8話_side_Pr_講義棟_ガイダンス
~"転生令嬢"プリムローズ~
ちょっと背景を説明しておこうと思う。
漫画『夜明けのレガリア』の世界は剣と魔法の異世界が舞台だ。
時代考証とかはすごく適当な、よくありがちななんちゃって中~近世的な世界観である。
魔法という技能の恩恵によって、一部の分野では現代さながらに技術が発達しているという、いわゆる一つのご都合主義。一設計者としての立場から言わせてもらうと、魔法なんていう謎且つ便利なエネルギーが存在する時点で、文明の発達過程が前世のそれと乖離していくのは当たり前なので、考証云々を語ることがそもそもナンセンスだけど。
魔法があればこその技術だってあるし、逆に魔法で代替可能だから発達しなかった技術もある。そういうものだ。
いやぁ、魔法って便利な言葉だよ。
ただし、魔法は恩恵ばかりをもたらすものでなく、この世界には人類に敵対的な魔法種族である『魔物』が存在する。
魔物は『魔王』によって統率され、古くから人類と苛烈な争いを繰り広げてきた……という時代背景。
原作開始の時間軸――つまり今この瞬間より約三百年ほど前に魔王は討伐されており、現在は世界各地に残った魔物勢力圏との小競り合いが続く小康状態。統率者を失った魔物勢力は徐々に減退し、その勢力圏を縮小している、と。
そして魔法という技能について。これは誰もが使えるものでなく、選ばれた才覚を有するものにしか使えない。もともとは貴族のみに許された特権だったらしいが、長い年月の中で貴族と平民の血も入り混じり、現在では魔法が使える平民の存在も珍しくない。それでも、強力な魔法使いは生粋の貴族である場合のほうが多いみたいだけど。
そんな魔法使いを育成する教育機関こそが、ここ『王立エンディミオン魔法学院』である。
魔法教育の場としては国内最高峰であると同時に、国外にまでその名を轟かせる歴史ある学び舎なのだ。
魔法使いとは特権階級であると同時に、魔物と戦う義務を背負う。
この学院が創立された経緯としては、もしもかつての魔王が復活した場合、あるいは第二の魔王が現れた場合に備え、常に優秀な魔法使いを育成し戦力として保有し続けるためというものだ。ただ、件の魔王が滅ぼされて三百年も経った現状、当時を知るものも居なくなり、魔王復活に備えるためという理由は形骸化し、単なる魔物討伐の専門家育成機関と化しているようだ。
うん、まあ。
特に伏せておく理由もないのでぶっちゃけてしまうと。
王道展開が売りの『夜明けのレガリア』においては、当然(?)のように魔王が復活します。
もっと言えば原作のラスボスこそが復活した『宵の魔王』その人なのです。
つまりは大ボスである私ことゲスロリ令嬢プリムローズとの最終決戦は魔王戦の前座というわけだ。
ただ、終盤にポッと出てきた魔王よりも、序盤からコツコツ堅実にヘイトを溜めてきたプリムローズのほうが余程ボスとしての風格があって、ゲスロリ戦が物語一番の山場で、魔王戦はおまけみたいな扱いになっていた感が否めなかったけど。(個人の感想です)
私の目標としては、とりあえずこの魔王の復活を阻止すること。
この魔王こそがプリムローズの最大の死亡フラグだからだ。
逆に言えば、魔王の復活さえ阻止できれば、たぶん私は生き残れる。生きて、平穏無事に学生生活を謳歌し、卒業すること。恋がしたいとか友達百人欲しいとか贅沢は言わないから、どうか普通に卒業させてくださいぃ、と切実に思う。
問題は、肝心の魔王復活の詳細を全然覚えてないってことだ。
いやいや、無理だよ。原作読んだの何年前だと思ってるの?
前世で享年の時点でそもそも曖昧だったのに、そこから今世で更に十五年生きてきたんだよ?
未来予知まがいの内容を不用意に書き止めておくわけにもいかなかったし、いくらプリムローズの優秀な頭脳でも覚えておける限度ってものがある。
とはいえ、先の爆発騒ぎのように、原作のイベントを見れば思い出す可能性は高い。
さっき前庭で喧嘩をしていた傍迷惑な男子学生は、どちらも原作のキーキャラクターだ。あれは原作冒頭の、一番最初のイベントシーンだったはず。傍観に徹していた私と同じように、この世界が原作通りならばどこかで主人公もあの光景を眺めていたはずだ。
不確定要素そのものである私が言うのもなんだが、この世界は基本的には原作の流れに沿うように進んでいるように思える。比較対象がおぼろげな記憶なので確度はお察しだから、たぶんだけど。クラリスちゃんの存在のように、私が敢えて原作と違う行動を取れば、もちろん原作から乖離していくはずだ。
言い換えれば、私が関わっていなければ原作通りに進むはずなのだ。
だから前庭での喧嘩イベントも発生したし、主人公もアレを見ていたはず。
私と同じような転生者が他に居て、その人が原作の熱烈なファンで、細かい展開まで仔細に覚えています!みたいな展開ないかなぁ。ないだろうなぁ。
まあ、居たら居たで、その人が原作を知っていればプリムローズの中身が違っていることは秒で解るだろうから、向こうからなんかアクション起こしてくるだろう。その場合の不安としては、原作の熱烈なファンであればあるほどプリムローズのことが激烈に嫌いな可能性が高いってことかな!
ちなみに、私は今日の時点で既に原作を無視した行動を取っている。
先の爆発騒ぎ。本当ならば私は傍観などせず、堂々と真正面から割り込んでいたはずなのだ。あれは所謂強キャラの顔見せイベントだからね。主人公の同級生にはこんなイカれた奴らがいるんだよーって読者に教えてくれるヤツね。
原作プリムローズであれば意気揚々と乗り込んで行って彼らに喧嘩を売ったのだろうが、生憎と私はあんな衆人環視の只中でレッツパーリィしちゃうような連中と関わり合いになりたくない。
十代の彼らはエネルギーが有り余っているのだろうけど、精神四十代の私にそんなアグレッシブさを求められても困る。
格式高い入学式典を恙無く終え、今後の学生生活についてのガイダンスを受けて、本日の予定は終了である。
講義が始まるのは一週間後で、それまでは準備期間だ。
魔法学院は単位制で、必修科目と選択科目の単位数が条件を満たせば進級できる仕組み。ただし単位は金で買える。
この学院に入学する者の動機は様々で、純粋に魔法を学びたい者、将来の就職先を探したい者、異性のパートナーを探したい者、他家とのパイプを作りたい者、箔付けのためにとりあえず入学した者、などなど。
私の目的は魔王復活阻止だけど、だから学院に求めるものは強いて言えば純然たる勉学だけなので、目一杯真面目に講義を受けるつもりだ。他家の令嬢どもがパワーゲームに執心しようが恋の鞘当てに情熱を注ごうが興味はないけど、私の邪魔だけはしないで欲しいものだ。
ガイダンスのために割り当てられた講義室に入ると、複数の視線が集中した。
家から連れてきた従者は講義棟には入れないので、今は私一人である。
こっち見んな、と内心で毒付きながら、私は視線を無視して歩みを進め、すり鉢状の講義室の教壇前のど真ん中最前列の席に座った。基本的に勉学に不真面目な輩ほど後方の席に座りたがり、真面目な学生は前に集まる。それは前世でも今世でも変わらない教育現場の常らしい。となると傾向的には貴族連中が後ろに集中し、平民出身の連中が前に集中するわけで、そんな中ド真ん前に座った私はまた注目を集めた。
講義室が段上になっているのも一因かもしれないな。貴族連中はほら、高いところに自分を置きたがるから。
その点は私は下から見上げることに慣れているので全く抵抗感がない。身体的な意味で。
たまたま隣に居た眼鏡の女子がギョッとした視線を向けてきた。
貴族の学生は制服に家紋の染め抜きがあるので、ブレザーを見れば貴族かどうかは一目でわかる。私のブレザーにもアシュタルテ侯爵家の家紋であるプリムラの花を模した紋章が刻まれている。ちなみにアシュタルテ侯爵家の長女には代々プリムラにちなんだ名前が付けられるのだそうな。
隣の眼鏡少女は貴族ではないようだが、掛けている眼鏡がそれなりに高級品であることから、おそらくは商家などの裕福な平民なのだろう。
「なんだ?」
「いえ、あの」
私が声を掛けたことが余計に驚かせたのか、しどろもどろになりながら、
「侯爵家のかたが、前に座るとは思っていなかったので」
「いかんのか?」
「めめ滅相もない!」
私の容姿はあまりにも特徴的なので、少しでも危機管理能力のある学生であれば知っていて当然と言える。私自身は社交界とはほぼ断絶状態だったので、直接外見を見知っている者は多くないはずだが、白髪のチビという情報だけで特定は容易だ。しかも制服には侯爵家の家紋が染め抜かれているのだから尚更である。
そして、平民出の学生にとっては貴族の学生の機嫌を損ねないことは、ともすれば勉学以上に重要なことなのだ。
そういう意味では貴族などとはそもそも関わらないのが一番であり、もしかすると眼鏡少女はそのために最前列に座ったのかもしれない。だとしたらいきなり目論見を崩してしまって申し訳ないのだが、
「私とて、好きで前に座っているわけではない」
「え、では何故……?」
そこは察してくれると嬉しかったのだが。
「見えんのだ」
「はい?」
「だから、前に人が居ると、私の背では」
気分は言わせんな恥ずかしい!である。
いかに後方の席ほど高くなる配置がされているとはいえ、私の背の低さはそれでどうにかなるレベルではない。
原作では入学早々プリムローズには複数の取り巻きが居て、その連中が場所取りをしておくのが常だった。もちろん、前が良く見えるように前方の席を空けさせて、である。ところがどっこい、見ての通り私には取り巻き連中など一人も居ないので、自力でなんとかするしかない。
取り巻きが居ないのは、これまで他の家からの茶会の誘いとか、同年代の令嬢と接点を作る場を悉くぶっちぎってきたため、そもそも私には同年代の友人が居ないのだ。だって、原作を知っている身からすると、プリムローズの取り巻き連中って絶対余計なことしかしないし。
講義室の各所で友人同士で集まってキャッキャウフフしてる連中が羨ましいとか思ってないんだからね!
「あの、ごめんなさい……」
謝らないで!みじめになるからぁ!
「私、ノエル・クライエインと申します」
「プリムローズ・フラム・アシュタルテだ。よろしくしなくていいぞ」
つっけんどんな私の言葉に、ノエルちゃんはちょっと傷付いたような、同時に安堵したような表情で息を吐いた。
それきり前に向き直って、おとなしくガイダンスが始まるのを待つことにしたようだ。
うん。きっとそのほうがいいよ。
ゲスロリと関わっても碌なことないからね。
それにしても、黒髪って珍しいな。
黒髪といえば、原作の主要キャラにも黒髪の子が居たような……?
2021/5 時代表現を修正(中世→中近世)。どう考えても中世相当ではないだろうと。




