5.四人の候補
結局、四人の貴族の姫君の滞在許可はハリラオスが出した。その四人とは宰相が選んだ今敵に回したくない諸侯の縁者の姫君たちだった。えりすぐりである。いろんな意味で。
最年長はクリュティエと言う二十一歳の女性だ。アグニ公爵の三女で、おっとりした優しげな女性である。エルピスでは行き遅れとみなされてもおかしくない年齢であるが、ありえない年齢ではない。栗毛をハーフアップにまとめ、青海のような瞳をした女性である。
続いて十九歳のフィロメナ。ムラト公爵の長女だ。気の強そうな女性で、赤みがかった茶髪に新緑の瞳をしたくっきりした顔立ちの美女である。目は少し釣り上がり気味。実際に気が強いので、そのために今まで結婚できなかったのではないかと思われる。
さらに十八歳のエレニ。イアソン侯爵の孫娘で、どこかぽやーっとした印象のある女性である。クリュティエのようなおっとり、とは違う。浮世離れしている感が強い女性で、濃い金髪に淡い紫の瞳をしたかわいらしい系の女性だ。
最年少は十六歳。サフィラと同い年だ。ソーラ・メラニー。メラニー公爵の次女だ。フィロメナとはまた違った意味で『気が強そう』な少女であり、外見だけで言えばサフィラより大人びて見える。褐色の髪に暖かなオレンジの瞳をした美少女だ。
「これだけそろうと目の保養ね」
感心したように言うサフィラであるが、アルキスは彼女はあの中の誰よりも美人だと思う。まあ、身内の欲目的なものが入っていないとは限らないが。
今、四人の候補がハリラオスと謁見している。その様子を、サフィラ、アルキス、リダの三人は離れたところから見ていた。ハリラオスが引きつった顔をしている。
「あーあ。あんなに美女に言い寄られてるのに、引きつった顔しちゃって」
軽く不敬罪に抵触しそうなことを言うリダであるが、いつものことなので放っておく。
「お兄様も女の人は嫌いじゃないはずなんだけど」
こっちもこっちで怖いサフィラの発言。兄がどの女官に手を付けた、とかまで把握していそうで怖い。
「今日から姫様は彼女らと一緒に暮らすことになるのでしょう? 大丈夫なのですか?」
「平気平気」
いつものように同じ言葉を繰り返し、サフィラはアルキスを見上げる。
「私の生活は脅かされないわ。私、子供っぽい自覚あるけど、それで侮ってくるようならそもそも王妃として認められないわね」
お兄様の相手として、ではない辺り、彼女は為政者だと思う。彼女も兄が大好きなはずだが、彼女はブラコンと言う感じがしない。時々罵倒しているからだろうか。
「……前から思っていたのですが、その性格はわざとなのですか」
「アルキス、なに聞いてんの」
リダに呆れられたが、サフィラは気を悪くした様子もなく答えた。
「えー。だって、お兄様とアルキスは甘えても怒らないでしょ。私だってい~っつも政治のことばっかり考えてるのは嫌だもん」
つまり、気が抜けると子供っぽくなるのか。アルキスは思わず微笑み、「そうですね」と相槌を打った。リダから「お前も十分甘い」と言われるが、基本的にこの宮殿の人間はサフィラに甘い。
四人の候補たちが女官に連れられてそれぞれの客室に向かっていく。人がはけたところで三人はハリラオスに突撃をかけた。
「どうだった?」
サフィラが興味津々で尋ねる。ハリラオスはため息をついた。
「どうと言われても……年が若すぎやしないか? メラニー公爵の娘など、サフィラと同い年だぞ」
と、ハリラオスが苦言を呈したのは宰相のヴァイオスに対してである。彼はしれっと言ってのけた。
「陛下は御年二十八歳。それくらいの年齢の女性は、すでに結婚して子供もいるほどです。年齢を気にするのであれば、クリュティエ殿なら二十一歳ですし、陛下と七歳違いですよ」
ヴァイオスは白いひげに覆われた口元に笑みを浮かべる。彼はそれほどの年ではないのだが、頭髪もひげもすでに白くなっていた。
「ああ……まあ、そうだが」
煮え切らない。まあ、初見で答えを出せ、と言う方が不可能である。兄より現実的な妹は手をたたいて言った。
「ま、お兄様はまだ若いし、そこまで急がなくてもゆっくりみんなと知り合っていって決めればいいわよ」
「なら、何もこんなことをする必要はないだろう……」
「それとこれとは話が別です」
しれっとハリラオスに意見したのはヴァイオスである。確かに、ハリラオスはまだ三十にもならない若い王であるが、それとこれとは話が別である。
「まあ、控えとして私がいるし、絶対ってわけではないけど」
「お前だけに無理はさせられん……しかし、やはりお前とうまくやっていけるというのが条件の一つだな」
サフィラはハリラオスが結婚しようがしまいがどこかに嫁いでいくだろう。国外に出ることはないだろうし、遠い領地に住まう諸侯に嫁ぐこともないだろう。だが、姫君である彼女が結婚できる相手は限られている。そううまく見つかるだろうか、と思うアルキスだが、今はサフィラよりもハリラオスの結婚相手意である。手始めとして、サフィラを交えて晩餐会を行うことにした。
最年長のクリュティエは落ち着いた藍色の、フィロメナは鮮やかな赤、エレニは淡紅色、ソーラは濃い紫のドレスを纏っていた。最上位の女性となるサフィラの淡い緑のドレスとかぶるようなものはいなかったが、フィロメナが身に着けているネックレスはサフィラのものと同じダイアモンドだった。形が違えばさほど気にならないのだが、似たような形状をしているので比べてしまう。
どちらが似合っているか、という点で言えば、フィロメナの方が似合っているだろう。しかし、この五人の中で最も地位が高いのは王女サフィラ。彼女が身に着けるものと似ているものは身に着けるべきではない。
だがまあ、これくらいなら目くじらを立てるほどでもないだろう。サフィラもわざと合わせてきた可能性もある。相手がどんな反応をするか見るために。
アルキスとリダは、それぞれ国王と王女の護衛として食堂に控えていた。エルピスでは椅子に座って食事をする場合と、床に絨毯やクッションを敷き食事をする場合とがある。だが、後者は大人数の宴での場合が多いので、今回、六人しかいない晩餐会は椅子に座ってのものだった。
さすがにみんな貴族令嬢である。上品に食べ、かつ飲む。ちなみに、十六歳王女サフィラは酒豪であるが、今回は飲酒を控えている。四人の王妃候補を観察するためである。アルキスは最近結構本気でこの王女が怖い。
ハリラオスがむっつりと黙り込んでしまっているので、サフィラが適度に全員に話をふっていた。最近流行のファッションに始まり、どこそこの領主の娘が駆け落ちしたらしいとか、交易をおこなっている異国の話とか。
知略優れるサフィラにしては頭の悪そうな話題であるが、世の中の貴族令嬢はこれくらいの話題しかわからないらしい、と言うのがリダの意見だった。
見たところ、一番くいつているのがフィロメナである。逆に、馬鹿にしているのがソーラか。クリュティエはおっとりだし、エレニの返答は要領を得ない。
晩餐会を終えた後、サフィラが直球で尋ねた。
「で、お兄様どうだった?」
「……と、言われてもだな……お前はどう思った?」
「私の意見でお兄様の考えを染めたくないもん」
ぷくっと膨れるのは子供っぽかったが、発言は為政者のそれだ。
「……とにかく、四人が何を考えているのかわからん」
「まずお兄様は女心を学ぶべきね。まあ、周りにいるのが私やリダや女官だけっていうのがまずいのかもしれないけど」
サフィラも、自分が変人であると言う自覚はあるらしい。リダも変わっているし、女官たちは職務に忠実だ。そんな女性たちしかしらないのだから、ハリラオスに女心が理解できないとしても仕方がないのかもしれない。
「って言っても、私もよくわかんないから、ミレラにレクチャーしてもらう?」
「やめてください」
とっさにアルキスは言った。ミレラは、アルキスの姉だ。すでに嫁いでいて、確かにサフィラの言うとおり一般女性の感覚を持ち合わせているが、強烈な人物なのだ。
「とんでもない人だったら反対するけど、お兄様が『この人!』って思う人を選べばいいと思うよ~」
「……それが難しいのだ」
はあ、とハリラオスがため息をつく。男として、アルキスはハリラオスに心から同意した。
「で、姫様的にどうだったんですか?」
ハリラオスがヴァイオスに呼ばれて席を外したのをいいことに、リダが尋ねた。アルキスも気になったので止めない。
「私もまだ何とも言えないけど、今のところソーラはやめてほしいかな」
サフィラの話を馬鹿にしたように聞いていた彼女か。同い年なので、敵愾心でもあるのだろうか。サフィラもあまり性格が良いとは言えないが、ああも人を見下したりはしない。
「底の浅さが見えている感じはしましたね」
「あ、わかる? まあ、お兄様が彼女を選ぶことはないでしょ」
リダとサフィラが意気投合している。アルキスには良くわからないのだが、女性同士で通じるところがあったらしい。多少変わっていても、やはり女だと言うことだろうか。
「姫様的には、この後どうするんですか?」
興味津々に尋ねるリダであるが、サフィラは素っ気なかった。
「成り行きに任せる」
「ええ? 王妃を選ばなくてもいいんですか?」
リダが首をかしげると、サフィラは笑った。
「別にあの四人の中から選ぶ必要はないもの。私があれこれ手をまわさなくても、ヴァイオスがまわしているだろうし。私は傍観しておくわ」
「なるほど。国王陛下、頑張ってください」
リダがすでに姿のないハリラオスに向かってエールを送った。この二人、何気に面白がってないだろうかと思ったが、アルキスは賢明にもツッコまなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
サフィラは確信犯のような気がする。