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琥珀姫  作者: 雲居瑞香
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21.流行病










 疫病、と言ってもいろんな種類がある。先に対策をとれば被害は最小限に抑えられるだろうが、どうしても被害は出てしまうものだ。それはハリラオスやサフィラ、ヴァイオスがいくら優秀でも仕方のない話なのである。

 エルピスは他の国と比べれば普通、中程度の国である。その中でも僻地と呼ばれるあたりからの報告だった。

「この地方の官吏が速達で知らせてきた。サフィラ、どう思う」

「どうったって……」

 サフィラがさすがに戸惑った様子を見せた。


「私が生きている間に疫病が流行るのは初めてなのよ」

「俺もそうだ」

「それもそうか」


 ハリラオスの言葉にサフィラは同意を示し、ヴァイオスの方を見た。

「ヴァイオスは初めて?」

「いえ。私がまだ姫様くらいの頃に一度、流行りましたな」

 ハリラオスやアルキスが生まれる少し前の話だろう。アルキスも、その疫病のことは聞いたことがあった。


「疫病と言っても、いくつか種類がありますよね。特定はできているんですか?」


 とアルキスも聞いてみた。ハリラオスが「いや」と首を左右に振る。

「既存のものには当てはまらないらしい。今の段階でせき止められれば、あまり被害が拡大しなくて済むんだが……」

「原因がわからないことには、止めようがないものね。現地の医師たちはなんて言ってるの?」

 サフィラがテキパキと尋ねる。声音がはっきりしているのは、彼女だけだった。男性陣は事態の重さに重苦しい空気を醸し出している。


「……ただ、感染症であるということしか」


 ヴァイオスがためらいがちに答えると、サフィラは何かを察したのか「ああ」と声をあげた。


「だから、魔術師を動員して原因を探ってくれって言うわけね。何となく納得がいったわ……腹は立つけれど」


 一般の医師にわからないのであっても、魔術師ならば何か分かるかもしれない。そう思ったのだろう。まあ、確かに魔術でわかることも多いが。

 さらに言うなら、魔術医師がいれば、大概のことに対応ができる。その魔術医師の力量にもよるが、よほどの末期でなければ、致死率の高い病でも直ることもある。重症でも、助かることもある。


「でも、確かに魔術医師を派遣した方がよさそうね。疫病なら、お兄様が言ったように早めに封じ込めてしまいたいし」


 サフィラがそう結論を出したので、医師、魔術医師が派遣されることになった。同時に研究員も派遣される。これらはすべて、サフィラの管轄下にあるのだ。ハリラオスと言えども、一度サフィラに伺いを立てる。よほどの緊急事態であれば別だが。その時はやはり、ハリラオスに最高決定権がある。

「サフィラは医療関係の知識はあるのか?」

「多少はあるけど、深いことは知らないわ」

 つまり、ハリラオスもサフィラも初心者なのだ。アルキスも人のことは言えないが、一応、アルキスにも関係があるかもしれない。彼は近衛隊長だが、場合によっては一軍を率いることもあるのだ。


「まだどうなるかわからないが、対策を練っておくべきだな」


 ハリラオスがため息をついた。初めてのことだらけなのだ。不安にもなるだろう。

 というわけで、過去に疫病の流行を経験したヴァイオスに視線が集まるが、彼は苦笑を浮かべた。

「経験があると言っても、当時の私は官僚試験の勉強中でしたからね。詳しいことは覚えていません。過去の記録をあたってみましょう」

「それしかないな。それに、隔離病棟の準備、食料・薬剤の備蓄をはじめないとな」

 パッと思いつくのがそれくらいだったのだろう。ハリラオスがいくつか準備するものをあげた。

 病院関係は福祉関係なので、サフィラの管轄下だ。だが、本当にサフィラだけで何とかなる問題ではない。


「医師への勧告もしないと。でも、やっぱり疫病の正体を特定するのが先かなぁ。国内の学者を集めて、会議の必要もあるわね。疫病の鎮圧には、どうしても時間とお金がかかるわ。時間はともかく、財政のあまりはあったかなぁ」


 ハリラオスより次々と対応が出てくるサフィラである。疫病に関わったことはないのではなかったのだろうか。


「……お前、本当に初めてか?」


 シスコン国王ハリラオスですら疑う始末である。サフィラがぷくっとむくれる。

「初めて~。私が経験していることは、ほとんどお兄様も経験してるでしょ。私の方が一回り年下だもん」

「……まあ、お前は昔からしっかりしてるからな……」

「……去年の冬、流感が流行したでしょ。それと同じようなことをするだけよ。疫病って言葉にとらわれ過ぎなければ、対応はさほど変わらないわ」

 冷静にサフィラが言った。これはもうしっかりしている、というレベルを越えている。なるほど、とハリラオスもうなずいた。

「確かに、そうだな……一応同じ病だからな。ということは、人の行き来も最低限にとどめる必要があるな。まあ、完全に止めることはできないが」

「人の行き来で、病と言うものは広がりますからね。一応、疫病が確認された地域では住民の外出が制限されています」

 とヴァイオスからの情報提供もあった。サフィラが身を乗り出して言う。


「主要道路に関所を置いて、必ず医師の診察を受けるようにさせるのは……医師の人数とかかる費用的に難しいかな……」


 自分で言ったが、自分で頭の中で計算したのだろう。サフィラが途中でため息をついた。ずっと黙っていたアルキスも口をはさむ。


「王都の治安悪化も考慮していただきたいんですが。それと、おそらく、姫様が言うような診察を受けなくても、人目で疫病だってわかるようなら、医師ではなく軍人たちにそれを教え込めばいいかと」


 判断できない場合だけ医師に判断してもらうのだ。これもまた隔離施設が必要になるが、この辺りもサフィラが財政状況と相談となるだろう。

「……なんにせよ、まず疫病の種類の特定が必要だな。サフィラ。現地に送る医師と学者の選定をたのむ。費用はそちらのいいように使ってくれ」

「はーい。お兄様の陵墓建設用の積み立てを削ってもいい?」

「……構わん。というか、まだ三十にもならないのに墓の話か」

 ハリラオスがちょっと落ち込んだ。エルピス王の墓は、やたらと大きいとかではないのだが、壮麗なのだ。かつては宮殿の如く大きな陵墓を作った王も存在するが、ハリラオスはそのような墓を好まないだろう。しかし、王としての威厳を保てるくらいの墓でないとならない。そのため、今から陵墓建設費用をためていたらしい。誰がかというと、サフィラが。


「来年用の予算もちょっと削るかな……。うー。お金がかかることばっかりねー」


 サフィラがざっくり概算を出しながら言った。アルキスは大変そうだな、と彼女を見つめるが、見つめるだけだ。手出しはできないので。すでに何をいっているのかさっぱりわからない事態である。

「あ、お兄様。私も現地に行くのはあり?」

「なしだ。宮殿で対応策をヴァイオスと話し合ってくれ。俺より詳しそうだ。そもそもお前、医療的な知識はあまりないって、自分で言っていたじゃないか」

 ハリラオスに指摘され、サフィラはぶー、とむくれるが、さすがのハリラオスも「ダメなものはダメだ」と言い張った。確かに、ここでサフィラに出て行かれては本当に困る。現地に行っても医療的知識がないのなら、実際には役に立たないだろう。それなら、最高機関である宮廷から指示を出していた方がいい。ハリラオスではないが、その方がアルキスたちも安心できる。

 サフィラは自分が用意したお茶を飲みほし、さてと、と立ち上がった。

「すぐに派遣団を作るわ。最低限の人数なら、すぐに集まると思う。そのかわり、宮殿の警備が少し薄くなるけど」

「お前、近衛を動員しようとしてないか?」

「お兄様が許可をくれればそうなるわね」

 サフィラとハリラオスはポンポンと軽々しく会話をするが、その内容は結構重い。

「……アルキスに頼め」

「アルキス」

 サフィラが再び、今度は媚びるようにアルキスにしがみついた。アルキスは思わず身を引く。

「姫様。前から言おうと思っていたのですが、身体的接触は控えてください」

 アルキスも健全な男である。そろそろいろいろ限界である。


 でも一応、近衛を動員することに同意はした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


サフィラは兄が結婚してしまったので、甘えられないと思ってその矛先がアルキスに向いている状態です。


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