第12話 現実であって欲しかった夢の実像 ★
中央通り近くのこの場所。通りには他にも馬車が行き交っており、運ぶ動物は馬とは限らず、竜に似た爬虫類から大きな鳥のような物まで様々だ。
また、建物は基本的には石かレンガで出来ている洋風建築風だが、なにぶん異世界なので、石とレンがのどちらでもない、元の世界には存在しない素材が使われているのかもしれない。
そして道行く人々は、やはり“人族”が大半を占めていたが、中には獣や爬虫類などに似た姿の“亜人”系統も見受けられた。そして亜人にも、例えばケイシーのように人の姿に近い種族から、竜車の竜と殆ど同じような、元になった動物そのものの見た目の種族までいるようだ。
「……」
文化レベルは、正直分からない。
元いた世界を基準にするのならば、現代ほど発達しているようには見えないが、しかし街は気になる程の臭いはなかった。元の世界でこの建築レベルの時、下水道はまだ発達していなかったハズだが、魔法やら何やらがある世界なので、それで何とかしているのかもしれない。
……いや、そもそも、使える素材・環境・魔法など、条件が元の世界とは掛け離れているので、あまり元の世界を基準として考えても比べられる物ではないだろう。例えばだが、火と水と風と土のクリスタルがあって、それが信仰の対象になっていて、自然そのものを支える存在……みたいな、どこかで見た設定が本当に起こっている可能性だってある。
「この街は魔紅力濃度が非常に低くてね、植物にも建物にも、よほど探さない限り感染が見られない。何より変性領域の侵攻も、ある一領域を除けばほとんどないし、その領域だって、現在とあるグループが踏破しようと試みているみたいだしね」
そう、ユリセアが言う。
彼女の言った内容を逆に言えば、普通の街は魔紅力や変性領域による侵攻や影響を受けるのが当たり前なのだろう。
「着いたよ」
呆然と風景を眺めながら歩いていると、直ぐに斡旋所の入口へ到着した。
石レンガと木材を美しく組み合わせた壁と、茶色の屋根。嫌味のない程度に自然な装飾が施され、決して豪華絢爛という訳ではないが、芯がどっしりと構えられている感じのする、とても大きな建物だ。
「最初に来る斡旋所が大きな斡旋所で良かったな。この街のなら設備に不足はないだろう」
彼女はそう言いながら、焦げ茶の木で出来た大きな扉を押し開く。
――その光景は圧巻だった。
まるでゲームで見たような光景。正面の受付と、依頼の一覧ボードが、まるでギルドらしさを醸し出しており、ほんのり窓からあまく差し込む光の中で、細かな塵が舞っている。
飛び交う声音は高いものから低いものまで。その間を通り抜ける人々は、鎧を着た屈強そうな戦士から魔法使い、フードを被った魔物使いまで様々な者がおり、種族も千姿万態だ。
「それじゃあ、私が報酬の受取と素材の受渡しをしている間、そこら辺で好きにしていなよ」
「……了解」
「あ、そうだ。先刻、知性持ちの紅核生物の核を取り出しただろう? あれ、君のバッグの中に入っているが、ここでは渡さないから」
「え? あぁ……分かったよ」
……好きにしていなよ、と言われても、何をしたら良いのか分からない。いつもなら探検してみたり、興味から何かしら行動を起こすのだろうが、今は、何をする気にもなれない。
彼のすぐ近くにあった椅子に腰掛け、通り過ぎてゆく人々を眺める。感じるのは『とんでもない場違い感』。彼は今までの人生でそこまで運動をしてこなかったのだ。男子の中ではガタイも良くない方である。
――と、そんなアキの様子に、ある一人の男性が目を付けた。
彼が初めに感じたのは、違和感。彼を二度見、いや三度見して、次に『まさか』といった疑惑。なるべく自然な素振りで近づき、そして、アキと目が合った……瞬間。
「――ッ! おいっ、お前……ッ!!」
「えっ、ぁ……は、はい?」
突然両肩をがっつかれ、驚いて疑念の声を上げるアキ。
素肌が一切見えない、冒険者らしい鎧に全身を包んだ男。鎧の上、首から肩にかけて赤い布を巻いていて、腰には片手剣を装備している。……それだけならよくあるファンタジーな格好で完結出来るのだが――最も特徴的なのは、彼の肩を持つ右腕と右脚が“義肢”だった事だ。
両方共に漆黒に赤い線――まるで魔紅力のような――金属で出来ており、一見すれば“鎧の色違い部分”にも見えるが、よく見れば鎧の内部からそのまま生え出しているので、義肢で間違いない。
「ちょっ……クソ、マジかよ……何で……」
「な、何が……」
「…………」
男は辺りを見渡した後、ふいにアキの肩に自身の腕を乗せて、周りに聞こえるように言った。
「……やぁやぁ愛しのマイブラザーよ! はっはっはー、まさかここで会えるとはなー! ウレシイナー、ちょっと外で話そーぜぇー!!」
「……えっ……は、はぁ?! だっ……誰だよお前、ちょっ、まっ――うわっ!」
〈いいから、顔を隠して、表に出ろ!〉
兜に反響する声で顔を隠せと耳打ちされながら、腕を掴まれ、元から近かった出口から外へと引っ張り出される。相手の力の方が強く、抵抗は叶わない。
「やめろ、離せって!」
引き摺られるように外へと連れていかれ、斡旋所の裏手で解放される。……討索者の中には新参者に突っかかって来るような迷惑な輩もいると聞いたので、その危機を感じながら、逃げる算段を立てつつアキは口を開いた。
「一体何の――」
「お前、どこから来た?」
「……ぇ?」
しかし、それは男の質問に遮られる。
思いも寄らない質問にアキは困惑し、答えられないでいると、それに気が付いた男が口を開いた。
「あぁ……いや、悪い。驚いたよな。いや、むしろ驚いたのはこっちなんだけどさ……。ただ、うーん、そうだなぁ……何て言えば伝わるかな……」
続けて言う。
「いや、質問が悪かった。お前、出身はどこだ?」
「は――出身……?」
男の表情は兜のせいで分からない。しかし、何故だかとても焦っていて、困惑しているという事が、声調から伝わって来た。
まるで意図が分からない。アキはあからさまに警戒しながら、困惑した目付きで男を睨んで考える。
出身という質問。初対面の自分にソレを聞く意味。まず、日本だなんて言える訳がない。よく分からないが、出身地でとやかく突っかかる面倒なタイプか、単なる人違いか、ただの頭のオカシイ奴か。自分の、取るべき行動は――
「……あの、どこかでお会いしましたっけ?」
もし、これで『そうだ』と答えたら、ただの人違いか、頭のオカシイ奴だろう。『知らない』『違う』と答えたのならそれはその時……そう思っての言葉だったが、それ以前に、こんなモブキャラっぽい格好をした頭のおかしい奴など、適当に誤魔化して逃げるべきだったのだ。
しかし、幸か不幸か彼の行動は、良い方向へと転んだ。
「……ああ。会った事あるよ」
とても真剣な男の返答。
……これで、人違い確定である。もしそうでなければ、かなり面倒なヤバい奴。アキはそう思い、彼の言葉に返答する。
「……いや、ははは! 申し訳ないですが、人違いですよ絶対。僕に知り合いなんていませんからね……」
「いや、そうじゃなくて……」
「あー、すみません。ちょっと急ぎの用事がありまして。仲間も自分を呼んでるって……ええと、ほら! 風がそう囁いてますし。なので、すみません。さようなら」
爽やかな風を背に受けながら、鬱蒼とした気分はそのままに、不器用な作り笑顔を貼り付け、空回った嘘で早口で言う――が
「あーもー、察しが悪いな。ここでは初対面である筈のお前に対して、わざわざ出身地を聞いて、会った事あるって言ってるんだよ! お前は人とは違う。産まれた場所なんてもう……アレしかないだろうが。……分かるだろ? この意味。お前なら、分かってる筈だろ?!」
その言葉に、逃げ出したアキの足はゆっくりと止められた。
ここでは初対面? どこかで会った事がある? もし本当に会った事があるならば元の世界だ。自分は異例の人間だと知っている。そんな自分に、本来の答えは“日本”である出身を聞いた。
ああ、そうだ。
それは、つまり――
「いっ、いいいいッ、異世界人?!」
考える前に、そう、叫んでいた。
静まり返る空気。だってもう、それしかない。それなら彼の行動の全てに納得がいく。
鬱蒼とした気分が晴れる。幸先ラッキーじゃないか。誰かは分からないが、現実世界であった事があるというのならば、素顔を見れば誰だか分かるかもしれない。声だって兜の反響のせいで誰か分からないが、知っている声なのかもしれない。――いや、確かに、どこか聞き覚えのある声のような気がしなくもなくもなくもない。
まさか、こんな場所で同じ日本人に出会えるとは思わなかった。
はち切れんばかりの期待を込め、男の方を見るが、しかし反応は意外なものだった。
「い、いせ……? ……はっ……アッハハハはは!!」
手を頭に当て上を向き、笑い出す。
「いやいや、異世界人って……ハハハっ! マジかよお前っ、そう来るとは思わなかったぜ、はははっ! ……冗談、キツイぜ……」
「えぇ……」
異世界人じゃないどころか、下らない冗談をからかわれた……そうアキは解釈する。
しかし怒りは感じられず、それどころか、彼の乾いた笑い声には、どこか酷い動揺と惑乱が紛れ込んでいる……気がしたのを感じた。
「あっ、ははは。異世界なんてのは冗談ですよー、……冗談」
「……ははは、そうだよな。でも俺は嫌いじゃねーよ、そういう、夢のある冗談は」
ふと、男の笑い声が止み、真剣にアキの顔を見つめる。
「……お前、ここに来る前は何してたんだ? 討索者として、依頼でも受けてきたのか?」
「えっ、と……」
何を勘違いしているのかは分からない。気分的にも早く逃げたかったが、質問されてしまったので答えてしまう。
「高濃度区画? に迷い込んでた」
「……迷い込んでた?」
「……知性を持ってる人型の紅核生物に追いかけられて、死にかけていた所を、依頼で調査していたパーティに助けられて、その後は調査を手伝って…………」
「人型の……紅核生物」
あの化物の単語にあからさまに反応を返す。
「えっ? ええ。人語を喋ったりもしたけど、めちゃくちゃ気持ち悪いというか、グロテスクで、人型だけど人だなんて言えない見た目で……あっ、証拠になるか分からないけど、一応持ってますよ」
「証拠? なにを?」
早く逃げたかった。
あまり深く考えられなくて、大きなバッグから核の入った液体ビンを取り出して男に見せる。
「ソイツの紅核です。……これじゃ知性持ちだとか人型だとか分からないけど……」
「――――ッ?!」
その核を見て、男はまるで全身で息を飲み込んだように身体を上に持ち上げ、次に二・三歩だけ後ろに下がり、少しだけ震えた声で言う。
「……ふはっ、マジか……お前。でも……そうか。そういう、事かぁ。はははっ、やっと、分かったよ」
――何が分かったというのか。
それは、アキには分からなかった。分かる筈もなかった。知る術も無かった。もし、彼にソレが理解出来たのなら、ここに“アキ・タケウチ”は存在しなかった。
奇妙で、歯切れの悪い感情に浸る男を不審な目で見るアキ。少しの間だけ沈黙が流れるが、しかし気を切り替えた彼がそれを断ち切った。
「…………ソレ、どうするつもりなんだ? あいや、これはただの好奇心なんだが、その核、かなり凄い代物だと思うが……」
「いや……なんか、連れの奴が“ここでは渡さない”って言っていて、多分、知性持ちは珍しいから、研究機関とかに渡すのかも……?」
「そう、かぁ」
男は、親指と人差し指でおでこを抑えながらしばらく俯き、体を小さく震わせると、
「……フフ、ははは! お前面白いな。気に入ったよ! そして……悪かった」
「へぁ?」
再び笑いだし、彼に謝った。
「……ちょっと探し人がいてさ。お前とそっくりな奴なんだけど、人違いだった」
「そ、そうですか……」
本当か? とアキは思った。
不思議な質問の内容と順番だったと思う。それに、ここに来てまで気が付かないというのも考えにくい。それ程にそっくりさんなのだろうか。
まあ、どんな奴を探していたのかなんて分からないし、興味もないから聞かないが。
「……ははは、疑ってるなぁ? けど本当だよ。事情があって、あまり詳しくは言えないんだが……。しかし本当に迷惑掛けた。何かお詫びが出来ればなぁ……」
「そんな、別にいーですよ。大した事じゃありませんし。……それでは、また」
「……えっ……ちょ、まままっ、」
精神状態の影響と、彼への不信感もあってそそくさと立ち去ろうとするアキを、しかし何故か呼び止めるように男の言葉が投げかけられる。
「……なんですか」
「……いやーッははは?? 何でもないんだけどさ、あー、うー、いや何ていうの……そう! 俺のピュアな心が、お詫びをしないと気が済まないって、体を勝手に引き止めたのさッ!」
「…………」
言っている事はさておき、何となく、初めて彼の本来の性格が見えた気がした。
……が、あまり人と話す気分ではないのだ。傍から見ればスラスラ言葉が出てきているように見えるが、本当は口を開いて音を発するだけで、十分に大変なのだ。
「なんか……元気、無いよな。何かあったのか?」
一つ前の台詞から、スイッチを切り替えたように調子を変えて、男が発する。
その内容にアキは驚き、答えようとも思っていなかったが……何故か、本当に何故か答えてしまう。
「えっ、元気? あぁ……。はは……実家が、遠くてですね。家族と別れ際に喧嘩してしまったり……色々あって、家に帰れなくなってしまったり……後は、助けてくれた仲間が、目の……前、で…………」
――あの情景が蘇る。
徐々に声が止み、冷や汗が頬を伝るのを感じる。怖かった。怖くて、とても、気持ち悪い。
「あの紅核生物に……。でも、間接的に俺も原因になってたっていうか、俺がいなければ死ななかった……っていう、か。……俺、が…………俺が……」
微かに震えているアキの声。自分を追い込んで、思い出し、息が苦しくなる。
『俺がいなければ二人は死ななかった』
……そう言った彼の言葉は正解だ。もしあの場にアキがいなければ、全員無事生還していた。起こらなかったそんな未来、アキが知る事は無いのだが、それでも彼の心を責め続けるのには変わりがない。
「ぬをぉぉ、分かった分かったよ。悪かった、もう話さなくていいから……聞いて、悪かったよ。……そうか、辛い事があったんだな……」
地雷を踏んでしまったと焦る男は、再びアキに謝罪した。
「……何があったのか、詳しくは知らないけど……死んだ原因を突き詰めてたらキリがないよ。ここはそういう世界なんだ。起こらなかった未来なんて、自分を苦しませるだけだ」
「……」
「だからさ……他人の、他人の俺が言える事じゃないが……俺ならそういう時は、ベッドに入って、泣いて、しっかりと寝る! すると、少しだけ心が楽になるよ」
そしてアキの肩をポンと叩き、続けて言った。
「……色々あるだろうけど、今夜はゆっくり休みなよ。いつか、例えば依頼とかで、俺に力になれる事があったら言ってくれ。お詫びもしたいしさ」
「あ、どうも……」
最初はどんな奴かと思ったが、突然自分の辛かった事を語り出した怪しい奴に、真面目にアドバイスをくれたのだ。結構いい奴なのではなかろうか。
それと、あっちにもそれなりの事情があるのだろう。それで起こった勘違いにお詫びを求める気はなかったが、そう言って貰えると少しだけ心強いのは確かだ。
「ああ、そうだ。俺の名前はオートラル。『オートラル・アクトカッター』……いい響きだろ? よろしく!」
「……俺は『アキ・タケウチ』です。こちらこそ」
「……アキ・タケウチ、ね……」
オートラルはアキの名前を確かめるように反芻し、言い放つ。
「ははは、変わった響きだな! ほら、いつまでもそんなしけた顔してんなよ! それじゃもっとダメになっちゃうだろ」
「……」
「あーと、硬っ苦しいのはナシだ! お前に敬語とか、こう……何て言うの? うーん、えーと、気持ち悪いっていうか……あーー、まあ細かい事は置いておいてぇー! 実際多分、歳もそこまで離れてな――」
「…………えっ、おっさんじゃ、ない……っ?!」
つい本音が出てしまった。
ガッツリ鎧の義手義足キャラだ。何となく、おっさんまでとは行かなくとも、成人はしていると思ったのだが……。
「おっ、おおおぉぉ、おっさんって?! ……ひ、ひっでぇ?! あまりにもひどすぎる!! なんて残酷な奴だ……もうお詫びとか全部パーだ……」
あまりにもショックだったのか、本気で凹んで座り込むオートラル。
「やっぱり、鎧のせいなのかなぁ。……俺は、そんな歳じゃないよ。俺、は――」
「俺は……?」
「永遠の十七歳ッ!!」
もし顔が見えたのならば、圧搾した元気を底に湛えたような、キラッという効果音が聞こえてきそうなキメ顔で立ち上がりながら言い放った。
「勿論今年で十七歳、去年も、来年も十七な」
「えぇ……なにそのアイドル的な……」
「……ははは、疑ってるなぁ? でも本当だよ。ほら、よぉーく見てみろ、この肉体! イケてる声ッ! 有り余る体力ッッ! つまり……そういう事さッ!!」
「どれも見えないし、何がそういう事なのか分からな――」
「細かい事はいいんだよ! 大切なのは心ッ! インポータント・イズ・ザ・ハートッ!!」
前言撤回、かなりの変人だ。
心に余裕がないせいで声は震えているし、良い返しが出来なかったけれど、こんな会話のやり取りをして少しだけ心が晴れた気がしなくもない。……もしかすれば彼は、そう思ってふざけてくれたのかもしれない。
「ていうか、時間かなり過ぎたよな。すまない、戻ろうか」
その言葉を受けて斡旋所の中に戻り、ユリセアを待っている間、簡単に一通りの斡旋所の構造や、様式を教えて貰った。
討索者にはそれぞれランクがあり、一番低いものがF、そこからE、D……と上がっていって、一番高いものはAの上、Sランクだという。ランク別に優待もあるようだ。
また、斡旋所の構造に関して、例えば一階は、受け付けや待合室の他に、探索に必要な薬品の販売や本の貸し借り場。また、武器の練習場なんてものもある。また、二階は熟練者専用で、B、A、Sの三ランクの人々が集まってパーティを組んだり、ランク指定の依頼を受けたりする事が出来るらしい。
「一体何処に行っていたんだ、探したじゃないか」
そうユリセアに声を掛けられたのは、斡旋所の探索を初めて三十分が過ぎた辺りだった。
「えっ……お、女の子と、待ち合わせだとっ?! マジかよ……クソッ、よくも裏切ったな……ッ!!」
オートラルは、まるで心底驚いたとばかりに、わなわなと体を震わせ後ずさる。どこか羨まし半分悔しがっているように見えるのは気のせいだろうか。
「いや、ただの連れだって……。ほら、さっき話した……」
「ああ、なんだ。それなら良かった。まぁ、そうだよな! はははっ!」
しかし、そんなアキの言葉を聞いて、今度はほっとした様子で胸をなで下ろし、はははと笑う。
なんて失礼な……。そう思ったが別に気にはしなかった。
簡単な自己紹介を済ませ、ついでに出会いの経緯を説明する。……オートラルには信じられてはいないが、異世界人だとうっかり言ってしまった事や、紅核を見せた事などはユリセアに言っていない。これくらいは別に良いだろうと思ったからだ。
そして、少しの会話を交わした後の別れ際。
「……あの、お世話になったよ。ありがとう」
「おう。お前も早く元気になれよ、それじゃ――――」
そんな言葉を交わし合っていた最中だった。
「――へっ、じ、ジェニルさんッ?! うそっ、ジェニル・ノウェアズさんじゃないですかッ?!」
突然、そんな叫び声が受付から響き渡る。
賑わっていた空気が瞬時にして静まり返り、代わりに張り詰めた緊張感を残した。
――そう、それは、唐突にやってきた。