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反面鏡死  作者: さとね
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第五話

 腕を失った聡を置いて、啓太は深い闇をかき分けていた。



「早く、早く出口を探さないと」


 一秒でも早く出口を探し、助けを呼ばなくては。この狂った世界に、空気を流しこなければ。



「瑞希、彰吾、聡……」



 正面をライトで照らして歩く啓太は、そっと呟く。このままでは聡までもが死んでしまう。



 そう考えた時、啓太の頭に過ぎる。ここにくるきっかけになった、ミラーハウスの噂。



「三人が行方不明で、一人の中身が入れ替わったように……」



 このまま聡が死んでしまったら、その噂は現実となり、さらに自分の中身が入れ替わる。いや、本当はただこの空間に気が狂って中身が変わったように見えているだけなのかもしれない。


 啓太は大きく首を振って考えを逃散させる。



「そんなことあってたまるかよ! 死なせない。死なせないぞ! 聡。待ってろ。今、出口を見つけてやるからな」



 こんな噂を、現実にしてはいけない。友達を、これ以上失いたくない。



 啓太は強く決意し出口を探し続けるが、外へと続く道は一つもない。



「なんで、どこにもないんだよッ! ちくしょう! ちくしょう!」



 立ち止まり、怒りのあまり壁を殴りつける。小さな鏡の破片が拳に刺さり、血が滲み始めるが、そんなことは関係ない。



 諦めずに啓太が再び歩こうした時、背後から自分のものではない足音が聞こえた。



「――ッ!」



 啓太は息を殺し身をかがめて足音の主に気付かれないように近づく。そして、背後を取った啓太はその人影に後ろから全力で殴りつけた。



 不意を突かれた衝撃で、人影は勢いよく地面に叩きつけられる。



「てめぇか! 俺たちをこんな目に会わせやがって! 一体、お前は誰だ!?」



「……」



「誰なんだって、言ってんだよ!」



 返事をしない人影を啓太はライトで照らし、その正体を確認する。



「さと、し……?」



 そこにいたのは、聡だった。そんな訳ないと啓太は目を細めるが、それは間違いなく聡だった。そして、啓太が目を疑った理由はもう一つ。



 ありえないのだ。こんなこと。あってはならないのだ、こんなことは。



「なんで、腕が……? お前の腕はもう……」



 聡の左腕は切り落とされたはずだ。しかし、聡の両手は、依然としてそこにあった。今もなお、聡の身体の一部としてその腕は動き続けていた。


 そして、そのあるはずのない手中には、友人の命を奪ってきた鋭い鏡の破片があった。



 動揺している啓太に対して、突然聡は手に持つ破片で啓太を切りつけようとしてくる。



「止めろ! 何のつもりだ!」



 なんとかその攻撃を啓太は回避し声を張り上げるが、聡は口を開かずその場に立ち続ける。



「クソッ!」



 啓太は逃げ出した。このまま聡と争うことになれば、彰吾の時のような悲劇が起こってしまうかもしれないと思ったからだ。



 しかし、逃げている最中も、啓太の脳は混乱し続けていた。



「なんで……なんで……」



 なぜ、彰吾に続き聡も自分に襲いかかってくるのか。そして、なぜ聡の腕が治っているのか。先ほどまで重傷だった人間が、どうして自分を襲ってくるのか。



 謎に苦しみ続けながら、啓太はある場所に突き当たる。目の前あるのは、他の割れた鏡とは違い、傷の一つも入っていない大きな鏡。



「この鏡は……最初の……」



 全てが始まった場所で、啓太は立ち止まる。すると、背後から再び足音が聞こえてくる。反射的に啓太は振り返り、その先を見つめる。



 やはり、そこにいるのは間違いなく聡そのものだった。ただし、四肢がきちんと残っていることを除けばだが。



「聡! どうなってんだ! 説明してくれ! 何が起こってるんだ!」



「……」



 必死に啓太が問いかけても、当たり前のように聡からの返事はない。



 そんな様子を見て、啓太は笑い始める。



「そうか……。わかったぞ! みんな、俺のことを騙していたんだろ?瑞希も、彰吾も、実はみんな生きてて、全て俺を騙すためのドッキリだったんだろ? してやられたぜ! 全部本当かと思ったよ! あんなに血を流してさ。彰吾なんて、本当に俺のことを殺そうとしているかと思うくらい目がマジだったんだよ! 褒めてやってくれ!」



「……」



 こんな醜いまでの痴態を晒すほどの言葉を吐き出しても、聡は口を開かない。



「なんで、何も言わないんだよ!? どうして、どうして!?」



 叫び続ける啓太の頬を、聡の持つ鏡の破片がかすめる。



「ひっ……」


 聡は再び腕を振り上げて、自分を殺すための準備を始める。



「嘘だって、言ってくれよ……。なんで、なんでこんなことに……。全部、嘘だ。嘘なんだ」



 啓太がどれだけ苦しむ姿を見せても、聡の動きは止まらない。そして、聡の手に持つ凶器が啓太に向かって振り下ろされる直前、声が聞こえた。



 それは、一度だけ聞き覚えのある、薄汚れ、掠れた声だった。





「全部、現実なんだよ。さっさと理解しろ」





「……え?」



 金属の擦れる音が聞こえたかと思えば、次の瞬間には肉の切れる音が立て続けに聞こえた。



 そして、空気の抜けたボールが落ちたかのような重量感のある鈍い音が、啓太の耳に響いた。



 その音の正体を見た瞬間に、啓太の顔が青ざめる。


 聡の頭が、目の前に転がっていた。



「う、うわぁあああぁあ!!!」



「うるせぇな。黙れ」



「がッ!」


 叫び声をあげる啓太の腹部に、声の主は容赦なく蹴りを入れる。



 突然の衝撃に、啓太はその場に蹲る。痛みと吐き気を堪えながら、啓太は顔を上げる。



「……お前は?」



 蹲りながらも、啓太の視界に移ったのは細長く、血に染まった金属製の切断具。



 それを見て、啓太は聡の言葉を思い出した。



「……ハサミ! お前か! 聡の腕をやったのは!」



「聡……? 腕……? あぁ。さっきのやつか」



 啓太の言葉に、人影は静かに返事をした。まるで、それがニュースで見た他人事の事件のように。



「お前、誰だか知らないやつを殺そうとしたのか?」



「……知らない? 確かに、知らないやつだったな。向こうは、知っているようだったが」



 淡々と話しているが、その内容を啓太は理解出来ない。



「何を、言っているんだ」



「言葉の通りさ。何か、変か?」



 あたかも人を殺すことが当たり前のように話す人影に、啓太は命の危険を感じた。震える自分の膝を抑えながら、啓太は口を開く。



「……俺のことも、殺すのか?」



「お前を殺すなんて馬鹿なことするかよ。今、お前が死んだら全てが水の泡だ」



 散々人を傷つけて置いて、こいつは何を言っているのか。自分だけは、殺す対象ではないのか。



「じゃあ、お前は一体何のために」



 人影は、啓太の問いには答えない。代わり、人影は逆に問いかける。



「最終確認だ。お前は『啓太』か?」



「それが、なんだ」



 突然の訳の分からぬ質問に、啓太は戸惑いながらも答える。



 闇に隠れる人影が、笑ったように見えた。



「キャハハハハハハ!! ようやく! ようやくだ!」



「何がおかしい!」



 唐突に人影は気味の悪い笑い声を高々と上げ、興奮しながら声を上げ続ける。



「いやぁ? 何も可笑しくなんてないぜ。ただ、嬉しくてたまらねぇのさ! ようやく、この地獄から解放されるからなぁ」



「なんで、こんな状況でそんなに笑っていられる!? この狂人め!」



『狂人』という言葉を聞いた瞬間に、人影の笑い声がピタリと止み、再び低い声に戻る。



「狂人、狂人……か。そりゃあ、狂っちまうだろ。こんなことになればよ」



 あまりに激しい感情の起伏に、啓太は動揺はさらに高まる。



「お前は、一体……」




「だったら、見てみろよ。俺の顔を。全て、分かるはずだ」


 言われるままに、啓太は足元に転がるスマートフォンを手に取り、その明かりを人影に照らす。



 そして、その人影の顔がはっきりと啓太の目に映る。



「え? なん、で……?」



「これが、この『裏』の世界の真実なんだよ」



 そこにいたのは、紛れもなく自分自身だった。


 似ているとか、似ていないとか、そういう次元のものではない。同じなのだ。その顔が、体が、自分自身と。



 ありえない。信じられない。幻覚でも見ているのだろうか。


 違う。先ほど殴った右の拳も、彰吾に刺された左肩も、蹴られた腹も、未だに激しい痛みが残っている。



 夢では、ないのだ。真実なのだ、これが。





「さぁ『啓太』。全てを、終わりにしよう」




 そう言って、『自分ではないナニカ』は歪んだ笑みを浮かべた。

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