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【この世界は死にました】  作者: もちきなこ
第2章 はじめての街
16/35

第11話 異世界から来た ★


挿絵(By みてみん)


 ゆらり、ゆらりと、意識が揺れる。


 深く揺籃に乗せられた意識は、ふわふわしていて、とても気持ちが良い。

 重く、鉛のように動かない体は、ふわふわの意識に全てを委ねたまま、もう一生動かしたくない。


 ずっと、このままで、いたい。

 いっしょう、ここから、うごきたくない。


 ………………


 ――赤い、緋い。

 あの夕焼けは、遥か遠くに。


 手を伸ばしても届かない、届くハズもない。何故か、どこかでそう思っていた。

 言うなれば、本能的にそんな気がした。でも、どうしてかは分からない。


 ――寂しい、何だかとつもなくさびしい。


 そうだ、ここに来た時も感じたハズだ。

 日本でのあの日々。それが何故だか、遥か昔の事のように感じるんだ。


 プレゼントを選んだ事が、喧嘩をした事が、あの夕焼けが、受験勉強の毎日が。

 辛かった日々も、楽しかった日々も。何だかとっても愛おしくて、懐かしい。


 今頃、きっと自分は行方不明になっているだろう。二人はどう感じるだろうか。どれだけ、心配をかけているだろうか。


 …………


 ……もし、このまま帰れなかったら。

 喧嘩したまま、一生出会えなかったら。


 いくら帰ろうとしても、そんな方法見つからなくって。本当に、どうしようもなくって。

 ……いや、いやだ、

 考えたくない。

 そんな事は、考えたくもない。


 あぁ。


 最後に見たお父さんとお母さんは、どんな目をしてたっけな。


 お父さんは、

 お母さんは――――


 ――――――


 ――――



 ――がゴンッッ!!


「――っツぁあ!!」


 衝撃。

 突然のソレにアキは驚いて、鈍い痛みを感じるおでこを抑えながら薄ら目を開く。茶色くて……堅くて……そう、目に見えるものは――そう、木だった。

 具体的にはよくある普通の木の板で、それらが綺麗に敷き詰められているらしい。


 まだ頭がハッキリしない。

 ひどくガタガタと揺れる体。同じくガタガタと鳴り響く音。ふと、アキは自分が横になっている事に気が付く。


「ここ、は……」

「馬車だよ」


 声が返ってきた。


「ば、しゃ…………?」


 疑問が口からも漏れる。が、今度は返事が返ってこない。……馬車なんて、そんなファンタジーな。

 寝ぼけた頭で、ゆっくり身体を持ち上げようとする。


 ――一度、頭を整理しよう。

 俺は、どうしてここにいるんだ。


 まずここは……そうだ。ここは、確かに異世界で

 アレンと、ケイシーと、ユリセアに出会って

 デカい触手の豚が天井から降ってきて

 アイツに、アイツに二人が……


 ふたり、は……

 アイツに、


 喰われ――――


「――――ッッ!!」


 一気に脳が覚醒する。……ああ、思い出した。

 仲間の死体が喰われる姿を。内臓が、体液が飛び散って、骨が砕かれる音を。


 確かに、死んだ。目の前で、人が。仲間が。あの一瞬で。

 ……殺したんだ、自分が。心臓に突き刺した刃。あの感触、表情、声。

 自分は、あのあとおかしくなってしまって……豚を倒して、外に出て――夕焼けだ。夕焼けを見て、それがあの日の夕焼けみたいで……そこからの記憶が無い。


「……あれ、俺は……」

「随分と長い間眠っていたね。今はあれから一日後の昼だよ」


 再び声がした。アキは体を起こし、呆然と声の主の方に顔を向ける。


「ごきげんよう、記憶喪失クン」

「あ……えと、……ユリ、セア…………さん?」


 声の主――ユリセアは、大きく分厚い本を読みながら答えた。瞳は、元通りの鴇色である。


 同時にアキは辺りを見渡し、言っていた通りここが馬車の中である事を確認する。馬車の中でも幌馬車のようで、御者さん側とその反対側は同じ色をカーテンが掛けられていた。

 そして、もう一つ。起き上がった時に気が付いたのだが、左腕が動かせるようになっていた。まだ痛みは残っているが……麻痺草とやらのお陰だろうか。

 余計に二人の事を思い返されて、心が締め付けられる。……が、そんな彼の心情など知る由もないユリセアは、アキに言葉を差し込んだ。


「まあ、単刀直入に聞こう。……君は一体何なんだい?」

「……え、ぃや…………は?」


 彼女の言わんとしている事は分かる。だが、みんなが死んでしまったショックが脳裏にこびりついて、彼には答えられる余裕が無い。


「し……しん、だ……」


 ぽつりと呟く。


「しんだ……みんな死んだ……っ! ケイシーも、アレンさんも、目の前で……喰われ、て……。俺は……」

「質問の答えになっていないな」

「お、お前は……っ、ユリセアは……!! ……大丈夫、なの、かよ」


 ふと、あの時の彼女の様子を思い出し、少しだけ怖くなった。

 あまりにも無慈悲に、淡々と、少しの悲嘆も見せずにアレンを殺す姿。一切の躊躇いなく仲間の死体を豚に食べさせようとしたあの行動。路端のゴミを踏み潰すように、あの豚の死体を踏み潰す姿。


 彼女の行動は正しかった。寧ろあの状況で、無理やり救おうとする方が愚かだと思う。

 だが、問題はそこではなく、ほんの少しの悲傷も躊躇いも無いのが、それが表面上なんかではなく、心からそうだという事が分かってしまうのが、怖かった。


「何が?」

「だ……だって、ほ、ら……みんな……っ、みんな喰わせた、じゃん。つ……ツラ、く――」

「死体なんてただの肉だろ」


 しかし、彼女はまるで面倒だとばかりに、本から目を離さずに淡々と言った。


「ただの、肉……って、その、言い方……っ!!」


 アキの反応を聞いて、本のページを捲る指をピタリと止め、若干面倒臭そうに付け加える。


「豚に喰われた残骸(死体)に、アイツらの意識がある訳じゃない。だから、ただの肉だろ」

「……っ……で、も……アイツらの“意識”を、殺し、たのも……俺ら、で……」

「おかしな事を言うな。殺したとは言っても、何も悪い事をした訳ではないだろう。アレン・ギルバートは豚に貫かれた時点で死ぬ未来が確定した訳で、その後誰に殺されようが本質は変わらない。ケイシー・メルアスも、アイツが死ぬ事を決心したその時に死んだ。仮に君があの時殺さずに逃げていた場合、彼女にはもっと酷い未来が待っていただろうね」


 続けて彼女は言う。


「……それに、死生観に関しては、まあ、様々だが、どちらにせよ目の前で人が死ぬのなんて当たり前の事だ。一々騒ぎ立てるべき事ではない」


 アキは、『ただの肉』だなんて流石にもう少し言い方があるだろうと一瞬頭に血が上ったが、彼女の言葉を聞いて落ち着ける。


 死生観の違いというより、それよりもっと前段階の、物事をどう捉えるかの問題だ。“死ぬ前と死体は別物”という無慈悲な捉え方は、この世界で生きていくのにあたっては……必要なのかも、しれない

 とはいえ大丈夫かどうかは別だ。目の前で人があんな死に方をする姿など見た事がないし、自分が殺すことだって今までなかった。この世界ではよくあるとはいっても、自分にとっては非日常的すぎて割り切れる訳がない。


「ところでだ、私の質問」


 しかし、そんなアキの心情はお構い無しに、ユリセアは溜息を付いてから言う。


「いや、やっぱり順序を変えようか。君、あの能力について心当たりは?」

「……あの、能……力……?」


 ソレが何を指しているのか、アキにはすぐに分かった。魔紅力を操るあの能力……最初に出会った化物とも似ている、アレの事だ。


「心当たり、は……ない」

「……そうか。では、アレについてどの程度理解している? まだ使えるのか?」

「つか、ぇ……使い、方……」


 思ってみれば、あの時は不思議だった。

 誰に習ったわけでもないのに、何故かやり方が分かったのだが……切っ掛けが分からない。何せあの辺りの記憶が曖昧で、今はあの時にあった「何故かやり方が分かる」という感覚すら霧がかかったように掴めない。


「……あ、あれ……」


 しかし、無意味に手をグーパーさせていると、ある感覚が脳裏に浮かぶ。……そうだ、ほんの少しだけ、分かるのだ。

 アキは両手を前に伸ばして適度に広げ、見えないモノを操るかのように、ぐっと力を込める。……すると、辺りの大気や物体から魔紅力が抽出・圧縮されてゆき、液体となって手の上に浮遊する形で現れる。

 力――物理的な物ではなく、抽象的な――入れれば入れる程、液体は大きさを増してゆくが……拳二つ分程の大きさになった所で襲い掛かる疲労感に負け、力を抜いてしまう。すると浮いていた液体はバシャリと落下し、木板の上に小さな液溜まりを形成させた。


「……今の、やつ、だよ」

「随分と弱体化したように思えるが」


 尤もである。あの時とは比べ物にならない程に少なく、しかも非常に疲れる。

 だけど、分かる。試さなくとも、自分がこの能力をどれだけ使え、どういった事が出来るのか、何故か昔から知っていたかのように分かった。


「あれ……変形して、固体にも出来る……けど、あれ以上の量は無理……。絶対、めっちゃ疲れる……」

「何故分かる」

「分からない……。なんか、自分の体の事だから……っていうか、ホント、何でだろ……」


 途切れ途切れの息で言う彼を見ながら、ユリセアは束の間の思考に耽り、そして口を開いた。


「さっきの質問なんだけどさ。君は一体何なんだ? 記憶喪失なんかじゃないんだろ、ホントはさ」

「…………」


 アキは斜め下に目を逸らして、黙り込む。いつもなら適当に誤魔化してみたりするものだが、そういった事をする気分ではなかった。


「……俺ばっかじゃんか、答えんの。俺に聞く前にさ、お前はどうなんだよ。何者なんだよ」


 訳も分からないまま質問ばかりされて嫌になり、また心の余裕も無かったので棘のある言い方になってしまった。が、思いの外彼女は答えた。


「何者……ねぇ。君が昨日見たそのままだよ。“マギア族”――私はその半分のハーフマギアだ。分かるだろ?」

「ハーフマギア……? え、いや、何それ、名前……? “ユリセア”ではなく?」

「……流石に想定外の反応だ……」


 困惑したようなアキの回答は、何となく、本心からそう言っているようにユリセアは感じた。


「種族の一つだよ。マギア族は魔力回路や性質が他種族とは異なっていて、莫大な魔力を有し、発する魔力量に伴い瞳が銀色に輝く超希少種族。純正マギアであれば常に特徴的な銀眼だが、ハーフの私は、強い魔法を使った時だけ銀眼になる」


 続けて言う。


「銀光はマギアの魔力の色で、他種族とは違い、身体との親和力が高すぎる為に表面に現れると言われている。例えばほら、私の髪の色……銀と鴇色のグラデーションになっているだろ? マギアは本来全て銀髪の筈だが、ハーフだからか先端の方が、恐らく魔力によらない、本来の色になっているんだよ」

「へぇ……。じゃあどうして自己紹介の時は人族って」

「マギアはね、一般的にあまり良い顔されないんだよ。まあ、歴史的に色々とあったのさ」

「……それ、は……」


 一旦言葉を詰まらせてから言う。


「差別……されてるって事?」

「……差別と言う程酷くはないがね。物理的な不利益を被ることはあまり無いが、面倒を被ることがあるから基本的には隠している」

「そう、なんだ……」


 この質問はマズかった。

 アキは罪悪感からあからさまに顔色を変え、少しだけ話題をズラす。


「……じゃ、ハーフって事はさ、つまり両親のどっちかは人族なんだよな」

「そうだな。今はもう居ないがね」


 続けてやってしまった。完全にアキの表情が変わり、申し訳なさそうに眉を潜る。

 そんなアキの様子を見たユリセアは――彼を、同情を得やすい奴だと思った。いや、同情というより罪悪感を感じたのだろうが……それなら尚更都合が良い。

 そして、彼の心が一瞬でも動いたのは、彼に一般常識が無い証拠でもあるだろう。どちらにせよ、相手の同情を得る事はこちらの利益に繋げやすい。


「……ごめん。聞いちゃいけない事聞いた」

「そう思うのなら、私の質問にも答えて欲しいものだね」

「ぇ……あ、俺……。俺は……」


 アキは言葉に詰まってしまう。


 異世界から来たこと……言うべきか言わないべきか。

 一人で調べるのは困難だが、言えばもしかしたら帰るための情報に辿り着けるかも知れない。怪しいヤツだと判断されて切り捨てられる可能性も大いにあるが、それでも可能性は捨てたくない。


「いや……何ていうか、逆に信じてもらえないかもしれないっていうか……狂ってる奴かと、思われるかもしれないんだけど、さ……」


 一度言葉を切って、深呼吸。残りの勇気は、さっきの罪悪感が後押しをしてくれた。

 そう、俺は――


「……異世界、から来たんだよね」

「――――は? 異世界?」

「うん、異世界」


 思いも寄らなかった返答に、ユリセアと言えども驚きを隠せなかった。


「……ほう。君はこれから詰まらないジョークでも吐くつもりかい。いい度胸してるじゃないか」

「こんな信じてもらえなさそうな嘘を付かないって……」


 ユリセアは馬車の幌に睨みを利かせ、しかし全て否定する訳では無いようで、アキの話に耳を傾ける。


「でも、どうして俺がこの世界にいるのか分からなくって……。ちゃんと説明するよ」


 ――それからアキは、信用して貰う為にこれまでに起こった事を全て説明した。

 自分の住んでいた世界の特徴を詳細に説明し、受験の話や母の日の話、家出の話など、ここに来るまでの覚えている範囲での自分の行動を、事細かく話した。


 ユリセアは、思っていた以上に喰い付いた。

 彼女は思った。……まず、本当に隠したい事があっても『異世界から来た』等とは答えない。あまりにも巫山戯すぎているからだ。とはいえ、『自分は異界から来た』等とほざくような自己顕示欲の強いホラ吹きとも違う事は見てとれた。


「……だから、この世界についての常識が極端になかった訳か」

「ああ。それで帰る方法を見つける為に、まずは情報を集めないと始まらないと思ってさ……」


 異世界の真偽は分からないが、少なくとも私に害を及ぼす立場の人間ではないだろう、と彼女は思った。……とはいえ、異世界から来たというのであればどうしても気になる点が幾つかあった。

 ユリセアは、ふいに自分が読んでいた本の適当なページを開くと、アキに見せながら言った。


「ここに何て書いてある?」

「……えっ? えーと、『並列魔法式の応用と、魔力の変換効率には――――」

「文字、読めるんだな」

「……あっ」


 何となく、ユリセアの言いたい事が分かった。


「今話している言葉(異世界語)だって、君のいた世界の言語(日本語)と違うんじゃないか? 大体、この世界ですら字が読めない奴は一定数いるのに、この世界の知識が一切ない筈の君が、どうしてこの世界の言語を理解出来るのかの説明が付かない。それと」


 一旦息を置いてから、続けて言う。


「例えば、今吸っている大気の構成だって、君の世界とは異なっているかもしれない。少なくとも、君の世界は魔力も魔紅力もないと言っていたな。それなら、この世界にいるだけで何かしらの影響が出るんじゃないか?」

「それ、は……」

「あまりにも現実味がない話というかさ。その周辺への説明が付かなければ、信じられない」


 何も言えないアキは、一瞬黙り込み、そして口を開いた。


「それ、は……、分からない。信用されないかもしれないけど、本当に分からないんだよ……っ。何ていうんだろ……例えば言葉ってさ、自国語は一々意識しないで使うだろ? そんな感じでさ、文法も文字も確実に違うんだけど、まるでずっと前から使ってた感じがするっていうか……」


 空間に沈黙が流れる。

 二次元の異世界モノでは、最初から主人公は異世界語が話せたりする場合があるが……これは現実で、フィクションの世界ではない。明らかにおかしい。

 逆よりは便利だが、嬉しくはないとアキは思った。原因が分からないから、とても……怖いと感じた。


「まあ、いいや」


 アキの思考を断ち切ったのは、ユリセアだった。


「真相はどうであれ、ともかく君は帰る世界についての情報が欲しい、という訳だな」

「……うん」

「それで十分だ」


 ……彼を馬車に乗せた当初に考えていたプランで上手くいくだろう。非常に運が良かった、とユリセアは思った。


「君さ、変な能力使えただろ。私と……私の知り合いがアレに関して調べていてね、丁度その情報を欲しがっていた所なんだ。君のような魔紅力の特殊抗体持ちとは中々出会えないからね」

「……特殊抗体持ち?」

「そう。一定以上の魔紅力に感染した時、君みたいな特定の能力――本人の望みを具現化したような能力――を会得する奴がいるんだ。それを特殊抗体持ちと言って、その研究をしている……のだが、何分サンプルが少なくてね。そこで君には、知り合いの所に赴いてもらって、ちょっと話をしてやって欲しいのさ。……まあ、イセカイジンなんて異例だから、参考になるか分からないが」


 本人が望んだ能力……自分は別に、魔紅力を操りたいだなんて思っていなかったが、どういう事だろうか。

 そんな事を思う彼であったが、その事も含めて、彼女の提案は自分の体について知るのにも都合が良いかもしれないと思った。


「でもそれって、変な実験とかされるんじゃ……」

「なあに、その心配はいらない。何より君のような貴重な人材を無下に扱ったり、壊したりするのはデメリットの方が大きいからね」

「え、でも……怖い」

「けれど、君にとってはそれ以上の利益が出るかもしれない」


 一旦口を置いてから言う。


「そうさ、交換条件だよ」


 左手の人差し指をピッと立てて、片方の口端だけを釣り上げた、歪んだ笑顔で彼女は言った。


「その知り合い、本を集める事が趣味でさ。そこには禁術書、隠蔽された記録、物によってはかつての国家機密まで……何でも揃っているんだけど」

「……つまり、能力の情報と引き換えに交渉して、自分の世界に帰る方法を本の中から探せって事?」

「話が早くて助かるよ。まあ、本から探すというより、アイツ自身に教えて貰え、という方が正しいが。こんなチャンスは滅多にないと思うがね」


 彼女の言う通り、これは、中々ない機会かもしれないと思った。

 恐らく、ここまで情報の揃っている場所に行く事は中々出来ないだろう。異世界では信用も何も無い、通常であれば裏ルートから情報を得るなんて出来っこない。ついでに、自分の能力についても知れるチャンスだ。かなり怖いが、乗ってみても良いだろう。


「……うん、分かった……」

「決まりだな」

「分かった、けど……っ」


 ……と、普段のアキなら考えるのだが、今回に限っては精神的余裕が無かった。

 仲間の死を目の当たりにして、休む間もなく質問攻めにあって。目の前の可能性と同等に欲しいものが彼にはあった。


「その前に、ゆっくりと休みたい……」


 一人で静かに考える休息の時間だ。

 同じ状況でも、ここに一緒にいたのがユリセアではなかったら、彼はもっと少し違ったかもしれない。一緒に死を悲しんでくれたのなら、彼はもっと変わっていた。

 あんな場所を冒険して、恩人の惨状を見せられて……けれど、たまたまユリセアの“都合が良かった”から生かされて、気持ちを置いてけぼりにされた会話をされて、とても疲れてしまった。


「……分かったよ。洞窟依頼の報酬だけ貰って、どこかの宿で一日休むといい。私も、知り合いに話を通しておきたいしね


 同時にユリセアには、アキの気持ちは理解し辛かったのだろう。


 『死体がただの肉』なんて考えを抱くようになったのは、彼女の生きてきたの環境そのものにあり、その経緯と人生はアキの比にならない程に重く、醜く、孤独なものだった。

 ヒト(死体)は決して生き返らないと、そんな事は片手の指で数えられる程の年齢で強制的に理解させられた。同じ位の歳に、人間は淘汰する側とされる側に分かれる事を、それに善悪なんて関係がないという事を、文字通り身を持って脳に刷り込まされた。


 あの日、“もう生き返らない”って、彼女はずっと父に言いたかった。気付かせたかった。……元に戻って欲しかった。けれど、伝えられなかった。それは、心のどこかで「もしかしたら生き返るかもしれない」といった希望を抱いていた事と、自分が――殺されてしまうかもしれないと思ったからだ。

 今思えば、きっと怯えていたのだろう。それ程にまでに彼は変わり果ててしまった。“生き返らない”だなんてそんな事、自分も、彼も、とっくの昔に分かっていた事を、彼女自身も知っていたのだろう。


 彼女にとって、たかが人間二人の死など気に留めるに足らない。気に留める意味も分からない。興味すら無い。何故なら、自分には関係ないからだ。


「…………」


 再び本を読み始めながら、ユリセアは一連の会話を振り返った。


 コイツが私の敵である、という線も疑っていたが、そうではなかったようだ。

 決定的なのはマギアの件だ。奴らが血眼になって探している私だ。一般人(御者)が聞いている状況だからこそ出してみたが……本当に知らないようだ。

 コイツが異世界人というのは信じられないが、あんな条件でアイツとの要求に応じたという事は、それ関係の目的があるのだろう。応じてさえくれれば真偽はどうでもいいが……出来る事なら、本当であって欲しいと思う。本当に元いた世界に帰りたくて、両親に会いたいというのなら、どんな理不尽な要求にも確実に聞いてくれるだろう。


 本当に、家族に会いたいならば……。


「……君さ、両親と喧嘩したまま、別れも言わずにこの世界に来たんだってな」

「……そうだけど」

「それは……」


 ぽつり、と呟く。


「……辛いだろ。君の親も、君自身も」

「ぇ」


 アキは、まさか彼女の口からそんな言葉が飛び出してくるとは思わなかった。

 ユリセアは少し遠目を見ながら答え、少しだけ、ほんのちょっぴり、彼女自身も気が付かない程度に無意識に憂愁に浸るが、アキがユリセアの顔を見た頃には元に戻っていた。


 ――その後はしばらく、馬車の音だけが二人の間を流れ、空気には沈黙が留まる。


「……あの、さ……」


 ある時、ふと口を開いたのはアキだった。少し気になった事があったのだ。


「さっき免疫がどうとか言ってたけど、もしかしてユリセアも特殊抗体持ちなの?」

「どうしてそう思ったんだ?」

「いや……ほら、さっきの豚の時さ、あんな怪我で魔紅力浸かってたのに大丈夫だったじゃん。それに、その……知り合い? とも親しそうな口振りだしさ」


 本から目は話さず、彼女は答える。


「素晴らしい観察眼だが、外れだ。種族上、免疫力は高いが『特殊抗体持ち』ではない」

「普通の人でも免疫は持ってるの?」

「こんな世界で暮らしていれば自然にね。人によって獲得する強さは異なる……が、殆どは“耐性が高くなる”程度で、私はソレが特別強いだけ」


 ……それから街に着くまで、二人が会話する事はなかった。アキにとっては、会話する気になれなかったと言った方が正しい。


「……もうすぐ検問ですよ」


 そう言う御者さんの声が、初めて二人の静寂を破ったと言えるだろう。ユリセアは読んでいた本を閉じ、片手サイズ程の小さな麻袋と、刻印のようなモノが刻まれた小さな四角い金属板を取り出した。


「君の分の税金は払うから、後で報酬から差し引きしよう。それと、話を合わせろよ」


 検問官らしき若い男の声と御者さんが幾らかの会話を交わした後、検問官が馬車の中を覗きに来た。


「討索者の方々ですよね。討索者カードを拝見致します」

「どうも。御者の言っていたように、他の二人は依頼先で亡くなった」


 取り出した紙切れを渡し、荷物を引っ張り出しながら答えた。依頼中に人が死ぬ事はよくある事なのだろう。検問官は「そうですか……」と、悲嘆そうな表情を顔に浮かべながらも、手際よく荷物検査を終えて、再び話し掛ける。


「はい、確認致しました。……ところで、ええと、後ろの方は……」

「ああ。彼は数日前、襲撃を受けて壊滅した“イーラスの町”から逃げ出し、依頼場所に迷い込んでいた。行き場もないという事で、この馬車に乗せてもらった」

「え、ええっ!? あの町の襲撃ですか。それは、とてもお気の毒に…………」


 検問官はそう言い、話をアキに振る。


「……ぁ……はい……。あの町、から……来ました……」

「……彼、かなり参っているようでね。この街で休息を取らせたいから、入門手続きを願いたいのだが」


 確かにアキの顔は、誰がどう見ても弱々しく、希望を失った目をしていた。結果、よりアキが町から来たという嘘にリアルさが付随される。


「はい、大丈夫ですよ。入門料“銀貨三枚”は頂きますが……」


 その言葉に対して肯定を返した彼女は、麻袋の中から銀色の硬貨を三枚取り出して検問官に渡した。

 数人の門衛の間を通り抜け、街の大きな道に出る。街の中に入ってから、人々の談笑や、物を売る声が飛び込んで来る。気力がなくて外は覗かなかったが、それでもかなり賑わっている街だという事が分かった。


「着きましたよー」


 その御者さんの声を合図に、準備しておいた荷物を持って降りる。


「えー、あ、お客さん……どうも……」

「こちらこそ、彼の分までどうも」


 微妙に気まずそうな雰囲気を醸し出している若い男性御者にユリセアが答え、彼の手に馬車代を握らせる。


「……あれ、あの……この代金」

「彼を運んでくれたお礼だよ。……町の襲撃にあった彼を、ね。なに、同族(・・)(よし)みさ」


 そう、にこやかにユリセアは笑う。何も知らない他人が見れば爽やかな顔だが、どこか脅迫じみていて、可愛さの欠片もない。


 御者は手の内にある硬貨を握り締める……彼を乗せた分の料金を入れても多すぎだ。

 『異世界から来た』なんて彼は言っていた。……いや、それよりも彼女が“あの”マギア族のハーフだと。流石に嘘だろうが……少なくとも、その後に途切れ途切れに聞こえていた会話については、あまり聞いてはいけない内容だという事は察せられた。


 御者という職業上、“こういった事”はよくある事らしいのだが、なにぶん自分は新人で、初めてだ。自称ハーフマギアの女の言葉の意図を改めてしっかりと理解し、何とも言えない気持ちになった。


「あっ、はは、いえいえ。……大変だったの彼の方ですからね、この街でごゆっくりしていって下さい。ご利用、ありがとうございました……」


 面倒な事にはなりたくない。……本当にハーフマギアなら、話したくもない。少々ぎこちないが、自然な動きでコートの内ポケットに貰った貨幣を突っ込んでから一礼し、彼らを見送りながら答えた。


「……よし、では報酬を貰いに行こう。その金で宿も取ろう」

「あ……ああ」


 アキは先程の一連について突っ込んでみようかと思ったが、そんな気分でもなく、街を眺めながら斡旋所へと歩みを進めた。


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