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琥珀姫  作者: 雲居瑞香
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3.市場調査

本日最後の投稿です。









 午後になり、アルキスはおしのび姿となったサフィラと合流した。おしのびといっても、この国の一般的な町娘の恰好である。髪をベールで覆い、体に沿うようなワンピースを着ている。これが本格的な夏場になると巻きスカートになったりするのだ。

 足元はサンダルである。髪は結っているが、ほとんどはベールで隠していた。この辺りを見ると、ああ、身分のある人のおしのびだな、となるのである。どれだけそれっぽく振る舞っても育ちの良さと言うのは現れるので、むしろそれくらいの方が怪しまれなかったりする。

 元気に闊歩しながら商店を覗き込むサフィラに、王都の人々も微笑ましげだ。琥珀姫エレクトラの名は有名だが、サフィラ本人の顔はあまり知られていない。なので、単純にこの元気な娘が微笑ましいのだろう。アルキスも微笑ましく見守っていた。


「あまり離れないでくださいよ」

「大丈夫だって。はぐれてもアルキスはすぐに見つかるもの」


 サフィラは邪気なく微笑みそんなことを言ってのけた。確かにアルキスには独特な存在感があるので、サフィラからは見つけやすいだろう。しかし、女性の平均ほどの身長であるサフィラをアルキス側から見つけるのは結構難しいのだ。その辺をわかってほしい。


 ちょうどサフィラは髪飾りを売っている露天商を覗き込んでいた。アルキスも並んで覗き込むと、なるほど。髪飾りは宝玉と鉄を使っているので、相場を知るのに良いと思ったのだろう。貴族の娘が見るものとしても不自然ではないので怪しまれない。

 サフィラが髪飾りをいくつか手に取り、品質を確かめている。さらに値段も確認し、「うーん」とうなった。何か気になる点でもあったのだろうか。


「騎士様。かわいらしい恋人にひとつ買ってやればどうだ」


 露天商の店主がアルキスに話しかけた。話しかけたのだが、アルキスは一瞬気付かなかった。間を置いてから、ああ、自分か、と思った。年ごろの男女が一緒にいるので、恋人かと思ったのだろう。

「……ほしいですか」

「……うーん。かわいらしいけど、いいかな……」

 サフィラは街を歩きなれている。こういう勘違いをされた時、そう思わせておく方が良いと言うことも理解している。だから、こういうあいまいな態度をとるのだ。


 あいまいなのは、サフィラが自分の容姿に妙に無頓着であるから、と言うのもあるだろう。その髪飾りは露天商のものにしては細工も良いもので、ついている石も本物の宝石だ。値段もそこそこで、普段使いであればサフィラが身に着けても問題なさそうなものだ。

 だが、いまいち自分の容姿について理解していない様子のサフィラは、こんなかわいらしい髪飾りを身に着けるには、自分よりもっとふさわしいものがいるだろうとか考えてしまうのだ。

 このサフィラの珍妙な思考は、おそらく、重度のシスコンであるハリラオスに責任があると思う。シスコンが重傷化してすでに取り返しのつかない域にまで達している彼は、愛する妹の周囲から、彼女をほめたたえようとする男たちを排除した。まあ、彼らは下心を持っているような男たちであったし、対応としては間違っていないのだが、それが徹底し過ぎてサフィラを『美しい』とほめる者が皆無となったのである。そのため、サフィラは自分が絶世級の美女であるとわかっていない。

 もちろん、重度のシスコンの兄ハリラオスをはじめ、アルキスも宮殿の女官や官吏、騎士たちもサフィラをほめたたえるが、それは身内の贔屓だとかただの王族に対するお世辞だとしか思っていない節がある。軽く笑って受け流されるのだ。


 こうして街を歩いていると、サフィラがベールで顔を半ば隠していても振り返るものがいる。彼女の美しさを隠し切れていないのだ。

 アルキスは楽しげに大道芸を見ているサフィラを横目で見た。その琥珀色の瞳はきらきらと輝いており、熱心に操り人形の劇を見ていた。


「すごい。すごーいっ」


 劇が終わり、サフィラは素直に関心の声をあげて手をたたいた。こういうところはまだ子供っぽく、無邪気でかわいらしい。容姿がそろそろ『可愛い』から『美しい』に変化しつつあり、内面と外見のアンバランスさがより彼女を魅力的にしている。

 『おひねり』を人形師が掲げる籠に投げ入れ、サフィラは興奮冷めやらぬ様子で「すごかったねぇ!」とアルキスに話しかける。

「糸だけであんなに人形を自在に動かせるなんて、すごいわ!」

「まあ、そうできるように練習をしているのですから、当然でしょう」

「むう。アルキス、夢も希望もないわね」

 そう言って唇を尖らせるサフィラはやはりかわいらしく、アルキスは苦笑を浮かべるのだった。


「ねえねえ。おなかがすいたから、何か食べましょ!」


 今度はそんな事を言いだしてアルキスの腕を引っ張る。市場調査に来た、などと言っていたサフィラであるが、この様子を見ていると、遊びに来たかったのだろうか、という疑問が頭をもたげる。

 彼女は近くの茶房に入ると、お茶とバクラヴァという生地が層になった甘い菓子を注文した。つられてアルキスもコーヒーを注文する。


「ん~っ。おいしい!」


 本当に空腹だったらしく、サフィラはぺろりとバクラヴァを平らげた。彼女は見た目によらず、結構な健啖家なのである。

 ゆっくりコーヒーを飲みつつ、アルキスは尋ねた。

「さて。次はどこに行きますか?」

「うん。今日はもう帰る」

「はっ?」

 アルキスは思わず目を見開き、お茶を飲むサフィラを見た。視線に気づいた彼女が顔をあげ、「変な顔になってるわよ」と笑顔になった。

「……もうよろしいので?」

「うん。見たいところは全部見たもの」

 ……どこが見たかったのだろうか。アルキスはサフィラと見て回った市場を思い出す。街の通りに並ぶ店に露天商。大道芸、そしてこの茶房。見て、多少店のものと話をして、それくらいだ。それで何か分かったのだろうか。


 アルキスに疑問に気づいたのか、サフィラが「あとで説明するね」とお茶を飲みほし、自分が飲んでいたお茶の茶葉を購入した。

 そして、いつものことだが支払い時にもめた。

「私の分は出すってば」

「いえ、ここで出されては男がすたります」

「いいじゃん、そんなの」

「男の沽券に関わります。だいたい」

「子供に払わせるわけにはいかないって?」

 すねたように言うサフィラに、アルキスは首を左右に振った。


「いえ。女性に支払わせるわけにはいかないので」


 そう言うと、サフィラはぽかんとした。先ほどのアルキスに勝るとも劣らない間抜け顔である。その間にアルキスが支払いを済ませ、サフィラの手を引いて茶房を出た。通りに出れば、サフィラは元通りの表情だ。

「……びっくりして払い損ねちゃったじゃない」

「それが狙いですから」

「あとで清算して返すから」

「姫様」

 アルキスはサフィラと視線を合わせるために少し屈んだ。時がたつのは速いもので、少し前までしゃがまないと視線が合わなかった気がするのに、今ではそんなに身をかがめる必要がない。


「年上の男が、年下の女性に支払わせるわけないでしょう。こういう時は、ありがとう、でいいんですよ。私もその方がうれしいです」


 諭すように言うと、サフィラはキョトンと目をしばたたかせる。

「そうなの?」

「そうですよ」

「……ありがとう」

 恥ずかしげに上目づかいでサフィラは言った。いつもは『子ども扱いして!』とプンスカ怒ってしまうので、今回は趣向を変えてみたのだ。素直に礼を言われ、少し勝った気分である。


「ええ。どういたしまして」


 口論が落ち着くと、二人は手をつないだまま歩き出した。

「それで、姫様は何を見ていらっしゃったのですか?」

「うん。価格」

 簡潔にサフィラは答えた。答えはこれで終わりではなく、彼女は言葉を続けた。


「物価調査ね。国内の商品と、輸入したもの。それに、塩と鉄」


 塩と鉄は日常生活に欠かせない。さらに砂糖の価格も見たかったらしい。ただおなかがすいて茶房に入ったわけではないのだ、というサフィラの主張である。

「それで、結果はどうでした?」

「少し価格が上がっているけど、許容範囲内ね。これくらいの価格変動ならあるでしょう、ってくらい」

 サフィラがにこにこと言った。アルキスもつられて微笑みつつ、「それはようございました」と答えた。

「でも、周辺国の動きが怪しいから、輸入品は要注意ね。いきなり値段が跳ね上がる可能性があるわ。それと、鉄が流出するかもしれない」

「それは……騎士としては聞き捨てなりませんね」

 アルキスは軽く眉をひそめた。鉄は、戦うのに必要な道具だ。それが他国へ流出してしまえば、エルピスの軍事力が下がってしまう。


「……ねえ、アルキスアルキス。あれ、何だろ」


 サフィラがちょいちょいとアルキスの服の裾を引っ張り、尋ねた。アルキスも気づいていた。人だかりができていて、その中心で何事か起こっているようだった。


「乱闘……のようですね。昼間から」


 人より長身のアルキスは何となくその様子が見えていた。乱闘と聞いたサフィラがアルキスの腕につかまる。離れないように、と言うことなのだろうが柔らかな胸を押し付けられてそんな場合ではないのにどきりとした。

「酔っぱらい?」

「さあ……そこまでは……」

 唐突に人垣が割れた。人々に合わせて体をよけたアルキスに、サフィラが自分の体を隠すようにしがみついた。いや、だから密着するからやめてほしいのだが、そう言えない自分が悲しい。

 人が割れた道を一人の女性が歩いてくる。この国の一般女性と比べると、やや背が高かった。黒髪を顎のあたりで切りそろえているが、女性だ。その人物を見て、アルキスは目を見開いた。


「リダ!?」

「ん? おお! アルキス!」


 切れ長気味の目を見開いて、彼女は快活に笑った。


 リダ・アントニス。サフィラの護衛の女性が、乱闘騒ぎの張本人であった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちなみに、サフィラたちが飲んでいるコーヒーはトルココーヒーです。

この話も隔日投稿で行きます。


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