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地上の半神は悪魔を屠る  作者: 藤 竜也
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第一節・五連:英雄と呼ばれた少女 ①

 ーー英雄とは、英雄らしくあれ。強者を立てよ、パリオンに永劫の栄光あれ。

 神聖王国詩歌《英雄譚歌》・第一節・四連・五行より。


 ここは東のパルキニア大陸の最西端に位置する港町ウォンハイム。人口約五千人が暮らし、異文化が入り乱れた他国との交流が盛んな貿易都市であった。商業区は常に賑わいを見せ、魚介類から野菜、生活雑貨と多々に渡り軒を連ねている。番頭の張りの良い声が何処にいても聞こえる程の盛況ぶりであった。

 ウォンハイムは観光地としても有名であり、景観保護の為に建物の高さや造りに制限を設け、街全体が統一化された珍しい都市であり、東大陸一美しい街として豪農や貴族など有福な者達がこぞってやって来ていた。

 そこに一つだけ周りと逸脱した造形と大きさを誇る屋敷がウォンハイムの中央に存在していた。ここはウォンハイム城。城をぐるりと囲むように川が流れ、城と街を繋ぐ門が南北に二つ構えている。城は白を基調とした古風な造りだが、決して古めかしいという印象は与えず高貴な佇まいを魅せている。

 だがしかし、そんな荘厳な外見とは裏腹に、現在城の中では慌ただしさを見せていた。

「お嬢様! どちらに居られるのですか!?」

「そちらには居ましたか?」

「いえ、こちらには……」

「全く……とんだヤンチャな方なのですから……サーニア王女様は」

 場内を多数のメイド達が忙しなく掛けては、声を場内へ響き渡らせていた。そこに老齢の紳士然とした執事がなんの騒ぎかとやって来ていた。

「城内ではしたないですよ、皆さん。如何されたのですか?」

「……レイヒム執事長……」

 レイヒム執事長。彼はウォンハイム家に代々仕える家系の男だった。御年六十を迎える初老だが、そうは見えない流麗な線に伸びた背筋はとても年齢を感じさせず、パリッとシワ一つない執事服は僅かの乱れも許さない。白髪はしっかりと整えられ、その双眼は未だ現役だという光を宿していた。

 レイヒムに窘められたメイド等は、サーニアお嬢様がどこかに行ってしまい見つからないと執事長に伝える。

 話を聞くと、僅かに目を離してしまった隙に消えてしまっていたそうだ。メイドが僅かとはいえ目を離してしまったという失態は後々説教が必要だと思ったが、今はまずサーニアお嬢様を探すことが先決である。

 しかし私はお嬢様の居るところの心当たりがあったので、ここは私が引き受けることにした。

「皆さんは持ち場に戻ってください。あとは私がお嬢様のお相手を致しますので」

 メイド達はレイヒムに言われそれぞれの持ち場に戻っていく。ちなみに全員にあとで執務室に来るように伝えることを忘れない。

「さて……お嬢様がいるとすれば……」


「あれ?レイヒムどうしたの?」

 ウォンハイム城最上階に聳えるのはこの街のシンボルとして有名なウォンハイムの鐘。

 鐘の音は毎日三回音を鳴らす。朝の七時で起床し、昼の十二時に休憩に入り、夕の十八時に帰宅をする。鐘の音はこの街の住民にとっては生活の一部として存在していた。

 ウォンハイムの鐘は見晴台としても機能されており、僅かだが人が居座るだけの空間があった。危ない為決められた者以外は立ち入り禁止なのだが、サーニアはここが昔から大好きであった。外というものをここからならば実感することが出来るのだから。

 今日もメイド達の目を盗んでここへやってきていた。そこに今しがたレイヒムが現れたのだった。

「お嬢様、メイド達が躍起になって探しておりましたよ。余り困らせては駄目ですぞ?」

「……ごめんなさい。だけど……ここにどうしても来たかったのよ。だってここが唯一、私が外に出られる場所なのだから」

「…………」

 サーニアは城下に並ぶ街々をただ、海のような蒼い双眼で静かに見つめていた。背中の白金の翼を大きく開き、その気になればいつだってここから飛び出すことだって出来るだろう。しかし彼女は一度足りともそうすることはなく、何度も何度もここへ来ては外を見つめるだけだった。

 サーニア・ウォンハイム第二王女はここウォンハイムに英雄としての生を受けた。神の権化と呼ばれる世界に一握りの存在である半神の彼女はウォンハイム城で秘匿の子として八年間生活を送っていた。理由は神聖王国パリオンの憲法に他ならない。


 《神聖王国憲法・第参考》

 英雄は全てパリオンに身を置き、パリオンの栄光と繁栄に協力することとする。


 東大陸を統べる神聖王国パリオンは、地方維持を委託されている小国、中国に対してある法を敷いていた。それが、英雄の独占である。

 数百年前に西大陸との停戦が結ばれた結果、それまで続いた戦争は公には無くなったものの、水面下では争いは行われていた。そこで、西大陸よりも優秀な人出が必要なパリオンでは英雄の確保を始めたのだった。公に出来ない任務から、いざ停戦が破棄された時に迎え討てる様に、そして常に危険な存在である魔獣や悪魔に対抗しうる駒として。英雄の誕生は極稀であり、一歩劣る準英雄とされる竜人もパリオンが独占をしようと躍起になっていた。

 しかし戦力の独占について小国、中国では良しとしなかった。水面下で問題があるのは決してパリオンに限った話でも無く、周辺諸国同士の僅かないがみ合いもあれば、国に属さない違法人との衝突もある。自国の勢力が奪われることは自国を守れないことに繋がってしまうのだ。

 その事から自国で英雄、準英雄級の者が現れた際は極秘に囲ってしまうことが多々あった。結局人は他人よりも優位に立ちたいに過ぎないのだ。サーニアもその国家の思惑に囚われた哀れな英雄の一人に過ぎなかった。

 サーニアを見つめるレイヒムの瞳に映るのは、世界に対しての嘆きとそれ以上の怒り。

 こんな幼い少女は幼いながらに理解してしまったのだ。自分はどこへ行っても争いの道具にされるのだと。だから、ここから逃げ出すこともない。責めて道具として使われるならば、産んでくれた両親の方がましであると。

「……お嬢様。お部屋に戻りましょう。本日は美味しいお紅茶と、お嬢様が好きな焼き菓子を用意しておりますよ」

「……それは楽しみね!」

 レイヒムはこの時のサーニアになんて声をかければいいのか見つからなかったのだ。だから、責めて誰よりも愛情を持ってサーニアの小さな手を握り締め、鐘の間を後にしたのだった。


 ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン


 昼の十二時を告げる鐘の音がウォンハイムに鳴り響く。毎日繰り返されるその音色が、どこか泣いている様に聞こえたのはきっと気のせいだったに違いない。


今回は短く区切ること致しました。

次回は第一節・五連 ② へ続きます。

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