第29話 開店準備
「ごめん、二人には嫌な思いをさせた」
開口一番、シェーナは二人に頭を下げた。
店の責任者として二人を守らないといけない立場なのに、カリューに捻じ伏せられてしまった。リィーシャが仲裁に入る形で無事に済んだが、そうでなければ今頃どうなっていたか想像もしたくない。
キシャナはシェーナの手を握ると、慰めの言葉をかける。
「シェーナが謝ることじゃないよ。それに私は慣れているから……」
「駄目だ! もうキシャナには辛い思いを絶対にさせない!」
ダークエルフであることに、周囲はキシャナを冷遇してきた。
彼女を陥れるような輩は追い払うし、それがリンスル聖王国の神官戦士だろうが関係ない。
ルトルスはシェーナが防具屋で用意したプレートメイルに着替えると大剣を背負う。
「昨日、シェーナが話していた『闇核』を取りに行くよ。二人は料理の用意をしていてくれ」
「やはり私も同行するよ。ルトルスの足を引っ張らないように頑張る」
「シェーナは店のリーダーだ。私は料理が得意とは言えないし、力仕事は私の担当だ。魔物討伐は一人で十分だから気持ちだけ受け取っておくよ」
ルトルスには昨日、店の経営について一通り説明すると『闇核』の採取を買って出てくれた。
実力は承知しているが、やはり一人で向かわせるのは忍びない。
商業ギルドの冒険者を募って魔物討伐を勧めたが、即席のパーティーだと連携もままならないし、単独の方が性に合っているからと断られた。
ルトルスの背中を見送ると、シェーナは彼女を呼び止める。
「ルトルスには私やキシャナがいる。待っていてくれる人がいることを忘れないでくれ」
「……ありがとう。期待して待っていてくれ」
ルトルスは笑顔で応えると、暗黒騎士と決別するために漆黒の鎧を脱ぎ捨てて、新たな一歩を踏み出す。
「彼女も頑張っているし、私もしっかりしないとね!」
キシャナは明るい足取りで台所にある食材のチェックを始めると、足りない食材があるので商業ギルド『森の聖弓』の窓口へ向かうことにする。
商業ギルドによって取り扱っている依頼は大きく違っている。
商業ギルド『女神の剣』はギルド長を勇者が務めており、主に魔物討伐の依頼が多く舞い込んでくることで有名だ。『古の古文書』はギルド長をハシェル国の魔道協会理事長が代々務めており、主に魔法に関するアイテムの入手や古代遺跡の探索等の依頼が多い。『森の聖弓』はギルド長をリィーシャが務めており、主に他種族からの様々な依頼を受け付けている。
『女神の剣』や『古の古文書』に比べると小規模なギルドだが、『森の聖弓』には穀物や家畜を育てているエルフの生産者から直接仕入れたりもできるので、料理店を営むシェーナ達には小売業者を通さないで安く仕入れたりできる利点がある。
気掛かりなのは、キシャナがダークエルフであることだ。
「その心配はないよ。『森の聖弓』所属のエルフはリィーシャさんに賛同している人達で形成されているのがほとんどだよ。だからシェーナが考えているようなことは何もないよ」
すぐに試作で必要な食材は商業地区の商人から揃えていたが、料理店の営業が始まったら基本的に『森の聖弓』を経由して食材を確保するルートをキシャナは開拓していた。
「シェーナは留守番を頼むよ」
「気を付けて行って来いよ。俺は料理レシピに目を通しているからな」
店に一人になったシェーナは料理レシピを取り出すと、頼もしい二人に恥ずかしくない働きをしようと一層の努力と気合を入れて臨んでいく。




