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【この世界は死にました】  作者: もちきなこ
第1章 そして、終わりが幕を開ける。
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第3話 届かない ★


挿絵(By みてみん)


 追いつかれた……そんな絶望が全身を支配する。

 同じく中を覗こうとしていたのだろうか、その化物――スライム的な奴――とアキは、突然目の前に現れた事に驚き、後ろへ跳び退り距離を取る。


 コイツの他二体がいない事は幸運だったと言うべきか。相も変わらず気持ちの悪い紅色の涙は地面に水溜まりを作り続け、その口は何だかつい先刻の蛇を連想させる。怖くて堪らないが、震える刀を前に構え、相手の出方を観察しながらゆっくり距離を詰めていく。


 ……そうして身構えるアキに対して、スライムモドキはアキの後方――白蛇の戦い跡を見ていた。何故かは分からない。次にアキを見て、服装や持ち物、状態を観察して、再び白蛇の方を見る。

 浮かべる表情は変わらない。流し続ける液体も変わらない。何を考えているのか、感情があるのか……それすらも何も分かりはしない。


 ――だから、そんな彼の行動の意味を理解出来るモノは、彼を知っている彼らに類するモノ(・・・・・・・・)の他には、この世のどこにも存在しないだろう。


 ふいに、スライムモドキは身を翻す。それは攻撃が飛んでくるだろうと身構えていたアキにとっては意外な行動で、速いとは言えない速度、しかし化物にとっては全速力で逃げ出した。

 だからこそ、それを見てアキはチャンスだと感じた。今のうちだ、逃がしはしない。仲間と合流される前に殺してしまおう。


 背中を向ける化物に刀を向け、大きく踏み出し貫こうとする。が、それに気が付いた化物も、身体を潰して避ける。

 当然だがアキも刀の扱いに慣れていない。ましてや攻撃の型など知る訳もなく、冗談かと思う程に隙だらけの突きとフラフラな振りで攻撃するが、スライムモドキはただ逃げようとするだけで攻撃を仕掛けてこない。


 そんなやり取りを続けて数回。やがて壁際へと追い詰めたアキの放った一撃が、運良くスライムモドキに直撃する。

 逃げ場は無い。スライムモドキは左の突起部で刀を受け止め軌道を逸らし、何とか致命傷は逃れるが、そのまま斜めに切断される。


 力を失ったように動きが鈍くなる。再生は遅い。

くゆっくりと顔を上げてアキを見つめる目玉と流れる液体は、どこか助けを懇願しているようにも、はたまた恐怖を湛え怯えているようにも見えて。背中の壁へ向かってどろどろとした下部をを動かし、ただ必死に逃れようとする。


 だが、そんな事はアキにとって取るに足らない事だった。――目標は口の奥の紅色の鉱石、両手を引いて、刀と核が直線上に並ぶよう構える。とうとう化物も諦めたのか、ただ彼を見つめて動かない。


 核を見つめるアキの瞳孔が開く。左足を踏み込み、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに放たれた刀の目的である鉱石は、


 ガキィィンッ!!

 透き通るような硬質な音が鳴り響き、深くヒビが刻まれた。――そう、化物自身(・・・・)の手によって(・・・・・・)


「――え」


 思わず疑念の声が漏れる。

 ゆっくりと化物は口から手を抜く。核に突き刺さっていたのは、どこから取り出したのか小さな紅色の鉱石。彼は自害したのだ。


 化物と目が合う。その瞳はどこか先刻のソレとは全く別物のようで、力強く、まるで生命の輝きに満ちているようで。……気が付けば、止めどなく流れていた液体も、止まっていて。

 ピシリピシリという甲高い音がどんどん細く細かく分散されてゆく。核の紅色が黒色に、覆うヒビも全体に広がりきり――瞬間、破裂し液体が撒き散らされた。


 シ、ン――と空気が静まり返る。

 訳の分からない行動に、自らの行動を放棄したままのアキは、妙なわだかまりに支配される。

 ……どうして自殺したのかなんて知らないし、寧ろ都合が良かったのだが釈然としない。最後に見たあの瞳が、脳裏にこびり付いて離れない。

 とはいえ、無駄な事を無駄に考え込むなど愚かな事極まりない。彼はさっさと意識を切り替え、大きな通路へ踏み出した。


 ――ずっと後に、あのスライムモドキの行動の意味を知ったアキは、酷く後悔する事になる。

 彼を死を無碍に扱った事と、この時別の行動を取っていれば、死なせたくなかった人を誰も殺さずに(・・・・)済んだ事。変えたかった未来が、全て上手くいっていた事。


 しかし、それを知るのは、遥か未来の事である。



 ◆◆◆



 ――ほんの少しだが、確実に視界から紅色が少なくなり、数メートル先の様子が見えるくらいには明るくなってきている。もしかしたら出口が近いのかもしれない。


「いっ……てぇ」


 アキは左腕の再処置をしながら、先程までの道のりの事を考えていた。

 ……色々あったのだ。まず、あの白蛇は所謂“ボスキャラ”ではなく“ただの雑魚”という事。道中で何度か見かけた。他にも魔物は沢山いて、あれから戦闘は行っていないが、全部にあの核があった事。道も一本道ではあるがかなり険く何度も死にかけた。


 ……そして、次の問題は現在の前方の光景だ。

 高い崖と、縦横無尽に網状に張り巡らされた筋肉繊維のような物。繊維は天井まで続いており、天井部分との連結部には袋の様なものが付いていた。


 登る……しかなさそうだ。決断に迷っている時間はない。深呼吸をして決意する。

 まずは安全確認の為にベルトから空のポーチを取り外すと、離れた繊維に投げ付ける。ぶつかったソレはまるでゴムの如く波紋が広がるように激しく振動するが……何も起こらない。


「罠……じゃない?」


 良い方へ状況が転んだ事に口元が緩む。見た目よりも丈夫な繊維は、想像よりは登りやすく、左腕を庇いながら確実に上へと登ってゆく。


 ――全部で大体十二メートル、マンションの四階位の高さを、三分の二ほど登りきった所。

 ほとんど右手だけで登っているとはいえ、不自然な程に調子の良い運動能力のお陰で思った疲労も感じられず、心に少しの余裕が生まれる。……そう、余裕があるのは良い事だが、今回の場合、それは悪い方向を向いてしまい――端的に言って、下の景色が気になって仕方がなくなってしまったのだ。


 さて、気になりだしたら止まらない。怖いもの見たさというか、興味本位というか。だが、それによる結果だって目に見えている。

 だから、だからこそ。見たくてムズムズする心を解決する為に、頭から煩悩を打ち消す為に。歯をギッと食いしばり、網をしっかり握り締め、頭を左右に振り、極めてなめらかな動きで下を見た。


「――ッ?!」


 瞬間。反射的に体を横に飛ばし、近くの繊維を掴んで落下を防ぐ。……同時に先程居た場所の繊維が切断されて、ゴトンと何かが落下した。

 ――そう、見覚えのある紅色の刃物が。


 頬を冷や汗が伝う。彼は再び下を見て、その原因をしっかりと目視する。……気味の悪い頭頂の開口部と、口の無い醜貌に、左右と前に生えた三本腕。二体目の化物だ。

 その三本の手に握られているのは、長さ一メートル弱の歪な刃。彼は両横の刃二つを、無駄にカッコつけて宙でクルクル回し、手前の一本を半回転させて華麗に持ち替えると、先をアキの方へ向けた。


 化物の憤怒がアキにも伝わり、そして驚く。所詮化物は化物、あの一番人間みたいなのはともかく、他二つは知性や感情は無いと思っていた。

 ――本当はそう思いたかっただけなのかもしれないが、それはアキには分からない。アキの認識している自身の思考範囲からは逸れていた。


 突然、アキを指していた真ん中の刃が跳ね上がり、アキは身構える……が、その軌道を確認して、意識を天井へと切り替えた。

 彼ではなく、天井近く――繊維の繋ぎ目の袋に投げられた刃は袋を切り裂き、中から大量の何かが溢れ出した。


「うえっ、なにあれキモチワルッ」


 それはサイズにして十センチ程の細長い楕円型で、周りににゲル状のナニカを纏っている桿菌のような見た目の生命体だった。ソレは天井へ突き刺さった刃へ集結すると、刃を吸収して長さを増して分裂を繰り返し、刃が完全に吸収され尽くす頃には数倍にまで増殖し、アキへと向かって網目を下る。

 下からは刃が、上からは変な生命体が。ともかくこの場所は危ないので、比較的数の少ない右方向から上に登ろうとするが、行く手を阻むように刃が投げ付けられる。 


 アキのすぐ右を掠め、切り取られた黒い髪の毛の一部がひらひらと舞い落ちる。同時に揺さぶられた反動で落ちた生命体が、彼の右腕に乗っかった。


「ひっ、い……?!」


 焼け付くような痛み。ゲルには粘着性があったが繊維にぶつけて何とか落とし、右腕を確認すると、生命体の付いた部分は軽く爛れていた。落とすのが遅ければタダでは済まなかっただろう。

 生命体を刀で叩き落としながら登る。ソレに化物は腹を立てたのか、次々と刃を生成させては投げ付けるが、周りの繊維を切り取るだけでアキには当たらず、やがて振るわれた一発は怒りの為に、今までのどれよりも軌道を外して天井に突き刺さった。


 グラり、と繊維全体が揺さぶられる。アキは腕を絡ませてバランスを取るが、問題はそこではなかった。揺れに耐えきれなかった生命体が大量に降り注いだのだ。

 左腕は防御には使えないので、体を支えるのに使い、右腕のみで刀を振るい、防御に徹する。


 ――だから気が付かなかった。

 天井に刺さった刃の半分が割れ、ヒュンヒュン風を切りながら落ちてゆく。……その音に気付き、上を向いた頃には遅かった。


 ゴスり。脳内に嫌な音が響き、


「ぃがぁぁああああ゛あ゛ア゛ア゛ッ!!」


 アキの絶叫が大気を穿った。

 あまりの痛みについ両手を網から離し、貫かれた左肩を抑える。次に、支えきれなくなった体が下に落ち、足が繊維を絡め取った事で逆向きに停止。全体の三分の一程の高さまで落ちてしまう。


 両目からは大粒の涙が、左肩からはドロドロと血が零れ落ち、地面に血溜まりを形成させる。震える手で痛みの元凶の持てる場所を確認すると、ゆっくり両手で掴み、歯を食い縛って引き抜いた。


「――――ッッ!!」


 どっぼん、とさらに血が溢れ出し、刃もそのまま地面に落とす。

 靄がかかった視線で刃を追いかける。広がる景色と、少し追いついた脳内。そこで初めて自分が逆さまになっていると完全に認識し、同時にすぐ真下の化物が目に入った。


 ――なんだよ、アレ。


 グラグラ揺れる光景に、最初は見間違いかと思ったが、違う。……先程の揺れで落下した生命体が、化物を吸収すべく群がっていたのだ。

 仲間ではないのだろうか。化物を吸収した生命体はさらに数を増し、化物はソレを必死に掻き毟り飛ばしている。あれではまるで、共喰いだ。


 とにかく今の内だ。痛みを堪えて姿勢を直し、フラフラ登っていると、不意に後ろから何かを投げ付けられ左に着地した。見なくても何かは検討が付いた。……化物が自身の身体に引っ付く生命体を投げていたのだ。しかし、コントロールが効かないのかあらゆる方向に飛んでゆき、やがて痺れを切らして化物自身も登ってくる。

 見れば腕が一本無くなっており、それどころか吸収された全身は今にも崩れそうな程に小さく歪み、再生が間に合わず登る度に体の一部が千切れ落ちている。……その姿は、哀れで物悲しかった。


 それはアキに、どうしてそこまで自分を追いかけて来る必要があるのだろうかと考えさせる程だった。自分がこの世界に来た事と関係があるのだろうか。“異世界人の自分”に用があるのだろうか。


 終点まであと一メートルを切った地点。すぐ足下に迫っていた、半分も残っていない化物は、それでもアキを落とそうと必死に妨害をしてきた。

 彼はもはや瀕死状態に見えるが、このままでは落ちてしまう。どうにかしようと考えた所、ふと桿菌が出てきた袋が視界に映る。……思いついたアイデアは一つだ。手を伸ばして一つの袋を摘み取る。同時に足首を掴まれて身体が大きく傾くが、左腕で体を支え――袋を化物の開口部に投げ入れた。


「いい、加減にしろよ……っ、クソ……がッ!!」


 化物がアキの足から手を離す。すぐさま、解放された足で化物の顔面を蹴り付けた。


 落ちる化物。まるで地面に吸い込まれるかの如く、残った手を、足を、視線を彷徨わせて繊維を掴もうとするが――叶わない。

 次に、体の奥底が徐々に熱くなり……一部から全身へ、内から外に溢れ出し、全身を侵食する。


 全身から熱と感情と思考力が吐き出されてゆく。いやだいやだと掻き集める。必死に、必死に……どうして? それは死ぬからだ。

 死ぬってなんだ? それは、無くなることだ。

 無くなるとは? そんざいだ、おもいでだ。

 おもいでとは? ワスレたくなイ。


 とどかない、とどくわけがナい。

 このセかイから、あァ、このセかいかラ

 みんナに、あぃた、かっ――


 ――ドサッ

 化物が落ちたのと同時に、アキは崖を登り切る。きっとあの生命体は化物を吸収し尽くすだろう。残酷な倒し方だが、これなら確実に死んだ筈だ。


 しかし念には念を。一応、生死を確認すべく上から覗き込み――すぐに目を逸らした。……未だに化物は生きていた。倒れながら力無く藻掻く化物と、内側から増えて溢れ出している生命体の惨状に、複雑な心境になった。

 相手は化物だったが後味が悪かった。死ぬのであれば落ちて簡単に死んでくれた方が良かった。


 ふらっと身体が傾き、たたらを踏んで壁に凭れる。左腕は折角巻き直したのも虚しく血をダラダラと垂れ流し、精神的にもへなへなだ。

 それでも早く進まなければならない。そそくさ足を踏み出し、数歩歩いたその時。


【ィうっ、ナニ、こ……イ、イヤ……い、イギャァアアアアア!!】

 

 底冷えするような、聞き覚えのある悲鳴が響く。

 どこか悲しげに空間内を何度も木霊した後、次はタンッ、タンッと、壁を蹴り近づいて来るような音が鳴り……そして姿を現した。最後の化物――ナイフを片手に持ったソイツはアキを見て、呟く。


【お、オ゛マエ……が】


 化物は静かに左手で目を囲うとフラッと後退り、三日月形に口を歪ませると、


【……っひ、ふはハはハハハハ、ははは……っ】


 狂ったように嗤い――いや、泣き出した。

 目を覆って隠しているつもりなのだろう。ひとしきり嗤い、嗤い、やっと落ち着くと、


【……ぅああああアアア嗚あ呼!!】


 笑い声が雄叫びに。化物を中心に殺気が膨張し、全てを呪い尽くす見えない瘴気となった。

 生理的な危機感に、即座に踵を返して猛ダッシュ。このまま此処にいれば殺される――そう思えたからだ。


【もう、逃がざナァァイ。――デの……が……ア、だぁぁッッ!!】


 叫び声が、大気を穿つ喚き声が聞こえる。しかし意外にも攻撃は来なかった。

 ただただ通路の奥へ、逃げて、逃げて、ものの数秒で遠くに違和感。それは明瞭な明るみ。走ってその眩しさに目を薄め、やがて辿り着いた光の先の空間を見つめる。

 そして――


「な、何なんだよ、コレ。ふざ、けんなよ……ッ」


 その光景を見て、崩れ落ちた。

 彼は知ってしまったのだ。最初からこの洞窟には、出口なんて無かったのだと。


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