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【この世界は死にました】  作者: もちきなこ
第2章 はじめての街
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第19話 イセカイショッピング


 現在、アキとユリセアは街の大きな武器・防具屋に来ている。

 アキの目的は防具一式。武器に関しては、今回は大した依頼も受けないため斡旋所で借りられる物で良いと考えていた。自分の得意な武器というのも分からないし、様々な種類を試してから買いたいと思った理由もあるからだ。


「お客様っ、その格好にその風貌、もしや討索装備が要望で?」


 商品を眺めながらふらふらと歩いていたところを、細目の男性店員に捕まってしまう。ユリセアは別の物を見たいとか言ってアキから離れていた為、店員の近くには彼一人だ。


「は、はいっ。でも防具とか買ったことがなくて、何買えば良いのか分からなくて……」

「心配ご無用! そんなお客様の為に、当店オススメ『新米セット』という物がありますが、如何でしょう?」

「おお、そんな物が! あっ、予算は金貨三枚と銀貨五枚程なのですが、大丈夫でしょうか」

「三万五〇〇〇レルですね!  承りましたッ、こちらで少々お待ちください」


 店員は営業スマイルのままアキを机の前に連れて行くと、奥へと姿を消した。

 彼の現在の総資産は、斡旋所報酬の三万五〇〇〇レルと、紅核の分としてレディアから貰った五万レルの計八万五〇〇〇レルという、そこそこな金額にも思えたが、最低限の武器と防具の購入で半分以上は消えてしまうだろう。


 この世界に生活保護なんてものはなく、レディアからの最低限の保証というのもどの程度か分からないので、お金は持っておきたいが、安すぎる装備というのも不安が大きい。……しかし、自分からは危険な場所に近づくつもりはないし、いつかは元の世界に帰るので、高くて完璧という訳ではないが、悪くもない……そんな防具が欲しかった。


「おまたせしましたー。まず、新米セットでインナーとズボン、胸当てにブーツです」


 戻ってきた店員が、腕に抱えた装備をバサりと机に置く。

 まずは、伸縮性に富んだ黒いインナーに、ポケットの付いた灰色のズボン。あの時に着ていたのと同様、膝と脛部分は内側から金属で補強されており、オマケで薬品やら色々なものを入れられるファンタジー的なベルトも付いている。

 そして胸当ては、よくある茶色い皮と金属を組み合わせたものだが、金属とは思えない柔軟性がある。きっと異世界の不思議素材なのだろう。また、暗茶色のブーツは足底やつま先が金属で補強されており、履き心地も良く動きやすい。


「本来は金貨一銀貨八枚のところ、セット購入でなんと銀貨三枚引きッ! しかも最近は新米の討索者が増えましたからね、今だけさらに銀貨三枚引いて、たったの金貨一枚と銀貨二枚の大特価ッ!!」


 一万二〇〇〇レル……この世界の金銭価値はまだ掴めないが、周りの商品と見比べてみても、かなり良い条件なのではないだろうか。

 機械での大量生産が不可能で、加工技術も遅れてるであろう異世界にしては、質感の割にやたら値段が安いと思ったが、そもそも存在している素材自体が現実世界と違うため妥当なのかもしれない。


「それと、ナイフですね」


 ナイフはまだ買うつもりは無かったのだが、流されるままに話を聞くことになる。


「こちらですね、堅鉄に鋭晶石をコーティングしておりまして、お値段を抑えながら、堅鉄では出せない切れ味を、鋭晶石が補っている素晴らしい代物なので御座いますっ!」


 手を捻って刃面の角度を変え、天井の光を反射させながら続ける。


「手慣れない剥ぎ取りも、護身用としても、これ一本あれば安心ッ! 本来はこれで銀貨五枚っ……と言いたいところですが〜」

「言いたいところですが〜?」

「ななっ、なんとッ!! 新米セットをお買い上げならば、無料で緑鉱砥石もお付けして、追加料金たったの三千レルッ! 三千レルでっ、お届け致しますッッ!」

「よし買ったッッ!!」


 銀貨三枚は安い! そう思った彼は即座に購入を決断する。

 ……同時に、やけに良心的な店だなと彼は思った。相手のペースに呑まれているだけだろうか……いや、そんな事は無い。

 さて、残り予算は金貨二枚。どれ程の物が買えるかは分からないが、出来るだけ良い物が欲しい。


「お買い上げありがとうございまぁ〜す! それではもう一点、防具ですよね? しかし防具とは言っても色々ありますが」

「ええと、動きやすくて、軽い……でも防御力もある、みたいなのっありますか?」

「それですと、当店イチオシのローブが御座いますッ! お持ち致しましょうッ!」


 当店オススメだとかイチオシだとかさっきも聞いた気がするが、まあそんなモノだろう。

 若干の期待を込め、店員が戻ってくるのを待つ。……僅かな時間の後、彼は戻って来た。


「おまたせ致しました〜! こちらがイチオシのローブになります!」


 黒を基調としたデザイン。フード付きで、その縁と服の袖には草紋の凝らされた銀色の塗装がされていた。また、左肩にも似た模様の刻まれた金属の肩当てが付いており、肩掛けベルトを付けられるような構造になっている。金属は左肩だけでなく、右肩と胸部分にも内側に埋め込まれているらしい。

 また、前面部には左右を閉じる四角い金具が付いていて、腰にはベルトが通せるようになっていた。


「お客様、突然ですが風魔法はお使いになられますか?」

「風魔法ですか……? いえ、使えないです」


 突然の質問に驚きつつも、アキは答える。


「そうですか! 実は私もそうなんですが、それですと、こぉんな経験……あるんじゃないでしょうか? 外を歩いていたら突然雨が降ってきて、ローブは持ってない、魔道具だって持ってない! 風魔法は使えないッ! さあ、困ったぞと!!」


 毎朝の天気予報は欠かさず見るし、外れても折り畳み傘はいつも持っているので大丈夫です、なんて言える筈もなく……


「あっ、あー! ありますね! よくありますねはいあるあるですよねー」

「そうでしょう? そして、もし風魔法が使えても魔力を使い、魔道具も邪魔になる。しかし雨に打たれては体力が持っていかれて動きが鈍くなり……死に繋がる。実は新米さんの死因の内、これってかなり大きかったりするんですよ」

「なるほど……。たかが雨も死活問題……」

「ええ、そうなんです。……しかし、このローブがあればそんな悩みも解決ッッ! なんとこのローブ、雨具代わりにもなりましてね。撥水性に優れ、ある程度の熱にも耐えるのですッ!! ほら、このとーりっ!」


 そう言ってローブを上に放り投げた掲げた店員は、いきなり水魔法をぶっぱなす。……が、ローブに水濡れは一切残らず、全て綺麗に弾き返した。


「おおお、すごいッ!」

「ねっ、すごいでしょう? そう、こちらの商品、あの『黒羽蚕の靱糸』を使用しているのですが……ご存知でしょうか?」

「いえ、知らないです」

「この糸は、軽さと柔軟さと丈夫さを兼ね備えた“高級素材”でして、高い撥水性と遮熱性を持ち、物理衝撃は然る事乍ら、特に火や水系統の魔法に大して高い防御力も誇るスグレモノなので御座いますすッ! 流石に魔紅力耐性はありませんがね、それでも随分な性能ッ、充分な品質ッッ!!」


 続けて店員は語る。


「しかも、ほら見てくださいよこの薄さッ、この薄さでですよ!? ねぇ、ビックリでしょう? ほぉらお客様も是非っ、直接触ってみてください!」

「のほーーっ、なにこれ薄い、そして軽いッ!?」

「そうでしょうそうでしょう? 流石っ、目の付け所が素晴らしい!! こちら、黒羽蚕の特徴とも言うべき“羽”のような軽さを実現しており、防具の重さに足を取られることなく、まるで空を飛んでいるかのように駆け回る事が出来るのですッ!!」


 店員の例えはよく分からないが、軽いのは彼にとって非常に嬉しかった。その場で試着もしてみるが、生地の肌触りもサラッサラで素晴らしい。


「フードを被れば顔を隠すことだって出来ますし、ほら、内側の金具に付属の布を付けることで、口元も隠すことも出来るんですよー!」


 そう言われてフードの内側をいじると、指先が金具らしき部位に触れた。ここに布の側面に付いている金具を引っ掛けて装着出来るらしく、位置でキツさを調節出来る親切設計になっていた。

 ちなみに布の色も選べるらしく、個人的には暗めの赤がカッコ良くて良いなと思った。


「どうですかこの商品っ、素晴らしいでしょう? デザインも良く、防御性能にも優れている。これは買うしかないんじゃないでしょうかっ?」


 いつでもどこでも傘いらず。防御力もあって、しかも軽い。着心地もサイコー! ……しかし、正直こんなによさそうな物が出てくると思っておらず、彼は少し戸惑った。

 これは予算……金貨二枚ギリギリなのではないだろうか。


「しかも今回はキャンペーンで、お買い上げの際は、これに斜め掛けベルトと腰ベルト、数種のポーチとナイフ入れも付けることになります!」

「そ、そんなにっ?! ……でもお高いんでしょう?」

「いえいえ、ここまで付けてなんとッッ――」

「なんと…………?」


 店員さんも視線が交差する。

 生唾を飲み込む。緊張。そして、口は開かれる。


「三万九千八〇〇レルッ、たったの三万九千八〇〇レルで、お届けしまァーーッす!!」

「いやお高けーーよッッ!!」


 歓声を上げるハズだった脳内主婦ボイスの叫びがそのまま口から吐き出される。

 確かに良い物だと思った。だけど、残り予算に二万レルギリギリどころか、大幅に超えている。約二倍……最初に予算を聞いてきたのは何だったのか。


「大変失礼致しましたっ。……しかしですね、ご予算の範囲内ですと……例えば、こちらやこちらなどの商品になってしまいまして……。無論、当店の品物はどれも信頼の品質・適正な価格でお届けしておりますが、どうしても、どこか不安の残る防御性能の物になってしまうのです」


 そう言いながら商品を指さす店員。

 火や水などの自然物や魔法に対する防御力はあるが、物理衝撃にはあまり期待出来ない物……金貨一枚と銀貨五枚。物理衝撃も緩和し、魔法だって防いでくれるが、重くて使い勝手の悪い物……金貨一枚と銀貨八枚。


「うぐっ…………」

 

 どれも、もし最初見たならば確実に買っていたであろう性能の商品。買う前に予想していた品質で、自分の考えていた妥協点。――けれど、最初に見てしまった……もっと良い商品を。

 良い物を見てから基準を戻すと言うのは、とても難しい。先に良いものを見てしまうと、他はどうしても霞んで見えてしまうのだ。


「……どうします?」

「ぬ、ぬぅーん……でもサンキュッパは……」


 きっとこれが店員さんの狙いだったのだろうが、やはり三万九八〇〇レルは高すぎる。そうアキが項垂れていると、ゆっくりと店員は口を開いた。


「新米さんですと、良い防具を買い渋って亡くなるケースがよくありまして。……これは、私個人的な想いなのですが、自分の勧めた商品で大切なお客様……いえ、一人の人間の人生を終わらせたくないのです。こんな御時世ですから仕方の無い事ではあるのですが……お金を貯めても、死んでしまっては元も子もないでしょう……?」


 気が付けば、今までの営業スマイルは消えていて、とても真剣な重みのある視線をアキに向けていた。そこには、損得だとかが一切介入しない……店員としてのプライドの話なのだと彼は感じた。

 ――そうだ、こんな厳しい世界なんだ。誰もが武器を持っていて、魔物がいて、常に魔紅力に怯える世界。……そして、これはそんな人の命を守る剣と盾を売る仕事だ。


「私は、貴方の様な新米さんが亡くなっていく姿を今まで何人も見てきましたし、私の担当した方が、次の日死体で見つかるなんて事も……よくありました。もう、あんな思いはしたくない。あんな事が起こって欲しくないッ。まだ防具の価値も、武器の価値も分からないかもしれませんが、充分な性能の商品を購入して頂いて、その命を繋ぎ止めて貰いたい。……そう、貴方には……」


 息を吸い、吐き出す。


「私の息子の様にはなって欲しくない……っ!!」

「――――ッ!」


 ……そう、か、息子が死んだのか。だからここまで勧めてくるのか。商人としてよりも、一人の人間として。

 アキは、途端に店員に対して同情の感情が沸き立った。店員さんの表情は暗い。その俯き加減はとても営業マンとは思えず、その声色には先程までの威勢の欠片すら見当たらない。……現在、自分に売り込み中だと言うのに、だ。

 営業マンとしては良くないのかもしれない。……だが、それが余計に彼の感情を揺さぶった。


「――貴方は、私の息子によく似ている。最初に貴方を見つけた時は衝撃でした。……ああ懐かしい、あの幸せな日々が。毎日が楽しくて、充実していた、あの頃が。……ちょうど貴方くらいの年でした。雨の日、森で迷って疲れた所を、背後から魔物に心臓を貫かれた」


 そう言って彼は深い溜息を付き、この空間ではないどこかをぼうっと見つめる。


「……この商品、本当は金貨四枚と銀貨五枚程でお勧めしたいのですが、貴方には、息子とそっくりな貴方には、精一杯の値引きをして三万九八〇〇……いえ、三万四八〇〇レルで、どうか買い取って頂きたいのです。……こんな値段で売ってしまえば、きっと私は怒られてしまう。しかし、これは個人的なエゴなのです。もう、誰も死んで欲しくない――勿論、お客様がダメだと言うのであれば、仕方が、な、ないのです……が…………」

「店員さん…………」


 俯き、今にも泣きそうな顔をしている店員を見て、アキは考える。

 ――俺には金がない。安い方も悪い物ではなかったし、今の自分に妥当だと思う。……だけど、それでいいのか? 彼の呼び掛けを無視し、親切心を無駄にしてもいいのか?

 死んでしまっては元も子もない。すぐ近くに死は潜んでいるのに、危険な所は行かないから大丈夫などと言っていられる世界ではない。


 ……店に怒られる覚悟をしてまで値下げし、買って欲しいと願った店員。最後の一押しは、少しの申し訳なさと同情心、そして……感謝だ。値下げをしてくれなければ買わなかっただろうが、彼の“強い意志”を感じたからこその決断だ。


「買いますよ、そのローブ。ええと、金貨三枚と、銀貨四枚、銅貨八枚ですよね」

「お客様……ッッ!!」


 パァッ、と店員の目が晴れる。


「死んでしまっては元も子もない……確かにその通りです。俺は、この世界を甘く見すぎていました。だから……」


 一度息を吐いてから、アキは言い放つ。


「ありがとうございます。俺は……きっとこのローブに命を救われる事になるでしょう」



 ◆◆◆



 ――購入を終えたアキは、早速装備に着替えて店を背に、怪しい笑みを浮かべながら『良い買い物だった』と感慨に耽っていた。

 確かに高かったが、偶然店員の息子に似ていたから安く買えた。素晴らしい偶然だ。とても良い商品なのも間違いない。……店員さんに同情した事には全く後悔はしていないし、それで良かったとすら思っている。

 本当に、良い買い物だった……。


「ふふふっ」


 妙な笑いがアキの口から漏れる。

 ユリセアとの待ち合わせ場所に到着するが、まだ彼女は戻ってきていないようだ。彼は石造りの塀の近くに腰掛け店を眺めていると、不意にある疑問が頭に浮かんだ。


 ……それは、彼女は本当に“買い物”をしてるのだろうか、という事だった。彼女と自分は今離れているが、半分監視目的で付いてきている彼女が、自分から目を離す事はない。……つまり、きっと今も誰かを介して監視されている。

 そして、彼女がわざわざ自分から離れなければならないとしたら……思い付くのは、その別の監視との情報交換だ。彼女が自分と共にいない間、例えば昨日宿に居た時とか、寝ている間とかも……誰かに監視されていたのかもしれない。あの宿主さんもレディアと繋がっているのだろう。


「……」


 ――そんな彼の予想は、大当たりである。彼の近くには監視がおり、ユリセアがいない間もずっと監視されていた。彼の部屋の中には入れないからどうしようもないが、外から見張られていた。

 彼自身にはそれが真実かどうか確かめようがないが、ほとんど確信が持ててしまった。すると、当然微妙な感情が沸き立ってくるのだった。


 ……今、その監視はどこにいるのだろう。きっと自分の近くに居るはずだ。

 彼は自分の周りに意識を向ける。様々な人々の会話、様子……しかし人数が多すぎて分からない。……そんな時、不意に自身の隣に男女のペアが座り、反応してしまう。

 まさか監視……そうは見えないが、二人の会話に耳を傾けると、奇妙な話を聞く事が出来た。


「ねーねー知ってるぅ? このお店の変な噂!」

「噂?」


 監視ではなさそうだが、女の言う噂話の内容が気になった。大きくて綺麗で品揃えも良い……変な噂が立つような、変な店には見えなかったからだ。

 アキは疑問に思いつつ、話の続きを盗み聞く。


「この店『死人が集う店』なんて呼ばれてるの。あそこの店員はみんな沢山の家族を失ってて、不思議な事に、来るお客さんは失った親族のそっくりさんばかりなんだって!」

「ふーん」


 ……何だかとっても引っ掛かる話だ。

 でも、流石にたまたまだ。死んだ息子……悲しさのあまり誰でも似てると感じ、自分以外にも同じ事を言ったのだろう。それに、こんな過酷な世界では、店員さん全員が大勢の家族を失うのだって、きっと……珍しくない。


「それも、何故かほとんどが新米討索者」


 新人討索者なのは……そう、なんか、たーまたま似ていたのだ。データには偏りが出るものだ、特に口承された情報なんて、そんなものだ。


「そんでね、店員さんはみーんな強い思い? 的なのを持ってて、熱弁した後には決まって『貴方の為に売りたい』って、同情心で商品を買わせるんだってー。購入の決定意識はお客さん側に持たせる、まぁまぁ汚い商売だよね」


 冷や汗が流れる。……いや、大丈夫。何はともあれ、過程はどうであれ、言ってたじゃないか“割引”したって。全部作り話でも、結果得したならそれでいい。同情心だけで買った訳じゃない、ちゃんとしたやつを買おうとも思ったから……。


「その時、元値を吊り上げて割引してるように見せかけるんだけど、そんなの知らない新米は『良い事をした!』とか思って帰るから、気が付いても遅いんだってさ! 変わった騙し売りだよね」


 うっわぁぁぁああぁああああ!

 ぽキリ、とアキの中で心が折れる音がする。もう聞きたくない――耳を塞ごうとしたのと同時に、


「いや……その噂、嘘だろぜってー無理だって」


 という、もう一人の男の言葉が耳を打った。

 

「非現実的だしさ、そんな下らない手口に引っ掛る奴も今時いないだろ。そんなに商品価値を分かってない世間知らずもいないだろうし、噂自体が同業者による店の価値を下げる為の――」

「それが、それがね! 見ちゃったのぉー! 騙し売りの様子と、騙されて買っちゃう人!」

「えっ……マジで? 嘘だろ?」

「本当なのよー! 嘘みたいに変な人でねー、武器すら持ってない人族で、この人大丈夫かなってくらい何も知らなくて、予算よりめっちゃ高いの買わされて喜んでた!! 流石にそっと教えてあげようかとも思たんだけど、近くの私の気配に気付けない程の新米さんだよ。えっと確か買ったのは、黒羽蚕の靱糸のやつを……」


 女は話しながら、ふいに、男の隣にいた黒羽蚕の靱糸ローブを来た人族(アキ)と目が合った。


「あっ…………」


 話し相手の男も、隣のアキの方を向く。

 (アキ)は――虚無だった。真っ黒な瞳。まるで底無し穴の如く、渦を巻いた虚無の瞳をゆっくりと自分達から逸らし、俯く。表情は、落とされた影のせいで分からない。


「あ、あの……」


 謝らなければならない、と思ってそっと話しかける。すると彼はピクリと反応し……ふるふると震える両手で頭を抱え、


「う、うわぁぁぁあぁぁぁあああ!!」


 逃げ出したのだった。


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