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琥珀姫  作者: 雲居瑞香
20/27

20.前兆










 クリュティエが戴冠して王妃となってから一か月が経った頃、アルキスはやっとサフィラの護衛から解放された。いや、彼女の護衛が嫌だったわけではないのだが、やっと近衛騎士の人員補充ができたと言うことである。

 そのため、アルキスはハリラオスの護衛に戻ったのだが、彼にもやることはいろいろある。今日は、ハリラオスとヴァイオスがサフィラに話があると言うことで彼女の元を訪れていたのだが……。


「やはり可愛いな、うちの妹は……」

「……」


 サフィラはクリュティエとともに庭でお茶をしていた。一か月も経てば、サフィラからクリュティエへの権限移行も終わる。まだわからないところは、クリュティエがサフィラに尋ねているが、クリュティエも聡明な女性だ。今のところ、問題は起きていない。

 茂みの陰から東屋で休む自分の妃と妹を見つめる王は、はっきり言って変態だった。


「声をかけてくればいいのでは?」


 アルキスが呆れてツッコミを入れたがハリラオスは「せっかくくつろいでいるのにかわいそうだろう」とか言いだす。ああ、これ、あとでサフィラに呆れられるパターンだ。サフィラも相当なブラコンであるが、兄より現実が見えているので。


「お兄様、何してるのー?」


 ほら、見つかった。サフィラとて武人である。どこに人が潜んでいるかくらいわかるだろう。アルキスはハリラオスを引っ張って立たせるとサフィラとクリュティエの元へ向かった。

「お邪魔いたします、妃殿下、姫様」

「こんにちは、アルキスさん」

 クリュティエが微笑んでアルキスにあいさつした。ハリラオスはアルキスの手を振り払い、こほん、と咳払いした。


「くつろいでいるところ悪いな、クリュティエ、サフィラ」


 みんな、サフィラより先にクリュティエを呼ぶ。クリュティエが王妃となったので、序列が王の妹のサフィラより先に来るようになったからだ。

 しかし、今のところクリュティエよりサフィラに敬意を払っている者の方が多い。まあ、これは仕方のないことであるが。


「お二人もご一緒にいかがですか?」


 クリュティエが誘って来たが、ハリラオスはいや、と首を左右に振った。

「悪いが、急ぎの仕事があるのでな。また次に頼む」

「それは仕方がありませんね」

 と、クリュティエは物わかりが良い。物わかりが良すぎるのもどうかと思うが、しかし、ハリラオスも結婚してからはクリュティエとの時間をとるようにしているようだ。シスコンは直っていないが、たまにさみしいらしいサフィラの襲撃にあっているアルキスである。

「私を呼びに来たの? 誰かに任せればよかったのに」

 サフィラが察して立ち上がりながら言った。サフィラはスカートをさばいて東屋から出てきた。護衛をしていたリダを振り返る。

「リダはそのままお義姉様をお部屋に送って差し上げて。私はお兄様とアルキスと一緒にいるし、大丈夫だから」

「かしこまりました」

 リダが微笑んで一礼した。サフィラの護衛は相変わらずリダだけだ。リダがいないときは代わりがつくが、そもそもサフィラ本人がその辺の男より強い。刺客の二人や三人くらいなら簡単に撃退してしまうだろう。


「では失礼いたしますわ、お義姉様」


 サフィラがスカートをつまんで淑女の礼をしながらクリュティエにあいさつした。クリュティエが「がんばってくださいね」と微笑む。サフィラはエレニにも手を振ってからアルキスに駆け寄ってきてその腕にしがみついた。

「姫様。しがみつく対象が間違っています」

「そうだぞサフィラ。こちらだ」

 と、歩きながらハリラオスが手を広げるが、サフィラは無視した。

「この時期なら水路の報告? ジナラ領を通して、問題なく建設されていると聞いたけど」

 アルキスにしがみついたままだが、言っていることは冷静でまともである。それもあるが、それだけではない。

「俺の執務室でヴァイオスが待っている。経過状況説明だ。それと、気になることがあるんでな」

「ふーん? 了解了解」

 サフィラはにこりと笑ってうなずき、アルキスの腕から離れた。押し付けられていた柔らかな感触がなくなりほっとしたアルキスだが、サフィラは完全に離れることはせず、アルキスの手を握った。ハリラオスの整った顔が凶悪になるが、サフィラは気にも留めない。だが、サフィラはさすがに空気を読んだのかしれっとした顔でハリラオスの手も握った。


「えへへ。何か小さなころに戻った気分」


 女性にしては長身のサフィラだが、さすがに大柄な男二人に挟まれると小柄に見えた。彼女が子供のころは、よくこうして三人で手をつないでいた。サフィラを挟んで同じベッドで寝たことだってある。もう十年近くも前の話だ。あれから、すでにかなりの時間が経過しているのだと実感する。

 聡明な彼女は、ずっと子供のままでいることができなかった。そんなことは不可能だとわかっていたからだ。時々こうして子供っぽく甘えてくるのは、アルキスやハリラオスが甘やかしてくれるとわかっているから。

 宮殿の中も手をつないだまま歩いてきたので何人かにぎょっとした顔をされたが、古参の使用人や騎士たちは微笑ましそうにサフィラを見ていた。


「おや。何やら懐かしいですな」


 と言ったのは、ハリラオスの執務室で待ち構えていたヴァイオスだ。両手をそれぞれアルキス、ハリラオスとつないでいるサフィラを見ての言葉である。彼も微笑ましそうに見るタイプの人だった。

「えへへ。ちょっと楽しかったわ」

 そう言ったサフィラは自ら手を放し、お茶を淹れに行く。アルキスが変わると言ったのだが、彼女はこの役目を譲らない。

「それで、話って何?」

 サフィラがお茶を出しながら尋ねた。勝手に菓子も出す。まあ、主に食べるのはサフィラとハリラオスであるが。この二人は甘党なのである。しかし、サフィラは兄よりも酒豪である。それほど酒類は好まないようであるが。


 それはともかく。


「まず簡単な方から片づけてしまいましょうか」

「そうだな」

 ヴァイオスの言葉に、ハリラオスが同意した。そのままハリラオスが話しを続ける。

「水路の件だが、途中、硬い岩盤にぶつかったらしく、予定より時間と金がかかるそうだ」

「了解。想定の範囲内ね。あとで支出分を再計算しておく」

 サフィラがあっさりとうなずいた。実は財政を担当している彼女は細かく収支を記録しているのだ。まあ、大きな家計簿と思えばいい。

「そのほかは順調だな。場所も問題ない。時間はかかるが、来年の夏には工事が完了するだろう」

「三か月遅れってことね。なら、予定にさほど修正はいらないわね」

 財政の問題だけか。アルキスは話を聞きながらサフィラが入れてくれたお茶を一口飲んだ。

「それと、広場の工事ですが、終わりました。まあ、多少使用した石に違いはありますが、ほぼ元通りです」

 これはヴァイオスの報告だ。食人怪鳥の襲来の折に破壊された広場は、数日前に完全復旧した。この宮殿は百年以上前に建設されたものであるので、同じ石が見つからなかったのである。復旧現場にはアルキスも立ち会っていたので、説明は聞いていた。

「それは聞いているわ。問題ないわよ。ね?」

「ああ。直ればそれでいい」

 サフィラとハリラオスがうなずいた。変なところが似ている兄妹である。普通なら怒るところのような気もするが、この二人は本気で直ればそれでいいようだ。


「ついでに私も、知ってると思うけど、宮殿の奥の管理はお義姉様に権限移行したから、よろしくね。まあ、全てではないけど」

 王妃と言えば宮殿内で優雅に暮らしている印象があるかもしれないが、まあ、それも事実かもしれないが、ちゃんと仕事も存在する。宮殿のこまごまとした手配はすべて王妃の仕事であるし、宴の手配や場合によっては客人の接待も王妃が行うことがある。そう言ったものを、サフィラはクリュティエに任せたのだろう。王妃がいない間、サフィラが行っていたことだ。

「ああ。クリュティエから聞いている。サフィラが記録をつけていたから何とかなりそうだと言っていたな」

 と、ハリラオスも口をはさむ。これは遠回しののろけなのだろうか、と思ったアルキスだが、ツッコミは入れなかった。


 三対の視線がアルキスに向いた。何を求められているかわかったアルキスは口を開いた。

「レアンダー侯爵子息が殺された件ですが、以前にもお話した通り、心臓を貫かれて死んでいました。それは間違いありません。逆さづりにされていた意味は不明です。それと、下手人も」

 犯人はいまだに捕まっていない。サフィラが一か月前に示した意見、『口封じ』が目的なら、犯人はあの魔女メデイアなのだろう。女性の力で心臓を一突きに出来るとは思えないが、魔法を使えばある可能、とのサフィラの意見もある。

「一応、まだ捜査中ですが……」

 と、アルキスはハリラオス、ヴァイオス、サフィラの順にみる。正直、これ以上調べてもあまり意味がない気がするのだ。ハリラオスがため息をついた。

「わかった。捜査規模を縮小しろ。だが、警戒は怠るな」

「了解」

 ざっくりした言葉だが、とにかく捜査規模を縮小できる。そうすれば、宮殿の警備にもう少し人員を割けるはずだ。


「で、ここからが本題だが」


 と、ハリラオスがサフィラに向かって言った。サフィラが首をかしげて真剣な顔の兄を見た。ハリラオスは報告書をサフィラに差し出す。

「俺が説明するより、読んだ方が早いだろう」

「んー、わかった」

 サフィラは素直に受け取ると、その報告書に目を通し――――だんだんと表情が曇って行った。

「……これ、事実?」

「ああ。地方官吏からの報告だ。近くの医師にも確認したと言っていた。間違いない」

 ハリラオスはそう言うと、一呼吸置いた。それから再び口を開く。


「この冬、エルピスに疫病が流行するかもしれない」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろクライマックスにさしかかります。


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