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【この世界は死にました】  作者: もちきなこ
第2章 はじめての街
32/35

第27話 はじめての対人戦

 またまた遅くなってしまい大変申し訳ありません。

 就職活動で軽度の鬱になってしまったり、就活+研究室という新しい環境で非常に忙しい日々が続き、執筆する時間がほとんど一切取れないような状態でした……(就活は終わってないですが、鬱については今はもう大丈夫です。カウンセリング等も今は通ってないです!)


 あまりにも間が空いてしまったので、あらすじ・基礎用語・登場人物のまとめを用意しました!!(活動報告にあります。とっても頑張った……)

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/377265/blogkey/2816428/


 あらすじはかなり大雑把な内容ですので(伏線など物語的に面白いところをカットしてる)、大まかな流れを確認したいという場合や、忘れたから思い出したいといった場合にご活用ください!

 基礎用語・登場人物については、2章と3章の間にもっとしっかりと面白く纏めたものを本編にて用意する予定です(*´∇`*)


 不戦敗ではない。逃げるが勝ち……つまり、そういう事だ。

 アキは思うのだ。……逃げるのがダサいとか、そんなのは馬鹿の言うことだと。勝算も無しに無謀に戦う方がよっぽど馬鹿だし、そもそも――人間、逃げたっていいんだ。何も悪くもないし、そもそもダサくなんてない!


「にょほオ゛ぁぁあああ゛ああ゛!!」


 彼は助けを求めつつも、恐怖を押し殺すように奇妙な声を上げながらダッシュで駆ける。

 剣では勝てない。あの魔紅力の能力は余裕がない。まともに逃げ切れる気もしない。何か他に、使える手は――


(魔法……!)


 そう、魔法だ。自分が使えるのは雷と水で、特に雷が強いらしい。

 だが、魔法陣なんて習ってないし、魔名すら知らない。しかしもう一か八かだ。それっぽい呪文を並び立ててみよう。雷属性の魔法……と、いえば? 雷……かみなり、カミナリ――


「さっ……サンダガジオダインギガデイン――ッ!?」

「エンチャント・ボルト」


 しかし、なにもおこらなかった!

 その代わりに、アキのすぐ耳横を、正しい男の魔名と共に電気を帯びた投擲ナイフが通り抜け、すぐ眼前の木に突き刺さる。


「ヒッ――」

「逃げられると思うなよ?」


 スッと耳に切り傷が入ると同時に、バチバチと痺れるような感覚が走り、再び恐怖で足が竦む。こんな事なら、速攻で使えるような魔法を前に教えて貰うべきだったと強く思った。


「テメェさんよぉ、その感じぃ、新米どころか戦った事すらねぇンじゃねぇのかァ? ヴェヒひひ」


 全身の毛が逆立ち、既にすぐ近くまで追い付いていた男の方を振り返る。アキは今度は敵意を向けないよう、にこやかに言った。


「まぁまぁ待てよ待って待ってッッ、銀髪の場所は知らないけど……ほらっ、荷物とかお金とか渡すのでっ、ここはお互いにとって平和的に、見逃してくれませんかねって……」

「はァ? なァ〜に言ってんだテメェ。嫌だよ。俺は戦いたいッツってんだろゥがあぁん゛?!」


 そう言って武器を構え、そちらから来いとばかりにニヤつく男。――余談だが、この男は彼の集団、及び彼のいる裏世界の中で最底辺だ。まだまだ若く、世界を知らず、技術が未熟なのである。アキが出会ったのがコイツでなければ、アキはとっくに死んでいた。

 ……とはいえアキと比較すれば、この男でも比べ物にならない程に技術力があり、まともに戦えばアキなど勝負にならない程簡単に殺せてしまえる。どの道、アキに戦うという選択肢はないのだ。


「…………ッ」


 ――やばいやばいこれはやばい、戦うとか有り得ない。何か良い手を考えて逃げないと。頭が混乱して汗が吹き出し、焦りから思考が鈍ってゆく。

 どうしよう……といった風に、俯く。彼の憂鬱な感情を映し出したかのような影が顔に出来、目を隠す。


「……ぬ、ぬははっ……ふはっ……」


 そしてアキは、目を覆い隠すよう、指を立てるようにしておでこに手を当てると……僅かに不気味な笑いを漏れ出させる。

 ……彼が思い付いたのは、馬鹿みたいな手だけだった。


「ファーーーーッハッハッハッハアァ!!」

「……?」


 不気味な笑みが臨界点に達した時。点を見上げるように顔を上げ、額に手は当てたまま、アキは突然威勢よく、吹き飛ばすような豪傑笑いを上げた。


「いっ、いイ、ぃいいのかぁ? 俺と戦うなんて言ってしまって」

「は?」 

「フッ……気配を隠さなかったのは……えっと……か、隠す必要がないからだァ……。態々お前を“呼んだ”時点でそれを見破れない……つまりそれは、お前は俺の敵ではない、と、いう事だ……」

「……気ぃでも狂ったか……?」


 ふざけたアキの様子に、流石にドン引きしたのか奇妙な表情を浮かべる男。だが、あまりにも気遅れせずに語るアキを見て、本当に何かあるのではないかと、少し怯んでいる様子を見せた。


 ……例えば何かの事件に遭遇した時など、あらゆる戦いにおいて、いかに大いに狂えるかによって勝敗が決まる時もあると聞いた事がある。

 思い切り狂った言動を見せる事で『こいつはヤバい奴だ』と相手に思わせたり、又は自分の恐怖を自分の演技で上塗りして精神を騙す事により、圧倒的な力量差があるのにも関わらず勝ちを摘み取る……というものらしい。また、相手が逆上した場合も、それで思考を削げるからいいとか何とか。

 だからこそ。アキは全身全霊の演技力を使い、抑揚を付けながらオーバーリアクションで続けた。


「…………しかし、ッ嗚呼、見逃すと言った時点で逃げていれば良かったものの、隠されし能力が今にもお前を殺そうと疼いている……ッ!! 今ならまだ間に合うッ、苦しい思いをしたくなければ早く逃げるがいい!! フッ、ふはははッ、ファーーッハッハッハ!!」


 どうせ逃げられないなら、もうなんとでもなぁーれ! という気分だった。言動も思い浮かばないし、これではただの厨二病で、馬鹿みたいな行動だと思い後悔しつつも、何故だか少しだけ愉快な気持ちになってくる。自分を騙すという意味で効果はあったとも言えるし、既に狂ってしまったのだろう。

 半分涙目で、相手の反応を確かめるアキ。出来ればこれで、戦意喪失してくれれば良いのだが……。


「よく分からんが……テメェの脳みそがイカレてやがる事だけはよぉーく分かったぜ! ギャはハ、ぶち殺してやらァア!!」

「ゥファーーーーッ!!」


 しかしと言うべきか、やはりと言うべきか、彼の作戦とは裏腹に突撃してくる男。それに対して笑い声から一転、気持ちの悪い程に物凄い裏声でアキは叫ぶ。何とかしないと――なんて考えるよりも前に、奴の剣が迫る。避けられない。


「ぎぃっ、やああぁぁあぁあ!!」


 剣を咄嗟に縦に構え、男の曲刀にぶつけるようにして攻撃を防ぐ。金属同士がぶつかった衝撃から甲高い音が響き渡り、摩擦が生じて火花が散る。


「フンッ!!」


 しかし、その拮抗は僅かな出来事。男はソレを上手く受け流すと、正面から突きを繰り出した。


「むふぉぉおおお!!」


 けれどアキも負けていられない。奇妙な雄叫び(?)を上げながら地面にしゃがみ込んで……というより半分寝転がるようにして避け、続け様の真上からの突きは、地面を横に蹴って跳ね飛び避ける。

 ……挑発が効いているのか、相手の攻撃はアキでも分かるくらいに単調なものであった。リスクは高いが、このまま挑発を続けていれば、良い方向に転がるかもしれない。そんな事を思いながらアキは、ただ攻撃を回避する事に全神経を使いつつ、隙を見て究極にウザったいドヤ顔をしてみたり、茶々を入れて逃げ出そうとしていた。


「ぅ……ははは」


 ……と、避ける事のみに全霊を注いでいるとはいえ、アキは間一髪でも躱しきれている事実に自分でも信じられないほど驚き、立ち上がりながら乾いた笑いを零す。

 ――彼は、確かに避けるのだけは上手かった。元の世界でもドッチボールではよく最後まで残っていたが、この世界に於いて“避けるのだけは”上手な理由は、武器の扱いに比べて技術が要らず、単純に何故か向上した身体能力を十分に生かせるからだ。あとはアキの気力と根性と性格のお陰だろう。


「こっ、こここ、こんなもんかぁ? ぬははっ、威勢の良い事言ってたが所詮脳みそモンキー、大した事ななないじゃないかァ?! ファーッハッハァやっぱり俺の敵じゃないなッッそれじゃ今度こそサラダバー――」


 アキは挑発気味にそう言いつつ、再び逃げようと試みる。が――


「黙れ糞ガキがッッぜってぇ逃がさねェ!!」


 逃げられなかった。

 また猛スピードで襲いかかってくる男。走りながら曲刀を斜下に構え――上に振り上げると、刃がギラりと陽の光で狂気的に輝いた。……やはり、挑発は効いている。怒りのお陰で理性が半分程失われたのだろう、まるで脳天から真っ二つに叩き割ってやろうといった、見え見えの意気込みで男は刃を振り下げた。


「ひィッ?! ――ッなくそォッ!!」


 あまりの勢いに圧倒されそうになるが、頭上で剣を横に構え、攻撃をガードする。

 目を瞑ってしまうと同時に、ガキンと耳が割れるような金属音が響き渡る。怖い――押し込めたはずの恐怖が再びせり上がり、戦う決意が流れ出ていく。ただ、抜けてしまいそうな腰を、竦む足で抑えるのがいっぱいいっぱいで――


「――ぐ、あっ……ッ!!」


 その時だった。突然腹部に深く鈍い衝撃が走り、後方の木の根元まで飛ばされ、あまりの痛みに踞る。共にごぼりと口から血が溢れ、新品の防具を赤く染めた。


「……っぉ、……う゛、ぁあ…………っ……」


 呼吸に嗚咽が混じり、奇妙な音が漏れる。瞳からじわじわ涙が溢れ、同時に痛みも溢れかえる。

 ……蹴られたのだ。蹴りを喰らったのは分かったが、たった一蹴りで後ろに飛ばされる程の衝撃を喰らうだなんて、やはり、異世界人の身体能力は元の世界とは段違いである。


「なんだァ? 口だけ達者な雑魚野郎。その能力とやらはどうした、つまらねェえなァああ?」

「…………っく」

「おっと、逃がさねぇよ??」


 ふらふら立ち上がったところを、尖った金属の嵌められた柄頭で顎を下から殴り、血を吐きながら軽く宙に打ち上げられたアキを、回し蹴りで再び地面に打ち付ける。


「――――ヴッ、お……ッッ」

「おらよ……ッ!」


 倒れたアキの髪の毛を掴んで胴体を上げ、何度も何度も強く蹴り付けた後、前方へ大きく蹴り捨てた。男の靴には金属が埋め込まれており、骨にヒビが入ったかもしれない。

 顔面と身体中から血を撒き散らしながら、地面を転がったアキは、そのまま動けなくなった。そんな彼の動かなくなった後頭の上に男は足を乗せてグリグリと動かしながら見下すように言った。


「はぁ~~クッソ雑魚だな雑魚やろォ〜。グヘッ、雑魚の癖してイキリやがって、俺に逆らうから悪いんだぜェ~~? なぁァ?」

「……ぅ…………ッグぁ……」


 呼吸で息を吐こうとした口からは、空気の変わりに血が溢れ出る。

 痛みで動けないアキの背中を男は剣の腹でバシバシ叩き、いつでも殺せるんだぜ? とばかりに続けて言う。相手に恐怖を植え付け痛ぶってから殺す性格であり、しかも小物だからこその行動だ。


「でもなァ~あれだ、気が変わったってヤツだ。誠意見せて土下座で謝罪してくれたら命だけは見逃してやってもいいぜェ? ほら、『申し訳ありませんでした、俺は一生奴隷として働きますのでお許し下さい』ってな! ギャハハ!!」

「…………っ」


 ――アキは悔しかった。逃げるとかそれ以前に、プライドが傷付けられて、悔しくて、恥ずかしくて、今にも見返してやりたいと思ったが、あまりの激痛に痛くて動けなかった。蹴られた時に武器は手放してしまった、動けたとしても直ぐに殺される。……もう、だめかもしれない。

 全身から力が抜ける。相手との力量差はあまりにも圧倒的だ。そもそもごく普通の日本人が異世界で生きるだなんてが不可能だったんだ。もう諦めるしかない……そんな言葉が脳裏を過ぎる。


 ふいに、彼は思った。

 そういえば、受験だってそうだった。周りとの学力の差に気圧され、努力しても追い付けず、そして諦めた。


「へっ、怖くて言葉も出ねぇか! なら助けでも呼んでみろよ『助けてっ、ママぁ〜っ、パパぁ〜っ! 怖くておしっこ漏らしちゃいそうだよ〜っ』ってな!! ゲヒャひャヒゃ!」


 ……お母さんとお父さん。

 少し前までは、どんな時だって助けを呼べば助けてくれた。家だって学費だって、二人が一生懸命に働いて貯めたお金だ。人生のほとんどの生活を支えられてきた。人間関係の悩みや……勉強だって、相談すれば助けてくれた。

 でも、今やそれは叶わない。当たり前の助けは得られない。自分の事は全て自分でやらなければならないし、一人で考えて生きていかなきゃ死んでしまう。所謂“独り立ち”――なんてレベルではない程の状態だ。


 瞑った瞼の裏に、両親や親しい友達の優しい笑顔が浮かぶ。走馬灯に似たものだろうか。昔から今までの思い出、楽しかった思い出、辛かった思い出。最期の思い出――

 きっと取り戻せる、取り戻さなければならないすべて。


「…………っア……っ」

「おっ、なんだァ? 聞こえねェよぉ? ほぉら、もっと大きな声を出しましょぉ〜ねッと!!」


 動けないアキを、既に彼の血で真っ赤に塗れた尖った金属製の靴で再び強く蹴り上げる。痛みでどうにかなりそうで酷い声を上げるが、男はそれを見て嗤うばかりだ。

 ――そう、痛い。痛いけど、こんなやつ、あの化物と比べたらなんて事ない。たかが人間、どう考えたって小物のこんな奴に、負けてはいけない。


 俺は、元の世界に帰るんだ。帰って、両親と仲直りして、今まで通りの日常を送るんだ。ちゃんと自立して、でもまだ両親に少しだけ甘えられるような、そんな幸せで当たり前の生活を送るんだ。

 お父さんもお母さんも、自分の事を愛してくれている。いつだって自分を受け入れてくれる。家族だから当たり前かもしれないが、それがどんなに大切なものなのか、今ならよく分かる。

 俺の“生”は、あの世界にだけある。帰れるかもしれないのに、家族も友達も忘れてこっちで平穏に暮らすなんてのは、自分にとって死んだも同然。仮に俺が忘れても、遺された人達は自分の事を忘れられない。自分がいなくなって、大切な人が一生悲しみ続けるのは何よりも嫌だ。


 自分はいつだってすぐに諦めようとする癖がある。これはきっと(さが)のようなもので、今回も、あの化物の時も、受験でもそうだった。

 だけど、これだけは諦めない。俺は俺の為に、自分を大切に想ってくれている人達の為に――元の世界に帰るんだ。その為ならどんな事だってする。自分の全てを賭けて、必ず成し遂げる。

 元の世界に帰るまでは決して、今度こそは絶対に諦めない……!


「おっ、ナンダァ? 誠意みせるんか? おっ??」


 気が付けば、男の片足を鷲掴みにしていたアキ。彼は武器を持っていない。それもあって、男は彼をいつでも殺せる状況にあると完全に油断しきっているのだ。

 ……目にもの見せてやる。

 そう、“何故かやり方は分かる”。自分の能力――この空間中の魔紅力を集めるような感覚で、手の中に魔紅力のナイフを生成、そして、男の膝裏に深く突き刺して、下に思い切り引き裂いた。


「んグ……ぁ……っ?!」


 次の瞬間、アキを踏み付けていた男に走ったのは、血管に毒液を流し込まれたような、紅核生物の攻撃を受けた時と同じ、魔紅力の痛みだった。

 まるで意識が削がれそうになるような、全身の細胞が拒絶する程の痛み。今まで油断していた男は、この状況では有り得ない、あまりの痛みにアキを攻撃する事も出来ず足を折り曲げ、それを見計らったアキは、全身の痛みを我慢しながら何とか立ち上がりながら彼の足を思い切り掴んで引いた。


「おらぁッ!!」


 後ろ向きに倒れ、ついでに曲刀も落とす男。

 アキが先程男の足を引き裂いた魔紅力刃を、男に向かって投げる。まるで尾を引くかの如く、魔紅刃から残光が走る――が、男はベルトから抜いた短剣で辛うじてソレを防ぐ。……もう投げられる武器も、近接武器も持っていない。ヤバいと顔を顰めるアキに向かって笑みを称える男が、次いで短剣をアキに向けた――


《ベチャッ》


 ……時、だった。

 気持ちの悪い感触と共に、何かが男の顔に投げ付けられる。視界が遮られ、持っていた短剣はあらぬ方向へ飛んでゆき――そして鼻をつくような、精神的に嫌な刺激臭と、同時に溢れた毒素が物理的な強い刺激を男の瞳に与えた。

 

「……んぎュぅぼォああアア゛ッッ?!」

「ふはははっ! だから言っただろ、苦しい思いしたくなかったら逃げろってな! ざまぁ見ろクソやろぉぉお!!」


 男に向かって吐き捨てるアキ。先程武器が無くなった手で咄嗟に投げたのは、馬車にて女性から貰った、正式名称ダンバルもとい毒入りの糞団子だった。


 ――完全な目潰しにはならないが、少しはダメージが入っただろう。肉体的にも……精神的にも。

 男が可哀想だとか、そんな事は微塵にも思わなかった。全ては全て、自分が生き延びるためと、プライドを傷付けてくれた事への仕返しだ。ざまぁみろ!


 これで視界と足の機能を失われた男。心情的にもスッキリしたアキは、今なら逃げられると思ったが――逃げなかった。何故なら、今なら奴を殺せるからだ。逃げるより殺した方が確実……そう思った。

 若干の時間と体力を有するが、フラフラの体で、アキは再び魔紅力を集めた。空間から抜き出され、宙に集められた紅色の液体がまるで自然の摂理にもとるかの如く動きでぐにゃりと蠢いた後、蛇がとぐろを巻くかの様に剣の形を型取ってゆき完成。片手剣サイズの歪な剣(恐らく、現在可能な最大の大きさ)を生成させ、自身が“人を殺す”事への抵抗を考えないように、頭の中を空っぽにして、即座に視界を奪われた男へ振り翳す。


「まぁッ、待てよッ、まてまてまて!!」


 先程同様、魔紅刃から烱然(けいぜん)とした妖しい残光が、振り被った軌道をそのままなぞるように走る。

 ……しかし抵抗があったのか、その速度は酷く遅く、力も弱いものだった。故に目を擦った男に、網膜に走る激痛に耐えながらも何とか視界を確保する時間を与え、彼が素手でアキの刃を掴む事で攻撃が防がれた。


「――ヒッ、ガぁぁあァ゛?!」


 男の手から血が滲み出し、侵食されるような痛みが走る。同時に彼はアキの不可思議な武器を見て、憤怒に隠れたなけなしの理性で思考する。

 ……ほぼ間違いない。これは、裏世界でよく取引されている魔紅力を使用した武器『魔紅武器』、もしくは紅核生物を使った『紅核武器』だ。一体どこに隠し持っていやがった……いや、それよりも、ここまで純度の高い物、何故こんな代物を、ただの新米が所持しているんだ。

 コイツは唯のクソザコじゃねぇ。……一体何者だ。


「クッ……ソがぁァア゛! なンでテメェがこんなモンをぉ!!」

「知らねぇよ俺だって――死ねッ!!」


 男に掴まれた剣を後ろに引き、前のめりにバランスを崩した男に向かって、アキは今度こそ剣を振り下げようとする。


 尾を引く紅い残光が目に刺さる。……そう、相手を殺す。相手は死ぬ。

 考えてしまった。どキリ、と心臓が跳ねる。……こわい、怖いのだ。手が震える。不意に高濃度区画でのケイシーの記憶と感覚が蘇る。……刃が肌を突き破って、柔らかい肉を穿つ、あの感触が。


「…………ッ!!」


 ドきリ、と心臓が跳ねる。

 何考えてんだこんな時に、あれとは違う、違うじゃないか。そう言い聞かせる彼であったが、それでも……どうしても、ただ“殺す”というのが、殺すという行為そのものが、人間の命を奪うという行為そのものが……やっぱり怖かった。

 ――相手が自分を殺そうとしているような奴だとしても……人殺しをした事の無い彼には、若干の躊躇いが出てしまった。


「……お前、人、殺した事ないだろ」


 それは、男が発した言葉だった。

 アキの一瞬の躊躇いを見抜いたのか、ニヤリと笑った後、バランスを崩した反動を使って地面に手を付け、使える方の足を使って回し蹴る。アキの刀を弾いて片足で着地……即座に地面を蹴り飛ばし、尻餅をついたアキの胸倉に掴みかかる。


「新米の悪いとこだぜェ~? ギヘッ、死ぬのはテメェの方だイキリ野郎ッ!!」


 ベルトからナイフを取り出し、くるりと一回転。アキの首元へ斬り掛かろうとする。

 どうしようもなかった。『あ、死ぬ』ただそんな原始的な自覚と共に、ただ瞬発的に目を瞑ったアキは――


「目ぇつぶれェエ!! 絶対見んなよ、見たら……えっと……とにかく見るなよ!!」


(…………え?)


 意味を理解出来ないまま、そんな叫び声を聞き届けた。――瞬間。

 ビュッ――と頭の上をナニカが掠った音が聞こえ、遅れて感じた切り風と共に、重たいナニカが地面へ落ちた音が耳を打つ。次に胸倉を掴んでいた男の体がこちら側に倒れてくるのを感じ、来るはずの衝撃に備えて瞑っていた目を恐る恐る開いて見えた、その光景は――

 首から上がなくなった男の体だった。


「ヒッ――ぅえっ?!」

「よーーぉ、危なかったなぁ。少し遅れてたら死んでたぜ」


 後方から、さらに別の男の声。

 聞き慣れたその声の方面へ振り向く。そう、そこに居たのは、全身鎧の怪しい男オートラル・アクトカッターだった。


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