月藤高等学校新聞部①
「ハッピーバレンタイン!」
あらゆる物が埃に被っているような部室でクラッカーが鳴り響く。
「うるさっ! ちょっと、どうしたんですか部長?」
思わず黒髪のポニーテールからひょっこり出た耳を塞いだ東山あかりは、部室の前に立つ黒い長髪の美女、部長を睨む。
睨まれた部長は意に介さず部室――月藤高等学校新聞部に入り、座っているあかりの前に仁王立ちし切り出した。
「バレンタインよ」
あかりは訝しげに見つめると、部長は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「もう少しでバレンタインデーなのにこんな場所にいるなんておかしい」
「いや、部長が言い出したんですからね、バレンタインスペシャルで特集記事書くって。生徒会に新聞出すっていう書類出しちゃいましたよ」
偉そうな部長に、あかりはピシャリとそう言う。
部長は、わなわなと震え出した。
「あーーーーーー!」
大声で叫び始めた部長をあかりは面倒臭いと思った。
「だいたい何を書くの? 誰も見ないよ、そんなもん」
「私はやめようって、最初に言いましたからね」
頭を抱える部長にあかりは溜息をつくと、編集作業をするパソコンに向き直った。薄型モデルでも、最新モデルでもない、ただただ大きいディスプレイに黄ばんだキーボードを使って文章を打ち込んでいく。
「あかり〜」
「何ですか」
だらしなく口を開けた部長に投げやりに答える。
「何かいいネタないわけぇ?」
とことん、他力本願な女だなとあかりは苛つく。
しかし、かといってあかりも大して思いつくことがない。特集記事というが、話題性のあるニュースではないと発行したところで、手に取ってくれる人も少ないだろう。
「今日やって来た転校生の話はどうですか」
あかりの隣でボソッと低い声がしたと思えば、眼鏡をかけた黒い短髪の男が腕を組んで座りながら、こちらに顔を向けていた。
「小谷さっすが〜! あかりとは違うわ〜」
小谷英介は涼しい顔で頷き、指で眼鏡を押さえパソコンに再び視線を合わせた。あかりは呆れ返る。
「いや、あの、転校生は確かに話題性ありますけど、それで何を書くんですか?」
「小谷、その転校生ってどういう人なの」
英介は、部長に視線だけ動かすと淡々と転校生について話しはじめた。
「二年三組の女子です。顔は可愛いらしいです。性格も明るくてすでにクラスでは人気者であるとか」
あかりはどうでもいい気持ちになり、また作業に戻った。
「二年ってあかりの学年じゃない。じゃあ、あかり、今から取材行ってきて。よろしく」
「はぁ!?」
すっかりほくほく顔になっている部長。突然の命令にあかりは頭が痛くなっていった。
だが、何言っても無駄か、この無茶苦茶な新聞部部長三年、九条美里には。