴉の影の努力で成り立っていたのだ!
その私がプリムローズに近付かなかったがために、本来ならあるべき彼女の取り巻きというグループそのものが消滅したのだ。
その影響は既に無視できないレベルで現れている。
原作最初のイベントである、学院前庭での決闘騒ぎ。
あれはこの国の第二王子である『炎霆』レオンヒルト様と、隣国の王太子である留学生の『雷哮』カーマイン様の衝突だ。二人とも物語にがっつり絡んでくる主要キャラクターである。
本来ならそこに『氷爛』プリムローズが割り込んで三つ巴のにらみ合いが発生するファン必見のイベントなのだ。なんでプリムローズの二つ名が『すいくん』ではないのかは原作者に訊いてください。
ともかく、そのイベントに、何故かプリムローズが乱入しなかったのである。
最初こそ原作主要キャラクターの登場に興奮を抑えきれなかった私であるが、いつまでも最後のキーキャラクターが現れないので周囲を探してみると、あろうことか、プリムローズはベンチに座って紅茶飲んでいやがった。
アシュタルテ侯爵家のお仕着せを着た若いメイド二人だけを侍らせて、決闘騒ぎには完全無欠にシカトを決め込んでいた。
一体どうしてこうなった?
取り巻きが居ないのがそんなに影響しているのか?
確かに原作ではプリムローズは学院に到着する前から既にぞろぞろと取り巻きを引き連れていたようだから、もしかして王子たちに割って入ったのは取り巻き連中に良い格好してみせるためだったのか?
いやそんなバカなといいたいところだが、あのプリムローズだからないとも言い切れない。
プリムローズのことは気になるけど、彼女ばかり気にしているわけにもいかない。
私の目標は、主人公の友達になること。
そのためには、講義が始まるまでの準備期間である今日から一週間が勝負のはずだ。入学直後で、まだ交友関係が固まり切っていない今こそ、新しい友達を作るチャンス!
主人公であるミアベル・アトリーは平民出の女の子。伯爵令嬢である私とは学院に入学するまではなんの接点もなかった。私だって原作開始前にいろいろ準備しようと考えたこともあったけど、原作では前日譚や過去回想はあまり詳細に語られなかったから、原作開始前にキャラクターがどこでどういう風に過ごしていたのかはわからないことのほうが多い。主人公の実家がどこの領にあるのかは知ってるから、会おうと思えば会えただろうけど、下手なことをして原作が崩壊したらマズいので、結局学院に入学してから行動しようと決めたのだ。
ちなみに、幼い頃に一度だけアシュタルテ侯爵家から茶会のお誘いがあった時は、出席したら終わると思って病欠させてもらった。それ以後アシュタルテ侯爵家が茶会を開くことはなかったし、これ幸いと関わらないようにした。たぶんそれで正解だったはずだけど、現在取り巻きもなく独りぽつんと過ごすちっちゃい身体を見ると、ちょっとだけ罪悪感。
いやいや!見た目は可愛くてもゲスロリ令嬢だ。騙されてはいけない!
ともかく、ガイダンスの講義室は学院側から割り当てられるので、この部屋に私とプリムローズが居るのは偶然だ。入学生の数が多いので複数の場所に分けられていて、見渡したところ主人公らしき姿は見えないので、たぶんミアベルは別の講義室に居るのだろう。
同じ部屋だったらベストだったんだけど……。
落ち込んでいる暇はない。次善の手を打つべき!
主人公のミアベルと友達になれれば一番嬉しいけど、主要キャラは彼女だけじゃない。
原作では、この後の準備期間の間にミアベルはとある女子と仲良くなって、その子とは後に親友関係となる。
つまりはミアベルの友達になるはずの相手と仲良くなって、ミアベルに紹介してもらう作戦。
名付けて『友達の友達は友達』作戦!
だったんだけど……。
「なんで……?」
私は再びその言葉を零す羽目になる。
目的の女の子の姿を首尾よく発見できたまでは良かったのだ。
問題はその子――ノエル・クライエインが講義室最前列の、よりによってプリムローズの隣に座っているということだ。
嘘でしょ!と思わず叫ぶところだった。
ノエルは主人公と同じく平民階級出身で、それなりに勢いのある商会の跡取り娘というポジションだ。眼鏡が良く似合う温厚な女の子で、商家の娘として英才教育を受けているので、下手な貴族よりも余程多くのことを知っている。
アグレッシブで少し向こう見ずなところがある主人公をときに諫め、ときに知恵を貸し、縁の下の力持ちとして序盤から終盤まで活躍した主要キャラの一人。
彼女の黒髪はこの国ではわりと珍しいので、すぐにわかった。
その隣に対照的な白髪が並んでいるのも、すぐわかった……。
「ぐぬぬ」
話し掛けたい。
ノエルに話し掛けて仲良くなりたいっ!
夢にまで見た原作キャラが手の届く場所に居るのに!
という私の口惜しさと無念をどうかわかってもらいたい。
でも流石にあそこに近付いていく勇気はない。貴族の学生が前列に行くだけでも悪目立ち必至なのに、万が一プリムローズに目をつけられたりしたら絶望である。
結局、私にできることは後ろから彼女たちの姿を眺めることだけだった。
2021/5 細部の描写を修正。




