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琥珀姫  作者: 雲居瑞香
23/27

23.何のために









 サフィラは結局、魔法医一人、通常の医師二人、魔術師三人、官吏二人をベースに医療団を作り、疫病に苦しむ各地へ派遣することにした。

 そして、疫病は王都にも広まり始めた。初めは民間に、そして、気づけば宮殿にまで入り込んでいた。


「一度発症者が出てしまうと、一気に広まっちゃうからねー」


 一応、発病した者は出勤停止。隔離病棟に集められているが、それでも隔離病棟の出入りが皆無、というわけにはいかない。そのため、いやおうなしに疫病は広まっていく。

 感染者との接触を避けても、思わぬところから感染するのがミボス黒病である。続々と感染者が増え続けている。

「とはいえ、姫様がおっしゃる通り、一度感染して完治した者は、抗体ができるのか二度目の感染はなさそうですね」

 と、ヴァイオスが資料を見つつ言った。サフィラは机に頬杖をつき、足をぶらぶらさせている。

「初期に感染した人は、もう完治してる頃だもんね。これから宮廷官吏の人数が減るから、忙しくなるねー」

 そう言ってサフィラが机に突っ伏す。ハリラオスがその肩をたたいた。

「正直、感染した方が楽なような気がするが、お前に倒れられては困る」

「わかってるわよぅ」

 サフィラがむくれた様子で言った。ハリラオスはサフィラの琥珀色の髪を撫でた。


 昼も夜も一日中駆け回っているので、疲れているのだろう。ハリラオスの指に頬を撫でられて、サフィラは嬉しそうに目を細めた。


「……結婚されても、シスコンは相変わらずですね」


 ヴァイオスがじとっとした目でハリラオスを見て言った。護衛として同席しているアルキスもうんうんうなずいた。顔が似ているので兄妹にしか見えないが、これで容姿が似ていなければ恋人同士にも見えただろう。何だろう。ちょっと妬ける。

「がんばっている妹をねぎらうのは当然だ」

 と、ハリラオスは胸を張って言ったが、そう言う問題ではない。つっこまないけど。


「でもさぁ」


 サフィラが自分の腕の上に顎を乗せて口を開いた。その視線は斜め上を見ている。


「妙なのよね。前にも言ったけど、この病気って発生条件が厳しくて、なかなか発生しないのよ。記録を調べてみたけど、エルピスで流行ったのは百二十年前に一度だけ。ハインツェル帝国では三十年くらい前に流行ってるけど、そこまで広まらなかったのよね」

「エルピスの百二十年前、帝国の三十年前といえば、戦乱期ですね」


 ヴァイオスが言った。ハリラオスも頬杖をつく。さすがは兄妹。態度がそっくりである。

「戦が続くと、栄養状態が悪くなるしな。感染しやすくなるってことか」

「そうだねー。そういう時、病気って広まるもの。幸い、今は平時だし、終息に向かってるけどさ。そもそもどうして発生したんだろう」

 疫病対策も軌道に乗りだし、サフィラたちがあまり手を加える必要が無くなってきたため、彼女はそこが気になりだしたのだろう。忙しいのは相変わらずだが、考え事ができないほどではない。

「不自然だよなぁ」

 ハリラオスも言った。サフィラが言うことが本当なら、確かに自然発生的に広まるのは不自然だ。

「……誰かが意図的に広めた?」

「何のためにだ?」

 ハリラオスに切り返されて、サフィラはうーんとうなり、身を起こした。グラスに口をつけ、水を一口こくりと嚥下した。そのグラスを目元まで持ち上げて、サフィラは目を細めた。

「もしもエルピスに打撃を与えたいのなら、私なら水に毒を混ぜる。だけど、今回の件には水は直接関係ないし、しかも珍しいけど致死性の低い病だわ。直るんなら、広める意味ないわよねー。確かに財政とかには大打撃だけど」

「……」

 男性陣が引いた表情になった。兄より現実主義者、と言われるサフィラであるが、いっていることが怖すぎる。サフィラ本人はどこ吹く風でグラスの水を飲みほしたが。


「……魔法病なんですよね、ミボス黒病は」


 アルキスが口を開くと、三対の視線が彼に向いた。アルキスは三人を順番に見て、最後にサフィラを見た。


「なら、姫様に焦点を合わせたものなんじゃないでしょうか」

「私?」


 サフィラが自分を示す。眼をしばたたかせたサフィラが、すぐにはっとした表情になった。

「あの魔女だとかいう女」

「そう、そいつです」

 アルキスが指を立てて言った。サフィラが椅子ごとアルキスの方に振り返る。

「確かにその可能性はあるけど……でも彼女の予言は、エルピスは滅びへ向かう。生きるか死ぬかは私しだい、ってことだったけど。私が疫病対策に乗り出すってわかってても、それは生きるか死ぬかはってことには当てはまらないでしょう? それに、滅ぶっていうのも大げさすぎる」


「疫病、滅ぶほどのものじゃないしな」


 と、ハリラオスも同意。だが、アルキスにもまだ言い分がある。

「ですが、姫様自身が言っていたじゃないですか。予言は作ることができると」

「……よく覚えてるわね……」

 サフィラが感心したような、呆れたよような口調で言った。サフィラが自分の膝に手をついて身を乗り出すようにアルキスを見上げた。

「なら、姫様を引っ張り出すために、あの女がわざと疫病を蔓延させたのかもしれません。まあ、私が考えることなのでたかが知れていますが……」

 という感じに、アルキスはあまり自分の頭脳を信用していない。

「いいえ。いい線をついていると思うわ。でも、それが作られた予言だとしても、まだ条件を満たしていないわ」

「……ですね」

 まだ疫病がこれで完結するとは思えないが、流行が確認されてからもうひと月近く経つ。だが、自称魔女メデイアから何のアクションもない。


「エルピスは滅びへ向かう。生きるか死ぬかはサフィラしだいか……」


 ハリラオスが予言の内容を復唱する。もちろん、この予言のことはハリラオスやヴァイオスにも話してある。ヴァイオスも少し困ったような表情で言った。

「まあ、アルキス殿の言うことにも一理あります。姫様には十分気を付けていただくとして。このまま対策を続けるしかないでしょう」

「そうだな。俺もそう思う」

「私も賛成」

 この国のトップ三人の意見が一致したので、とりあえず現状維持となった。
















「こちらにいらっしゃいましたか、姫様」


 城壁で風に吹かれていた琥珀色の髪の少女が振り返った。アルキスの顔を見て微笑む。

「どうしたのー? お兄様についていなくていいの?」

「陛下は妃殿下のところです。警備は部下に任せてきました」

「……良く忘れちゃうけど、アルキスって近衛隊長なのよね……」

 よく忘れられているらしい。アルキスは苦笑し、自分の上着を脱いでサフィラの肩にかけた。

「なんでそんなに薄着で外に出てるんですか」

「出た時は寒くなかったのよ」

 すでに冬の初めだ。昼間はそれほどではないが、日が暮れるとさすがに冷えてくる。この国は緯度が低いので、雪などはさほどふらないのだが、寒いものは寒い。

「考え事ですか」

「うん。うーん……」

 何故か迷うそぶりを見せた。何故だ。


「アルキスに言われるまで私も忘れてたけど、確かにあの予言ってどういうことなんだろうって思って。どうして私なんだろう」

「何故、と言われてもさすがにわかりませんが」


 アルキスもサフィラと同じ、城下の街並みを見た。ぽつぽつと明かりが見える。あの中にも、疫病に苦しむものがいるかもしれない。

「考えてもわからないものは、考えても仕方がありません」

「下手な考え休むに似たり、ってやつね」

 サフィラが苦笑した。息を吐いて塀に寄りかかり、並んで街並みを眺める。



「あら。夜中にデート?」



 アルキスとサフィラが同時に振り返った。アルキスは剣の柄に手をかけて身構える。宮殿のお仕着せを着た黒髪の女性だ。

「あの時の魔女だわ」

 サフィラがアルキスに向かって言った。アルキスはそんな気はしていたが、記憶が定かではなかったので、サフィラが断言してくれてよかった。

「なら、遠慮なくやっていいんですね」

「もちろん」

 サフィラの許可が下りたので、アルキスは剣を引き抜いた。お仕着せを着た女はうっそりと笑う。

「あなたに、私が殺せるかしら?」

 アルキスは無言で斬りかかった。すかさずサフィラが援護攻撃として魔法を繰り出してくる。だが、魔女メデイアはどちらも魔法ではじいた。

「ふふっ。甘いわね」

 メデイアが笑い、前に出ようとするアルキスをサフィラが引き留めた。

「ダメ。私がおとりになる」

「ですが」

「もう遅いわよ!」

 サフィラは叫ぶとアルキスを押しのけるように前に出た。そして手元の短刀でメデイアに斬りかかった。当然、避けられる。だが、サフィラの陰からアルキスが長剣を突き立てた。

 がん、と音がして剣が突き刺さったのは城壁の塀だった。アルキスはそれを無理やり引き抜き、振り向きざまにメデイアにたたきつけた。今度は当たったのに、手ごたえがなかった。


「アルキス!」

「!」


 サフィラに声に反応し、アルキスは剣を掲げた。その剣にたたきつけられたのは同じ剣だった。メデイアのものだ。


「避けて!」


 サフィラの叫びに、アルキスは後ろに飛びのいた。刃と化した風がアルキスの側を通り抜けた。同じく魔法ではじかれるが、メデイアがよろめいて後ろに数歩下がった。

「エルピスのお姫様。まだ終わらないわよ。予言はまだ始まってもいない! あなたの選択次第で、生きるか死ぬかが決まるのよ!」

「……それ、私が死んだら予言はどうなるのかしら」

 サフィラの冷徹な声が聞こえた。思わずアルキスは「姫様!」と声を荒げる。

「決まっているわ。最悪の道を進むに決まっているでしょう!」

 メデイアが手を振るうとがらんと何かが崩れる音が聞こえた。間髪入れずサフィラの悲鳴が聞こえた。アルキスは振り返って手を伸ばす。城壁が崩れ、サフィラがそこから落ちたのだ。前にも似たようなことがあったが、あの時とは違い、今は冬だ。水に落ちたら冷えて風邪を引く可能性がある。今、彼女に風邪をひかれるのは致命的だ……などと、後付けの理由はいくらでもあるが、そう言うことではなく、アルキスはとっさに、彼女を助けた。

 サフィラを引き上げると、メデイアはもういなかった。そのことに憤慨したのはサフィラだった。


「もうっ」


 落ちかけたと言うのに元気なものだ。アルキスは苦笑した。


「アルキス。ありがとう」

「いえ。落ちなくてよかったです」


 アルキスも微笑み、サフィラにそう言った。サフィラも微笑むと、何故かアルキスに抱き着いてきた。

「……どうしたんですか」

「ちょっと、抱き着きたくなって」

 さすがに怖かったのだろうか、と思ったアルキスは黙って彼女の頭を撫でた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アルキスは近距離、サフィラは遠距離が得意なので、いいコンビではあるんですよね。


あと三話くらいで終わりなのですが……ちょっと旅行に行くので更新が止まるかもしれません。


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