第32話 牛丼の思い出
「必要な食材は『森の聖弓』を通して明日には届くよ。それで、驚いたことに欲しいと思っていた調味料の醤油があったんだよ!」
キシャナが商業ギルドから戻ってくると、興奮してシェーナに異世界にはないと思っていた調味料を報告する。醤油を注文する者は珍しく、商業ギルドで試供品の醤油を配っていた生産者のエルフを見つけると、キシャナは注文書に大量の食材と醤油を買い付けた。
キシャナは試供品の醤油をチラつかせると、ある料理の提案をする。
「醤油や米があれば、私達が学生時代に世話になった牛丼を作ろう」
「牛丼か。すごい懐かしいなぁ」
「ああ、最後に食べたのは部活帰りのチェーン店だったな」
二人は前世の記憶で学校の部活帰りに立ち寄っていたことを思い出す。
シェーナはいつもオプションで生卵を牛丼に混ぜて、すき焼き風味にして食べるのが好きで、キシャナは紅ショウガと汁を多く盛って食べるのが好きだった。
「でも、牛丼ってたしか醤油の他に調味料はみりんを使ったりしなかったか?」
「それも問題ない。醤油と一緒にみりんも買い付けて試供品をゲットした」
シェーナの疑問にキシャナは抜け目ない。
商業ギルドで生産者のエルフと立ち話をして分かったことだが、数百年前にエルフの一人が米の収穫や醤油の作り方を発明すると、後世のエルフは味の改良を重ねて生産に繋げていったと言う。
その話を聞いたシェーナは一つの仮説を立てる。
「その数百年前のエルフって、もしかしたら俺達と同じで異世界転生した日本人じゃないかな?」
「かもしれないな。そのおかげで美味しい料理が作れるから感謝しかない」
醤油や米を作ることは知識として理解していても、実際に作るとなると手間や時間がかかる。
キシャナの言う通り、後世のエルフが試行錯誤して味を継承していったことには感服するし、匠の技は前世や異世界の枠組を越えているんだなと思う。
キシャナは台所に立つと、牛丼の試作に取り掛かる。
牛肉は今回こま切れにして、玉ねぎはくし切り、ショウガは千切りにしていく。
鍋には水、醤油、酒、みりん、砂糖を合わせると、先程の玉ねぎとショウガを加えて魔法で火にかける。
煮立ったら、牛肉を入れて箸を使ってほぐしていく。牛肉に火が通ると灰汁が出てくるので掬い取ると、火を弱めてしばらく火を通していく。煮汁が煮詰まったら、残っていたご飯をどんぶりに入れて、鍋の具をのせれば牛丼の完成だ。
「できたよ。試食してみてくれ」
キシャナはテーブルにどんぶりを運ぶと、懐かしい匂いと一緒に食欲がそそられる。
「いただきます」
シェーナは箸で牛丼を一口食べると、不意に涙がこぼれた。
二度と食べられない物だと思っていたし、こうして十八年の月日が経って再び口にできる喜びの感動は想像以上だった。
「美味しいな。本当に……美味しいよ!?」
「シェーナは大げさだなぁ」
「キシャナと一緒に学校帰りで食べた牛丼を思い出してな。懐かしくてつい……」
「……そうだな。私も思い出の味に浸るとしますか」
二人はどんぶりの牛丼をがっつり頬張ると、まるで前世の学生時代へ戻ったように談笑のひと時を過ごした。




