第16話 リィーシャと温泉
明朝、シェーナはキシャナを起こさないように剣を携えると庭先で素振りを始める。
騎士団に入団してから、一人で修練所に毎朝欠かさず剣の素振りを日課として行ってきた。
おかげで剣術や精神面を鍛えるのと同時に、自分が女性であることを忘れさせる時間を過ごすことができた。ハシェル国の騎士ではなくなったが、キシャナを守ろうと誓った騎士の志はシェーナの中で生きている。
シェーナは無心で剣を振るっていると、背後からリィーシャが挨拶をする。
「おはよう。朝早くから精が出るね」
「おはようございます。すみません、起こしてしまいましたか」
「朝は温泉へ浸かりに行くのが年寄りの楽しみでね。浩太君も私と温泉へ行くかい?」
「温泉……ですか」
シェーナは剣を鞘に収めると、顔を赤くしながら歯切れが悪くなった。
親友のキシャナと温泉へ浸かりに行ったことを鮮明に思い出すと、リィーシャと温泉を共にするのは抵抗がある。
それをリィーシャは見抜いた様子で意地悪な笑みを浮かべる。
「人間と違って私は若く見えるが、今年で二百歳近くになる。年寄りの裸を見られても、何とも思わないよ」
「いえ、そんなつもりは……」
「ふふ、可愛らしい反応をするね。剣の素振りで汗も掻いているだろうし、綺麗に背中を流しておかないと、親友に嫌われてしまうぞ?」
キシャナを表に出されると、たしかに汗臭いと指摘されて、どのみち温泉へと浸かりに行く結果になりそうなのは目に見えている。
シェーナはリィーシャの誘いに渋々了承する。
街全体は静まり返った中で、肌寒い朝を鳥のさえずりを聞きながら散歩するのは悪くない。
年寄りと公言したリィーシャだが、エルフの二百歳は人間の年齢で換算すると何歳だろうか。
見た目は童顔のエルフだが、キシャナは十八歳で妖艶なダークエルフの見た目だから混乱する。
そんなことを考えながら、温泉場に到着すると今回も幸いなことに先客は誰もおらず、リィーシャと二人っきりの貸し切り状態だ。
二人は掛け湯をすると、街並みを一望して温泉へと浸かる。
「朝風呂は気持ちがいいね」
「ええ……」
シェーナはなるべく離れた位置で同意する。
リィーシャは遠慮しないでシェーナに近付くと耳元で囁く。
「前世で男性だった浩太君にとって、女性の身体は窮屈かい?」
「……正直に言うと複雑ですね。キシャナにも真面目な性格で苦労しているなと言われましたし、男のまま生まれていたらハシェル国で騎士を続けていたかもしれませんが、親友のキシャナと出会うことはなかったかもしれません」
「なるほどね。違った人生を送っていたかもしれないのか」
性別が逆転していたら、全く違う人生を歩んでいたのは事実だろう。
シェーナはキシャナと出会って人生の歯車は大きく動いたことは間違いないし、キシャナにとっても同じことが言える。
暗い過去をお互い乗り越えて、未来を見据えることができるようになったのだから――。




