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反面鏡死  作者: さとね
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第四話

「今、なんて……?」



「俺は、彰吾を殺したんだ」



 聡は啓太の目を一心に見つめてもう一度同じ言葉を口にした。



「……嘘だ」



「本当に、ごめん。どうしようもなくて、抵抗しているうちに彰吾を殺して――」



「違う。違うんだ、聡。俺が信じられないのはそこじゃないんだよ」



 確かに、聡が彰吾を殺してしまったということは衝撃的だ。しかし、問題はもっと別の、根本的なことだ。



 啓太は自分の掌を見つめ、握る。あの時、彰吾を殺した時の感覚が確かに残っている。この手を切り落としてしまいたくなるくらいの、気持ちの悪い感覚が。



「じゃあ、一体何を」



 怪訝な顔で問いかける聡に、啓太は声を震わせながらその問いに答える。



「俺が、彰吾を殺したんだよ。この手で、確かに」



「どう、いう……」



「わかんねぇよ。俺にも、何もわかんねぇんだよ」



 訳が、分からない。瑞希を殺す自分を見たと言ってきた彰吾。そして、今度は自分が殺したはずの彰吾を聡が殺してしまったと言い始めた。



 狂いそうになる頭に啓太は手を当て、首を振りながら苦しむ。



 すると、聡が思い出したように声を上げる。



「……そうだ! 瑞希は!? まずは、瑞希を探そう。みんなで集まって、なんとかこの状況をーー」



「……瑞希は、もういないんだ」



 頭を抱えながらも、啓太ははっきりと答えた。



「……え?」



「彰吾が、瑞希を殺したんだ」



「嘘、だろ?」



「本当だ。俺の目の前で、瑞希は死んだんだ」



 どれだけ気が狂いそうでも、事実は、この目で見た真実が変わることはない。



 彰吾は瑞希を殺し、自分は彰吾を殺した。それだけは、何があっても変わらないのだ。



 聡も、啓太の言葉が真実だと感じて、下を向く。



「そういえば、俺が見た彰吾は明らかに狂っているように見えた。でもまさか、瑞希を殺してたなんて」



「俺たちは、一体どうすればいいんだ」



 途方に暮れる啓太の肩に、聡はそっと手を置く。



「とりあえず、ここから出よう。ここは、狂っている」



「あぁ。そうだな」



 聡の勇敢さに助けられ、啓太の感情の起伏が落ち着いていく。そして、聡の言葉の通りに二人は出口を探して歩き始める。



 ようやく啓太の思考が滑らかになり、状況整理に自分の意識を割くことができるようになってきた。



「そうだ、聡。お前も、目を開いたら誰もいなかったのか?」


 まずは、自分たちの始まりはどこであったか。全員が、自分と同じような状況であったのか。それを確認する。



「あぁ。ってことは、お前もか?」



 啓太はゆっくりと頷き、話を続ける。



「でも、誰かに触られたりした感覚はなかった。なら、ここはミラーハウスの中だ。必ず、出口はあるはずなんだ」



 意識が飛んだ感覚はなかった。ならば、たったの十秒で、どこか別の場所に移動するなど不可能だ。



「何か、手掛かりはないのか? 何かちょっとしたことでも、情報を集めれば何か打開策が見つかるかもしれない」



 聡の言葉を聞いて、啓太は手を口元に当てて考え込む。



「何か……。思い当たること、か……」



 異常なことは、たくさんあった。それでも、その中でも特に顕著に、異常だったこと。




 ーー誰から殺してやろうか




 啓太の頭に、ある言葉が浮かんだ。



「そうだ! 声だ! 声が聞こえたんだ!」



「声?」


 目を開いてから、最初に経験した異常。耳に纏わりつくような、薄気味悪い声。



「彰吾でも、聡でも、瑞希でもない声が聞こえたんだよ! きっと、そいつが何かを知ってるはずだ!」



 そう言うと、聡は表情を固くする。



「俺たちをここに閉じ込めたやつがいるってことか。なら話は早い。そいつをさっさと捕まえて、出口まで案内させてやろう」



「あぁ。そうだな」



「じゃあ、まずは出口を探すように―――」



 仕切り直すようにライトを正面に向けたときに、聡の言葉が止まる。



「どうした? 聡」



「今! 人影が!」



 聡はそう言って走り始める。



「お、おい! 聡!」



 突然の行動に啓太は聡を呼び止めるが、



「大丈夫だ! あいつを捕まえちまえば全てが終わるんだ! 今すぐ出口まで案内させてやるさ!」


 聡は止まらず闇の中へ消えていった。見失わないように、啓太も後を追い始めた。



「クソ。危なすぎる! 聡! 待て!」



 啓太の言葉は闇に響くだけで、返事はなかった。聡を姿が見えなくなり、啓太は足を止め周りを見回す。



「どこだ……? どこにいるんだ」



 とりあえず、啓太は今までと同じ方向へと歩き始めるが、突如闇の中から声が響いた。



「あぁぁああああああ!!!」



 その断末魔の主は明らかに聡であると、啓太の耳は瞬時に判断した。



「嘘だろッ!? 聡!」



 悲鳴の聞こえた先まで啓太は走り出す。灯りを揺らしながら進み続け、その光が人影に遮られる。



「お前か! 俺たちをここに閉じ込めやがったのは!」



 詳細は分からないが、啓太の視界の中では聡が倒れており、その横に人影がいることはこの闇でも判断できた。



「……チッ」


 小さく舌打ちをした人影はすぐに走り出し、啓太の視界から消え失せる。



「ま、待て!」



「……けい、た」



 聡が、弱々しく啓太に声を掛けた。



「聡! 大丈夫か!?」


 人影を追うことは後回しにして、啓太は聡の元へ駆け寄る。聡は苦しそうに息をあげて倒れていた。



「腕が、痛いんだ。何か、でかいハサミみたいなやつで切られたみたいなんだ」



 聡は肩辺りを抑えていた。恐らく、大きく腕全体が痛いと錯覚しているのだろう。



「腕か? どこを切られたんだ」



「痛すぎて、どこを切られたのかわかんねぇんだ。でも、手首が特に痛いんだ。多分、手首を切られた」



「手首だな!? 今、見てやるからな」



 啓太は自分の服の袖を破き、聡の腕を縛るために細長く捻り始める。



「とりあえず、止血を……」



 そう思って、聡の手首を掴んで持ちあげた瞬間だった。



「あ、れ……?」



 腕が、聡の体から離れてそのまま持ち上がった。



 聡の腕は、すでに聡の体から切り離されていた。



 しかも持ち上がった腕には二の腕までしっかりと付いており、聡の左腕の半分以上が啓太に持ち上げられていた。



 その断面からは、行き場を無くした血液が外へ流れ落ちていた。



 そして、啓太は気付く。



 聡の脳が、理解をしていないのだ。自分の腕が、もう既に失われていることに。



「ど、どうしたんだよ。啓太。怖くて自分の手が見えないんだ。俺の手、どうなってんだ」


 聡は苦しみながら目を瞑っていた。それが幸いして、啓太がぶら下げている聡の腕を見られずに済んだのだ。



 しかし、無いはずの腕に痛みを感じる聡に、啓太は何を言えばいいのかわからない。



 啓太は聡に気づかれないように、腕の切断面を合わせてそっと元の位置に戻す。



「……かなり、深く切られているみたいなんだ。だから、まずは血を止める。前にテレビで見たんだ。腕を縛れば、少しは良くなるはずだから」



「あぁ。すまねぇな。啓太」


 啓太は腕の根元を破いた服で縛り始めるが、



「……ぅ……うぅ」



「何泣いてんだよ。啓太」



「ごめん、ごめんな」



 真実を、言えない。腕がもうないなんて、言えない。


 ただ、今この真実を隠すことは気休めに過ぎない。時間が経てば経つほど、きっと聡の受ける精神的衝撃は増大するだろう。



 それでも、目の前の気休めしか選べない自分を、啓太は情けなく感じた。申し訳無さで、涙が止まらなかった。



 啓太が泣きながら謝る理由がわからない聡は啓太に声をかける。



「啓太。俺を切った奴は顔は見えなったけど、身長はお前と同じくらいだった。それくらいの影を見たら、まずは隠れろ。あいつ、会った瞬間躊躇いなく切りつけてきやがった」



「あぁ。わかった。気をつけるよ」



 涙を拭いながら啓太は頷いた。



「痛みにも、だいぶ慣れてきた。そろそろ行こう。早く病院に行って、治療してもらわねぇと」



 そう言って聡が起き上がろうとするので、啓太はそれを必死に止める。



「だ、大丈夫だぞ、聡! 起きなくていい。俺が出口を探すから!」



「心配しなくても、大丈夫だぞ」



「いいんだ! 大丈夫だから! もう少しだけ休んでてくれ! 今動いて傷口が広がったら血が出過ぎて死んじまう!」



 今この状態で聡が立ち上がりでもしたのなら、腕が地面に残ったままになって聡はこの真実を知ってしまうだろう。



 今は、今だけは、気づかせてはいけない。まだ、聡の腕は残っていると、そう思わせなければ。



「そうか。悪いな。力になれなくて」


 聡は啓太の必死の懇願を、申し訳なさそうに受け入れた。



 ほんの少しだけ安堵の息を漏らした啓太は、すぐに気持ちを切り替えて立ち上がる。



「すぐに助けを呼んでくるから! 待っててくれ!」



「あぁ。わかった。頼んだぞ」



「任せろ!」



 凛とした表情をした啓太の後ろ姿を、聡はじっと見つめていた。






 どれくらい、時間が経っただろうか。腕の激痛を堪えているからか、一秒が長く感じる。



 聡は遠くを見て、なんとか痛みを耐え続けていた。



 脳から何かしらの成分が分泌されたのだろうか。痛みが、少しだけ引いた気がしてくる。



 そして、近くで足音が聞こえたのは痛みの波が引いた瞬間だった。



「啓太、か?」



「……」



 足音の先からは返事はない。不審に思った聡は、目を凝らして誰がいるのかを確認しようとするが、まず目に入ったのは銀色で濁る大きなハサミ。



 その異様な大きさのハサミを聡の身体ははっきりと覚えていた。



「そ、そのハサミは……!」



「……」



「お前は誰なんだ! 何でこんなことをするんだよ! 何で俺たちが、こんな思いをしなくちゃならない!!?」



「……」



 正体不明の人影は、静かにその場に佇み続ける。



「返事がねぇなら、俺からその腐った面を拝んでやるよ! ほら、見せてみろ! この野郎!」



 一向に口を開かないその人影に痺れを切らした聡は手に持つスマートフォンのライトで人影を照らす。



「なん、で……?」



 聡の視線の先に映るその人影の正体を知った聡は、言葉を失ったままその人影を見続ける。



「……驚いた、か?」



 初めて、その人影が口を開いた。その声を聞いて、聡の動揺はさらに高ぶりを見せる。



「なんで、お前が……? なんで。なんでだ! どうしてだ! 何でお前が! なんで! お前は一体なにを――」



「少し、黙れ」



 人影の持つハサミの先が、聡の顔を貫いた。




 元の形を見失うくらいにまで、聡の頭の形は歪んでおり、生命機能が残る余地はどこにもなかった。



 人影は聡を貫いたハサミを引き抜く。瞬間的に命を消された聡の身体は、力なくその場に転がっていた。




 無残なほどに聡の中身が外へ溢れ出る。ついさっきまで生きていたとは考えられないほどに。




 そんな死体には目もくれず、人影は振り返り、ハサミを壁に立てかけて両手で数を数え始める。



「さっきの死体と合わせて……あと、一人か」



 そう呟くと、人影は再びハサミを手に取り、ゆっくりと歩き始める。



「やっと、ここから出れる」



 歪んだ笑顔を浮かべた人影は、闇の中を歩き続けていた。

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