4.護衛騎士
「だからさぁ! 嫌がってる女の子を無理やり連れて行こうとしてたんだって!」
「たとえそれが本当でも、姫様の護衛が街で問題を起こすな!」
「いだだだだっ」
耳を思いっきり引っ張られ、黒髪を切りそろえた女性……リダは悲鳴をあげた。だが、これに関しては自業自得であるとアルキスは思っている。
「お前はっ。姫様の隣に立つ人間なんだぞ! もう少し自覚を持て! 恥をかくのはお前ではなく姫様なのだからな!」
「痛い痛い痛いっ。わかったから、離してって!」
アルキスはリダの耳を解放した。リダが耳をさする。引っ張られた耳が赤くなっていた。二人のやり取りを見てサフィラがからからと笑う。
「相変わらず二人は仲がいいのね」
「どこがですか」
アルキスとリダの剣呑な声がかぶった。セリフまで一緒なので、サフィラはやはりくすくすと笑う。
こうしていると普通の姫君にしか見えないサフィラも、本性を垣間見て見れば立派な変人。その人格になった責任の半分くらいは、このリダにあるだろう。この女も残念な美人タイプの女だった。
さすがのアルキスも街中で説教をかますわけにはいかず、宮殿に戻ってきていた。サフィラの市場調査も区切りがついていたので、ちょうどよかった。
「まあ、とりあえずそれは置いといて。リダ、おじい様の容体はどうだった?」
リダは領地の祖父に会いに行くために護衛の役をしばらく返上していたのだ。亡くなったわけではなく、ひと月ほど前、階段から落ちたらしい。
「すごく元気でしたよ。階段から落ちて肋骨が折れて動けなかっただけですし」
からりと笑ってリダは言った。アルキスはため息をつく。
「おじい様も相変わらずだな」
「アグレッシブだよね。そもそも階段を駆け下りようとするから足を滑らせるんだ」
「……二人とも、容赦ないのね」
困り顔でツッコミを入れたのはサフィラだった。アルキスとリダはそろって肩をすくめた。
リダが見舞いに行ったアントニス伯爵であるが、彼はリダの父方の祖父でもあるが、アルキスの母方の祖父でもあった。つまり、この二人は従兄妹同士なのだ。言われてみれば顔立ちが何となく似ている気がする、と言う人が多い。
アルキスがハリラオスに仕えている縁で、リダはサフィラの護衛となった。今から四年ほど前のことだ。以降、サフィラは三つ年上のリダを姉のように慕っている。リダの方も、サフィラに慕われて悪い気はしないだろう。あれこれと面倒を見て、いろいろなことを教えている。まあ、いらないことも教えていそうだが……。
「それより姫様。あたしが不在の間、何もございませんでしたか?」
「ええ。平和そのもの」
にっこりと笑い、サフィラは平然と言ってのけた。リダは少しむくれる。
「なんか、あたしがいなかったから平和だったみたいないい方ですね」
「全くその通りだ」
「そんなことは言ってないわ」
アルキスとサフィラが同時に全く違うことを言って、目を見合わせた。目をしばたたかせるサフィラにアルキスは少し目を細めると、リダに向き直った。
「お前が姫様を連れまわす確率の方が高いだろう。お前がいなければ姫様は比較的おとなしい」
「……アルキス。いつものことだけど、あなた、一言余計だと思うわ」
サフィラが呆れた様子でアルキスにツッコミを入れた。アルキスも行ってしまってからはっとしたのだが、出たものは戻せない。
「それに、リダがいろいろ教えてくれて、わたくしは楽しいわ」
「ほらぁ。姫様はわかっておられる」
リダがサフィラの言葉に勇気づけられて勝ち誇ったように言った。アルキスは再びため息をついた。
さらにアルキスとリダの舌戦が繰り広げられようとしたところに、ハリラオスがやってきた。サフィラが街から戻ってきたと報告があったのだろう。
「サフィラ、無事だな」
「当たり前よ。アルキスも一緒だったもの」
そう言ってハリラオスに抱き着くサフィラである。ハリラオスがでれでれと顔を緩める。興がそがれたアルキスは死んだ目でその様子を見ていた。リダも同じようで、呆れた表情で国王に言ってのけた。
「陛下……相変わらずのシスコンなんですね……」
「おお、リダ。お前、帰ってきたのか」
サフィラを抱きしめたままハリラオスはリダを認めて言った。リダは騎士の礼をとり、「ただいま帰還いたしました」と笑みを浮かべた。そうしていれば、中身残念なじゃじゃ馬女には見えない。
「アントニス伯爵の容体はどうだった?」
「超絶元気でしたよ……」
サフィラに言ったのと同じような言葉を言い、リダは苦笑を浮かべた。本当に元気だったらしい。さりげなく心配していたので、アルキスもほっとした。
「それはよかった。アルキスも心配していたからな」
ハリラオスに図星をさされたが、アルキスは肩をすくめるだけでとどまった。ちなみに、さすがにサフィラは解放されているが、彼女は兄の腕にしがみつくようにしていた。こういうところが可愛いのだが、同時に子供っぽいと言われるのだ。本人も気にしているようだが、まずこういうところから直すべきだと思う。
「おじい様、『アルキスは来ないのか』って言ってた」
リダが思い出したように言った言葉に、ハリラオスが面白そうな声を上げる。
「ほお。見舞いに……行ってもらうと困るな」
「私も、陛下と姫様を放って見舞いに行けるとは思っていません。ですから、リダに代わりに行ってもらったのですし」
途中で方針転換したハリラオスだが、アルキス自身もここで見舞いに行っても、ハリラオスやサフィラのことが気になって上の空になってしまうと思う。
みんなで笑い、ひと段落したところでハリラオスが言った。
「サフィラ。ちょっといいか?」
「はいはーい。あ、予算足りなかった?」
「それではない……いや、いい。お前たちも聞け」
席をはずそうとしていたアルキスとリダは、思わず顔を見合わせる。てっきりハリラオスはサフィラに内政関係の話をするのだと思ったのだが、違ったのだろうか。
「実は、な……」
歯切れ悪くハリラオスは言葉をつむぐ。甘えるようにハリラオスにひっついているサフィラが彼の手を取ってぶらぶらしながら「はっきりしなよ~」と言った。まったくもってその通りであるが、態度は甘えるようなもので何とも言い難い。
「……ヴァイオスに縁談を勧められてな……」
「いつものことですね」
「いつも通りですね」
「っていうかお兄様、さすがに結婚は考えたほうがいいと思うわ」
アルキス、リダ、サフィラ。三人ともに同じ意見だった。がっくりうなだれたハリラオスは反論する。ちなみに、ヴァイオスとは宰相の名である。
「だがな、サフィラ……! そう言うことはまだ考えられんのだ」
明らかにシスコンがこじれているが、アルキスは黙って置いた。
「でもお兄様、もう二十八でしょ。まあ、その年で結婚してない男の人は珍しくはないけど……」
「お前にも縁談が来ているぞ……」
「ええ~。やだぁ」
とたん、サフィラも顔をしかめた。しかし、この姫君はシスコンの兄より現実が見えているようだった。
「まあ、お兄様が結婚してもしなくても、お兄様に子がいなかったら私の子が王位を継ぐんでしょうし? 私も十六歳だし、唯一の王族の女だし、そういう話が来ても不思議じゃないわよね」
現実主義者の妹に、ハリラオスは泣きそうだった。
エルピスの貴族女性は結婚が早い。大体、十四歳から二十歳の間に結婚する。リダのような変わり者もいるが、これは数少ない例外だ。伯爵家の姫君でもある彼女だが、サフィラの護衛を務めていることもあり、多少は目をつむると言うことだろう。もし結婚できなければ武装神官になってでも姫様にお仕えする、と言うのがリダの言である。
だがまあ、王族であるサフィラはリダのようにはいかないだろう。彼女はもう十六歳。顔立ちも振る舞いもまだ子供っぽさは残っているが、確実に大人の女性へと近づいている。
「お前がほかの男のものになるなど、考えられない……!」
そう言って嘆くハリラオスに対し、サフィラは「でも国は出ないから」と慰めているのか微妙な発言をする。
確かに、サフィラが国外に嫁ぐことはないだろう。そもそも、王族が少ないのだ。できるだけサフィラを手元に置いておきたいと宰相も考えているはず。
アルキスも、妹のようにかわいがってきたサフィラが嫁ぐことを考えるような年になったのか、と万感の思いとともに少しさみしくなった。
「それで、お兄様。続きは?」
国王の縁談は国政に関わる。内政に深くかかわっているサフィラとしては、兄の相手になる人間が気になると言うのも無理からぬ話だ。妹として気になると言うより、為政者として気になる、と言うところだろう。
「お相手は国内の方? それとも国外の方?」
「国内の者だ。他国の者では、その相手国につけ入る隙を与えてしまうからな」
「なるほど。ある程度安定しているとはいえ、まだ他国の干渉をはねかえせるほどの力はないものね」
それよりも国内の諸侯の姫君を娶り、国内を盤石とする方が先だ、と、宰相は考えたのだろう。サフィラも納得している。そして、おそらく、ハリラオスも理性では納得している。
「お前とうまくやっていける女性ならよいのだが……」
これは別に、嫁と小姑の関係を気にしたわけではない。結構現実的な問題で、サフィラが内政に関わっているため、サフィラと王妃が敵対するようになったら困る、と言うことだ。まあ、そんなことになっても、ハリラオスも国民もサフィラを支持するだろう。琥珀姫の人気は侮れない。
「ですが陛下。それだけであなたがあわてるとは思えないのですが」
アルキスが指摘すると、ハリラオスは再びため息をついた。
「……ヴァイオスが、王妃候補の女性を四人、宮殿に呼びたいと言うんだ……」
つまり、四人とお見合いか。いいのではないだろうか、とアルキスは思った。
「いいんじゃない? お兄様が許可を出さないなら、私が出しておくから」
と、やはり妹の方が現実的である。ハリラオスは妹の即答にあわてた。
「しかしだな……! お前もその四人としばらくとはいえ生活を共にするんだぞ」
「私の生活は脅かされないわよ。誘惑されるのはお兄様だもの」
「……誘惑」
ぷっと噴出しかけたのは黙って聞いてたリダである。
「合わなかったら断ればいいのよ。お兄様国王なんだから、断ったところで気にすることないわ。大体、普段は豪胆なのにどうしてこういう時だけ優柔不断なのよ」
妹、容赦ない。うなだれるハリラオスがさすがに不憫になり、アルキスは苦笑してその肩をたたいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ハリラオスとサフィラは仲良し兄弟(笑)です。




