8話 説明、中二ごっこ
6月7日日曜日
「おいしーっ!」
シュークリームにかぶりついてご満悦な真白。
「クリーム」
自分の口の端を指さしながら俺は言う。
「あっ。ありがとっ」
ペロリと、口の端に子供みたいに付けていたクリームを舐めとる女子高生。
真白の前には、何個ものシュークリームが所狭しと並べられている。
俺たちは15時に駅前で合流、その後連れてこられたのが、この今日限りデザートバイキングをやっている店だった。
でなければこんな大量のデザートを高校生の所持金で食うにはきつい。
現に俺もそれなりの数の甘味を目の前に並べている。
話をするのに適当といえるのかいえないのか判断に迷う場所だ。
真白は食べ放題が今日限りなら絶対食べておきたいと言い、俺も話をするのはどこでもよかったのでここに来たのだが。
話しそっちのけで真白はシュークリームを貪っている。
「で、説明してくれるんだろ? 食ってばかりじゃ何しに来たのか分かんねえぞ」
そう言いながらも俺もチョコパフェを一口スプーンで掬い口に入れる。
チョコアイスのほのかな味わいとクリームの甘さが合わさってこれぞ、ザ・スイーツだ、といわんばかり。
甘いものは良い。心を落ち着けてくれて、集中力が高まる。
もしかするとそれが真白の狙いだったのか? 集中力を高めさせたところで話をして呑み込みを早くさせるという。
「そう急かさない急かさない。これ食べてからね」
そんなことを言ってシュークリームを頬張るこいつを見ていると、とてもそんな高度な思考を持ち合わせているとは思えない。
だが俺は知っている、こいつはそんな馬鹿では決してないことを。
昨日の夜の出来事だけでもそれは簡単に解る。
雰囲気からして違う。
……よし。
「あ、UFOが空に。マジでUFOだ。これ以上ないくらいにUFOだ。やべえよあれキャトられてえよ」
「え!? うそ!? ほんと!? どこどこ!?」
窓の外を馬鹿丸出しな感じでキョロキョロとする真白。
ふぅーー。
なんかため息が漏れた。
「なあ」
「ん? なにかな」
真白は窓から顔を離して向き直る。
「まあ、とりあえず今のは嘘なんだが――」
「嘘だったの!?」
「ああいいから、それもう終わった話だから」
真白は不満そうに口を尖らせたが黙った。
ということは最初からUFOなんて信じてなかったんじゃないのか。
「それはなんだ? キャラづくりなのか?」
真白は一瞬硬直。
「なにが?」
心底不思議だというような表情をしてすっとぼける。
「無駄に元気な所とか、お前そこまで実際アホじゃないだろ。あんな顔と声音で喋っておいて今更なんじゃねえかって」
俺を止める為に必死だったり、戦闘中の目や顔つきを見た後だと、どうも違和感というか調子が狂う。
いや、馬鹿でも必死になる状況かもしれなかったが。
しかし雰囲気が、そんな風に思わせるものがあったのだ。
「少し違うかな。そんなんじゃないよ」
きっぱりと断言。
嘘ではない、のか?
「ならそれは素だと?」
「そんなようなものだよ。最近本来のわたしを忘れがちだったような気がするんだよね。ここらへんでアイデンティティを取り戻しておかないとっ」
再びシュークリームを頬張る。
今までは切迫した状況だったからああだっただけで本来はこんな感じなのだろうか。
まあ、どうでもいいことか。
真白が食べてからと言っていたシュークリームを食べ終わる。
「さあ説明するよこれでもかってぐらい説明するよ」
「それはいいんだが、まず俺も解った、というよりは知識が流れ込んできたことがあるんだが、どっちから話す?」
昨日、能力が覚醒した時に押し付けられるように得た知識だ。
ここまで非日常が続けばもはや驚きもない。
「ややこしくなってもあれだから、まずはわたしが基本的なことを説明してからでいいかな?」
「ああ、それでいい」
「う゛っうんっっ」
姿勢を正した後、咳払いをする真白。
「まず、カズくんは異別者なの? って訊いたことがあったけど、その異別者について」
大体察しはついているがそのまま聞く。
「異別者は、異別っていう――簡単にいうと魔法とか超能力みたいなのを使える人のことを指すんだよ」
異別を使う者だから異別者。この上なくシンプルな名称だ。
「それで、カズくんは異別者だね。多分マンイーターも異別者だと思う」
俺も奴と同じ超常を手にした。
けれど人を食いたいとか殺したいなどとは毛ほども思わない。
なにゆえアイツは人を食うのだろう。
「わたしは異別者じゃなくて、天使なんだけどね」
「は?」
「は? ていわれても」
「でも、天使だぞ?」
今まで荒唐無稽なこと続きで何が起きても「そういうもの」で片付いてしまうと思っていたが、御伽話とかで親しんだ想像上の存在が出てくると、思わず、は? とでも言いたくなってしまう。
確かにまるで天使のようだとは思ったが、本当にそうだったとは。
「別にお話に出てくるような天使とは違って人間ではあるよ。ただ生まれた時からそういう存在ってだけで」
「そうか」
良く分からんが人間ってことか。まあいい。
「とにかくマンイーターが人を殺して回っている以上、止めなくちゃいけない。そのためにわたしは天使の組織から派遣されてきたんだ。まず一通りはこれくらいでいいと思うけど、何か質問ある?」
「お前一人だけか? もっと人員を割いてくれなかったのかよ」
人が死んでいる案件に一人だけとは、あまりにも少なすぎる。
「ちょっと他の事に駆り出されててね。天使は異別者と比べても圧倒的に人数少ないから戦闘要員はわたしぐらいしか来れる人居なかったんだよね。一応組織のサポートはあるけど、学校入れたのも組織のおかげだし」
「そうか、それで変な時期の転入ね……ド定番だな」
「?」
頭に疑問符を浮かべたような表情で首を傾げる真白。
その夜明け色の瞳は純粋だ。
「いや、なんでもない。組織組織言ってるが、その組織に正式名称はあるのか?」
「あるよ。わたしが所属する天使の組織の名前は『ヘヴンズ』っていうの。ついでにいうと異別者の組織もあるんだけどそれは『異別定保会』って名前」
俺はチョコケーキを自らの口へと誘導する。
それを見て真白も再びシュークリームを頬張る。
「異別ってのには種類はあるのか?」
「異別は異別だけだよ。天使が使うのは天使術。違いは、異別が多種多様なものがある代わりに強いものも弱いものも使える能力も使えない能力もあるってことかな。天使術は防御と回復が主で、力を開放すると純白の翼が生えるのが特徴。まあ異別炉から魔力を引き出してすごい力を使うって意味ではどっちも同じなんだけどね」
「異別炉?」
「うーん、ゲームで例えるなら異別炉はMPバーみたいなものかな。そしてそのバーに入ってるMPが魔力」
「なるほどわかりやすい」
コーヒーを飲んだ。
真白はジュースを飲む。
「一通りは解った。俺の方も話していいか?」
「うん、いいよ」
「まず、魔眼ってのは何だ?」
「魔眼は異別の一種だよ。誰でも持ってしまうことのあるイレギュラーって感じ。異別者でも天使でも、ごくまれだけど一般人でも発症したこともあるよ。まあ一般人で持っちゃったらその人はその時点で異別者なんだけど。カズくんはまさにそれだね。マンイーターも魔眼持ちだったけどカズくんと同じかどうかは見ただけじゃわからないかな」
マンイーターの右眼はオレンジ色に、俺の左眼は翡翠色に変容する。
それが魔眼か。
「魔眼の力はどれも強力なんだよ。マンイーターのあれを見たら分かるよね」
「まあな」
伸縮する右腕の獣の姿が脳裏を過ぎる。
そして、俺の能力の詳細を思い出す。
…………。
絶対に発動はさせたくない。
「大罪戦争とか罪科とか良く分からん知識も得てしまったんだが、挙句の果てに大罪者とか傲慢だとか言われたような」
昨夜の、力が覚醒した時のことを思い出しながら口に出す。
「え? 聞いたこともないよそんな単語。――いや、でも、その名称からして多分」
「なんだ? なにかあるのか?」
真白の様子が一変した。
考え込むように顎に人差し指を当ててぶつぶつ言っている。
「ヘヴンズの人に調べてもらうよ。まだ確証はないけどすごくまずい状況かも。人員他から割いてくれるかな……」
憂う表情を見せる真白は、ヴァイオレットの瞳も相まって神秘さを漂わせていた。
まあ俺も、自分の言った単語から薄々感付いてはいる。
創作物でよく見るからな。
大罪とか傲慢とか、完全に――
あの後、真白が組織の人に連絡を取りたいと言ったので別れた。
必要なことは大体説明してもらったし、拒否する理由もない。
その後ぶらぶらと、あてもなく意味も無く街を散策した。
いつの間にか空は夕暮れへと変容していた。
哀愁を漂わせる河川敷の土手を歩いて、家路を辿る。
――正直。
荒唐無稽、だとは思った。
真白の話した内容は、常時では到底信じられなかっただろう。
なにしろ俺が普段読んでいる創作物にありそうなことオンパレードだった。
だが、俺はこの目でしっかりと見てしまっている。
あの魔眼を、黒き狂獣と成った右腕を。
そして、見るだけでなく体の奥底から体験もした。
殺戮終理の魔眼。
俺の得た超常。
ここまで来たら、もうなんだろうと信じる以外にない。
真白の言うことは疑うことなく信じた方が色々と面倒が無くていいだろう。
その上でこれから起こる事象に対処していく。
差し当たってはマンイーターの蛮行を止め、人を殺すなんて事をさせないようにする。
当然相手の抵抗はある、だから倒して気絶でもさせる。説得して改心させる。
警察は異別関係に精通しているだろうか。真白に聞いておくのを忘れていた。
とりあえず拘束したら、どこかの、警察なり真白が知っている組織なりに引き渡した方が良いだろう。
説得は二の次でもいいかもしれない。とにかく奴に人を殺させないように出来さえすれば。
言葉を掛けても攻撃されるだけの可能性が高い。なら積極的に気絶、または拘束するために攻撃を仕掛けて然る場所に引き渡す。
方針はこれでいいだろう。
…………。
本当にいいのだろうか。
やはり守りに徹して説得に集中した方が良いのでは。
武器で威嚇し攻撃を仕掛けてしまえば、より人を信じられなくなってしまうのではないか。
敵意には敵意が返ってくる。
当然の理だ。
しかし、奴は既に人を何人も殺してしまっている。
説得の余地はどれくらいあるだろうか。
皆無だったら、意味が無い。
やはり止める為には少々乱暴でも仕方ないか。
わからない。
どう行動するのが正しいのか、わからない。
決めたことを、愚直でもいいから信じて突き進むしかないのだろうか。
…………いけない。
こんなに悩むなど俺らしくもない。
もっと気楽に。
俺に出来ない筈がない。
大丈夫だ。思うようにやればいいだけ。
俺はすべてを救う。
誰も死なせない。
昨日死なせてしまった事実があっても、次は助ければいい。
まだ次がある。
終わってない。
何度でも救えばいいだけだ。
と。
視界に映る。
河川敷、川の前に突っ立っている人影。
黒いマントをバサリと翻し、黒の眼帯を左眼から外して高らかに叫んだ。
「我が混沌の魔眼よ! 従属せし世界に知らしめよ!」
詩乃守姫香だ。
中二遊びの真っ最中らしい。
楽しそうだな。
俺も何回かやったことあったっけ。
それにしても。
魔眼、か。
もう純粋に、かっこいいってだけではいられなくなってしまったな。
危険な超常。
そんな忌避めいた複雑な感情が、少し邪魔する。
物語の中の魔眼がかっこいいのは、何も変わりはしないというのに。
よし。
ここらでその気持ち、取り戻すか。
気落ちしてても何も始まらないしな。
土手を下り、河川敷に下りる。
川のせせらぎが聞こえる中、詩乃守の背後数メートルまで近づいた。
詩乃守がビクッと体を跳ねさせたように見えた。
「よう詩乃守。魔眼の力はそう易々と開放するもんじゃないぞ」
驚いたように振り返る小柄なマント姿。
「あ。相沢先輩ですか。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「おう。今まで出会わなかったのが不思議なくらいのエンカウント率だな」
「人をモンスターみたいに言わないでください」
「さて、突然だが詩乃守、貴様の魔眼の力試させてもらうぞ」
一瞬キョトンと目を丸くした後、詩乃守も乗ってくる。
「ふっ。後悔しても知りませんよ? なにしろ私の魔眼は最強ですから」
左目に手を翳して不敵に嗤う中三。
「最強とは強気に出たものだな。最強が勝つんじゃない。勝った方が強いのだよ。どんな強者も、負けるときは負ける」
「確かにそうです。なら、私が勝てばいいだけのこと」
お互いバックステップ。
先に詠唱を紡いだのは、詩乃守。
「我が混沌の魔眼よ! 従属せし世界に知らしめよ!」
咄嗟に横に転がる。
俺が一瞬前まで存在した位置。
その空間が爆ぜる幻視をした。
中二遊びはイメージ力が大事ってそれ一番言われてるから。
俺は立ち上がり様に詠唱する。
「其の魔眼は剣を創る」
俺の右手に長剣が握られる幻視。
走り出し、詩乃守へと接近する。
「我が混沌の魔眼よ! 従属せし世界に知らしめよ!」
詠唱。
俺の存在する位置が爆ぜる。
しかし俺は既に右斜め前へと身を投げ出していた。
そのまま転がり、勢いを付けて立ち上がるように跳ぶ。
詩乃守の目前へと肉薄した。
「なっ!?」
俺の身体能力が思った以上にあったのか、驚愕の表情を見せる。
鍛錬を続けた者の動き、舐めるなよ。
長剣を横に薙ぐ。
「爆ぜろ!」
詩乃守は簡易詠唱で目の前を爆破し、爆風に乗って自分は後ろへと退き、俺は剣の軌道を逸らされた上に爆発の衝撃で怯む。
「我が混沌の魔眼よ! 従属せし世界に知らしめよ!」
詠唱する時間を稼いだ詩乃守は確実に力を発動させた。
本来ならここで詰み。
だが。
俺は剣を楯にしながら後ろへ跳ぶ。
空間が爆ぜる。
爆発と衝撃は、全て剣に収束し俺に被害はなかった。
その後剣は破砕し、消滅する。
肩代わりの剣だ。
その身を以ってしてこの剣は俺への害を防ぐ。
……そんなようなことを、身振り手振り雰囲気で伝わるようにした。
詩乃守のイメージ力が試される。
「なかなかやりますね」
「俺は強いぞ」
「大した自信ですね」
「お前もな」
数秒の静寂。
後、再び動く。
「其の魔眼は剣を創る」
「我が混沌の魔眼よ! 従属せし世界に知らしめよ!」
右手に剣が現れ、爆ぜる空間を跳んで避ける。
「混沌の混沌よ! 捻じ曲げ捻じ曲げ、呑み込め!」
戦慄。
隠し玉か。
多く力を使うがために、そう何発も撃てない類のやつか。
詠唱の内容的に、効果は。
黒く巨大な渦が発生。
全てを呑み込み、バキバキに拉げさせ消してしまう混沌。
俺は瞬時に呑み込まれゲームセットって寸法か。
だが、負けるつもりなどない。
俺は右手に持つ剣を渦へと投擲する。
吸引する力はそれで弱まった。
その隙に動く。
「其の魔眼は剣を創る。創る」
さらに両手に長剣を生み出す。
続けて両方投擲。
三本の肩代わりの剣を呑み込んだ混沌の渦。
爆発とともに消滅した。
爆煙に紛れ詩乃守に接近する。
「其の魔眼は剣を創る」
右手に剣を生み。
爆煙が晴れた頃には詩乃守の眼前に肉薄していた。
長剣を振り下ろす。
致命的な命中。
しかし殺人はナンセンス。
「この剣は人を殺さない。精々眠りを堪能するといい」
意識を刈り取るだけの、人を傷付けない剣だ。
「随分優しいんですね。私の負けです。おみごと」
詩乃守の負け宣言で、この戦闘の俺の勝ちは確定した。
もちろん実際には何も起きてはいない。
実戦のように身体を動かしまくっていただけだ。
能力は俺たちの想像の中でだけ。
詠唱をしても何が起こるわけでもない。
でも、楽しかった。
俺はやはりこういうのが好きだ。
特殊な能力が殺し合いの道具だとしても。
詩乃守も楽しそうじゃないか。
確かに魔眼を手に入れて、複雑な心境が全くないとは言えない。
しかし、だからといって嫌いになるのも違う。
まあ、こういうのは楽しければいい。
血生臭いものと一緒に考えない方が良いだろう。
「そういえば〈百殺〉の最新巻読みました?」
「まだ読んでない。色々ごたごたしてたしな」
「今回も面白かったですよ。時間が空いた時にでも読んでみてください」
「ああ」
家に帰ったら読もう。
「それじゃあ私はこの辺で」
「じゃあな」
「はい。また会えたら話でもしましょう。ネタバレされたくなかったらその時には読み終えていてくださいね」
ツーサイドアップとアホ毛を揺らして微笑む姿。
その顔を見ていたら、妹みたいだな、と思った。
俺にはすでにアイラという妹がいるけれど。
アイラに似ているというわけではないのに。
俺と詩乃守は揃って帰路に就く。
夕日が照らす道を歩く。
カラスが鳴いている。
もうすぐ夜か。
腹減ったな。
先程の中二ごっこ。
あんなふうに、実際の場でも完璧に旨く出来ればいい。
ただのごっこ遊びだったから出来た事なんて、思いたくない。
殺さず倒し、誰も死なせずに事を終わらせる。
俺の望む救いに必要なのは、それだ。




