自失②
「やった!」
朝。教室へ続く渡り廊下を歩く、あかりは声を振り絞ってガッツポーズをする。
二月十二日。原稿は完成した。
あの後必死に頼み込み、転校生の恋愛エピソードのインタビューを取り付けた後、原稿に起こし、心理テストやら何やら恋愛に関係する情報を集め余白を埋めた。後は美里を満足させ、何とか終わらせることが出来た。
寝ずに取り組んだせいで、体全体に気怠さは残るが気分は何とも清々しい。
「おはようございます、先輩」
後ろを向くと、小谷がいつも通り仏頂面で突っ立っていた
「おう! 小谷おはよう!」
あかりはバシバシと小谷の背中を叩くと、英介は鬱陶しそうに顔を蹙めた。
「うざいんでやめてください」
ごめんごめんとあかりはケラケラ笑う。英介は素っ気なく自分の背中をさすった。
「いやー気持ちいいわ」
あかりは伸びをすると、英介は指で眼鏡を押さえた。
「ま、予定通りできて良かったですね」
「あああああああああ!」
何だ、今の? あかりは奇妙な叫び声に訳も分からず身構えた。横を見ると、英介も目を見開いている。同じように歩いていた生徒達も騒然としている。
「職員室あたりから聞こえましたね」
こいつどんな聴力してんだ。事務的にそう告げた英介に引いてしまう。
「行ってみましょうか」
さっさと先を歩く英介にあかりはつられて足が動いた。
職員室前には掲示板がある。そこには学校からのお知らせや我が新聞部の新聞など、比較的自由に色々なものが掲示されている。時折、学校からの重要なお知らせも先取りして伝えてくれるため、前を通る時はあかりもチェックする時が多い。その掲示板に人だかりができていた。
あかりは中心に見知った顔をみつけて声をかける。
「部長!」
あかりは人を掻き分けて駆け寄った。
「あ……あかり」
いつもの堂々とした美里はいざ知らず、生気が抜けたようにげっそりしていた。
「やはり、部長でしたか」
英介がそう言うと、あかりは心配して美里の肩をそっと支えた。
「部長、何があったんですか」
「何が、何がって、それは……」
美里はブツブツと話すと、暗い表情がゆらりと揺らぎ、一瞬にして鬼のような面持ちに変わった。
「この学校ぶっ潰してやる!」
「はぁ!?」
あかりが驚くや否や美里は職員室に殴り込もうとしていた。あかりは咄嗟に美里を羽交い締めにする。
「ちょっと! やめてください、部長」
掲示板の前に集まっていた群衆が美里を見てわー、きゃー、と悲鳴をあげる。
「うるせぇ! 校長出せ、校長! 絶対に許さねぇ!」
美里が足まで上げ暴れ始めた。あかりは必死に美里を抑えつけようとする。いよいよまずいとあかりが思い始めた時、職員室のドアが開いた。
「こら! 廊下で騒ぐな。ん……九条、またお前か」
生徒指導の寺川先生が頭を抱えると、美里はぴたっと動きを止める。あかりは、ほっと胸を撫で下ろした。
寺川先生は集まった生徒達に教室に行くように促す。それぞれ不服そうな顔ではけていった。
「全く、九条、お前はまた反省文を書きたいのか。お前らも親分をしっかり見張ってなさい」
いや、親分じゃないし。あかりは微妙な気持ちになった。