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第351話 奇跡の少年A④

 カーンが残していった錠剤は竜二にとって悪影響を及ぼすものだと確信できた。


「あいつを苦しませるような真似は許さないぞ!」


 シェーナは這いつくばるように立ち上がろうとすると、徐々に先程まで焼き尽くされるような痛みは消え失せていく。

 そうしている間に、重りを背負い込んでいたかのような感覚からも解放されて、身軽になった。

 おそらく、対象者の精神状態に応じてダメージが圧し掛かるような仕組みになっていたのだろう。

 竜二の父親と対峙しているミュースをシェーナは近くに備え付けられていた消火器を手に取り、それを竜二の父親に目掛けて噴射する。

 目眩まし程度にしかならないが、この場を去るぐらいの時間稼ぎにはなるだろう。


「さあ、早く!」


 シェーナはミュースに目配せして上階に続く階段へ促すと、二人は竜二を追いかける。

 三階のフロアに辿り着くと、二階と同じような構造の間取りになっている。

 無人の廊下を慎重に進んで行くと、シェーナ達の背後から唐突に会話する声が聞こえてきた。


「ロスロの方はよろしいので?」


「相変わらずヒュムリスは『虚無の王』ウィスタル率いる防衛隊を突破できず、討ち漏らした兵士は探索隊を通じて処理できていますからねぇ。遊撃隊の私に仕事が回ってくることは滅多にありませんよ。そんなことより、そちらの成果はどうなっていますか?」


「ちょっとした神隠し現象で世間は賑わっております。一部の政治家、大企業の役員、NPО、NGО団体の代表者等は『ルール』を破って削除(デリート)されました」


「ほほう、それは素晴らしい成果だ。昨今では不法移民や闇バイトなる組織の犯罪も増えているようだし、彼等を利用して最終的な調整を進めてください」


「かしこまりました。しかし、こんな回りくどい方法を取らなくてもよろしかったのでは?」


「あのロスロで恐ろしい魔物や異大陸の連中相手に、私は随分と日本のルールに助けられました。これは私なりの恩返しの一環ですよ」


「はぁ……左様でごさいますか」


「おやおや、何言ってんだこいつって顔をしているねぇ」


「いえ、決してそのような事は……」


 その正体はカーンと見慣れない中年の男だった。

 ひどく怯える中年の男は失言したと後悔しながら、カーンは微笑を浮かべて男の肩を軽く叩いて見せた。


「頭のおかしい奴だって言われるのは慣れっこさ。それに、私のこんな茶番に付き合ってくれる皆には感謝しているよ」


 そう言ってカーンが病室の扉を開けると、中年の男を下がらせる。

 シェーナとミュースは互いに小さく頷き、カーンの後を追う。

 そこには先程の階下で見たベッドで寝かされている竜二とカーンの姿があった。


「先日より顔色が優れているようだね。元気そうで何よりだよ」


 カーンはパイプ椅子に腰掛けながら、竜二の両手をしっかり握って見舞いの挨拶をする。


「今日は良い知らせを届けに来たよ。異世界転生した同級生三人の姿を捉える事に成功し、写真に収めたんだ」


 カーンの懐から三枚の写真を竜二に見せると、そこにはシェーナ、キシャナ、サリーニャが写っている。

 だが、竜二には見慣れない三人の姿を見せられたところで、彼女達が元同級生だったと説得するのは無理があるだろう。


「この三人はもう事故の事は忘れて今を楽しく生きているよ。まあ、事故のおかげで人生を狂わされたんだし、忘れたい気持ちは分からなくもない。竜二君は事故と向き合い必死に頑張っているのに、ひどい同級生達だねぇ」


 竜二の心に直接語りかけるような大袈裟な振る舞いをするカーンに、竜二は小さく口を開いて答える。


「……夢であってほしかった。こんな現実、なかったことにしたかった」


「ええ、このカーンは竜二さんの気持ちを痛いほど理解しています。竜二さんの苦痛を取り払い、僭越(せんえつ)ながら私が生き甲斐を与えて差し上げます」


 機が熟したと悟ったカーンは写真を破り捨てると、生気を取り戻したかのように竜二はベッドから起き上がろうとする。


「素晴らしい。新たなロスロの聖騎士誕生に万歳」


 カーンは拍手で竜二を迎え入れると、頼もしい仲間が増えて心躍った。

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