0話_プロローグ
・悪役の令嬢に転生した主人公がハードモードな運命を覆すために頑張る話です。
私の名はプリムローズ・フラム・アシュタルテ。
アシュタルテ侯爵家の長女にして、前世の記憶を持つ者。
いわゆる、転生者だ。
◇
~"転生令嬢"プリムローズ~
私には前世の記憶がある。
たった二十七年という短さで幕を下ろした人生は、その短さで以て私に一つの教訓を与えた。
美人は得をするという言葉。あれは嘘だ。
前世の私はとある中小企業に勤めるエンジニアだった。業種としては製造業、具体的にはプラントの設計開発と製造を担う会社だ。イメージが湧かなければ、機械を作る機械を造る会社だと思ってもらえれば大差ない。
私はそこで、一人の設計者として設備開発に従事していたのだ。会社規模こそ中規模ながら歴史のある企業で、蓄積されたノウハウと長年培ってきた太いパイプを駆使し、国内外問わず多くの顧客を有する、まあ優良企業だ。
プラントの設計開発って一般的な製造業と比べたら若干異質で、スパンと規模が桁違いに大きいから動く金額も膨大で、しかも一度設備を収めてしまえば改造や能増のたびに仕事が降ってくるので食い逸れ難いって利点がある……というのが、私がこの仕事を選んだ理由の一つ。勿論、前提として設計者の仕事が性に合っていたというのは言うまでもないけど。
それから、もう一つ、くだらない理由もある。
自分で言うのもなんだけど、前世の私は結構な美人だった。
美しく生んでくれた両親には感謝したし、それは私が持って生まれた長所だと思っていた。折角の長所を無為にすることがないよう、自分磨きも余念なく行った。それは私自身の自尊心を満たすためというよりかは、謂わば義務感に近かった。私が容姿を褒められれば、両親は誇らしげになるから。別に自分の容姿が嫌いだったわけじゃないけど、実は好きなわけでもなくて、私が自らの美貌を磨く理由の大部分は単なる親孝行だったのだと思う。
だって実際のところ、美人であるというのは良いことばかりでなくて、どちらかというとネガティブな出来事を運んでくることのほうが多かった。きっとそれは、私自身の性格の問題でもあったのだろうけど、事実として私は高校を卒業する頃にはすっかりひねた人間になってしまっていた。
あんまり語りたくない内容だけど、妬みとか、いじめとか、そういうワードで察してほしい。
そんな学生時代が、私の中に確かな忌避感を育てたのだろう。
たぶん設計者という職業を選んだのも、容姿の美醜が評価に影響しない職業をどこかで望んでいて、たまたまその条件に合ったというだけのことな気がする。
要するに、私は辟易していたのだ。学生時代に散々味わった屈辱を、社会に出てまで繰り返したくなかった。だからこそ、男女比で言えば圧倒的に男性社会である製造業の分野に進んだのだ。勿論、女性が居ないわけじゃないし、周囲が男性ばかりだとそれはそれで視線が気になったりはするが、概ねで満足のいく環境であったと思う。私にとっては女社会よりは男社会のほうが、まだしも生きやすい世界ではあったのだ。
同じジョブを担当した同僚の先輩社員と親密になり、交際するに至り、私の人生はようやく順風満帆と言っても良かった――――と思ったんだけどなぁ。
思えば、運命の岐路は大学時代だ。
大学時代、私はストーカー被害に遭っていた。
これまた酷い話だと思う。女子同士の勢力争いに端を発するスクールカーストの洗礼からようやく解放されたかと思えば、今度は異性がトラブルを背負って来たとくるのだ。私が人間不信にならなかったのは偏に両親が人格者だったおかげとしか言い様がない。
内容としては、同じ大学に通っているというだけの別に顔見知りでもなんでもない男性に付き纏われて、脅迫や盗撮なんかの被害を受けたのである。その男性が私をターゲットにした理由は『通学路でいつも見掛けて、美人だったから』とのことらしい。当然会話したことなどないし、私のほうは被害に遭うまで相手を認識すらしていなかった。ストーカー氏曰く『何度か目が合うことがあったので、脈があると思った』のだと。どういう思考回路をしていればそう思えるのか。恐怖とか嫌悪を通り越して、乾いた笑いすら零れた。
結局その件に関しては警察が介入して、禁止命令が出されたことで沈静化したのだけど。
そして話は就職後に戻り、数年後のこと。
交際中の彼と一緒に駅までの道を歩いていた私の前に、再びそのストーカー男が現れたのだ。それなりに時が経っているので人相は変わっていたが、その私を見ているようで見ていない、情欲と妄執に塗れた異様な眼光は見紛えようもなく、嬉しくもないことに一目であの時のストーカーだとわかってしまった。
その時は彼が一緒だったこともあって、彼がストーカーを軽く追い払ってくれた。
ストーカーもあっさり逃げて行ったし、私に特定の相手が居ることがわかれば流石に諦めるかな、なんて軽く考えていたのだ。
笑っちゃうでしょ?
そんなわけないのにね。
守られている安心感から、対応を間違えたのだろうか。
実害が無ければどうせ警察は動かないから、と通報を見送ったのが間違いだったのか。客観的にはストーカー男はなにをしたわけでもなくて、ただ現れて私に触れようとしただけだった。とはいえ、前科という表現があっているかはわからないけど、過去に禁止命令を出された人物だったのは確かだから、警察に相談くらいはしてみるべきだった。
そもそも彼が一緒だったからと言って撃退するのではなく逃げるべきだったかもしれない。
彼の正義感故か、それとも私に良いところを見せたかったのか。ともかく彼がストーカーを撃退したことが、きっと最後の引き金になったのだ。つまるところ、私に特定の相手が居ると言うのは、ストーカーにとっては諦める理由どころか、全く逆の結論へと誘うものでしかなかったのだ。
一か月後。
あれきり現れなかったストーカーの存在を再び忘れようとしていた頃。
私は、独りの時を狙われ、ストーカーに拉致されて殺された。
私は何故死ななければならなかったのか。
対応を間違えたかもしれないし、油断もあったのかもしれないけど、だからって私が悪いわけがない!
あのストーカーに目をつけられたのがすべての失敗だったのか。
だとしたら異常者に目をつけられたのは何故?運が悪かったから?そんな理由で己の死を済ませられるわけがない。
地元の大学に進学したから?電車で通学したから?
それらもあるかもしれないけど、最も根本的な原因を探せばそれは。
私が、あのストーカーの目に留まるような容姿だったからいけないのだ。
私は、美人だったから死んだのだ。
思えば、美人だからと言ってなにか得したことがあっただろうか。
両親への親孝行のつもりで、自慢になれる娘であろうと努力をしただけだったのに。
勿論、私が世渡り下手だったというのは多分にあるのだろうけど。
気付けば同性からはやっかみ、嫉妬の対象にされて。
異性からは下心丸出しで言い寄られて。
挙句の果てに女性としておよそ最悪な部類に入る死に方をした。
故に、前世の記憶を取り戻したプリムローズは思うのだ。
美人って損だよね、と。
2021/5 前世の職業を修正(事務→エンジニア)。後の話でコイツ色々知り過ぎじゃね?ってなるので。