最終話 『死ね』
息を吐く。
死体から少し距離を取った。
深呼吸をした。
吸って、吐く。
でも。終わった。これで、すべて。
アイラと真白のいる方へ振り返ろうと。
胸から、何かが生えた。
「これで終わりだと思ったか? ハハハハハッ。残念。お前の死で、終わりだ」
直ぐ近く、後ろから下卑た声。
自分の胸を見下ろすと、腕が貫いていた。
後ろに立つ男の腕だろう。
だが、俺の頭の中は。何故? という言葉で埋め尽くされていた。
何故、今、急に、唐突に、脈絡なく出て来た?
明らかに敵な、初対面の男。
別の悪魔か?
ルシファーの仲間か?
でも、仲間だったら何故加勢に入らなかった?
入れるタイミングは何度もあった筈だ、それこそルシファーが死ぬ前に。
「ルシファー以外の腰抜け共は退いたが、オレはお前をずっと観ていたぞ。目的が根本的にあいつ等とは違うからな」
胸が空いている。声が出せない。
痛い。
痛い。まずい。なんとかどうにかしなければ。思考はその三言だけ。
「なあ、なあなあ。説明してやるよ相沢和希。お前が今どれほどの絶望に居るのかをな」
男、恐らく話した内容からして悪魔が、喋る。
態々。饒舌に。愉しそうに。
「和希さん!!」
アイラが叫ぶ。走ってくる音。
「少し待ってろ! 今いいところなんだよ!」
悪魔の怒声。
アイラが、停まった。
まるで、見えない壁が在って、それに衝突した後無理矢理空間に身体を縫い付けられた様に。
声すら出せないのか、僅かすらアイラの綺麗な声は聞こえてこない。
「それでな、説明に戻るとだな――そうだ、何か名前を付けよう。この演目に相応しい名前だ」
怒声を放ってまで続けたかった筈の話を自分から中断し、唐突に横道に逸れる。
この悪魔の、思考が、見えない。
「絶望説明、だ。そう、絶望説明。シンプルだが実にいい。絶望説明。気に入った」
意識が朦朧としかける中。意味不明、その言葉だけが浮かんだ。
「では、これより絶望説明ターイムだ」
一気に、慈悲も無く、愉しそうに、楽しそうに、此奴は言った。云いやがった。
「最初に、相沢和希の妹と両親を殺した悪魔。それは、オレだ。オレでーす!
まあ、殺したのは偶然だったんだけどな。だがこいつは良い絶望の演出に使えると思ったんだよ。いやー良い仕事だった。自分でも惚れ惚れする位だ。
だって。
今こうして機を逃さずに愉悦を感じられているんだからなあ。
楽しいよ。本当にまったく楽しいよ!
まあ、大罪戦争でお前を見つけたのも偶然なんだけどな。ほんと、運命だと思ったよ。
面白そうだったから他の悪魔に協力したけどさ、大罪戦争。この儀式。
頓挫したけどな。面白そうだったのに残念。ま、オレはそれなりに楽しめたしいいかと思ったけど。
でもメインディッシュが残ってたんだよ。そうだよ! お前だよ! 相沢和希!
こんなに甘美な絶望を楽しめてるんだからな!
人の苦しみを観るのって最高だよなあ?
ほんと最高。
なあ? 相沢和希?」
何も言えない。
何も言えなかった。
激情は在った。
振り切れそうなほど在った。
けれど、何も言えなかった。
「そうそう、言い忘れてたけどお前らがショッピングモールからの帰り道に事故に遭遇して、アイラ・アウロラランドが異別を使用することになったのは、オレの仕業さ。事故を意図的に起こした訳だ。そうしてそれを視たルシファーのやつがアイラ・アウロラランドを狙うって寸法よ」
…………。
「面白い事になりそうだったからやってみたけど、ルシファーが斃された今の方が面白い事になってるなあ。人生何が起こるか分からないよなあ?」
………………。
「まだまだ絶望はこれからだぜ。今からやるから、待ってろ」
楽しくて仕方がないと云った様に、悪魔は言う。
「聞いてるか? 相沢和希? まだ死んでくれるなよ? 今すぐあそこにいる女二人を、いや、四人だな。殺してやるから。ぶっ殺してやるから。相沢和希。お前の目の前でな」
四人。
姫香も美子も、来てしまったというのか。
アイラが来てたなら、不安に思ってついて来てても不思議ではないが。
来てしまったのか。
こんな、ところに。
「まず一人目からだ」
俺の目の前に、アイラが停まったまま浮遊して移動させられて来た。
苦しそうな顔をしている。
「おっと、まず解いてからだな。可愛い悲鳴が聞けるぞ」
アイラの、首から上が解放された様に停止が無くなった。
「和希さん」
心配そうな顔で、アイラは俺を見て言った。
自分が今、大変で、殺されるって、聞いてた筈なのに。
アイラは、他の心配をした。
俺の心配をした。
やっぱり君は、優しすぎる。
失いたくない。
「ほらほら、始めるぞ。はい、スタート!」
アイラの身体は、締め付けられる様な音を立てた。
「あっぐっ、ぎっぃ、んぐぅぁはっ」
アイラが顔を歪めて、聞いたこともない声を発した。
苦しんでいる。アイラが死にそうになっている。
死へと近づいている。
「ああぁぁあ゛っ」
アイラの腕が一本潰れる。
「はいまずは一本」
死へと近づく。
「もう直ぐ死ぬぞ。死んでしまうぞお?」
メキメキと、拉げる様にアイラの身体が軋んだ音を立てる。
「――――」
あとどれくらいで死んでしまうのだろう。
――嫌だ。
嫌なんだ。
いやなんだ!
「この、クソ野郎!!」
両手に持った短剣を、無理矢理気を振って体を動かし斬り付ける突き出す。
両腕が、爆散した。
「あがああああああああああああああああああ」
「無駄だ。黙って見てろよ相沢和希」
なにをした。
こいつの力が、分からない。
対処も出来ない。
両腕が無い。
胸は貫かれたまま。
足も動かない。
なにも出来ない。
死ぬ。
死にたくない。
死ねない。
アイラが死ぬ事など、もう在ってはならない。
真白が死ぬ事も、姫香が死ぬ事も、美子が死ぬ事も在ってはならない。
もう、そんなことは。
なにも出来ない。
――――――――――――――――――――しろ。
出来ないではない。しろ。
殺せ。
敵を殺せ。
失ってはならないのなら、やれ。
殺せ。
何でもいい、どんな方法でもいい。
殺せ。
手は、一つだけ在る筈だ。
この悪魔は。
俺の妹と両親を殺した。
俺に、呪いの如き信念を生み出させた。
人生を狂わせた。
つまり、こいつが元凶。
最大の敵。
俺の人生最大の悪。
そう。
そういうこと。
らしい。
そうかそうか。
それが真実。
だから絶望しろ。ということか。
――心底、どうでもいい。
今の俺にとって、そんなことはどうでもいい。
今この瞬間の原動力にはなり得ない。
今の俺の原動力。
それは、今生きている大切な人達だ。
その皆を救う為に、俺は戦う。
こんなところで絶望して堪るか!
敵は退ける。
排除する。
消す。
潰す。
殺す。
俺は、今の幸せを持って進んで往く。
だから除け、クソ野郎。
「さあさあ、今からアイラ・アウロラランドがくたばるぞ。見てろよ。観とけよ。見ものだぞ。そして絶望の顔をオレに魅せてくれよ」
「お前がくたばれ」
悪魔の、両目を見た。
振り返って、至近距離から。
翡翠藍色に輝く、両眼を煌めかせて。
「『死ね』」
口にする。詠唱。
純粋な、死の言霊。
現代において、普段は本気で使用されない、本来の意味ではない罵倒語として多用される言葉。
されどこれは、本当の、本来の意味での言霊。
純粋に、一切の脚色なく、相手の死を望む言霊。
殺戮終理の魔眼。
死を司る魔眼の力。
発現。顕現。
殺す力。
究極的な死を与える。
悪魔は、糸が切れた人形の様に倒れた。
俺の胸から腕が抜かれる。
悪魔は、楽しげに笑った表情をしながら、動かない。
生気は一切感じられない。
死んでいる。
呆気なく、敵の命は終わった。
たおした。
斃した。
片目が弾け飛んだ。
俺の右眼が、弾けた。
「ぐぅ、ううううう」
尋常ではない痛みに呻く。
まだ痛みを感じられる。
力の代償か、はたまた耐え切れなかったのか、片目を犠牲にしたが、勝った。
本領を発揮させずに殺した。
本来戦闘とは、いかに相手の強い手を出させず殺すかで死生が決まる。
相手に強い手を打たれ、真っ向から潰す力が此方に在ればいいが、そうでなければ――そうであったとしてもそちらの方が遥かに生き残れる確率が高い。
こちらの方が弱くとも、そうすれば斃す事も可能ということ。
結局最後までこの悪魔の能力は分からなかったが、そんな事はどうでもいい。
勝てば、いい。
ルシファーには訊いたが、こいつの名前はどうでもよかった。
永遠に知る必要はない。
しかし、危うかった。
至近距離からの、短剣を介さない魔眼の力。
魔眼そのものだけで、死の概念を発現させた。
今日、夜になるまで、戦闘に向かうまで、策を考えていた時。隠し玉として思い付いてはいたが、出来るかも分からなかった。至近距離でも成功するかは五分五分だった。
なんとか、右目を失って成功したが。
「和希さん」
悪魔の能力から解放されたアイラが、歩み寄って来た。
自分の怪我も気にせず、心配を顔に浮かべて近づいてくる。
「アイラ……」
目の前に立つアイラに何かを言おうとした。声は掠れている。胸に穴が開いている。両腕が無い。立てているだけ奇跡だ。
アイラは無理に喋ろうとする俺の言葉を遮るように、潰れていない左手を此方に翳し。
「『魂の橋渡し』」
アイラの左手が藍色の輝きを放ち、その光が俺を包む。
空いた胸が塞がり、肉も骨も皮も血も元に戻る。回復する。
正に、奇跡の御業。
でも、右眼は見えないままだった。
痛みは、消えたが。
「アイラも、早く」
「はい」
アイラは自分に『魂の橋渡し』を使い回復した。
潰れた右腕が元の華奢で綺麗な腕に戻り、外見では分かり難いが全身のダメージも治っただろう。
俺の右眼は見えないままだが、今はそんなことより真白の方が重要だ。
アイラは気づいていないようだから黙っていよう。
推測すると、恐らく、俺の異別の代償で無くなったのだから、たとえ規格外のアイラの異別だろうと治すことは出来ないとか、そういうのだ。
アイラの生命力を使った『魂の橋渡し』なら治せるかもしれないが、そんな事は思考に入れる事すら拒否したい。論外だ。
「ありがとう。助かった」
「和希さんを助けるのは当然です」
アイラは微笑んで言った。
俺は振り返って歩いて行く。
「真白」
真白の所に、早く。
元に戻してやらないと。
真白の元へ向かう。
すると。
「ぶはっ」
「けほっ」
茂みの中から姫香と美子が出て来た。
口の中に入ってしまったのか葉っぱを吹き出しながら。
「お前ら、やっぱり来てたのか」
あの悪魔の言から知ってはいたが。
「「ごめんなさい」」
二人は開口一番謝ってきた。
姫香はバツが悪そうに、美子は申し訳なさそうに。
「別に悪いことはしてないだろ。アイラも来てしまったしな」
「確かにそうですね」
姫香が頷きながら言う。
逆にそう言われるとなんだか癪だが。
美子は黙って複雑な表情。
まあ、いい。終わったんだ。
あとは、真白が。
戻ってくれば。
真白の傍で膝を突く。
髪色は、いつもの白髪ではなく漆黒のまま。
瞳は閉じられ、微動だにしない。
俺が数十分分の意識を殺したのだから当然といえる。
しかしこのままだと、再び意識を取り戻したとして襲い掛かられるか、それとも目覚めないかのどちらかになるだろう。
元の春風真白として目覚めさせるにはどうしたらいいのか。
俺の力では、殺す事しか出来ない。
治す事は出来ない。
この黒い、悪魔の力であろう部分だけでも殺しておくか? もしかしたら助けられるかもしれない。その悪魔の力こそが真白の精神を侵していたのだろうから。
俺は翡翠色の短剣を発現させ手に握り、物質への不干渉を選択。真白に切っ先を刺し込んだ。
――殺戮せよ――
真白の中に巣食う、明らかに真白の性質とは違う悪魔の力を見つけ出し、認識。殺す。
漆黒の髪は、元の白色へと戻った。
少なくとも外見は、元の真白へと帰ってきた。
これで、真白を助けられただろうか。
――数十分以上経った。
依然として真白は目覚めない。
揺らして起こそうとしても、微動だにしない。
希望的観測で以って、助けられた、かと思っていた。
助けられていなかった。
目覚めないのでは、真白は帰ってこれない。
何とか出来ないのか。何か方法は。
真白が戻ってこないと、帰れない。
そんなものは俺の望んだ結末じゃない。
「私がやってみます」
アイラが言って、俺の横に膝を突いた。
「『魂の橋渡し』」
両手を翳す。藍色の光。真白を包んだ。
光が消える。
だが、まだ真白は目覚めない。瞼は動かない。
「和希さん、ごめんなさい……」
顔を俯かせ、気落ちした様子でアイラは謝る。
「謝るな。アイラは悪くない」
だが、どうすれば。
治せる術を持った異別者か天使を探すしかないのか。
本当にそんな者がいるだろうか。
アイラの、唯一の異別ですら治せなかった。
なのに、他に治せる力など、存在するのだろうか。
無理なのか。
真白の声を聞く事は、出来ないのか。
戦いは終わったというのに、まだ終われないというのか。
「私が、生命力を使えば……」
「駄目だ」
アイラの言葉を遮る。
「でも、他に方法が――」
「駄目だ」
誰も、喪ってはならないのだ。
誰もいなくなってはならない。
幸せでなければならない。
大切な人達は、生きて笑っているべきだ。
「先輩」
「和希」
いつの間にか、姫香と美子が俺の服を掴んでいた。
縋るような瞳、労わるような瞳。
俺には、どうにも出来ない。
俺は、殺すしか能がないやつだから。
「和希さん」
アイラが俺を正面から見る。
決意の瞳。
「駄目だ。やめろ」
「真白さんは私が助けます」
「やめろ」
「だって和希さん、泣きそうじゃないですか」
アイラは包むように優しく微笑んで言う。
「泣いてないだろ」
「私も、真白さんのこと大好きですから」
「だったら生きて一緒にいるべきだろ。やめろ」
「その通りだぜアイラちゃん。君は生きるべきだ」
唐突に。
声。
声が聞こえた。
「和希、なんだその顔は。お前はやったんだ。しけたツラしてないで胸張れよ」
いつの間にか、どうしてか。
親友、剛坂津吉が傍らに立っていた。
「津吉、俺はやれてない。真白がまだ戻って来ていない」
それでは意味がないのだ。
しかし、津吉は自信たっぷりに自分の胸を叩いて不敵に笑んだ。
「俺に任せとけ。俺が行きたい所まであと一歩まで来てるんだ。だからまた、能力で出来る事が増えた。少しの干渉が出来る。アイラちゃん、手貸してくれるか?」
アイラは津吉を見ると。
「はい……!」
力強く答えた。
信じてみることにしたようだ。
ならば、俺も信じよう。
自信満々な親友の力を。
真白を必ず救ってくれると、信じよう。
「いいか、アイラちゃん。俺の物語を破綻させる力と、アイラちゃんの絶対回復。それを合わせるんだ。出来るか?」
「やってみせます!」
「いい返事だ」
津吉とアイラは、真白に手の平を向ける。
「じゃあ、始めるよ」
「はい」
「『破綻させる観測者』」
「『魂の橋渡し』」
津吉の手からは黄金の光が、アイラの手からは藍色の光が放たれ、真白を包む。
俺はそれを、祈るように見つめる。
姫香と美子が、ぎゅっと俺の服を掴む力を強くした。
待つ。
待つ。
唯々、時間が経つ。
末。
「最後くらい綺麗に終わらさせてくれよ。奇跡をまた、起こさせてくれよ」
津吉が、祈り願う言葉を発した。
数分の後。
優しい光が溢れていた。
真白の為の、祝福の光だ。
見ていると、心が洗われるようだ。
そして。
真白の瞼が、動いた。
眼が開かれていく。
「ん……」
声も、発した。
真白の声だ。
真白の声が、しっかりと耳に届いた。
光は消える。
終わったようだ。
真白は目覚めている。
「よし、成功だ」
津吉は、喜びを滲ませた声音だ。
アイラは安心しきって疲れたように微笑んだ。
俺は真白に近づく。
目が開いている。
「カズくん……」
俺の名を呼ぶ白色の女の子。
真白は、帰ってきた。
帰ってきたのだ。
「よかった」
抱きしめる。
俺は真白を抱きしめた。
これが望んだ結末だ。
元の、日常へと帰れる。
「カズくん……?」
真白が俺を呼ぶ。
「泣いてるの?」
真白が俺を認識して、ただ名前を呼ぶだけで、とてつもなく嬉しさが溢れた。
「いい子いい子。カズくんは強い子だよ」
抱きしめ返され、頭を撫でられる。
「いい子いい子」
撫でられる。
撫でられる。
撫でられる。
子ども扱いはやめてほしかった。
けれど。
悪くなかった。
すべてが終わった、後日。
真白と二人になった。
一度みんなと、一対一で話しておくべきだと思ったのだ。
問題が片付いて、これからみんなでやっていくのだから。
そのために、みんなの気持ちを知っておきたい。
意識のすり合わせをして、確かな一歩を踏み出したい。
「心配かけさせやがって」
「カズくんにだけは言われたくないけど、ごめんなさい」
「今無事だからいいよ」
「…………」
「何だ、そんな見つめて」
「これからは、二人で――ううん、みんなで頑張っていこうね」
「ああ」
「わたしも、もっと強くならないと」
「これ以上強くなられたら、俺の立つ瀬がねえよ」
真白は強い。本当に強い。
「カズくんの方が強いよ」
「いいや、真白の方が強い」
「わたしとカズくんが戦ったらわたし瞬殺されそうなんだけど」
「純粋な戦闘能力なら今はそうかもな」
「それ以外も、強くなってきてるとは思うけどね」
「まだまだだよ」
「確かに、まだ精進が必要かもしれないね。なんてったってハーレムを本気で作ろうとするおバカさんなんだもん」
「バカとはなんだ」
「だから、もっと強くなって、周りの女の子全員幸せにするんだよ」
「もとよりそのつもりだ」
「わたしはもう、すでに幸せだけどね」
「そうか」
「なに、そっけない反応」
「そんなつもりはないが」
「そうかな~?」
「そうだ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
「うん、じゃ、抱きしめて」
「ああ」
抱きしめると真白は、幸せそうな笑みを浮かべてくれた。
あの時、助けられなかったら見れなかった顔。
助ける事が出来たから、見れている表情。
大切にしていこう。
――――。
今は、アイラと二人。
「和希さん、これからも一緒ですよね」
「ああ、俺はみんなを幸せにするぞ」
「私だって、支えられるんですから、頼ってくださいね?」
最後の戦いの時。アイラが来てくれなかったら勝てなかっただろう。
負けて、殺されて、終わっていただろう。
大切な人が欠けることなく今が在るのは、アイラのおかげだ。
なら。
「これからは頼るよ。アイラも強い。アイラの力が必要になったら遠慮はしない」
「はいっ。そうして下さい」
笑顔でそう言った。
憑き物が落ちたような、自信に満ちた笑顔だった。
「和希さん」
「なんだ」
「大好きです」
「ああ」
「和希さんはどうですか?」
「大好きだよ」
「ふふっ。そうですか」
何だよその顔。幸せそうにしやがって。
俺が努力する余地残してくれよ。
――いや。
この顔を保つために努力するんだ。
――――。
姫香と、二人になった。
「先輩、これからは、私も先輩を助けられるように頑張ります。いっぱい助けられましたから」
「無理はしないようにな。俺はお前がそばにいてくれるだけで嬉しいから」
「な!? なに恥ずかしいこと言ってんですか!」
「本心を言ったまでだ」
「それにしても恥ずかしすぎます!」
「そうか」
「そうです!」
「じゃあ、もう言わないか」
「え」
「姫香が嫌ならしょうがないよな」
「え。え」
「本当に、そう思ってたんだけどな」
「あ、ああああっ、あの」
「なんだ?」
「えっと、言っても、いいですよ」
「なにをだ?」
「う、ううううっ、恥ずかしいこと、言ってもいいです……」
「嫌なんじゃないのか?」
「恥ずかしいですけど! 嬉しくも、ありますので……」
「そうか」
「そうです……」
「かわいいな」
「っ……」
「好きだぞ姫香」
「うう……はい……」
「姫香はどうなんだ?」
「わ、わかってるでしょうに……!」
「俺が言ったんだから姫香の口からも聞きたい」
「…………あーもうっ。好きですよっ。先輩のことっ。これでいいですかっ」
「ああ、いいぞ」
「はい……」
抱きしめた。少しからかいが過ぎただろうか。
かわいいからいいか。
「うう……」
姫香は控えめに抱き返してきた。
――――。
今、美子と二人でいる。
「和希、私、和希のこと大好きですから」
「ああ」
「だから、もっと大好きになってもらうために、色んなことがしたいです」
「ああ」
「何をしてほしいですか?」
「今のところは特に」
「私、なんでもしますよ? それでもですか?」
「うん、まあな」
「……えっちなことでも、いいんですよ?」
「…………まだ早い」
「早くないと思うんです。私たち高校生です」
「早い」
「でも、そういうことしてる人いっぱいいますよ?」
「それでも早い」
「……なら、いつなら早くないんですか?」
「いつかだ」
「曖昧です」
「気が向いたら」
「すごく曖昧です」
「まあ、落ち着いたらだ」
「少し具体的になりました」
「頼めることがあったら頼むよ」
「そうしてくださいね? 私、和希のためなら本当に何でもしますから」
「ああ」
美子の頭を撫でた。
そう言ってくれるからこそ、大切にしたいんだよ。
と。時。
美子から抱き付いて口を押し付けて来た。
女の子の、唇の感触。
「強引だな」
「和希が好きだからこんなになってしまうんです」
「そうか」
「和希は、好きでいてくれますか?」
「そうじゃなきゃこうしていない」
「はい」
安心が表出している笑顔。
今の美子は、前では考えられないくらいの女の子へとなっている。
魅力的な、女の子だ。
――――。
アイラと、また二人になっていた。
「アイラ」
「なんですか和希さん」
「俺、頑張れたかな」
「頑張りましたよ。すごく、頑張ってくれました」
「そうか」
なら、よかった。
「俺、やってけるよな」
「はい、やっていけます」
「俺、みんなが大好きだよ」
「はい。私もです」
「俺は、すべてを救いたかった、すべてを救う者だよ」
「はい。和希さんは、私たちを救ってくれました」
「これからも、守っていくよ」
「私も、一緒にですよ?」
「わかってるさ。真白も加えて三人――いや、姫香と美子にも、出来ることがあったら頼もうかな」
「はい。みんなで進んでいきましょう」
「ああ、みんなでな」
「はい。みんなでです。
その右眼の分も、みんなで支えます」
「……気づいてたのか」
「見てればわかりますよ」
「そうか……」
かなわないな。
「これからは、ちゃんと言ってくださいね?」
「ああ……」
「約束ですよ」
「頼るって、もう言ってしまったしな」
「はい。なので頼ってください」
見つめる、見つめてくるアイラがかなり愛しく思えた。
だからつい、行動に移した。
アイラを抱き寄せて頭を撫で、口を付ける。
口を離す。
「和希さん……」
上目遣いで、頬が火照っているアイラ。
「よろしくな」
「はい……」
そのまた後日。
今日は休日。
久しぶりにみんなで俺たちの家に集まった。
――あの戦いが終わってからのこと。姫香と美子は家に戻った。
美子は毎日のように俺とアイラと真白の住まう家に来ている。
姫香も一週間に数回はこの家に来ている。
真白は、天使の組織、ヘヴンズの任務は指令が来たらするようだが、俺たちの家に住まいを完全に移した。
津吉とは学校でまたバカをやっている。
これで俺たちは、在るべき場所に、在りたい場所に納まった。
望んだ平和を、勝ち取れたのだ。
「お昼ご飯できましたよー」
「……できましたよー」
アイラがリビングに声を響かせた。美子も小さく。
アイラと美子が昼食を作り終わったみたいだ。
俺は読んでいたラノベをソファの上に置いて立ち上がる。
「ご飯ご飯ー♪」
真白がパタパタとダイニングのテーブルに軽い足取りで向かう。
「なにはともあれ美少女二人の手料理! 最高だな! 和希ハーレムとかいうふざけた話は置いておくぜ! 誰に気持ちが向いていようと美少女イズジャスティス!」
特別に呼んでやった津吉が椅子に座る。
姫香もちょこちょことぬいぐるみを抱えたままやって来て椅子に座る。
「姫香、ぬいぐるみ抱いたままで汚さないか?」
俺も座りながら言う。
「私ぐらいのヌイグルマーになるとこれくらい余裕です」
「ヌイグルマーってなんだ」
「いただきまーす!」
真白が一足先に手を合わせる。
続くように俺たちも言った。
「いただきます」
「いただきます……」
「いただきますです」
「いただきます!」
「いただきます」
皆で団欒しながら食事をする。
賑やかに話す周りの大切な人達。
俺はこの日々が好きだ。
とても尊いものだ。
もしまた何か起こっても、守り続けて往こう。
でも、今は。
そんなこと考えず、ただ楽しもう。
この日々に浸っていよう。
ふと、いつの間にかみんなが黙っていた。
全員揃って俺を見ている。
話を聞いていなかったが何があったのだろう。
「和希さん」
「カズくん」
「先輩」
「和希」
四人の女の子が俺を呼ぶ。
「「「「大好き」」」」
面食らう。
「なんだ、急に」
「一度、みんなで言っておきたいかなって。ハーレムっていうくらいだから、みんなの結束力がなくちゃね」
真白がそんなことを笑顔で答えた。
「なんだよそれ」
唐突に津吉の顔が目の前にきた。
「大好き☆」
殴った。
顔面をグーで殴った。
これは許されるはずだ。許されるべきだ。許されないわけがない。
津吉は悶絶している。
みんな笑顔だ。
飯が美味い。
いい天気だ。
――幸せだ。
あ。
そういえば。
色々あって忘れかけていたが。
三人へのプレゼント、用意しておかないとな。
真白だけ贔屓する訳にはいかない。
俺はハーレム野郎なのだから。