22.対策について
サフィラの行動は早かった。派遣団を作る、と言ったその二時間後には大まかな組織づくりができていた。最低限の人数しか集まらないと言っていたが、すでに十五人は集まっている。うち、九人は医者で六人が学者。ちなみに、医者のうち新人が七人なのだが。
「思ったより集まったわね」
「医者のほとんどが新人のようだが、大丈夫なのか?」
ハリラオスがサフィラに尋ねた。サフィラは「大丈夫でしょ」と苦笑を浮かべる。
「ベテランが二人いるし、むしろ若い新人の方が上の言うことをよく聞いてくれるわ」
と、十六歳のサフィラ。むしろお前が一番若い、という話だ。
「アルキスも、協力ありがと」
と、サフィラは邪気なさそうに微笑んだ。実際にはありそうだけど。
「いえ。自分は何もしていませんから」
国軍も動員するが、近衛の方が動きが精錬されている。それに、指揮官の代わりができる者が多いので、国軍と一緒に数人の近衛騎士も派遣することにしたのだ。若干指揮系統が違うので、命令が混乱する可能性があるが、どちらもハリラオス、今回ならサフィラの言うことはよく聞くはずだ。
ざっくり派遣団を作り上げ、官僚を二人つけて送り出した。報告書を作成する人間もいなければ、あとでサフィラたちが状況を知るのが難しくなる。後のために記録も残さなければならない。
数日後、第一回の報告書が届いた。その内容によると、疫病はミボス黒病だと判明した。サフィラ曰く、魔法が関連する病なのであまり知られていない。というか、そもそも発症例が少ないらしい。
「私もそこまで詳しくないんだけど、発症条件が厳しかったはずなのよ。気温、湿度、風土、それに健康状態……まあ、他の疫病、感染病でも同じだって言ってしまえばその通りなんだけど」
サフィラがふう、とため息をつき、何故かアルキスの肩に顎を乗せた。この状況だと言うのに、アルキスはその体の柔らかな感触に心臓がはねた。
「既存の疫病に当てはまらない、というのにも合致するな。最初に見た医者は通常の医者だったんだから」
しかも、発症例の少ない魔法病だ。特徴を詳しく知らなくても仕方がないだろう。ハリラオスも報告に納得したようだ。それからいつものようにアルキスとサフィラを見て。
「……」
何も言わずにため息をついた。あきらめたのだろうか。身構えていたアルキスはちょっと拍子抜けである。
「疫病が収まったら、お前たちの結婚式の準備でもするか……」
独り言のようにつぶやかれた言葉に、アルキスが眼をむく。
「いや、ちょっと待ってください。どうしてそうなったんですか」
ツッコミを入れたアルキスだが、彼の背中にサフィラが乗りかかるようにひっついているので、ちょっと間抜けである。一回りほど体格差があるので、どうしてもぶら下がってしまうのだ。
以前も言ったように、無防備に女体を押し付けられて何も感じないわけにはいかないが、これは子供がじゃれ付いてきているだけ、と暗示をかけて耐えていた。実際、サフィラとしてはそうなのだろうし。
だが、結婚などと言われると抑えが利かなくなってしまうではないか。アルキスの背後からサフィラが声をあげた。
「私はいいけど、アルキスの意見も聞いてあげてね。っていうか、疫病鎮圧って、たぶん、うまく行っても来年の夏くらいまでかかるわよ」
疫病自体が収まってきても、その後の処理が待っているからだ。サフィラは当然、その事後処理に駆り出されるだろう。
「まあそうだな……じゃあ、俺たちと同じくらいで、秋口くらいはどうだ」
ハリラオスは無理やり話を続けた。疫病が蔓延しつつあると言うちょっと現実逃避したい状況なのはわかるが、シスコンらしくない現実逃避の仕方である。
「陛下、どうしたんですか。何か変なものでも食べましたか?」
「お前が俺にそれを言うのか」
アルキスは本気で心配して言ったのだが、確かにアルキスはハリラオスとほとんどの時間を共に過ごしているので、彼自身がハリラオスは別に変な門をお食べたわけではないと知っている。
「じゃあ疲れてるの? 寝不足?」
などと言うサフィラも結構ひどい。ハリラオスは腕を組んで首を左右に振った。
「いや。自分が結婚してみると、周りが見えてくるものだな……」
「答えになってません」
「答えになってないわ」
アルキスとサフィラが同時に言った。さすがに疲れてきたのか、サフィラがアルキスの背中から離れた。ほっとしたような、少し残念なような微妙な気持ちになる。
「ヴァイオスが言っていたことが理解できると言うことだ。サフィラはいずれ結婚しなければならないが、その結婚相手は彼女に理解のあるものが望ましい。その条件を、アルキスが満たしていると言うことだ」
「……お兄様。結婚して心に余裕ができたのかな」
サフィラが小首を傾げて言った。そんな彼女は、アルキスの手を取り指をつかんだり放したりして遊んでいる。ハリラオスはそれに気づいて一瞬顔をしかめたが、すぐに肩をすくめて言った。
「どうだろうな。だが、最後に決めるのはいつでもサフィラだ」
「はーい。目的と理由と方法を記述した要望書を提出するわね」
何故書類の様式なのだろうか。ぼんやりとアルキスは思ったが、サフィラに指を引っ張られそちらを見る。
「アルキスにも要望書を出すから見てね」
「……わかりました」
何故こちらにも。っていうか、要望書って。サフィラの思考回路がいまいちわからない。
「それで、報告書のことだけど」
相変わらずアルキスにくっついているが、サフィラは真剣な声音で言った。この切り替えの早さも相変わらずだ。
「今、ヴァイオスに対策要領を作ってもらってるけど、感染が空気感染なのよ。もっと詳しく言うと、飛沫感染。咳とか、くしゃみとかで一気に広がるわ。魔法病だから、感染力が強くてね。皮膚から浸透はしないけど、怪我をしたときは気を付けたほうがいいわ。血液感染もするから。疫病患者の遺体は燃やしたほうがいいわね」
と、サフィラはつらつらと語った。先ほどまで少々ふざけた会話をしていた少女と同じ人物には見えない。
「なるほど……それで患者の吐瀉物の始末にも口出ししていたのか」
「そう言うこと」
ハリラオスの納得したような言葉に、サフィラも満足そうにうなずいた。ハリラオスも結構真剣にこの仕事をしているのである。アルキスは口出しするほどの知識がないので黙っておく。でもやっぱりサフィラに遊ばれている。
「感染力は強そうだが、薬の服用と簡単な治癒魔法で回復するんだな」
「よほど進行してたり、体力が無かったりしなければね。体が丈夫なら、薬や魔法治療がなくても治る場合もあるわ」
決して、不治の病ではないらしい。ただ、その感染力が恐ろしいのだ。
「問題は、被害が急速に広まっていることよねー。このままじゃすぐに王都にも蔓延するわ」
「だな。とりあえず、実際に広まる前に情報が入ったことを良しとしよう」
サフィラとハリラオスがうなずき合う。サフィラはアルキスの腕にしがみつきながら、考え込む。
「うーん。薬と魔法医を派遣しないといけないのよねー。まあでも、治癒術が使えれば、魔法医でなくてもいいのか? でも、必ず一人は資格保持者がいるわよねぇ」
「宮殿の奥のことはクリュティエに任せるとして。サフィラが疫病対策にかかりきりになるから、業務が滞るな」
「その辺は仕方ないわ。お兄様、頑張ってね」
「……そうだよな。当然だよな」
そもそもハリラオスがやるべきことをサフィラが委託されてやっているわけで、本来はこれが正しいのだろうと思う。たぶん。
「ヴァイオスが手伝ってくれるわよ。あー。医療班を編成して、薬と食料の備蓄を数えて……あと、清潔な布もたくさんあるといいわよね」
サフィラがアルキスの腕を揺らしながら言った。指折り数え、だいたいの必要なものを思い返しているようだ。
「で、問題は財源ね……」
金は無限ではない。今のところ何とか国庫で賄えているが、これ以上広がれば金も、備蓄薬剤も足りなくなる。アルキスはサフィラに向かって言った。
「いざとなれば、うちから寄付を出しますよ。父が許可してくれました」
「ホント? アルキス大好き!」
と、サフィラはアルキスの胴に腕をまわして抱き着いた。ああ。その柔らかな感触がうれしくも苦しい。
「俺たち側でも倹約するしかないだろうな」
「そうよねぇ。まあ、初めからそれほど出費があるわけじゃないけど……明かりの数を減らすのと、食事レベルを下げるのが手っ取り早い? でも、明かりを減らすと魔物がよってくるかもなぁ」
「人里にはめったに来ないんじゃなかったのか?」
ハリラオスが尋ねると、サフィラは「普通はねー」とのんびりと答えた。
「でも、なんていうの? 災害とかがあると、よってきたりするのよ。察するものがあるのかしらね」
そして、人間を更なる混乱に引き込むらしい。ぞっとした。
「では、明かりは減らさない方向で」
「了解」
ハリラオスが即決した。サフィラも即答する。疫病対策で魔術師たちが出払ってしまうだろうし、今宮殿を襲撃されるわけにはいかないのだ。
「じゃあお兄様。私はヴァイオスのところに行って要領をもらってくるから。お兄様はお義姉様に事情を説明してきてね」
「わかった。すまんな」
「いえいえ」
サフィラはアルキスからは離れると、手を振って宮殿の奥に走って行った。元気な娘だが、今は無理をしている可能性もある。
「いかんなぁ。あの子を頼りすぎている自覚はあるんだが」
ハリラオスがため息をついて言った。アルキスが苦笑を浮かべる。
「しっかり者ですからね。姫様は」
「……俺に甘えられない分、お前に甘えてるんだろうなぁ」
「……」
アルキスはもう、何とツッコめばいいのかわからない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
サフィラさん微妙に現実主義者。




