7.候補たち 2
その日のアルキスは、ギャラリーで美術品の鑑賞をしている王妃候補の中で最年長の女性、クリュティエに遭遇した。アルキスが王族の護衛を担当する近衛だから仕方がないが、よく王妃候補と遭遇した。サフィラと仲良くなったエレニや、どうやらアルキスを誘惑しようとしているらしいフィロメナにもよくあう。
クリュティエとも何度か話したことがあるが、おっとりしている面をのぞけば一番話しやすい相手である。まあ、アルキスが話しやすくてもどうにもならないのだが。
アルキスは隣にいるハリラオスを肘でつついた。そう。今回はハリラオスが一緒であった。ハリラオスは恨みがましくアルキスを睨みつつ、強張った笑みを浮かべてクリュティエに話しかけた。
「今日は芸術鑑賞ですか、クリュティエ殿」
声に反応してクリュティエが振り返り、おっとりと笑みを浮かべた。
「ええ。こんにちは、陛下。ご機嫌麗しく」
動作だけでなく口調もどことなくのんびりしていた。ほやほやとした笑みを浮かべた彼女は小首をかしげた。
「今日はサフィラ様はいらっしゃらないのですか? いつも、宮殿内を案内してくださるのですが」
いつの間にかこっちでも仲良くなってる! アルキスは驚愕したが顔には出さなかった。ハリラオスも動揺したのか、口の端がひくっとひきつった。
「……あれは今、財政決裁の最中で……何でも支出額が合わないとか」
「陛下は手伝わなくてよろしいんですの?」
悪気無く聞いてくるクリュティエに、ハリラオスは結構な攻撃を食らったようだ。
「……財政管理に関してはサフィラの方が得意だ。俺は……邪魔だと叩き出された……」
「まあ」
クリュティエは驚いて目を見開き、それから目を細めてやっぱりほわんとした笑みを浮かべた。
「サフィラ様はきっと、陛下の負担を軽くしようとなさっているのですね。お話ししていても思いましたが、よい妹姫様であられますね」
シスコン国王はクリュティエの称賛に食いついた。
「そうだろう!? あの子はよい子なのだ……!」
アルキスはハリラオスにツッコミ(物理)をいれようか真剣に迷った。だが、予想に反してクリュティエはおっとりと微笑む。
「陛下はサフィラ様を大事に思っていらっしゃるのですね」
「もちろんだ。たった一人の家族だからな」
シスコン国王は上機嫌である。クリュティエがハリラオスに話を合わせているだけだとしても、サフィラの自慢話に付き合えるのはすごい。
楽しげにいかにサフィラが聡明で強く美しくハリラオスにとって大切な存在かをくりゅティアに語る国王を横目に、アルキスは遠い目になる。ハリラオスの友人でもある彼は、サフィラが生まれたころよりハリラオスのシスコンに付き合わされてきたのだ。遠い目にもなろう。
聞き流しているのか本当に面白いのか、クリュティエはハリラオスの言葉に相槌を打っている。少なくとも、ちょっと感性が変わっていると思う。ハリラオスの妹自慢に付き合える人は初めて見た。もうクリュティエが王妃でいいのではないだろうか、と投げやりなことを考える。
「何を聞いても嫌な顔せず教えてくださって。わたくし、この性格ですから相手の方をいらだたせてしまうことが多いのですけれど、サフィラ様はそんなご様子もなく。辛抱強くわたくしの相手をしてくださって……」
と、クリュティエがややサフィラ信者になりつつあることに衝撃を受ける。
「いや……あの子はとてもいい子で私の宝も同然なのだが、ちょっと変な子だろう。こちらこそ、あの子の相手をしてくれて助かる」
ハリラオスも、サフィラが変な子であると言うことはわかっているのだ。少なくとも、普通の女の子は剣や弓を振り回し、財政管理のために国王たる兄を蹴りだしたりはしないだろう。
「わたくしでよろしければ、いくらでもお相手いたしますわ。むしろ、サフィラ様の侍女にしていただきたいくらいです」
国王ハリラオス。この国の頂点に立つ男でありながら、妹に自分の王妃候補をとられそうになっている。何故か面白くて、アルキスは唇の端をひきつらせた。表情筋に力を入れて無表情を保つ。
「ああ、陛下。こちらにおられましたか。クリュティエ殿、ご機嫌麗しく」
宰相のヴァイオスがハリラオスを探してやってきた。いくらサフィラに叩き出されたとはいえ、政務はそれだけではない。
「ご歓談中申し訳ありませんが、至急目を通していただきたい書類がございまして」
「わかった。ではクリュティエ殿。失礼させていただく」
「はい。お話し、ありがとうございました。頑張ってくださいませ」
クリュティエが淑女の礼をもってハリラオスを送り出す。彼女はそのまま美術品鑑賞に戻るようだ。
彼女の姿が見えないところまで来てから、ヴァイオスが興味津々に尋ねた。
「して、陛下はクリュティエ殿がお好みですかな」
ハリラオスがギクッとした。クリュティエが王妃候補であると言うことを忘れていたようだ。会話を聞いていた限り、クリュティエにもその意識があったのか怪しいが。
ハリラオスが黙り込んでしまったので、アルキスもつついてみる。
「私としては、他の候補の女性たちより感じが良いと思うのですが」
「……」
それでも沈黙。そろそろ腹をくくればいいのに、と思わなくもない。
「陛下」
ヴァイオスがさらにせっつくと、「黙秘権を行使する!」などと裁判のようなことを言い出したハリラオスである。往生際が悪い。
ハリラオスの思いはともかく、彼が提示した『サフィラとうまくやれること』という条件を、エレニとクリュティエは満たしている。フィロメナとサフィラが話しているところは見たことがないのでわからないが、性格的に合わなさそうである。なんというか、サフィラは気にしなさそうだが、フィロメナはサフィラの無関心さに腹を立てそうと言うか。偏見だけど。
それはさておき。王妃候補の最後の一人、サフィラ姫と同い年のソーラである。ちなみに、彼女はサフィラを馬鹿にするような目で見ていたので、アルキスの第一印象は良くない。
ソーラの魅力は子供と大人の過渡期である危うい美しさだろう。ハリラオスをはじめアルキス、リダに言わせるとサフィラの方が美人であるのだが、系統が違うので正確には比べられない。なおかつ、この三人は程度は違えどサフィラをかわいがっているので、身内びいきも入っているので信じてはいけない。
そのソーラとサフィラ、十六歳の少女二人が庭園で顔を合わせていた。と言っても、エレニとのように仲よさそうに植物観察をしているわけでもなく、花に水をあげているサフィラにソーラが突っかかっている様子だった。何故通りかかってしまった、自分。
「失礼ですけれどサフィラ様。王女が自らの手で花に水をやるなんて。そんなものは下女にやらせればいいのですよ。物の道理をわかっておいでではないのですね」
決めつけるような口調にも、サフィラは怒らなかった。逆にソーラに微笑みかける。
「でも、植物は愛情を注ぐと良く成長するのよ」
植物に話しかけるとよい、と言うのは、アルキスも聞いたことがあった。水をあげながら話しかけるのはちょっと変な子かもしれないが、それも今更なのでサフィラも宮廷人たちもあまり気にしていない。
だが、ソーラはそうでもないようだ。
「そう言う問題じゃないでしょう! それに、内政にも口を出していると聞きました。王女の身には過ぎたるものでは?」
「……」
さしものサフィラも沈黙した。どう返したものか、迷っているらしい。
サフィラが内政に関わっているのは、まあ、本人の希望もあるが実に合理的な配慮の上だった。身もふたもなく言ってしまえば、サフィラはハリラオスの『予備』。現国王に何かあった時のための予行練習をしているに過ぎない。
ソーラはサフィラと同い年のはずだが、三年前の出来事を知らないのだろうか。あの時の状況を知っていれば、サフィラが政治に口を出すのもある意味当然と思えるだろう。ただの王女が国王の持つ軍を動かせばそれは越権行為であるが、初めから権力が二分化されていれば、サフィラは自分の権力の及ぶ範囲で軍を動かすことができる。政治に関しても同じこと。
いまのエルピスは、ハリラオス、サフィラのどちらか片方を無力化しても、もう片方が動けるという実に効率の良い状態となっているのだ。まあ、本来ならあまり好ましくないのだが、王族が二人しかいない現状。やむを得ない。
ソーラは次々とサフィラに説教のような言葉を述べているが、サフィラは反応に困っている様子だった。ソーラの言うことは、『身分の高い女性は男性のやることに口出しせず、邪魔にならないようにすべき』ということだ。これはある意味間違っていない。エルピスの古い時代、女性はつつましやかであるべき、とされていたからだ。最近はそうでもないのだが、ソーラは少々考え方が古いのかもしれない。
ソーラに悪意が皆無とも思えないが、親切心もあって行っているのかもしれないし、サフィラも下手なことを言えないのだろう。そもそもソーラは兄ハリラオスの王妃候補であるし、彼が結論を出さないうちから王妃候補と喧嘩をすべきではない、と思っているのだろう。
完全に割り込む機会をいっしたアルキスはソーラがいなくなるまで黙ってやり取りを見ていた。ソーラが立ち去り、ため息をついたサフィラが口を開く。
「アルキス~。見てたなら、助けてくれればよかったのに」
「は……いえ、あの状況でどう口をはさめばよいかわからず」
「ソーラ殿はちょっと世間知らずなのよね。メラニー公爵領は王都から離れてるし」
サフィラはソーラの説教をそう結論づけたようだ。リダが怒りの表情でサフィラに訴える。
「姫様が何もおっしゃらないので私も口をはさみませんでしたけど、あれは姫様に対する侮辱です! 不敬罪で処罰しても誰も文句を言いますまい!」
実はアルキスも同意見であるが、彼は口には出さなかった。
「と、言ってもねぇ……。まさか私がソーラ殿と喧嘩するわけにもいかないでしょ。うん、ダメダメ」
サフィラが困ったように微笑んで言った。王妃となればサフィラも関わってくるが、王妃候補では、サフィラにはあまり関係ないのである。それでも、国王の妹と言うことで関係せずにはいられないけど。
「ソーラ殿みたいな考えの人は他にもいるだろうし、そう言う女性が好みの男性もいるでしょ」
サフィラはしれっとそう言って、対応はすべて兄に丸投げするようであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エルピスは王政国家ですが、実情は権力がに分化されています。危険ですね……。




