↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【この世界は死にました】  作者: もちきなこ
第2章 はじめての街
29/35

第24話 一度死んだ世界(2) ☆★


 突然の浮遊感。ある筈の地面をすり抜け、彼方の底へ吸い込まれてゆく足。上から下へ反転した視界はまるで絵の具を水に落として掻き混ぜたかの如く、視界全ての色という色全てが混ざりに混ざり、とうとう紅灰一色となった空間では上も下も分からない。

 訳も分からず手を彷徨わせていると、突然、強く殴打されるような衝撃が全身に走る。……何かの攻撃をされたのだろうか? 先程のアイツの攻撃だろうか? 気が付けば止んでいた浮遊感。床がある事に気が付き、ゆっくりと体を起こそうとした――瞬間。


 ――ガキィィイン!!

 と、体の前方に甲高くけたたましい音が響き渡り、その衝撃が体を震わせた。


「……っと危ねぇー! 大丈夫か? アキ」


 音と同方向に人影、どこかで聞いた事のある声が響く。

 ゆっくりと開けた景色――そこは、血肉に囲まれた出口のない部屋だった。ぬかるみ粘ついた肉の地面に、辺り一面には人間の屍が横たわり。蠢く肉壁と一面の赤黒い血の沼からは濃縮された腐臭が運ばれる。また、宙にはどこかで見た事あるような銀色の燐光が漂っていた。


 また、気が付くと自身の右手には、“あの能力”で作った光を発する紅い剣が握られていた。一体いつ……そんな事を思ったその時、不意に頭上を不快な羽音が過ぎた。つい見上げた先……そこは、空中地上共に、どこか人の面影を感じさせる紅核生物が蔓延っており――そして更に奥、よく見えないが、壁に埋め込まれいるのだろうか……ゆっくりと重い鼓動を響かせている、謎の生命物体だった。

 紅核生物だと思った奴らも、正確には紅核生物なのか分からないが……どうせそうだろう。


「うぉ、ぇ……っ……」

「……おい?」


 先程とあまりにも乖離した情景に、混乱と嘔吐感が湧き上がる。そんなアキを心配するように、やはりどこかで聞いた事のある声が掛けられるが、それに意識をやる余裕すら彼にはない。

 ユリセアの居た“死んだ世界より”衝撃が大きかったのだ。混乱がオーバーヒートして床に伏すアキに向かって突然、もとい必然的に、空中の紅核生物から刃が射出され、同時に地上の紅核生物も彼に向かって走り出す。


 気付いた頃には遅かった。ついそこまでに迫る攻撃。避けようにも、ぬかるんだ地面が足の動きを奪って動けない。

 ……このままでは死ぬ。ソレをすぐ眼前にまで予知し、体に力を込めたその時。ふいに、武器(巨大な大剣)を持った前方の人影が動いた――


「――ッ!?」


 ――瞬間。

 ギラり、光を反射し輝く彼の刃。白い軌道が曲線を描いて空を斬り、迫る刃は文字通り瞬く間もなく精巧な技量によって一つ残らず軌道を変えられ斬り落とされ、邪魔な紅核生物は肉片と化していた。

 ……彼が動いたと認識した時には既に全ての刃が落とされており、だから、振り向いた彼の顔を認識するのに、時間がかかってしまった。


「あ……あの時の……ッ」


 金髪碧眼、程よく鍛えられた体つきに、悪くない顔付きの彼。……二日前、変性領域である【蝕みの村】を踏破した英雄、見も知らぬアキに宿の無料券をくれた彼――『ジェニル・ノウェアズ』だった。


 「どうしてここに」そんな事を口に出そうとして、思う。……何故か二日前のアレ以降、初めて出会ったとは思えないのだ。まるで、ずっと共に行動してきた親友のような、そんな感情を彼に抱かされた。

 そんな訳ある筈がないのに、先程までは感じなかった筈なのに。……思い返してみれば、あのユリセアにだって、そんな気がしてしまう。


 自身の感情と置かれた環境に思考はぐちゃぐちゃに絡み合い、どうしようもなくただ混乱して座り込むアキに対し、ジェニルは怪訝な面持ちでこう言った。


「どうしたんだよアキッ。一旦逃げるんじゃないのか」

「は……? に……逃げ、る……?」

「って、さっきお前が言ってたじゃねーか」

「……は、え? なにが……? そんなこと俺は……」


 そう言いかけてアキは気が付く。――そもそも、出口など存在していないではないか。

 ますます混乱する彼を他所に、迫る前方の紅核生物を叩き斬り、その紅核生物を飛ばして空中のソレも撃墜するジェニル。「大丈夫かお前、何か変だぜ」戦いながらも、余裕を持ってそう言う彼の頭上に突如、攻撃を掻い潜った紅核生物の攻撃が迫る。気が付かない(ジェニル)、その事を伝えようと口を開きかけた……瞬間。後ろから銀の矢が一本飛来し、紅核生物の体を核ごと貫いた。


「うおっ、センキュ」


 ジェニルの言葉と共に矢の飛んできた方へ振り向くアキ。そして振り向いた顔面に、ぷにぷにとした小さなナニカが飛びかかって視界を塞いだ。

 

「ぶえっ?!」


 唐突な出来事に驚き、そして身の危険も感じた為ぷにぷにを取り除こうと手をやるが、そうするまでもなくぷにぷには自発的に動いて、彼の手の上にちょこんと乗っかった。


「……なっ……?」


 それは、手のひらサイズの、丸くて水色の生命物体だった。黒豆のような小さな目が二つ付いており、口はないが、体の横から手のような小さな突起が二つ生えている。その感触はまるで水風船の如くぷにぷにで――その見た目を簡潔に言い表すならば、“スライム”みたいだと彼は思った。

 そして、そのどこか気の抜けるような見た目のソレは……何というか、とても、可愛いらしいのだ。癒し系というべきか……。ともあれ、先程の矢はコイツの居た方から飛んできた。という事は――


「……お、お前が、あの矢を……?」

「なに言ってるんですかアキッ、そんな訳ないでしょう?!」


 スライム(仮)に目が囚われていると、ふいに前方からそんな声がかけられる。同時にスライムは、“目だけを移動させて”その声のする方向を向くと、ぐーんと手を伸ばして跳ね上がり、声の主の肩の上に乗っかった。


 声の主――それは、長い藍色のストレートヘアーに、金色の瞳を持った女性だった。頭部には宝石の埋め込まれたサークレットをしており、服は長いワンピース、そして片手に大きな弓を携え、その様はどことなくお上品な雰囲気を漂わせていた。

 先程矢を放った犯人であろう彼女。出会った事の無いハズの彼女。……なのに、不思議と彼女にも、ジェニルやユリセアに感じたのと同じ、ずっと共に行動してきた親友のような感情を抱かされた。


挿絵(By みてみん)


「どうしたんですか、そんな神妙な顔でジロジロと……。ほらっ、早く逃げるんでしょう?」

「えっ、え……」


 様子のオカシなアキに対し、半ば開いた訝しげな視線を彼女は返しながらも、固まる彼の腕を引っ張って立たせる。そして、彼女は何故か何も無いはずの蠢く肉壁の方へと走り寄ると、手に持っていた一本のナイフを両手に構え、少し躊躇い気味だが勢い良く壁を突き刺した。

 周りの肉壁が収縮したように縮こまり、刺した部分から血が溢れ出す……が、ただそれだけで、特に何か変化が起こった訳では無かった。


「ど、どぅして……」


 困惑する彼女に、攻撃を弾き返しながらジェニルが叫ぶ。


「そんなんじゃダメだよ、もっとぐっと、こう……縦に引き裂かないと!」

「ほああっ?! あの、ぐちゃぐちゃでろぉんでろんなぁ……っ??」

「そう、頑張れ! 一気にやっちゃえば大丈夫だよ!! または……ほら、アイツに頼んだら?」

「んにゃあ……」


 あからさまに顔を顰める彼女と、それをどこか心配するような目で見詰めている気がするぷにぷにスライム。

 ……彼女は、所謂グロテスクなものに耐性が無いのだろうかと働かない頭でアキは思った。周りの光景が既にアウトな気がするのは置いておくとして、蠢く肉壁を刺すのは抵抗がいるだろうとは思ったが、この世界はそういうのが一般的だと思っていたから少し驚いた。それはさておき、「アイツに頼んだら?」などと言われたが、自分も絶対に出来ない。

 戸惑う彼女は、刺さったナイフを見、一度目を瞑ってまた開ける。再びナイフを見て、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、小さく「こういう時に限って、なんで……」と呟き、しかし今度は両手でしっかりとナイフを握って、


「ぅ、うっ……、むっふおぉりゃあああッ!!」


 突き刺したナイフをそのまま下へ、強引に思い切り引いた。

 すると、ブチブチブチ、と肉壁の繊維が裂かれる音と共に、堤防が決壊したかの如く、引き裂かれた隙間から血がどプんどプんと溢れ返り、詰め込まれていたのであろう内臓のような物や骨のような物が溢れ返る。


【ぎィァぁアアあアアア゛!!】


 端的にいって非常にグロテスクな光景から二人は目を逸らしていると、まるで『痛い』とばかりに、この空間全体に悲痛な叫び声が響き渡った。

 女性がナイフで裂いた隙間は、ギュるギュると拓けてゆくと、やっと人一人が通れそうなくらいに狭く細い、通路とも呼べない肉の道が現れた。これがジェニルの言う……もとい、自分の言っていたという、逃げ道なのだろうか。


「おっ、出来たな? どっちが――」

【ィダイッ、ィィや゛ァァアアア゛ア゛あ゛!!】

「……ッ! ダメだ攻撃がっ。俺は後で逃げるから、えーと……“ミミカ”! お前先頭で先に逃げてくれ!」

「いやっ、わ、わた――――」


 女性が何かを言いかけるが、大きく揺れた空間と、叫び声と共に増した攻撃によって遮られる。

 言いたい事はあったが、余裕が無いと感じた彼女は口を噤み、ただ呆然と光景を眺めているだけのアキの掴んで無言で隙間の道へ走っていった。


 ミミカ……というのが、彼女の名前なのだろうか。そんな事を、自分を引っ張る彼女を見ながらアキは理解して、理解出来なかった。聞いた事すらない名前だった。

 ……もう、わけがわからない。誰だこいつは、何処なんだここは。酷い光景と状況に疲れ果て、思考の機能を失いかけた彼が思うのはただ一つ、『帰りたい』それだけだった。


 早く逃げ出したい。帰りたい。この訳の分からない状況から、場所から、帰りたい。

 自分の向かっているのは、自分が言っていたという『出口』だ。しかし、それは、一体どこに向かっているのだろうか。どこに、逃げると言うのだろうか。

 逃げた先はなんだ、やはり外なのだろうか。……外は、さっきユリセアが居た場所なのではないか? あんな死んだ世界……それはつまり、逃げ場なんて無いんじゃないのか?


「……アキ?」


 気が付けば足を止め、ミミカと繋がれた手を、まるで彼女を引き留めるように引っ張りながら、アキはぽつりと呟いた。


「なぁ、どこに、逃げるんだよ……」

「ふえっ? どこって……そりゃ外にですよ。逃げようってアキが言ったんじゃないですか」


 外、と聞いて愕然とする。

 やはり、さっきの場所じゃないか。逃げ場のない死んだ世界じゃないか。ナニカに抑え込まれたように思考力が働かないアキは、彼女が言い終わるよりも前に、覆い被せるようにして言葉を発した。


「そ、と……っ? ユリセアがいた――あんな、クソみたいな場所にか!? 嫌だっ、もう訳が分かんねーよ……なんで、なんで俺は――」

「もうっ、訳が分からないのはこっちですよっ! さっきまで普通に戦ってたのに、急にむへーっとして……。外は安全ですし、それに、ユリセアは今――」

「違うっ、そうじゃくてっ! 俺は……、俺、は……――ッ?!」


 そう言いかけた――その時。突然、元から柔らかかった地面がアキの体重を受けて沈降し、数秒も経たないうちに彼の全身を包み込むと、そのまま深く深くへ呑み込んだ。

 肉色に染まる視界、着実に落下しながら上も下も分からず掻き混ぜられていた身体は、気が付けば周囲の肉床からの圧力が無くなっており、ただ宙の空気を掻き切り裂きながら、遥か下へと落下していた。


 ……しかし、既に混沌とした事様に正気を奪われていたアキは、それすらも意に介せなかった。ただ、漠然と気持ちの悪い浮遊感に身を委ねながら、先程投げかけていた理不尽な疑問を自分自身に問いていたのだ。「外が違うなら、どこに逃げたいというのか」


 そう、俺は、どこに逃げたい……?

 ――それは先程のユリセアと出会う前……本来行くべきだった場所。魔物も少なく、危険度が限りなく低い、目的地である平原だろうか?


「違う……」


 比較的安全とはいえ、魔物がいない訳では無い。

 それでは、この世界で魔物がいない場所……さらに前の、あの町はどうだ? 魔物がおらず、この世界でもトップクラスに安全な町だ。


「いや、ダメだ……」


 魔物は居なくても、魔紅力が存在する。徐々に体と精神を蝕まむ感染性の物質……例えは毒でも細菌でもウイルスでも良いが、どんなに薄くても、そんな代物の蔓延する中に行くなんて論外だ。

 ……でも、魔紅力が無い場所は、この世界の何処にも存在しない。そうでなくとも異世界だ、多くの危険も、想定出来ない不安もいっぱいだ。


 つまり逃れられない。この世界には、逃げ場なんてない。

 ……だから、逃げるならもっともっと前……洞窟に来るよりもさらに前。逃げる……いや、帰るべき場所だ。何故だか昔に感じる、愛しの“元の世界”だ。

 魔物ではなく、受験で吐気を催す日々に戻りたい。命ではなく、勉強のプレッシャーに押し潰されそうな日常に戻りたい。死を意識しないあの日に戻りたい。帰るべき家、喧嘩した両親の元へ帰りたい!


「元の世界に……帰り、たい……っ!」


 ――どっブ、ん


 彼が、半分泣きそうな声で呟いたのと同時に、重く鈍い音が空間に響き渡った。

 最初に、強く叩き付けられたような痛みが背中に走り、次に、開いた口に生暖かい水が流れ込むのを感じる。引き戻される意識、既視感のありすぎるこの状況。……そう、この世界で目覚めた時と同じ……赤色の水の中に落ちたのだ。

 アキは、彼の胸ほどまでの深度の水の中を少しだけ浮遊して、急いで地上に顔を出す。……まるで、この世界に来て一番最初に居たあの洞窟(・・・・)を写し取ったような風景だが、それより遥かに暗い空間だ。……不意に、ザァーーと音を奏でて膝丈位まで引いてゆく魔紅力を見ながら、彼は本能的に感じる。


 今まで来た二つの場所とは、根本的にナニカが違う場所。深い深い、遥かに深いここはそう……心の深淵、ナニカの最下層。『ここには来てはいけなかった』何故だかそう、思わされた。


「……元の、世界……?」


 正体の分からない負の感情に固まるアキの濡れた頭を、生暖かい大気が頬を撫でるのと同時に、深く、低めの、そんな声が、響き渡った。

 見ない方がいい。動かない方がいい。そう思っているハズなのに、不可抗力で動いてしまった頭が向いた先。……その正体を確認した彼は、不安半分、安心半分で無意識的に呟いた。


「オート……ラル?」

「…………」


 手が届かない程度に遠方の彼。声の正体――これは、全身鎧の自称十七歳、オートラル・アクトカッターの後ろ姿だった。


 8月16日を持ちまして、本作【この世界は死にました】が一周年を迎えました(ノ´∀`)ノワーイ!!


挿絵(By みてみん)


 ここまで色々あってもめげずに続けて来られたのは、本作を読んでいただける読者の皆様のお陰です。ありがとうございます(*・ω・)*_ _)ペコリ

 ブクマや評価ptなど(もちろんそれらが無くとも)、本当に執筆の励みになっております……!

 一周年の記念という訳ではないですが、(恐らく)一時的に、長らく閉じていた感想欄を開いてみたいと思います! 全てに返信出来るか分かりませんが、これを機にご感想など頂けるととっても嬉しいです~!!

 (作者、かなりものすごくお豆腐メンタルなので、どうかお手柔らかにお願い致します……っ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。