第20話 アルティメット☆運動神経 ★
「ぬあああぁっ、クッソ! クソ程きたねー演技しやがって! 次行った時は絶対見返してやる」
「それをフラグと言うんだよ」
彼の話を聞いたユリセアは、『コイツ、頭が良いのか悪いのか分からない』と思った。
何となくだが、会話から割と頭は回転する方だと思っていたのだ。馬車の中での会話や、レディアとの交渉や時からも、何も考えずに人の言葉に乗せられてしまうような部類の人間ではないだろう、と思っていた。なのに、店員のあからさまな営業トークには簡単に乗せられる。
よく分からない奴だ。
「あの時は覚悟が出来てたんだよ! でも今回は出来てなかった。まさか、たかが買い物如きで騙されるとか、そんな事があるだなんて思わなかったんだッ! でも、次は大丈夫っ、次こそは倍返しにしてやるッ!!」
しかし、騙された――とはいっても品物は元より悪くなく、値段も妥当。粗悪品を売り付けられた訳ではなかった。
逆に言えば、店員が言っていた程、特段良い商品という訳でもない。
例えば『黒羽蚕の靭糸』。彼は高級品だとか言われたらしいが、そんな事は無い。ただの糸ではなくて靭糸なのだから、比較すれば一応貴重と言えるのかもしれないが、ローブの素材にはよく使われるやつだ。
あと、撥水性。大体のローブは撥水性があるから、特別な事じゃない。それと、良い言い方をすれば“動きやすさを重視した”、悪い言い方をすれば“安物”の、その布の薄さ故に、言う程防御力も高くない。他の、もっと重いローブは、もっと防御力がしっかりしている。
店員は、そことなく彼の知識量を探って買わせたのだろう。店の信用に関わるからぼったくられなかっただけ運が良いが、これが行商人とかであったらどうなっていたか。
「まあ、悪い物ではないよ、それは」
言葉の通りである。
薄さ故に防御力は低いが、薄さの割には防御力が高いのは確かだ。黒羽蚕の靭糸も、よほど上手く交渉でもしない限り、元の予算では買えなかった代物だ。
その事をユリセアは彼に告げ、ついでに「最終的には同情でなく、自分で考えて決定したんだろ?」なんて言ってみるが、「そういう問題じゃない」らしい。
曰く「俺のピュアな同情心を返せ!」だとか。
「君はよく分からんな」
そんな言葉を零す。
――斡旋所には、予定よりも早く到着した。
斡旋所内は、昨日と変わらず非常に混み合っていた。先日英雄ジェニル・ノウェアズが特に危険な変性領域【蝕みの村】を踏破したお陰で、爆発的に登録者が増えたのだろうとアキは考えた。
二人は依頼の貼ってある掲示板の前に辿り着き、図書館の本の如く……いや、それより遥かに乱雑に並べられたほんのり黄土色をした羊皮紙を眺める。
・依頼内容と報酬
・難易度(何ランク向けか)
・魔紅力の感染レベル
この三つは必ず書かれており、加えて依頼ごとに特筆的な情報が書かれている。
彼は、そのうち難易度が最低のもの――Fランク推奨のもの――のみに意識を集中させ、その中からさらに取捨選択をしてゆく。
大前提として、感染レベルは1の場所。
魔物の討伐は論外。怖い。死んでしまう。
街での業務も嫌だ。外で異世界らしい事がしたい。
そうやって削っていくと、やはり採集系統が良いようにアキには思えた。危険度は少なく、特別な素材でもない限りは技術を要しないからである。
「……」
しかし、採集といっても様々な種類がある。
例えば、某世界樹的な迷宮的な所を探索するゲーム風に考えるのであれば、森で木材などを集める「伐採」、鉱物を掘って集める「採掘」、薬草とかを集める「採取」等に分かれていて、それぞれに必要なスキルが変わってくる。
この世界も同じで、脳内でざっくり分けたこの三種+魔紅力関係の採集とかいうヤベーやつは、全て必要とされる技術が異なる。知識もそうだが、単純に使う体力的な物も変わる。
自分は「採取」がよい、とアキは思った。
まず「採掘」は報酬高めだがありえない。洞窟なんかもう行きたくない行きたくない地上の光が浴びたい。「伐採」でも別に良いのだが、そもそも伐採クエなんてここには無いので「採取」だ。
――なお、別の依頼でも依頼先の場所は同じであれば、重複で依頼を受けて、別の素材を採る方法もある。むしろそっちが一般的なのかもしれない。
彼は上記の条件に当て嵌る依頼を探してみる。が、ジェニル・ノウェアズの影響で残っている依頼は少なく、平原の『ハープ草の採取』一択となってしまった。
中にはFランだが報酬が高く、その代わりに、言わば『狩猟環境︰不安定』な依頼もあったのだが、某ジョーさんの地獄を知っているアキには興味すら湧かなかった。どうも奴のイメージが強いが、某ジョーじゃなくても地獄だ。モンスターの素材とか知らん、ひと狩りもいきたくない彼にとっては迷惑甚だしい。一乙でもしたら終了、そこで死ぬ。
「ぬぁはは、二日ぶりだな! 元気そうじゃねーか」
ちょうどそんな事を考えていた時だった。
背後から肩をポンと叩かれる。一瞬誰だと思ったが、叩いた右手があまりにも特徴的だったので、それが誰だかすぐに分かった。
「いやーこんなにすぐに会えるだなんて、奇遇ダナー! はっはっはー」
全身鎧の十七歳、オートラル・アクトカッター。
ユリセアとの会話を聞いていたのだろう。どこで判断したのかは分からないが、ともかくアキが元気を取り戻したと判断して話しかけてくる。
「よっ、そちらはええと……ミリシアさん! 今日は、二人揃って依頼でも受けに来たのか?」
「いかにも私はユリセアだが。後者に関しては肯定しよう」
「うおおーそれなら俺の出番だなッ! ちょうど俺も、なんか依頼受けよっかなって迷ってたところなんだよ。いやー奇遇、本当に奇遇だ! ほら、先日のお詫びにさ、依頼手伝ってやるよ」
「ほ、本当に?!」
アキは答える。彼は全身鎧だ。全身鎧なんて他にもいるのだが、多分、何となく、強そうな気がする。
「おう。華奢な女の子と、新米討索者の二人だけってのも不安だしさ。討索者的には先輩の俺が、魔物も紅核生物もズバァーーってやっつけてやるよッ」
「薬草取りなんだけど……」
「……ぬははっ、どんな薬草だって、俺がズバァーーっと刈り取ってやるよッ!!」
――オートラルが「親切な俺が依頼の受諾しに行ってやるから、お前ら武器選んでから来いよ」と言う。
平原は街の先、森を挟んだその向こうにあるらしい。森を突っ切ればさほど遠くもないらしいが、その森……『幻迷の森』とやらが危険だという。
森に生息する“憶幻蝶”という幻覚を魅せる蝶が、森に入った人を惑わす『幻迷の森』。……それだけならまだ良いのだが、曰くその幻覚は決まって『過去に関するトラウマを呼び起こす物』らしく、人によってはソレで狂気に陥ったり、精神的に大きな障害を抱える事になってしまう。なので、平原の依頼の際は森を迂回するルートが取られるのだが、近頃はその憶幻蝶が謎の大量発生を遂げており、しかも魔紅力の影響で生態が変わってきているというので、立ち入りには警戒を求められている。
そこで、馬車で依頼場所に場合、行きも帰りも、同じ依頼場所の別の依頼の人達と同じ馬車に乗る事になる。ジェニル・ノウェアズの影響で台数が足りていないのだ。そして馬車自体の準備にも時間が掛かる為、出発まで少々掛かる。
受付から聞こえる「オートラルさん、ソロじゃないなんて珍しいですね。初めてじゃないですか?」なんて会話を遠くに聞きながら、二人は係の人に言って、武器貸し出し部屋に向かった。
置いてあるのは、片手剣・長剣・特大剣・槍・斧・大槌・弓矢・杖……等々。どれも凝った装飾等はなく、言うなればゲームの初期装備的な感じだが、男心を擽る、テンションの上がる光景である事には間違いがない。
アキは、他よりは使い慣れているであろう高濃度区画で使っていたような片刃の剣を探す。……が、ここには置いていないようだ。諦めて、適当に武器に触った後にとりあえずは扱いやすそうな片手剣(刃渡り四十センチほど)を選択する。
「え、重っ」
片手剣でこれか、と思った。
鉄の塊なのだから当然だが、アニメなどでは慣れていなくても簡単に振り回し、敵をバッサバサと薙ぎ倒すイメージが大きいので、やはり感覚よりも意外に感じた。持つことは出来ても、慣れなければまともに振れないだろう。
ふいに、目の端に丸太が映り込んだ。この部屋には武器を試せるように、丸太や的など、様々な物が常備してあるらしい。
アキは丸太のうち、直径二十センチほどの物を選ぶと、肩をぐるりと回した後それに向かって剣を横に薙ぐ。
「うおっ」
勢い良く振ると、遠心力でつい体が傾く。何気に武器を振るったのは、一つ目の紅核生物と戦ったあの時だけだ。
何度か振ってみる。気持ちに余裕があるので、あの時よりは随分とマシだが、それでも難しい。……いや、想像以上にとてもとても難しい。一方向から木こりの如く何度も打ち込めば何とか断ち切る事が可能だが、そもそもそれが難しく、一回だけでは深い切れ目は入らない。身体能力は上がっていても、技術は皆無なので仕方の無い事ではあるが。
ただ、縦に“叩き切る”ような使い方をすれば幾分かマシで、上から思い切り振り下げてみると――断ち切るまではいかないが、それでも深い切れ目は入る。
武器の性能が低いのもあるだろうが、技術的に片手剣でこのレベルなら、他の武器は絶対にダメだ。何より、片手剣では片手が空くのでバックラーな装備できる。そう思って、彼は片手剣とバックラーを装備し準備を終える。
「ユリセアは……あれ、選んでないの?」
ふいに見ると、武器を持たず、しかし悩んでいる様子すらなく、それどころか武器には一切の興味がないのか、ぼうっと胸元のロケットを手に持ち眺めている彼女がいた。
「……いや、さ。私は思うんだよ。振り方が分からない、振っても当たらない、当たっても切れない武器なんぞを持つ事に、何の意味があるんだとね。剣を一振りする間に魔法を打ち込んだ方がよっぽど早い」
彼女は言う、だから武器はいらないと。思ってみれば、彼女は異世界人であるのに、そういった武器類を一つも持っていない。
彼女は純魔(魔法だけで戦う)と言っていたし、所々で運動神経の悪さが滲み出ていたので、武器を振るのは得意ではないのだろう……と思ったが、流石に大袈裟だ。振り方くらいは分かるだろうし、無いよりあった方が役に立つのは明白だ。
「でも無料だぜ? 武器の貸し出し。無いよりあった方が絶対良いだろ」
「持ち運ぶだけにしても重いし、邪魔だし、動きづらい。無駄なものは持ちたくない」
「いやいや、無駄にはならんだろ。一回そこの丸太で練習してみりゃいいじゃん」
アキの言う事は尤もである。
……彼女は、武器を振るのは得意ではない。単純に重いし、難しいから嫌なのだ。だから、いつもなら適当に言って誤魔化すのだが……ほんの少しの心変わりというものだった。この機会だし久々に試してみても良いかもしれない……。そう思ったユリセアは、目に付いた片手剣に手を掛ける。
――重い。
片手で持ち上げるのに若干の苦労を有するので、両手で武器を持って、武器入れから引き摺り出すように取り出す。
「……どうしてこんな重いものを振り回せるのか、理解が出来ないな」
しかし彼女の取ったソレは、アキの持ったのとほとんど変わらない物であった。
アキは、ちょっとだけ嫌な予感がした。
ユリセアは、重みでフラフラしながら自覚なしに変な持ち方をして、アキの使っていた丸太の方へ歩み寄って、彼と同じように横から切ろうと構える。
「えや、まって何それ」
しかし、その姿勢はアレである。
強いて言うのならば、野球選手の構えに近いナニカだが、重心はバラバラだし、ふらついているし、誰がどう見ても大変な結果になると分かる、とにかくヤバい姿勢だ。
(左利き?)
不意にアキは気が付いた。
そう、ユリセアは左利きなのである。それに気付いたのは、剣をバットに見立てた時に左打ちの構えであったからだ。……厳密には左打ちの構えにはなっていないが、それモドキであるという事だ。
左利きだからといってどうという訳ではないのだが、単純に珍しいと思った。
(剣を振るには、剣を重心の移動に乗せて……? 腰を回転させながら、こう……左足から右足に体重を移動させつつ、同時に肘を伸ばして、左から右に、的確な軌道をなぞって……)
ブツブツとユリセアが考える。
彼女的には思うのだ。重心移動とか、訳が分からないと。
まず重心というのがよく分からない。だって見えないじゃないか。それに、体の何処の部分をどう動かして、何処にどう力を入れて、体重をどうして――等々、それら全てを、状況に応じて瞬時に思考し、的確なタイミングで複数の部位に同時に適用させねばならないというが……そんなの出来る訳が無い。一般よりも計算や思考の回転は早い方だと自負しているが、こういった物に関しては無理だ。
よく、お手本を見てやれだとか、感覚でやるんだとか、しっくり来たのが正解だとか言うが、その正解を知らないのだから、どの姿勢が当たりなのか全く分からない。お手本通りにやっている筈なのに可笑しな話だ。
(せーの、ハッ……違うな。足を出しつつ、少し遅れてから腰を捻って……せーのっ、トトンっ……いや、こうか……)
謎のタイミングを取りながら、体を捻らせたりと謎の動きをして、謎の事前練習を繰り返すユリセア。これが実践ならば、とっくに死んでいる。
そんな彼女の様子を見て、アキは思う。
確かに、ユリセアの持つ片手剣は、彼女の体格に合わせてみれば普通の剣くらいの長さはある。彼女の身長は恐らく145cmくらい、女性の中でもかなり低く、武器を振るうのには圧倒的に身長が足りていないので万人よりは困難に感じるだろう。
しかし、しかしだ。それを含めても酷い。酷い結果が目に見えている程に酷い。体格云々の問題ではない。これは、止めさせたほうが良いのではなかろうか。
「トントン、せーのッ……ようし、恐らくこれが正解だろう。いける」
アキがそんな事を考えている内に、幾度か謎練習を繰り返したユリセアは、毎回全くフォームが違うのに、何故か「いける」などと言い出す。
アキが静止する間もなく、彼女はいち、に、とタイミングを取り、さん、で体を大きく捻って――
剣を、振った。
「――んにょおア゛ッッ!!」
「――――ブふぉアッ?!?!」
同時に今までの彼女のイメージからは考えつかない大真面目な奇声をあげ、驚きと戸惑いと滑稽さにアキは吹き出してしまうが、剣の行く末を見て蒼ざめる。
どうしたら、そうなるのか。
まず、丸太には全く掠りもしない刃先。勢いで変な方向に振り切れ、遠心力に耐え切れず剣が手から離れる。彼女自身は反動で何度か回転した後に、バランスを崩して地面に転んでしまい、高く打ち上げられた空中の剣は、何故か真後ろにいるハズのアキに向かって……落下してゆく。
「ちょ、まっ――」
彼が避けようとした時。
突如、黒い影が剣に飛来。現在の剣の落下速度など、見えるだけの状態を考慮し計算に組み込んだユリセアの完璧な術式は、計算通りに的確に放たれ、空中の剣を弾き返して落下軌道をアキから逸らす。
「……ふーむ」
これはひどい。
剣を見ながら放たれたユリセアの唸りも、その酷さを思っての事だろうとアキは思った。
「中々良かったんじゃないか?」
「はァ?」
口から大爆弾。
お前は何を言っているんだ、という意味での『はァ?』だったのだが、その言葉の指している場所を勘違いしたのか、ユリセアが返す。
「いいや、結果じゃなくて過程の話だよ。結果的に剣の軌道上に丸太は入らなかった訳だが、それまでの過程……つまりフォームは悪くなかっただろ」
「いやどこが」
「どこがって、全体的にだよ。無論オリジナルには及ばないがね」
「オリジナル……って?」
純粋に、まるでアキの言っている意味が分からないといった表情で、彼女は言う。
「何を言っている。アレン・ギルバートの動き、そのまんまだったろう?」




