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琥珀姫  作者: 雲居瑞香
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8.品評会

本日ハリラオスは不在です。









 四人の王妃候補が宮殿で暮らしはじめて半月ほどが経った。お試し期間の半分が過ぎたことになる。この日、ハリラオスは王妃候補四人を連れて遠乗りに行った。遠乗りと言っても、女性がいるので馬車だが。それでもハリラオスは馬に乗っていたが。

 例によって、サフィラはお留守番である。アルキスもサフィラと一緒に宮殿に残る。代わりに、近衛副隊長をハリラオスの護衛に付けた。アルキスが残ったのは、女性が多いので女性の護衛がいたほうがいいかと、リダが駆り出されたからである。


「いってらっしゃ~い」


 宮殿のバルコニーから一行を見送ったサフィラは、宮殿の中に戻ると元気よく言った。


「さーて。仕事仕事!」


 朝から仕事と連呼する残念な姫君であるが、彼女としては王妃候補たちがいない間に政務を片づけてしまいたいのだろう。別に彼女たちが邪魔をするわけではないのだが、ちょっと出歩くと捕まってしまうので、サフィラもハリラオスも仕事がたまり気味である。


「各地の調書を持ってきてね。それと、病院の建築具合は? 資金は足りてる? 労働環境も大丈夫? それと商路に盗賊が出たって話だけど、それのその後の情報があれば持ってきて」


 官吏たちがサフィラの指示を受けてそれぞれ資料を取りに行く。文官ではなく武官であるアルキスは見ていることしかできないが、サフィラに「地図とって」「これ出してきて」などと言われて護衛なのにそばを離れたりしていた。護衛なのに。

 一応部屋の前に儀仗兵がいるのでめったなことはないだろう。サフィラ自身も武芸をたしなみ、身の危険を感じたらためらいなく斬れ、兄が許す、とシスコン国王から言われているのでためらわないだろう。


 途中でサフィラの侍女であるフィリスがやってきた。明るい茶髪を簡素に結い上げ、優しげな緑の瞳をした彼女は、その穏やかそうな外見に反して結構言うことがきつかったりする。

「姫様。少し休憩いたしましょう。そのままでは、眉間のしわが消えなくなってしまいますわ。せっかくのかわいらしいお顔が台無しですわよ」

「別に可愛くはないけど休憩はする」

 サフィラはそう言って執務机から立ち上がり、フィリスがお茶を用意したソファに腰かけた。彼女はお茶を飲んで一息つくと、フィリスとアルキスを見て微笑んだ。


「二人も一緒に休憩しましょ。ね? ね?」


 かわいらしく手招きされ、思わずフィリスとアルキスの頬が緩んだ。サフィラが姉や兄のように慕っているフィリスとアルキスだ。そして、この二人もサフィラをかわいがっている。

「それではお言葉に甘えて」

「ご一緒させていただきます」

 ほんわかした気持ちになりつつ、フィリスとアルキスはそれぞれソファに腰かけた。フィリスはサフィラの隣に、アルキスは向かい側に。

「お兄様たち、さすがにそろそろ到着したかしら」

 サフィラが炒めた木の実を飴に絡めた菓子をつまみながら言った。ハリラオスたちの行き先は、騎馬なら一時間もかからないが、馬車でゆっくり進んでいるので、やっと着いたころだろうと思われた。

「あの湖は景色が良いですからね。陛下も休めるとよいですが」

 とアルキスが何となく優しい気持ちで言ったが、フィリスは容赦がなかった。

「まあ、陛下では無理でしょうね。女性たちに振り回されるのが眼に見えるようですわ」

 と、フィリスは自国の王に対しても辛辣であった。サフィラが「確かに」と笑うので、アルキスもハリラオスをかばえなかった。女性二人、強い。


「ところでさ。フィリスは王妃候補の四人をどう思うの?」


 本人たちが全員不在だからだろう。サフィラがここぞとばかりに尋ねた。これは自分にも回ってきそうだとアルキスは内心焦る。

「そうですね……ヴァイオス様は無難なところで集めてきたのだと思いますが、やはりこれは個人の性格と相性が大事ですものね」

 と、遠回しに宰相を非難するフィリスである。いや、告げ口などしないが。したところで宰相も何もしないだろうが。

「まあ、ヴァイオス本人もそう言ってたしね。続けて続けて」

 サフィラが先を促す。フィリスはお茶で唇を湿らせてから口を開いた。

「そうですね……まず、ソーラ様はあり得ませんね。姫様に説教するなど、智の女神に人間が教えるのと同じようなことですわ」

「……ははは」

 サフィラは乾いた笑いをもらした。『智の女神に学問を教える』とはエルピスのことわざであり、賢者に教えを説くなど意味がない、愚かしいことだ、と言うような意味である。サフィラは苦笑を浮かべたが、アルキスはおもわずフィリスの意見にうなずいた。

「何、アルキスも同意するの?」

「ええ。意見するならともかく、説教するなど愚かしいことです。リダも不敬罪だと騒いでいたでしょう」

「そう言えばそうだったわね」

 忘れていたのだろう。サフィラがうなずいた。興味がなかったのだろうが、この時点でソーラが王妃になることはないな、とアルキスもフィリスも思った。

「それにフィロメナ様ですが……個人的には結構賢明な方だと思うのですが、まあ、彼女にはほかに思う方がいるようですので」


 と、フィリスはちらっとアルキスの方を見る。彼はギクッとした。


「……いや、私か? 確かに良く話しかけられるとは思うが……」

「あれは色仕掛けです」

「やはりそうか……」

 フィリスに断言されて、うなだれるアルキスである。サフィラは声をあげて笑った。

「何々? アルキス誘惑されてるの!? いいじゃん、そのまま結婚しちゃえば!?」

 そうなればお兄様も焦るかも、とサフィラはのたまう。さすがに腹が立ったアルキスは彼女に向かって言った。


「それはあり得ません! それに、私はどちらかと言うと姫様のような利発な女性が好みです!」


 と、あまり大声で言うようなことではないことを言ってしまった。笑っていたサフィラが笑いをひっこめ、目をしばたたかせた。

「これ、どう反応すべき?」

「ありがとう、で良いのでは?」

「うん。じゃあ、ありがとうと言うことで……」

 サフィラがはにかみ笑いを浮かべて言ったが、アルキスがそれを見ることはなかった。無用な宣言をしてしまい、うなだれていたので。

「次にエレニ様ですが……悪い方ではありませんが浮世離れし過ぎですね。あれでは宮殿暮らしはつらかろうと思います」

「王族は結構予定が決め決めだからね。私も結構自由人な自覚はあるけど、彼女はその上を行くわね……」

 サフィラがさすがに苦笑して言った。エレニの奇行は宮殿でも話題になっており、鳥を捕まえて一日中観察していたとか、花を摘んで愛でるのかと思えば分解して構造を調べていたとか、他にもいろいろある。確かに悪い人ではないが、変人が過ぎる。奇行はサフィラで慣れているはずの宮殿でも話題になるほどである。

「最後にクリュティエ様ですが、さすがに最年長と申しますが、落ち着いていますね」

「おっとりしているだけじゃないの? 話は聞いてくれるし、結構頭はいいと思うけど」

 サフィラが的確にクリュティエを称した。フィリスが微笑む。

「それで十分です。姫様は政治も担っておられるのでわからないのかもしれませんが、女性であればそれで十分なのですよ」

 最低ライン、とも言う。他の三人はそれを満たしていないと言うわけで。

「じゃあ、フィリス的にはクリュティエ殿がいいんだ? 私も彼女ならお姉様と呼びたいけど」

 サフィラ曰く、エレニとソーラではどうしても姉と言う感じが出ないし、フィロメナは色気に引いてしまうらしい。正直、彼女にはアルキスも及び腰である。


「ちなみに、アルキスは?」


 ほら、やっぱり聞かれた、と思いながら、アルキスは答えた。

「そうですね……私はフィリス殿ほど意見はありませんが、ソーラ殿でなければいいな、と正直思います」

「あー、うん。そうね……」

 ソーラが王妃となれば、サフィラは一日中説教される可能性がある。国王の妻と言うことは、宮殿内で最高位の女性になると言うことだ。つまり、サフィラより上になる。それをいいことにソーラはサフィラを自分色に染めようとするだろうと思われた。

 王妃候補の品評会となった休憩を終え、サフィラが仕事に戻る。昼食もこの三人でとった。仕事中はともかく、休憩になるとサフィラはここぞとばかりにフィリスやアルキスに甘えた。まあ、かわいらしいわがままに、二人も頬を緩めて応じてしまうのだが。


 夕刻、ハリラオスたちが戻ってくるころにはサフィラが抱えていた執務はほとんど終わっていた。さすがに優秀である。集中力があり、力を抜くときは抜く。その切り替えがうまいのだ。

「よーし。そろそろ終わるわ」

 と、サフィラが伸びをした。フィリスが「お疲れ様です」と微笑む。お茶でも入れようとしたのだろう。フィリスが立ち上がった時、部屋の扉がたたかれ、「姫様!」という兵士の切羽詰まった声が聞こえた。

「開けてやって」

 サフィラに言われ、アルキスが扉を開けた。近衛隊長が扉を開けたことに驚きつつ、若い軍人はその場に膝をついた。


「申し上げます! 国王陛下が城門のすぐ外までおいでですが、王妃候補であるソーラ様が悪漢にとらわれ、身動きできぬご様子!」


 いかがいたしましょう!? とすがるような目で軍人はサフィラを見た。一瞬目を見開いた彼女だが、すぐに立ち上がる。勢いがつきすぎて椅子が後ろに倒れた。

「すぐに城門を閉めろ! 跳ね上げ橋も上げろ! 早く!」

「は、はいっ」

 サフィラの怒声に軍人はすぐさま命令を伝えに駆けだした。気圧されたのもあるだろう。サフィラは細剣を手にすると言った。

「フィリスはここで留守番。アルキスはついてきて」

「わかりました」

「御意に」

 アルキスは前を行くサフィラに続き、廊下を歩く。王女と近衛隊長の姿に誰もが道を空けた。

「姫様。いかがなさいます」

「……まずは状況を確認する」

 サフィラはそう言って、琥珀色の瞳を細めた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


サフィラは公私がはっきりわかれていそうです。


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