幼なじみのワンピース姿は破壊力抜群でした
こちらは武 頼庵(藤谷 K介)様主宰「初恋」企画参加作品です。
不毛という言葉がある。
別に毛がないとか、そういう意味じゃない。
なんの進展も成果も得られないという意味だ。
僕は今、まさにそんな言葉がピッタリな状況だった。
「ねえねえ、マー君。こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
晴れの日曜日。
多くの中学生が遊んでるであろう時間帯に、なぜか僕は幼なじみのユイと大型ショッピングモールの女性衣料売り場にいる。
昼ごろ、隣に住む彼女が突然家に押しかけてきて僕を無理やりここへと連れてきたのだ。
そして両手に持った白いワンピースと黒いワンピースを突き付けてそう尋ねてきた。
「ユイ、まさかそれを聞きたくて僕をここまで連れてきたの?」
「そうだよ。前々から欲しかったんだけど、客観的意見が欲しいなーって思って」
「僕、男だよ?」
「男子から見て可愛いと思ったら、絶対可愛いはずだもん。ねえねえ、どっちが可愛い?」
ユイはそう言ってグイグイと両手に持ったワンピースを押し付けてくる。
正直、どっちでもいい。
白は清楚系のシンプルなデザイン。
黒は少し大人っぽいシックなデザイン。
はっきり言って、どちらも似合いそうもない。
ユイはがさつで男勝りでわがままで女らしさなど皆無なのだ。
今だって、デニムのショートパンツにTシャツというラフな格好をしている。
なぜ急にそんな女の子っぽい服装に目覚めようとしているのかわからない。
それよりもだ。
思春期真っ只中の一介の男子中学生を、女性衣料売場に連れてくるなんて、何を考えてるんだ。
まわりの女性客たちの冷たい目線が痛すぎる。
けれどもユイはそんなことなどまったく意に介してないようで「どっちがいい?」と無邪気に聞いてくる。
僕は心からため息をついた。
「どっちでもいいよ……」
「んもう! 真面目に答えてよー」
「……じゃあ、右」
僕は適当に白のワンピースを指差した。
「んー、マー君はこっちかー。でも黒も捨てがたいんだよねー。黒にしようかなー」
不毛だ。
ものすごく不毛だ。
結局、僕の意見はスルーですか。
「どっちでもいいから早く決めてよ」
日曜日のショッピングモール内の女性衣料売り場ほど居心地の悪い場所はない。
すぐ近くには下着のコーナーもあるし、僕は目のやり場に困っていた。
と。
ユイがこれまたとんでもないことを言い出してきた。
「そうだ! 試着してみればいいんじゃん!」
「……は?」
「ねえねえ、マー君。試着してみるから、どっちが可愛いか教えて!」
「え、ちょ……」
マジか!
ただでさえ居心地が悪いっていうのに、ユイが試着室に行ってしまったら僕は一人になってしまうじゃないか!
こんな場所に一人でいるなんて、酷すぎる!
しかしユイは僕の返答も待たず、ワンピースを両手に抱えながらパタパタと試着室の方へと走って行ってしまった。
なんて奴だ。
自由奔放な彼女の後ろ姿を眺めながら、僕は「はあ」とまたため息をついた。
数分後。
試着室のドアを開けて現れたのは、白いワンピースを着たユイだった。
恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「………」
僕は思わず突如現れた人物を凝視してしまった。
これユイか?
本当にユイか?
……いや、ユイには違いない。
入って行った試着室から出てきたのだから。
けれども、いつもとまったく雰囲気の違う彼女に唾を飲み込む。
「ど、どう? 似合ってる?」
「………」
「へ、変かな?」
「………」
「マー君?」
「え、あ……ご、ごめん」
まずい、意識が飛んでた。
慌てて手を振って、なんでもないアピールをする。
「やっぱり似合わない?」
「いやいや、全然! 似合わなくは……ないと思う」
「ほんとにー? ムリして言ってない?」
「いや、ホントホント」
たぶん。
ユイは疑わしそうな目つきで僕を見つめながらも「ま、いっか」と言ってドアを閉めた。
ワンピース姿の彼女が視界から消えて、改めて僕は混乱した。
なんだ、あれは!
ユイだよな!?
ユイで合ってるよな!?
めちゃくちゃ別人じゃん!
認めたくはないけど、思わず見惚れてしまった。
ワンピース自体の破壊力が凄まじかったのか。
それともユイのいつもと違う雰囲気に飲まれてしまったのか。
よくわからないまま両手で顔を押さえていると、おもむろに試着室のドアを開けてユイが顔を出した。
「また着替えるけど、覗かないでね」
「だ、誰が!」
ふん! とソッポを向く。
ユイは「ふふふ」と笑いながら顔を引っ込めた。
その姿にホッと息をつく。
よかった、いつもの彼女だ。
他愛ないやりとりだったけど、今ので正常な自分を取り戻すことが出来た。
にしても、ワンピースってあんなに可愛いものだったなんて。
ユイが出てきたら絶対に白のワンピースを勧めとこう。
そう心に決めていると、再び試着室のドアが開いた。
すると、今度は黒いワンピースを着たユイがそこにいた。
「………」
ぶほ。
思わず口を手で押さえる。
なんですかこれは!
なんですかこれは!!
なんですかこれは!!!!
「どう? 似合う?」
恥ずかしそうに微笑むユイの姿に腰が砕けそうになってしまった。
似合うなんてもんじゃない。
可愛すぎて目が離せない。
「ちょっと地味かな?」
地味?
地味とは僕のような凡人のことだ。
今のユイは……光り輝いて見える。
「マー君はどっちが似合ってると思う?」
「……黒」
やっとのことで声を絞り出す。
ヤバい、心臓がバクバクいってまともに顔が見られない。
なんだ、この感情は。
「マー君は黒かー。でも白もよかったんだよねー。白にしよっかなー」
もはや不毛だなんて思わない。
「白も……よかったよ」
「でしょでしょ!? 白を着た時、これだ! って思ったんだよねー」
ぐっはああ!
その格好で近づかないでほしい!
上目づかいで見つめないでほしい!
「でででで、でも、くくくく黒もいいと思うよ」
「なんで、どもってんの?」
「いや、もういっぱいいっぱいで……」
正直、ユイのことをまともに見ることができなくなっている。
チラリとまわりを見渡すと、まわりの女性客たちの冷ややかな視線が「あらまあ」と温かな視線に変わっていた。
はい、すいません!
なんだかいろいろすいません!
僕のよそよそしさに気づいたのか、ユイは「あ、そっか!」と叫んだ。
「ごめんね! マー君にはここ、キツイよね。すぐ着替えるから待ってて」
そう言って試着室に引っ込むユイ。
気づいてくれたのはよかったけど、理由はそこじゃない。
僕は目の前から消えたワンピース姿のユイを名残惜しく感じた。
「お待たせ!」
再びいつも通りのユイが現れたものの、僕の心臓は高鳴りっぱなしだった。
普段通りのはずなのに。
見慣れてるはずなのに。
なぜかドキドキが止まらない。
ワンピース姿のユイが頭から離れなくなっている。
「マー君は黒って言ってくれたけど、私はやっぱり白がいいかなー」
彼女の言葉がふわふわと宙に浮いてる感じがした。
何を言ってるのか、よく理解できていない。
「よし、決めた! 白にしよう!」
そう言って黒のワンピースを戻そうとしてるのを見て、僕はハッと我にかえった。
「待った! 黒も捨てがたい!」
「へ?」
ってー!
何を言ってるんだ、僕は!
慌てて叫んだ言葉を取り繕う。
「捨て……捨て……。お、お店に黒だけ残ってたら誰にも買われずに捨てられちゃうかもしれないよ? もったいないよ?」
苦しい言い訳だ。
そもそも、店の人が捨てるのかも疑問だ。
けれどもユイはなぜか納得して「そうだよね」と言った。
……そうなのか?
「このままだと黒、捨てられちゃうかもだよね。でもどうしよう、私一着分のお金しか持ってないし……」
「払うよ!」
「へ?」
「僕が払う!」
ヤバい、勢いでまた変なことを言ってしまった。
ユイはきょとんとするも、すぐに訝しげな目つきで僕を見始めた。
「マー君が? なんかめっちゃ怪しいんですけど」
ですよねー。
僕もそう思う。
なにせ、一度も彼女のために何かを買ってあげたことなんてなかったのだから。
「……いらないなら別にいいけど」
「わっ! ウソウソ! めっちゃ欲しい! できれば二着買って欲しい!」
なんでだよ。
でも面白いように態度が変わる図々しいユイの姿に、僕は思わず笑ってしまった。
「ぷー、クスクスクスクス」
「な、なによー!」
笑う僕を見て、恥ずかしそうに怒るユイ。
そんないつもの彼女に安心する。
「わかったわかった。両方買ってあげる」
「ほ、ほんと!? マジで!? やった!」
「でもお願いがあるんだけど」
「なに?」
「……僕といる時以外は着ないでくれる?」
「なんで?」
わかった、と言われるかと思ったら、ごもっともな質問で聞き返されてしまった。
なんで?
なんでと言われても困る。
他の男に見られたくないから……なんて言いたくないし。
本気で理由を聞いてきているユイの顔を見て、僕は苦し紛れにつぶやいた。
「……に、似合わないから」
「へ?」
ってー!
また何を言ってるんだ、僕は!
似合わないのを買ってあげるとか、どこの物好きだよ!
ていうか似合うって言ったり似合わないって言ったり、支離滅裂だ。
でもなぜかユイはニコッと笑って「わかった」と言ってくれた。
「え?」
「マー君といる時以外は着ないことにする」
いや、いいのか?
今の理由で納得したのか?
ていうか、それを買ってあげようとする男ってどうなのよ。
「理由はなんであれ、それで買ってくれるんだよね? 両方とも買ってくれるんだよね?」
「う、うん……」
「だったら、そうする! マー君からの初めてのプレゼントだもん。めっちゃ嬉しい。大事にするね!」
「………」
ものすごい罪悪感。
ごめん、ユイ。
僕、ひどい男だ。
はあ、とため息をつくと、ユイが「ふふ」と笑った。
「それにマー君といる時以外は着ちゃダメってことは、逆を言えばほぼ毎日着れるってことだし」
「ほぼ毎日……?」
「だって、毎日会ってるじゃない。隣同士だもん」
試着室から出てきた白と黒のワンピース姿のユイが再びボワンと頭に浮かぶ。
あれが毎日……?
ただでさえ破壊力抜群なのに、それを毎日見せられる?
それ僕の精神持つの?
ムリじゃね?
「………」
固まっていると、「おーい」とユイが手を振ってきた。
「大丈夫?」
「あ、う、うん……」
「変なマー君」
ニコッと笑いながら会計に向かう彼女を見て僕はふと思った。
もしかして僕、好きになってるのか?
ユイに恋してるのか?
胸の高鳴りは未だかつてないほどバクンバクンと音を立てている。
それが苦しくもあり、切なくもあり、そして幸せにも思えた。
どうしちゃったんだろう、僕。
「マー君、はやくはやく!」
急かすように振り向いて手招きをするユイを見て
「あ、やっぱり好きなのかも」
と改めてそう思った。
まさかの初恋の相手が幼なじみだなんて、恥ずかしくて誰にも言えやない。
けど、それが彼女でよかったと思う自分もいる。
初恋の相手と毎日顔を合わせられるなんて、僕は世界一幸せな男かもしれない。
そう思いながら僕はいそいそとユイのあとを追って会計に向かった。
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ワンピースの値段が、僕の手持ちの全財産を吹き飛ばすほどの価格だったのは言うまでもない。
はふん。
値段は確認しようね!
お読みいただきありがとうございました。