月藤高等学校新聞部②
早足で廊下を歩いていた。あかりは部活見学をしているだろう転校生を探して取材するという、労力のかかる事を押し付けられ、やり場のない怒りで満ちている。
しかし、どうも変だ。あかりは肩を落として、振り返った。
「ちょっと、何でついて来てんの」
あかりは違和感の正体である、英介に睨みを利かせた。英介は美里に何も頼まれてない筈だ。
英介は冷ややかな表情でにこりともせず、極めて機械的に返答する。
「仕事です」
こいつはロボットか、あかりの顔が引き攣る。英介は溜息を吐くと、あかりを追い越して前に立った。
「分かりますか東山先輩。これは対策です」
あかりは意味が分からなかったので、首を捻る。
「先輩。九条部長は好きな人がいるみたいですよ、知ってましたか?」
へぇ、と思いがけず声を漏らした。あの変人が好きになる人でもいるのか。地球上に探してもどこにもいなさそうなのに、と、こればかりはあかりも素直に驚いた。
「好きな人って、誰?」
あかりはわくわくしながら、身を乗り出すと英介は視線を落とし、歩く。あかりも英介に後ろからついていった。
「分かりません。しかし聞いたところによると、部長はバレンタインに告白するらしいです」
真剣じゃないか。むしろ、これを特集記事にしたいくらいだわと、あかりは面白くなってきた。
「現在、部長はそれで頭がいっぱいなんですよ」
恋というものはそういうものだ、あの頭がおかしい人もちゃんと人の子なんだなと、あかりは他人事ではあるが嬉しくなる。
「良いじゃん。幸せで」
あかりは声を弾ませたが、英介は盛大に息を吐くと立ち止まり後ろを向く。
「頭お花畑ですか。俺らはあの女の遊びに付き合ってる暇はないんですよ」
馬鹿にされたのであかりはむかついたが、たちまち美里に振り回された悪しき思い出が一斉に脳内を駆け回り、すぐに背筋が凍りつく。嫌な予感がした。
思わず逃避がしたくて、窓に縋り付いた。外は校舎から出る生徒が散りじりに動いている。
「えっと、それはつまり、どういうこと」
「時に先輩、新聞をいつ発行するって生徒会の書類に書きましたか」
新聞を発行して校内に掲示したり、配ったりするには事前に生徒会の許可がいる。書類には、いつ掲示、配布するか細かく書いておかないとだめだった。
あかりは一週間前、間違えないように祈りながらボールペンで書いた例の書類の記憶を頭から捻り出すように、顔を歪める。
「確か、二月十四日だったはず」
「やはりそうですか」
英介が項垂れた。あかりはぞわぞわしてきて落ち着かなかった。
「何か、問題でもあんの? お願いだから早く言ってくんない?」
あかりが急かすと、英介は冷ややかに答える。
「バレンタインまでに新聞を早く完成させないと部長の恋愛事に巻き込まれる可能性があるってことです」
それはだめだ。あかりはゾッとした。
「私たちが、新聞作り全部やるから大丈夫って言えば良いんじゃぁ」
あかりは英介の両肩を掴む。英介は眼鏡を指で押さえると、頭上を見上げた。
「そうですね。でも部長は新聞作りに情熱を持ってますから、面倒臭いと言いつつも作りたがるでしょう。そして、バレンタインの前日までに新聞が出来上がってなければ、新聞作りのせいで十分にバレンタインの準備ができていない部長は俺達にそれを手伝わせる可能性が大ですね」
絶望だ。あかりは身体の力が抜けて、英介の両肩から手を離した。バレンタインまであと六日しかない。もし、終わらせなかったら美里にバレンタインの準備を手伝わされ、美里が学校で無茶苦茶やって私達は道連れで先生に叱られる。周りからは奇異の目で見られるかもしれない。良いことが一切ない。こんなことになるんだったら、やる気出して新聞作りに集中すればよかった。あかりは、心底後悔した。
「先輩。諦めるんですか?」
「あ、諦めてたまるか」
人を見下すような目で見つめてくる英介にあかりは、負けじと強い眼差しを向けた。そうだ、まだ猶予はある。死ぬ気でやれば間に合うかもしれない。後ろ向きに考えるより前向きに考えよう。あかりは沸々と使命感が湧いてきた。
「小谷行くよ!」
あかりは英介の腕を引っ張った。
「何処に行くんですか? 馬鹿も大概にしてください」