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反面鏡死  作者: さとね
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第六話

 啓太の思考は、完全に止まっていた。



「どうして、俺の顔を……」




「顔だけじゃねぇ。身体も体重も、姿形は全てお前そのものだ」



 落ちついた様子で『自分ではないナニカ』は説明をするが、啓太にはその意味が何も理解できない。



「……は?」



「途中からお前の後をつけていたが、随分と頭が悪いんだな。お前は」



 呆れたように『自分ではないナニカ』は啓太を見下ろす。



「どう、いう」



「おかしいと思わなかったのか? 他の奴と見てきたものが食い違うことに」



 確かに、啓太は今まで様々な現実の食い違いを経験した。彰吾は自分が瑞希を殺した所を見たと言って襲いかかってきた。



 この事実の歪みが、全ての発端だった。しかし、彰吾は見間違えてなどいなかった。ただ、それが本物の啓太ではなかっただけなのだ。彰吾が見たのは見た目が啓太である別のナニカだったのだから。



「た、たしかにおかしいと思ったさ! でも、見間違いの可能性だって充分にあるんだ。俺がもう一人いるなんて――」



「誰が、お前が二人いるなんて言った」




 小さく低い声が、啓太の声を掻き消した。




「ぇ……?」



「全員、二人だったんだよ。『表』のお前たちが『裏』に来た瞬間から」



 未だに、啓太の思考は追いつかない。



「う、ら……?」



「お前たちが鏡に触れ、目を瞑った時に『裏』の人間がこっちに生成される。見た目も全て、同じのな。まぁ、俺はオリジナルだから見た目が変わっただけなんだがな」



 見た目が同じ人間が、四人存在していた。



 それで、啓太の思考がようやく繋がり始める。


 瑞希も二人いたのなら、彰吾が見た事をあっさりと説明することが出来る。



「だから、彰吾は俺が瑞希を殺したと思った……?」



「まぁ、その彰吾とやらを殺したのはお前だがな! キャハハハハ!!」



 『自分ではないナニカ』の甲高い笑い声の中、啓太の頭に浮かんでいたのは全く別のことだった。



「二人、いたんだろ?」



 彰吾も、二人いたのなら、自分が殺した彰吾は、聡が殺した彰吾は、どっちだ。



 そんなことは、決まっている。



「だ、だったら、俺が殺した彰吾は偽物だったんだ! そうだ、そうに違いない! 俺は友達を殺してなんかいなかったんだ! 本物の彰吾を殺したのは聡だったんだ!」



 何と醜い思考回路だろうか。友を殺した事実は変わらないのに、その重みから逃げようと、別の友に責任を擦り付ける。



 哀れに叫び続ける啓太を見て、『自分ではないナニカ』は溜息を吐く。



「……滑稽だな。俺まで恥ずかしくなってくる」



「……なんだと?」



  啓太を見下しながら、『自分ではないナニカ』は表情の限界まで口角を上げる。そして、その歪んだ笑みから、声が溢れる。



「少しだけ、ヒントをやろう。その彰吾というやつの利き手はどっちだ?」



「右だ」



 そんなことを訊いて何になるのだと、啓太は怪訝な顔をするが、『自分ではないナニカ』は再び大きく溜息を吐く。



「……まだ、気付かないのか」



「何を言っている?」



 啓太の言葉が終わる前に、巨大なハサミが啓太の頬を掠めて壁に突き刺さる。



「ひっ!」



 震える啓太を気にすることなく、『自分ではないナニカ』は質問を続ける。



「じゃあ、お前の利き手はどっちだ」



「右、だ」



「俺が、このハサミを持っている手はどっちだ」



「……左だ」



 当たり前のことを、何度も何度も訊いてくる。この質問に、一体何の意味があるというのか。



「この世界は、鏡の『裏』の世界だ。姿形は同じでも、全ては逆に反映される」



「……逆? ――ッ!」



 啓太は、ようやく今までの問いの理由を理解した。そして、それを見た『自分ではないナニカ』の歪んだ笑みがさらに捻じ曲がる。



「やっと、気付いたか」



「あ、ああ……あぁぁあああ」



 自分は、彰吾を殺したのだ。紛れもなく、嘘偽りのない、本物の彰吾を。



 その自覚が、啓太の心を潰してしまうのではないかと思うほど、胸を締め付けてくる。呼吸が、出来ない。身体が、重くてたまらない。



 『自分ではないナニカ』は今までで一番大きな声を出して笑い始める。



「キャハハハハハ!! 滑稽だ! 喜劇だ! 余りに無様過ぎて直視ができねぇ!」



「嘘だ……嘘だッ!」



 啓太は逃げ出した。『自分ではないナニカ』から。そして、最低な自分から。



 前の見えない闇の中を、啓太は走り続ける。壁にも何度も衝突するが、それでも気にせず走り続ける。闇雲に走り続けていると、何かに躓いて啓太は倒れる。



「なんだ、これ……?」



 自分が躓いた物体に啓太は目を凝らす。そして、目がそれが何であるかを理解し始め、ようやくその正体に気付く。



「ひっ!」



 啓太は思わず後ろへ下がる。そして、改めてそれを確認する。



「瑞希……なのか?」



 そこに倒れていたのは、瑞希だった。胴体が腹部から切断されており、体が二つに分かれ、その断面からは内臓が飛び出していた。



「あぁ。そいつは俺が最初に殺した女だ。丁度いい。よく見てみろ」



 そう言って『自分ではないナニカ』は瑞希の死体を持ちあげて二つに分かれた上半身を啓太の前に投げる。



「何か、違うところはあるか?」



 啓太は恐る恐る目を開き、瑞希の死体を眺める。命が消えた力のない顔。そして、その顔には、本人の特徴であり、それに触るのが癖でもあるほくろが右頬に――



「逆、だ……」



 ほくろがあったのは、左の頬だった。



「理解しろ。これが『裏』だ」



 視界が、歪む。目が、回る。内臓が、悲鳴を上げる。



「う、うぇえ……」



 啓太は、嘔吐するが、もう胃の中には何も残っていない。酸味のある胃液混じりの液体が、口から漏れだす。



「……もう、飽きたな。そろそろ出るとするか」



「出る、だと?」



 吐き気を堪え、啓太は問いかける。



「やっぱり、三つ目は知らないままか」



「みっつ、め?」



 理解できずに呆ける啓太の顔を見て、『自分ではないナニカ』は口を開く。



「『表と裏の人間が一人ずつになった時、裏の人間は外へと出れる』。これが、お前たちの確かめに来た『ミラーハウスの入れ替わり』の正体だ」



「いれ、かわ、り」



『自分ではないナニカ』は遠くを見つめ、小さな声で呟く。



「長かった。やっと、やっとこの地獄から出れる」



「ま、待ってくれ! 俺も、出れる方法はないか!?」



「もしそんな方法があるなら、俺は今頃こんな所にいねぇよ」



『自分ではないナニカ』は啓太に吐き捨てるように話す。すると、啓太の心に潜む穢れた欲望が溢れ出す。



「いや…だ。嫌だ。嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! いやだイヤダ!」



 赤子のように、啓太は泣き叫ぶ。道化のように叫ぶ啓太を見て、『自分ではないナニカ』は歪んだ笑顔のまま口を開く。



「……置き土産だ。俺も、前の『俺』から受け取った。精々出れるように上手く殺すことだな。まぁ、こんな所にくる物好きがいればだけどな! キャハハハ!」



「頼む! お願いだ! 何でも言うことを聞くから! 頼む! 俺をここから――」



 啓太の惨めな懇願は、哀れそうな目をした『自分ではないナニカ』に一蹴される。それは文字通りの蹴りで、そのつま先は啓太の顎に直撃する。



「黙れ。見苦しい」



 そう言って顔を押さえる啓太の前にしゃがんだ『自分ではないナニカ』は歪んだ笑顔を近づける。



「お前は俺に新しい人生をプレゼントしてくれたんだ。お前には、感謝してるぜ。お前の分まで、俺が楽しんでやるからよ! キャハハハ!」



 そう言うと『自分ではないナニカ』は立ち上がり、啓太を置いて歩きだす。



 そして、全ての始まりである、無傷の鏡を『自分ではないナニカ』はそこに何もないかのように通り抜ける。



「待ってくれ!」



 啓太は後ろ姿を追うが、壁に、否、鏡に啓太だけがぶつかり、その場に取り残される。



「嫌だ! 嫌だ! 助けて! 助けて! 瑞希! 彰吾! 聡! 誰でもいい!助けてくれ!」



 返事は、ない。



「なんで、なんで……こんなことに」



 啓太は鏡を叩き続けるが、それ傷一つつくことなく、綺麗に自分の顔が反射していた。



 泣き顔でくしゃくしゃになった、醜い自分の顔を、啓太は見つめる。



「あぁぁああああああ!!!」




 誰もいない闇の中で、啓太の声は寂しく響き続けた。





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