プロローグ
プロローグ
茹だるような夏の日。連日最高気温を更新し続ける田舎町でだれきった子ども達が小学校の教室という、一部屋に集まっていた。間宮良輔もその一人である。
夏休みとは一体何であるのか、暑さで勉強できないからこそ、存在する休みではないのか、今この瞬間、今日こそ夏休みにすべきではないだろうか。学校は頭がおかしいのでは無いだろうか。
照りつく太陽、容赦なく皮膚に降り注ぐ日光は頭をぼうっとさせて、座席に座る良輔は体の芯まで溶けてしまいそうで、いつもなら耳を傾ける情報通の噂も汗と一緒に流れていった。
「はーい。静かに」
聞き慣れた女性の声が聞こえたと思えば、雑談していたクラスメイトの声も静かになった。良輔も崩した体を起こし、座り直す。
「先生、転校生が来るって本当?」
おちゃらけた女子生徒が立ち上がって元気に言った。
転校生? そんな話聞いていないぞ。良輔は寝耳に水だった。
「こら、あんたちょっと早いよ」
先生が怒って、教室にどっと笑いが起こった。どうやら本当らしい。
先生が教室のドアの方へ歩いて行く。周りもしん、と静かになった。先生のハイヒールの音は転校生が来るまでのカウントダウンみたいだった。
「どうぞ、入って」
先生がドアを引くと、一人の生徒が教室に足を踏み入れる。
坊主頭に太い眉、背が高くがっしりした身体。獲物を捕らえるような鋭い目つき。
転校生は、その男は、まるで百戦錬磨の武道家、いや、自分達よりずっと大人びてみえた。
「はい。じゃあ挨拶してくれる?」
優しい笑顔で先生は男にチョークを渡す。男は掌にのったチョークを黙ってじっと見つめた。
「書いて、名前」
緑色の黒板に先生はノックすると、男はハッとした表情になり、チョークを持って腕を振り上げた。
男はそれから何度もチョークをスナック菓子のようにいとも簡単にバキバキと折ると、やっとこさ黒板に字が書かれる。
内田 司
それが男の名だった。内田さん、か、と無意識の内にさんを付けてしまう良輔は、手についたチョークの粉を払う、司に視線を注いだ。
「じゃあ、自己紹介」
先生に手で指示された司は、視線を下に向けると、息を大きく吸い込み深呼吸した。司の吸い込む音は大きすぎて、後ろの方に座っている良輔にも聞こえた。司は一瞬目を閉じたが一気に目を見開き、口を大きく広げた。
「はっ……はじっ……はじめっ」
「はじめまっ……っ……」
「はじめましてぇっ! うっ、うっ、うっ」
「うっ……うっ、うちっち」
良輔は司の姿にあっけに取られていた。教室いたるところにクスクスと笑う声が聞こえる。
「お前! ギャップありすぎぃ」
お調子者の男子が突然立ち上がり、司を指差す。
とたんに洪水のような笑い声が、教室全体に響く。先生が手を鳴らして止めようとするが、皆は笑いが止まらないようだった。
司は周囲を見回しておろおろとした表情になると、目を真っ赤にし始めた。
マジかよ、良輔はそう思うと、司は目から大粒の涙を流しながら、廊下へ走り去った。