ハッピーバレンタイン!①
「あーあ。バレンタインだってのに、チョコレートもらえないって最悪だ」
良輔は項垂れ、机に突っ伏した。
バレンタイン当日。朝の教室にいる生徒達は、どこかそわそわしているようだった。学校では禁止されてしまったものの、好きな人に放課後遊ぶ約束をとりつけたなど、色めいた声が聞こえる。
司はどこか違和感を抱えていた。差し迫った大会のことが頭に過ぎるせいか、周りのテンションと自分がどうも違うように感じていた。
「内田君いますか?」
心許なさを感じていたところ、違うクラスの女子生徒が教室を訪ねてきた。内田という名字は、自分以外このクラスにはいない。良輔と顔を見合わせ、恐る恐る立ち上がった。
「あの、俺ですが」
司は遠慮がちに手を挙げる。女子生徒はパッと顔が明るくなる。
「あ、良かった。あの、ちょっと来てくれない?」
女子生徒は微笑むが、司は怪しさしか感じなかった。そんなところを良輔が背中を叩いて、囃し立てる。
「おい、絶対、告白だって。行けって」
司は悩んだが、良輔についてきてもらうことを条件に、女子生徒について行くことにした。
良輔にはヘタレてると笑われたが、用件がよく分からないから自分では対応しきれないかもしれない。これが正しいと司は思う。
途中までついて行った時、立ち入り禁止のロープが繋がれている、中庭の手前付近で女子生徒は突然、振り返った。
「じゃあ私はここまで。ごゆっくり~」
女子生徒は笑いながら、いそいそと退散していく。司は何だろうと困っていると、入れ違いにとある女子生徒が近づいてきた。
「え!」
良輔が驚きの声をあげる。やって来た女子生徒は、黒髪のショートカットで目鼻立ちがはっきりしていている人だった。
この人は一体誰だ。司は身長が低い、小動物のような女の子をじっと見つめる。
「転校生じゃん!」
良輔が舞い上がった。司は良輔がなぜ喜んでいるのか分からず、首を捻る。
「あの、中庭行きませんか」
俯く女子生徒はそう言った。だが、確か中庭は。
「立ち入り禁止だろう」
司が咎めると、女子生徒は体を縮こませてしまった。
「おい、司」
良輔に叱られた。だが、これは自分のせいなのだろうか。司は混乱した。
「お願いがあるの」
顔を赤らめた女子生徒は小さな声で言う。
「私と、相撲をしてください!」
転校生だという少女はとても小柄だった。一生一度の願いのように何度も頭を下げられてしまい、司は困り果ててついに中庭で相撲を取るようになってしまった。年頃の少女と体を密着させ、体をぶつけ合うというのは己の欲望との戦いであった。
ふん、えいと可愛らしく四股を踏み顔をくしゃくしゃにさせて、枝で描いた円から出そうとする少女は妙にいやらしい。
司は生唾を飲む。距離を取った少女は力任せにぶつかってくる。この少女、小柄なのにどこにそのような力があるのかとても強い。
司は再度少女の腕を掴もうとするとヌルっと滑った。おや、と思うとツンと生臭い臭いが鼻を掠める。
どこか懐かしい匂いだった。確か、小学生の頃、泣き虫だったあの頃。
「待て! この野郎」
「部長、やめてください」
変な声が聞こえてきたと思えば、袋包を持った女が飛びかかってきた。司は咄嗟に少女を庇うと、間違って少女を押し倒してしまった。
何の臭いだっただろうか。少女から臭う懐かしい臭いに想いを馳せて、司の意識は遠のいていった。