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琥珀姫  作者: 雲居瑞香
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9.食人怪鳥










 サフィラは建物を出ると駆けだした。アルキスはその後を追う。


 城門はすでに閉められ、橋も上げられているようだ。サフィラは宮殿を囲んでいる城壁を駆けあがって行く。

 彼女は城壁の、さらに矢狭間の上に立った。


「姫様、落ちないでくださいよ!」


 アルキスが下から叫ぶが、サフィラは返事をせずに城壁の外を見ている。下は水のたまった堀なので落ちても死ぬことはないが、ちょっと心配なのでアルキスも塀の上に上った。

 そこからは外の様子が良く見えた。確かにソーラが人質にとられている様子が見える。ハリラオスたちは全員馬車を降りており、城門を背にしている。護衛もいるので、ソーラが解放されれば護衛のリダたちが動ける。

 だが、狙追うにもソーラが邪魔で犯人が狙えない。

 犯人は男のようで、短剣を手に持っている。単独犯なのか、他に人影は見えない。


「アルキス」


 思いのほか真剣な声でサフィラがアルキスを呼んだ。彼は反射的に「はい」と返事をする。

「私がソーラ殿から犯人を引き離す。アルキスは犯人を射抜け。殺してもいい。私が許可するわ」

「……姫様」

「大丈夫よ。ソーラ殿を傷つけたりしない。私はこの距離では犯人を行動不能にできないわ」

 サフィラの弓術の腕はアルキスやハリラオスより上かもしれない。少なくとも正確さと言う意味では彼女の右に出る者はいないだろう。

 だが、どうしても細身の彼女の矢の力は弱い。気をそらすことはできるが、犯人を行動不能にすることはできないだろう。


「……了解です」


 アルキスは了承すると、城壁を守っていた軍人から弓矢を受け取る。サフィラも同じように受け取り、同じように矢をつがえた。サフィラは立ったまま、アルキスは膝をついて同じ的を狙った。

「……行くよ」

「いつでもどうぞ」

 二人は目を見合わせることなく、声だけで合図をとった。サフィラが矢を放つ。その矢は正確に犯人の短剣を持った手に刺さった。貫くまでは行かなかったのは、彼女の力ではそれが限界だろう。しかし、犯人はソーラを放し、リダが飛び出してソーラの安全を確保した。アルキスが間髪入れずに犯人の膝を射抜いた。

「さすが」

 サフィラが称賛の声を上げながら次の矢を放つ。アルキスも次の矢を放つ。

 サフィラの矢は腕の肉に突き刺さり、アルキスの矢は犯人のもう一方の膝の骨を砕いた。


「開門! 城門を開けろ! 橋も下ろせ!」


 サフィラが軍人に指示を出すと、軍人たちは何の疑いもなくその指示に従う。ハリラオスが指示を出した時よりも統率があるかもしれない。

「アルキスはお兄様に合流! 急いで!」

「了解!」

 鋭い声にアルキスも反射的に背筋が伸びた。塀から飛び降り、階段を駆け下りる。開きかけた城門を出ておりかけた橋から助走をつけて堀を飛び越える。


「アルキス様!?」


 という悲鳴のような声が聞こえたような気もしたが、アルキスは無事に堀を飛び越えた。

「陛下」

「うおっ。アルキスか。飛び越えてきたのか。またお前、サフィラのようなことを」

「……」

 サフィラのような、ということは彼女のような突飛なことを、ということだろうか。ちょっと反応に困る。実際にアルキスは黙り込んでしまった。

「先ほどの矢はお前か? 助かった」

「……いえ。私が射抜けたのは姫様のおかげですね」

「何? サフィラが?」

 と、ハリラオスが城壁を見上げた。城壁のさらに塀の上にいたサフィラが視線に気づき、笑みを浮かべて手をあげた。


「兄の危機を救うとは。さすがは我が妹」

「……」


 ここまで来ると、もうどう反応してよいかわからない。


 こちらではシスコン国王があらぶっていたが、少し離れたところではソーラがあらぶっていた。


「あんな危険な目に遭わせるなんて、それでもあなたたち護衛なの!? とんだ役立たずね! こんな無能な人たちに囲まれて、陛下が心配だわ!」


 ソーラの罵詈雑言を聞いてリダがくっと顔をしかめた。彼女が怒っているのがわかり、アルキスはあわてて止めに入ろうとする。このままではリダはソーラに手をあげてしまうだろう。リダはサフィラの護衛。リダの不始末はサフィラの不始末なのだ。

 だが、アルキスが止めに入る前に高らかな音が響いた。つかつかとソーラに歩み寄ったクリュティエが彼女の頬を思いっきり張ったのである。アルキスもハリラオスもほかの王妃候補たちも、そして怒っていたリダですら驚いてぽかんとした。


「ソーラ殿。いい加減にしなさい」


 おっとりと、しかし、毅然とした口調でクリュティエが言った。ソーラがきっと彼女を見上げる。

「何をですか! わたくしは当然のことを……!」

「あなたが言っているのは」

 ソーラの言葉を遮りながら、クリュティエはきっぱりと言った。

「ただのわがままです」

 クリュティエの言葉に、ソーラは衝撃を受けたようだった。震える唇で言葉をつむぐ。

「そんな……わがままなどと、失礼な! ただ、わたくしは注意をしているだけで」

「それが不遜なのです。みんな、あなたに言われなくてもわかっているわ」

 クリュティエが再び断言する。ソーラがいつにない彼女の様子に戸惑いながら反論の言葉を探しているようだった。

「リダさんたちは、わたくしたちを守ろうとしてくれました。彼女らが一番に考えるのは、陛下と姫様のこと。ただの貴族であるわたくしたちのことなど、本来は守る必要などないのです」

「でも、わたくしたちは、王妃候補で……!」

「そう。でも、王妃ではありません」

 やはりきっぱりとクリュティエは事実をたたきつける。


「悪漢に捕らえられたのは、ソーラ殿、あなたの咎です。傷一つなく助けてくださった姫様やアルキス様に感謝なさい」

「……」


 返答はなかったが、気圧された様子のソーラがうなずいた。説教を終えたクリュティエはいつも通りおっとり微笑んで「失礼いたしました」と控えめに下がった。よくできた人だな、とアルキスも思った。

「そう言えば何故ソーラ殿が捕らえられたんだ?」

 アルキスがリダに尋ねると、一部始終を見ていたリダは答えた。

「あの男、あたしたちが城門をくぐろうとしたら襲ってきたんだよ。徒歩だったんだけど、馬が驚いて馬車が止まって、ソーラ殿を馬車から引きずり出したんだ」

「要求は?」

「特に何も」

 リダが首を左右に振るので、せっかく捕らえたのだ。あとで聞いてみようと思った。

「あたしらの護衛を突破していったからね。多少の油断があったにしても、かなりの腕だ。元騎士かも」

「なるほど……」

 リダの意見にアルキスもうなずいた。まあ、そのあたりはアルキスの仕事ではない。彼が動くより、ハリラオスやサフィラが動いた方が確かだろう。


 ふと、アルキスは違和感を覚えて空を見上げた。城壁越しの空を見上げると、サフィラと目があった。彼女も周囲を見渡していた。

 突風が吹いた。強い風が宮殿側から城壁に向かって吹き、そのあまりの強さにつかまるところのなかったサフィラがバランスを崩して落ちた。

「サフィラ!!」

「姫様っ!」

 ハリラオスと、アルキスも叫んだ。他にも軍人たちの悲鳴のような声が聞こえる。だが、落ちている当の本人は冷静だった。持っていた弓に矢をつがえると、落下したまま矢を上空に向かって放った。その矢は突風を起こした原因と思われる巨大な鳥の羽をかすめた。


「外したーっ!」


 元気な声が聞こえ、続いて水音。サフィラが背中から堀に落下したのである。下が水だったので、サフィラも冷静だったのだろう。多少痛いだろうが、水に落ちたのなら死にはしない。

「サフィラ様!」

「大丈夫ですか!?」

 堀に駆け寄ってサフィラを救出したのはエレニとフィロメナだった。二人に引っ張りあげられたサフィラが無事なのを確認し、アルキスは鳥に視線を向けた。怪鳥である。羽の先が青く、嫌に大きい。遠目からなら普通の鳥にも見えなくはないが、どう考えても怪鳥である。何故、と言われても困るけど。


「食人怪鳥だわ。射落として!」


 サフィラが叫んだ。アルキスを含め、軍人たちが一斉に矢を放つが、効いた様子はない。

「サフィラ、どうする!?」

 ハリラオスもサフィラに向かって叫んだ。こう言ってはなんだが、こういう魔物的なものはサフィラの担当なのである。

「私が射落とすわ! アルキス、リダ! 降りてきたところを必ず仕留めて!」

「了解!」

 アルキスとリダが同時に返事をした。二人とも剣を手に待ち構える。サフィラは堀に落ちた時に弓矢を取り落したので、軍人から別の弓矢を借りていた。


 全身濡れたまま、サフィラは矢をつがえて弓を引いた。その矢が金色に輝き、矢先に同じ色の文字が円状に浮かび上がった。

 これが破魔の術……魔術の一種である。はるか昔は魔術師や魔法使いと呼ばれるものがごろごろいたらしいが、この時代になるとめっきり減っており、魔術師は珍しい。サフィラはその珍しい魔術師の一人なのだ。

 相変わらず正確なサフィラの矢は、空を切り、食人怪鳥の翼の付け根あたりに突き刺さった。怪鳥が絶叫しながら落ちてくる。アルキスとリダは同時に動いた。

 速いリダの細剣が怪鳥の傷ついていない方の翼を貫き、その直後、アルキスの剣がその首を斬り落とした。一瞬だった。


「さすがー!」


 手をたたいて二人を称賛したサフィラであるが、振り返って彼女を見たアルキスは目を見開いた。それから視線をそらす。代わりにリダが声をあげた。

「姫様! 少しは隠してください!」

 何をかと言うと、水にぬれているため当たり前だが、服が体に張り付いて体の線が見えているのである。肌が見えているわけではないのだが、それが逆に扇情的だった。

「えー。別に気にしないのにー」

「私が気にする! 見た男の目をつぶしてやりたいくらいだ……!」

 と怒りに声を震わせながら言ったのは、もちろんハリラオスである。シスコン国王は妹に自分の上着を着せると、肩を押して城内に入ろうとした。もともと帰ってきたのであるし、怪鳥の処理は他の軍人に任せればよい。

 城門をくぐる直前、サフィラがふと顔をあげて周囲を見渡した。何かあるのだろうか、とアルキスも見渡したが、何もなかった。


「……気のせいかなぁ」


 そんなことを呟きながらサフィラは宮殿に戻って行ったが、そう言う時の彼女の直感はたいてい『気のせい』ではないのである。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


サフィラは背中から落ちていったイメージ。


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