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第348話 奇跡の少年A

「さて、どうしたものか。生身の人間相手なら、大抵こいつで脅せば道が開けるんですけどね」


 理恵は同級生達に銃口を向けるが、怯むどころかこちらに近付いて来る。

 仕方なく、同級生の一人に対して足を目掛けて発砲し命中させるが、一瞬止まって緩慢な動きを見せるだけだ。


「まるでゾンビ映画に迷い込んだ気分ね。多分、物理的な攻撃で一瞬怯ませるぐらいはできるけど、致命傷を与える事はできない。あの竜二って子の心を解放しない限りは」


 理恵の見解はおそらく当たっているだろう。

 それに同級生達に気を取られて相手をしていたら、制限時間の一時間はあっという間に過ぎてしまう。


「時間も限られている以上、ここは私が囮になるしかありませんね。後の事は二人に任せます」


「待ってください。一人であの人数の相手をするつもりですか」


「足止めするぐらいなら、私一人でどうにかなるわ。さあ、二人はあの少年を追って」


「でも……」


 理恵が足止めを買ってくれた事に対して、一抹の不安を覚える。

 彼女一人で数十人を相手にするのは、どう考えても不利だ。

 下手をしたら、殺されるかもしれない。

 シェーナが躊躇っていると、理恵は二人のために道を切り開く。

 同級生達の数人を銃撃で一時的に無力化すると、それを合図と受け取ったミュースはシェーナの手を引っ張って駆け抜ける。


「おっと、君達の相手は私だよ」


 シェーナ達に手を伸ばそうとする同級生達を理恵は引き付けるように銃口を向ける。

 けたたましい銃声が鳴り響くと、的確に道を切り開いて、シェーナ達は最奥にある非常階段を駆け上って行く。

 かつての同級生達を振り切ったシェーナ達は二階の扉を開くと、静まり返った無人の廊下が目に映った。

 近くにフロアマップの案内板を見つけると、二階は中央にナースステーションを構えてレントゲン室や心電図室といった施設に病室が設けられていた。


「ごめんなさい。シェーナさんを危険に晒すようなことになって……」


「ミュースさんのせいではありませんよ。むしろ、助けてもらった立場なので感謝しているぐらいですよ。それより、下で残っている理恵さんが心配です」


「彼女なら大丈夫ですよ。ビルで私達を逃がしてくれたラーソル博士やシェーナさん達の前に現れたカーライン博士のような特殊な力を扱える人ですから」


 下の階層から、銃撃と共に地鳴りのような振動が時折こちらまで伝わって来る。

 カーラインの力はシェーナも理解しているし、同等の力を理恵も保有しているのなら簡単に負ける事はないだろう。


「三階まであるようですが、まずは二階を徹底的に回って竜二君を探しましょう」


「ええ、分かりました」


 シェーナは理恵の安否を心配しながら下層を振り返ると、すぐに前を向いてミュースに頷き二階のフロアを探索し始める。

 空気がどんよりした無人の病院はお化けでも現れそうな独特な雰囲気に包まれている。

 それは同時に竜二の心が負の感情で覆い包まれているのだ。

 罠が仕掛けられている可能性も考慮して、慎重に廊下を進んで行くと、ナースステーションを通りかかったところで事態は一変する。


「これは!」


 シェーナは前後を振り返って驚きを隠せずにいる。

 それまで人の気配がなかった廊下は白衣を纏った医者や看護士らしき人物が忙しなく往来し、無人だったナースステーションも数名の看護士が業務に携わっていた。

 おそらく、竜二が目にした光景がそのまま心の世界に描写されたものだとミュースは冷静に判断する。

 その見解は正しいようで、映し出されている人々に触れようとしたが、すり抜けてしまうだけであった。


「この先に例の『奇跡の少年A』がいるのか?」


「ええ、そうです。少年の父親もそろそろ到着する頃合いですよ」


 私服の中年男性が二人、シェーナ達の横を通り過ぎると、シェーナは男達の会話に耳を傾ける。


(奇跡の少年Aって、まさか……)


 二人の会話から出てきた『奇跡の少年A』という言葉に反応すると、竜二の事を言っているのではないかと察した。

 シェーナ達は二人を追って『奇跡の少年A』がいる病室に入ると、そこには魂の抜け落ちたような姿の少年がベッドで横たわっていた。


「竜二! しっかりしろ」


 それが竜二である事は一目で分かった。

 今までシェーナ達の前に現れた竜二とは違い、鼻から管のような医療機器で繋がれて、顔は事故の影響なのか火傷の痕が残っている。

 分かってはいたが、ベッドで横たわっている竜二も触れる事は叶わなかった。


「よし、撮影の準備だ。父親の献身的な姿を収めるんだ」


 中年男性二人は竜二を見舞いに来たかと思ったが、どうやら違うようだ。

 あらかじめ、用意していた照明機材を設置していき、無機質なカメラのレンズを竜二に向ける。


「それにしても、この少年も不運ですね。ここに運び込まれて以来、父親は見舞いに全然来てないんですよね?」


「そうらしいな。仕事が多忙で息子に構っている暇はないんだろう。明日から海外に出張らしいから、撮影は今日しか空いてないそうだ」


 そんな会話が聞こえて来ると、病室に身なりの整った男が現れた。

 どことなく、顔付きが竜二に面影がある。

 おそらく、この人が竜二の父親なのだろう。


「遅れてすみません。この後も予定があるので手早く片付けましょう」


 竜二の父親は腕時計を覗き込むと、まるで雑務をこなすような言い草で、息子の心配をする素振りもない。

 これには男達も困惑した顔で見合わせると、すぐに準備に取り掛かる。


「ああ、ちょっと失礼」


 父親の携帯電話が鳴ると、軽く舌打ちをして病室を出て行き、廊下で仕事の電話を受ける。

 しばらく話し込んでいると、父親は怒鳴り声を上げて周囲を驚かす。


「そんな事で、いちいち私の手を煩わせるな! この愚図が」


 電話は父親が一方的に切ると、虫の居所が悪いようで、病室に戻ってから安静にしている息子のベッドを蹴り上げて罵声を浴びせる。


「お前に費やした学費や大好きだったサッカーはこの有り様で無駄になった。それを少しでも取り戻すために働くのが筋ってものだよな!」


 父親とは思えない言葉の暴力にシェーナは胸が締め付けられる思いであると同時に、この父親を一発ぶん殴ってやりたい気持ちに駆られる。

 それができないのは重々承知しているが、物言えぬ竜二にこの仕打ちはひどい。


「あんた、それでも人の親か!」


 シェーナは掴み掛る勢いで拳を振り上げると、父親をすり抜けて空を切ってしまう。


「シェーナさん、落ち着いてください」


 ミュースが止めに入り、シェーナをなだめている間に、父親は先程の怒り狂った形相から呼吸を整えてカメラ目線で笑顔になる。


「では撮影始めます」


 男の一人は撮影と称してカメラを回し始めると、父親は笑顔を絶やす事なく真摯に竜二の看病に努めようとする。

 それが数分続き、撮影が終わってカメラが竜二と父親を捉えなくなると、父親はさっさと病室を出て行ってしまった。

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