26.決着
期間が空いてしまいましたが、最終話です!
魔力性閉塞症とは、簡単に説明すると、魔力があるのに放出しなかったため、体内に魔力がたまってしまう症状のことだ。発病すると、症状は流感に似ているらしい。なので、サフィラは『流感か』と尋ねたのだ。
これは魔力を放出してやれば割と簡単に回復する。しかし、問題はクリュティエが妊娠初期であることだ。まだ小さい命であるが、その新たなる命に影響を及ぼす可能性があるのだそうだ。
「魔力ってのは、基本的に世界法則を塗り替えるものだからね」
というのはサフィラの言だ。とにかく、熱と発疹の原因がわかったのなら、早急に対処するに限る。おそらく、クリュティエにはもともと魔術師の才能があり、普段は知らず知らずのうちに魔力を放出していたのだろう。しかし、妊娠して体質が微妙に変わり、放出がうまく行かなくなったのではないか、というのがうちの姫様の見解である。
確かにそれはありうる話しらしく、医者も同意していた。
基本的に対処療法しかできないのだが、その方法で十分回復するので問題ない。しかし、サフィラは深いため息をついた。
「私、魔術師なのに~。どうして気づかなかったのかしら……」
基本的にポジティブなサフィラが、ネガティブ思考に入っている気がした。ハリラオスやリダがまだ回復してきていないこともあるかもしれない。魔術師ではないアルキスはなんと言っていいかわからない。
「……まあ、私は魔術師ではないので偉そうなことは言えませんが……気づかなかったのは姫様だけのせいではありません。私たちはみな、疫病に気をとられ過ぎていましたから」
「うん……言えてる」
アルキスの鋭いツッコミに、サフィラは机に突っ伏した。その状態のあっま口を開く。
「お兄様さぁ。子供ができてすごく喜んでたの」
「……そうですね」
脈絡のない話をされて、戸惑うアルキスの図である。とりあえず相槌を打つ。
「私はさ。ほとんど両親のこと、覚えてないからよくわからないんだけど、やっぱり、お兄様、無理してたんじゃないかなって」
やや支離滅裂だが、何となく言いたいことはわかる気がした。先代の国王夫妻が亡くなった時、ハリラオスは十七歳、サフィラは五歳だった。五歳のサフィラがほとんど『覚えていない』というのはある意味当然だろう。だが、当時すでに青年期であったハリラオスは違う。
きっと、そんなそぶりは見せなかったが、ハリラオスは突然両親を亡くし、さみしかっただろう。つらかっただろう。彼は、その寂しさをすべてサフィラを守り養育することで紛らわせたが、それでも、さみしさが消えるわけではない。
ハリラオスがシスコンになったのはそのあたりの事情もあるのかな、と思えば同情も……覚える、かもしれないが、シスコンにはやっぱり引く。という話ではなくて。
家族を亡くした悲しみが、今、自分自身の子供ができて少しだけ癒されたのかもしれない。サフィラはきっと、そう言うことを言いたいのだ。
「……私、お兄様のことが大好きよ。シスコンでちょっとうざい時もあるけど、愛してくれているのがわかるもの。なのに……!」
サフィラが本格的に机に突っ伏し、その声がくぐもる。
「私が判断を間違えば、お兄様があんなに喜んだ赤ちゃんを殺してしまうかもしれない……! それがすごく怖い。魔力性閉鎖症は胎児に影響を与える可能性が高いの。死んじゃうことはほとんどないっていうけど、そんなの、わからないじゃない!」
「姫様」
駄目だ。本格的にネガティブ思考だ。言いたいことはわかるし、心配もわかるが、ちょっと後ろ向きすぎる気がする。
「お兄様は優しいから、私のせいでもきっと、『お前のせいじゃない』って言う。私のせいなのに! お兄様から大切なものを奪ってしまったらどうしよう……!」
アルキスはサフィラに歩み寄り、その背中を軽くさすった。かける言葉を探して、ひとまず彼女の体を抱き上げ、椅子からソファに座らせた。
「とりあえず、落ち着いてお茶を飲んで、私の話を聞いてください」
侍女も女官も出払っているので(現在宮殿内に人が少ないのである)、アルキスがお茶を淹れた。少し渋い気もするが、まあ、飲めなくはない。
「どうぞ。ちょっと渋いですが」
「……うん」
サフィラがいつもよりちょっと濃いお茶の色を見てうなずいた。そこまではっきりうなずかれると、アルキスもちょっとしょげる。
アルキスはサフィラの隣に座った。いつもならしないことだが、今はサフィラが気になるので隣に腰かけたのである。そこで一口飲んだお茶は、やっぱり少し渋かった。
「私の姉……ミレラが話してくれたことなのですが」
アルキスはそう口火を切った。アルキスの姉ミレラは既婚者で、子供もいる。
「姉が一人目の子を身ごもっていた時、段差につまずいてこけたことがあるそうです」
なんでも、ちょうど体重が増えてきたころで、体のバランスがうまく取れなかったそうだ。そのため、いつもは踏ん張れるほどのよろめきでも、そのまま転んでしまったそうだ。
「少しの衝撃で流産、となってしまう女性もいるそうですが、ミレラの子は大丈夫でした。最初に言った通り、一番目の子が今もすくすく成長中なんですよね」
サフィラの話を支離滅裂だと思ったアルキスであるが、自分のセリフも結構あやふやだった。何が言いたいのか、という感じだ。
「ええっとですね。何が言いたいかと言いますと……。必ずしも赤ちゃんに影響があるとは限らないっていうことです。大丈夫……とは気軽に言えませんが、陛下も妃殿下も強い方です。きっと、その御子も強いですよ」
「……何それ」
サフィラは涙声だったが、微笑んでくれたことにアルキスはほっとした。
「姫様……サフィラ様。今日はもう休みましょう。部屋までお送りします」
「……そうする」
サフィラはおとなしくうなずくと、必要なものを回収し、アルキスに付き添われて部屋に戻っていった。
△
クリュティエもハリラオスも順調に回復していった。今のところ、クリュティエの腹の子も大丈夫そうだ。まあ、まだ初期段階なので何とも言えない、とのことであるが。
「もう大丈夫なんだがなぁ」
そう言うハリラオスはベッドに身を起こしていた。本人的には回復しているのだが、周りが動くな、というのでうんざりしているのだ。
「クリュティエは?」
「回復中です」
アルキスは簡潔に答えた。アルキスも罹患している可能性があったが、今のところ発病していないので、よくわからないのだそうだ。
「……サフィラは? どうしている?」
ハリラオスは聞きづらそうだ。すべて彼女に任せてしまった負い目があるのだろう。アルキスは少しだけ目元を和ませた。
「陛下が回復したと聞いて喜んでいましたよ」
「……そう言うことではないんだがなぁ」
ややピントのずれたアルキスの返答であったが、ハリラオスは頬を緩めてそう言った。アルキスは笑みを浮かべたまま言う。
「陛下。気持ち悪いですよ」
「お前、俺が倒れてる間にサフィラに感化されたか?」
その可能性は否定できない、と思うアルキスだった。
「あれぇ。どうしたの?」
微妙な空気になっている男二人の間に、高めの声が響いた。サフィラだ。王妹である彼女は、王の寝所に止められることなく入ってきたようだ。
「サフィラ……見舞いに来てくれたのか?」
「それもあるけど、この事業を進める許可ちょうだい」
兄が病み上がりであっても、サフィラはぶれなかった。
基本的にサフィラは現実主義者であり、彼女の言うことなら基本的に間違っていない、という心情の元、ハリラオスは書類にサインした。サフィラが「ありがとー」と言うと、ハリラオスの枕元に腰かけた。
「お義姉様も順調に回復してるって」
「そうか」
満面の笑みでハリラオスに報告するサフィラ。おそらく、国王夫婦が回復して一番喜んでいるのは彼女だ。ちなみに、体力が有り余っているリダも回復してきていた。
サフィラが一時的に預かっていた国王権限も、今はハリラオスに変換されている。このことに関してサフィラは言ったものだ。
「ちゃんと機能したし、うまく行ったと思うけど、もう絶対にやりたくない」
とのことだった。
「あとでお兄様が倒れてた間の書類持ってくるから目を通してね。大体のことは整理してあるけど、どうしても私にはわからないところはとばしてあるから。それと、疫病は無事鎮圧。大流行は終わったと触れを出したわ。今は警報から注意報に変わってるくらいね。お兄様たちは事実上、流行最後の患者さんと言うわけだー」
ニコニコと、サフィラはそれだけのセリフを言ってのけた。彼女の言葉の先に大量の仕事を見たハリラオスは、顔をひきつらせたまま言った。
「そ、そうか」
微笑ましい……かはわからないが、仲の良い兄妹の会話である。このまま今までの日常が戻ってきそうで、アルキスも微笑んだ。
「ご苦労様でした、お姫様」
唐突に声が聞こえた。女性の声だ。黒髪に、その瞳は赤い。赤い唇は蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「お前!」
アルキスはとっさに声をあげた。ここは王の寝所なので、帯剣していない。サフィラがハリラオスをかばうように彼に身を寄せた。
「あらら、ごめんなさいね。危害を加えるつもりはないわよ。ただ、結果を見に来ただけ」
結果。予言のことか?
「誰だ?」
「自称魔女のお姉さん」
サフィラがハリラオスの問いかけに微妙な返答をした。間違ってはいないが、他に言いようがあるだろう。しかし、報告を聞いていたハリラオスは「ああ」と納得した。
「なるほど。初めて会ったな」
「お目にかかれて光栄ですわ」
何故かハリラオスと女……メデイアの間で会話が成立していた。何故だ。メデイアの赤い目がアルキスに向く。
「あなた、今、予言は終わったのか、と思ったでしょう。私が結果を見に来たと言ったからね」
「……」
その通りなので、アルキスは反論できなかった。メデイアがふふっと笑う。
「まだ予言は終わっていないわ。だって、お姫様はまだ選んでいないもの」
アルキスはちらっとサフィラを見た。その瞬間、メデイアが窓の方に向かって大きく飛びのいた。アルキスはハリラオスのベッドを回り込み、サフィラは直接ハリラオスを乗り越えて窓側に駆け寄った。なお、サフィラがハリラオスを乗り越えた際、彼の「ぐふっ」という声が聞こえたが、おそらく、サフィラが腹に乗るか何かしたのだろう。
気づけば、その場にメデイアの姿はなかった。アルキスは寝所を見渡し、サフィラは容赦なく窓を開けて外を見渡したが、やはりメデイアの姿はなかったようだ。
「あいっかわらず奇矯な女ね」
たぶん、メデイアもサフィラに言われたくないだろう。と思ったが、黙って置いた。
「あれも魔法なんでしょうか」
「さあね。どっちかっていうと、体質に近い気もするけど」
と窓から離れたサフィラがいきなりくずおれた。床に衝突する前にアルキスが反射的に受け止める。
「姫様!?」
「サフィラ!? どうした!」
ハリラオスが起きてきてサフィラに駆け寄った。アルキスがサフィラを仰向けに抱え直すと、ハリラオスがその顔を覗き込んだ。
「はれ……? なんか部屋が回ってる……」
などと危険なことを言い出すサフィラ。ハリラオスがその赤らんだ顔を見て、「お前、熱あるんじゃないか」と言った。アルキスは「失礼します」と言ってサフィラの額と首のあたりに手を当てる。
「かなり熱いですけど、自分で気づかなかったんですか?」
「うう~。自覚したらつらい~」
会話が成立していなかった。普段からこういうことがあるので、アルキスにはサフィラが正気かどうか微妙に判断がつかない。
「とりあえずサフィラは休め。俺も回復したし、代わろう。アルキス。すまんがサフィラを頼む」
「承知しました」
アルキスはうなずいてサフィラを抱き上げた。赤い顔で熱っぽい息を吐いている。おそらく、ミボス黒病ではないだろう。紫斑がない。
医師に見せたところ、ただの熱だと言うことだったが……その高熱が三日歩と続いた。これ以上続くと、サフィラの体力が持たない、とのことだった。
「姫様ぁ」
泣きそうな声をあげたのは、結局最後まで元気だった組の一人であるエレニだ。彼女の側で医師が解説している。
「おそらく、姫様が『もう疲れたなぁ、このまま目覚めなかったら何もしなくてよくなるなぁ』とでも思っていて、それで熱が下がらないのではないかと」
「……」
それは確実に永眠パターンではないだろうか。
アルキスは心の中でツッコミを入れるくらいですんだが、医師の言葉が心にぐさりと刺さったのはハリラオスである。
「すまん……」
「いえ。わたくしに謝られても」
冷静にツッコミを入れたのはクリュティエである。彼女も無事に回復していた。
こればかりはサフィラの気持ち次第だろう。そう考えて、アルキスは「ん?」と思った。
『生きるか死ぬかはお姫様しだい』
もしかしたら、今がその状況なのだろうか。確かに、サフィラの生死はサフィラしだいの状況だ。
少し離れていたアルキスは、そっとサフィラが眠るベッドに近づいた。最近、こんな場面に良く遭遇する気がした。サフィラの顔を覗き込み、それからその白く小さな手を握った。
「アルキス様?」
エレニが不思議そうに首をかしげるが、アルキスはまっすぐサフィラを見つめたまま言った。
「姫様……サフィラ様。愛しているので、早く目を覚ましてください」
一瞬間が合って、それからアルキスの手が握り返された。少しだけ開かれたサフィラの目が、アルキスに向いていた。
「変な人……」
「お互い様です」
そう言ってアルキスも微笑んだ。
そして、サフィラが選んだのは――――。
ちなみに、その後アルキスはハリラオスに殴られたが、今回はさすがに理不尽だとは思わなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これで最終回となります。読んでくださりありがとうございました!
ちなみに、サフィラさんは生きております。しっかりばっちり天寿を全うしていますのでご安心?ください。




