最終話
孤独と、闇と、親友になってからどれくらいの時間が経っただろうか。
時間など、この世界にはない。朝も、昼も、夜もない。ただ、闇が遍く存在するのみ。
それ以外は、何も変わらない。飢えも渇きもない。それなのに、血は、涙は流れる。
何度も、何度も、死のうとした。死ぬのは簡単だ。そこにある鏡の破片で、首なり胸なりを切り裂けばいい。そうすれば、今すぐここで死ぬことが出来る。
でも、死ねなかった。
怖かった。死が。怖くて、仕方なかった。なぜ、怖いのか。当たり前の話だ。生きる希望が、生き残った先人が、心に、脳裏に焼きついて離れないからだ。
八方塞がりなどでは決してない。ただ、その時がくるのを待てばいいだけなのだ。それだけで、生きる道に戻ることが出来る。
だから、死ねない。
生きたい。外に出たい。闇の中で、ひたすらに願い続けた。誰かが来てくれることを。
準備は、してある。
悠久にも感じる時の中で、いつか来るであろう生の機会のために、やれることは全てやった。
まずは、死体を片づけた。次に来る者たちの警戒心を少しでも刺激しないために。
そして、この世界の構造を全て頭にいれた。影から観察し、不意を突いて殺せるように。
目をこの闇に慣らした。この暗さでも、大体の物体を把握することはできる。
このハサミで、人を殺す練習もした。丁度いい大きさの肉塊が六個ほど落ちていたので、綺麗に肉を断ち切る方法を練習した。これで、体のどこの部位でも一回で切断できる。
あとは、待つだけ。それだけだった。
闇の中で、啓太はひたすらに待ち続けた。
いつものように、出口であり、入り口である、鏡の前に座り続ける。
そして、ついにその時が来た。
「――!!」
啓太は息を飲んだ。喜びに、心が叫び声を上げる。血が湧き、肉が躍る。目の前に現れた生への道へ走り出そうと、体の全てが熱くなる。
自分の体が、別のナニカに変わり始めたのだ。
啓太は鏡に映る自分の姿をじっくりと見る。
変わっていく。改変される。更新される。自分が、『自分ではないナニカ』に。
笑みが止まらない。やっと、外へ出れる。
そして、鏡に映る自分が、全く別のナニカに完全に変わった。
あぁ。これが、新しい自分か。ようやく、解放されるのか。
そして、『自分ではないナニカ』は笑みを浮かべ続ける。近くに落ちている鏡を手に取り、自分の体を細部まで確認する。
そうか。これが新しい自分か。
念入りに準備してきた。後は、全てを滞りなく行うだけ。
『自分ではないナニカ』は側に置いてあるハサミを掴んで立ち上がる。
この体を、新しい自分をくれたお前は生かしてやろう。お前以外の六人を殺せば、外に出る条件は整うのだから。
ならば、他の六人をどうやって殺すかを考えよう。簡単なことだ。すぐに、終わる。
『自分ではないナニカ』の笑みが歪み始め、薄気味悪さを帯び始める。そして、その歪んだ顔にある口が、ゆっくりと開かれる。
「誰から殺してやろうか」
それは、密閉され、何年も流れることのなかった腐った水が流れ出したような、そんな濁った声だった。
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